「そういえば、今日はこの本の返却日だったな。早く返しにいかないと。」
ついこの間借りた本の返却日が今日であることを思い出し、六年生の立花仙蔵は図書室に
向かった。図書室へ続く廊下を歩いていると、同じ顔の下級生二人が、仲良さげに手を繋
いで歩いている。
「あれは、五年生の不破雷蔵と鉢屋三郎だな。ん?今日は五年生が図書当番のはずだが、
どうして不破がこんなところに・・・?」
五年生の図書委員が雷蔵であることを知っているので、仙蔵は不思議に思いながらも図書
室に足を運ぶ。
「あれ?」
図書室に入ろうとすると、扉のところに『本日閉館』の札が下げられていた。いつもなら
ば、もっと遅くまでやっているのになあと思いつつ、仙蔵は目の前にある扉に手をかけて
みる。
「なんだ、まだ開いてるじゃん。」
開いているのならば、入ってしまえと、仙蔵は図書室に入った。『閉館』となってること
もあり、必要最低限しか明かりはつけられておらず、図書室全体は薄暗かった。
「長次ー、長次ー!!居るか?」
鍵が開いているなら、図書委員長である長次はまだ図書室に残っているだろうと思い、仙
蔵は声をかけた。すると、唯一明かりの灯っているところから長次が顔を出す。
「どうした?仙蔵。」
「今日は随分早く図書室を閉めているんだな。書庫の整理でもあるのか?」
「いや。ちょっとな。それで、おまえは何の用で図書室に来たんだ?」
「ああ、この本の返却日が今日でな。期限は守らないと。」
持ってきた本を長次に手渡し、仙蔵は側にある本棚を眺める。今しがた整理をしたようで、
他のところに比べて綺麗に本が並べられている。
「返却処理終わったぞ。」
「ああ、ありがとう。もう完全に閉めてしまうのか?少し読みたい本があるんだが。」
「別にまだ帰る気はないから、少しくらいなら居てもいいぞ。」
「なら少し邪魔させてもらう。」
火器の本を一冊手に取ると、仙蔵は床に座り机の上に本を開いて読み始めた。残っている
仕事をぱっぱと終わらせてしまうと、長次も忍術の本を一冊持って、仙蔵の隣に腰かけた。
「もう少しかかるんだろう?」
「ああ。」
仙蔵の隣で長次も本を読み始める。しばらくお互いに黙って本を読んでいたが、ふと仙蔵
が長次の顔を見た。
「どうした?」
「んー、長次もう少し机から離れて座ってくれないか?」
「・・・・?ああ。」
自分が光を遮っているのだろうと思い、長次は仙蔵の言う通り、人一人入れるくらいの隙
間を開けて、机から体を離した。すると、仙蔵はニヤっと笑って、隙間の開いたところに
入り、あぐらをかいている長次の膝の上に座った。
「長い時間本を読んでいると疲れるので、背もたれが欲しいと思ってな。」
そんなことを言いつつ、仙蔵は長次に寄りかかる。特に驚きもせず、黙っている長次であ
るが、内心は思ってもみない仙蔵の行動にドキドキしていた。
(これは反則だろ・・・)
何とか平常心を保ちつつも、学園一さらさらで綺麗とされる髪が目の前で揺れ、雪のよう
に白い肌がすぐにでも触れることが出来るくらいすぐ側にある。思いきり抱きしめたいと
いう衝動に駆られながらも、長次は必死でそれを堪え、自分の読んでいる本に何とか集中
しようと努力した。
パサっ・・・
しばらくそのままの状態で読書を続けていた二人だったが、突然、仙蔵の手から読んでい
た本が落ちた。どうしたのだろうと、本を読むのをやめ、仙蔵の方へ目を移してみると、
自分の胸に寄りかかりながら、仙蔵はすっかり眠りこけてしまっていた。
「仙蔵、仙蔵・・・」
軽く揺すって起こそうとしてみるが、全く起きる気配はない。すーすーと気持ちよさそう
な寝息を立てて眠っている仙蔵を見て、長次は苦笑する。
(全くしょうがないな。)
そろそろ図書室を完全に閉めた方がよいだろうと、長次が動こうとすると、仙蔵は寝ぼけ
ながら、ぎゅっと長次の服を掴んだ。
「んん・・・長次・・・」
あまりにも可愛らしいその仕草に、長次はきゅんとしてしまう。今ならこの図書室には、
自分と仙蔵しかいない。周りに誰の気配もないことを確認した後、長次はそっと仙蔵の唇
に接吻する。触れるだけの優しい口づけ。しかし、それだけでも長次の鼓動はいつもの倍
以上の速さでリズムを刻んでいた。
「さてと・・・」
自分の読んでいた本と仙蔵の読んでいた本をまとめると、長次は仙蔵を抱き上げ、その本
をもとの場所に戻した後、図書室の出口へ向かった。仙蔵を落とさないように、しっかり
と抱き直すと、図書室の戸締りをし廊下へと出る。仙蔵を自分の部屋に連れて行って寝か
せようか、それともちゃんと仙蔵の部屋に連れて行って寝かせようか、そんなことを考え
ながら歩いていると、前から伊作がやってくる。
「あれ?長次。・・・と仙蔵?」
話しかけてくる伊作に向かって、長次は口の前で人差し指を立て、静かにということを表
す。長次に抱えられている仙蔵を見て、伊作は仙蔵が眠ってしまっているのだということ
を悟った。
「仙蔵がこんなに無防備に眠っちゃってるなんて、珍しいね。」
「ああ。」
「きっと長次と一緒だからだろうね。いつもは冷静で非の打ち所もないって感じだけど、
こんなふうに眠っていると、何か可愛い感じかもー。」
その通りだと長次は伊作の言葉に頷く。長次と仙蔵に会って少し和やかな気分になってい
た伊作だったが、ふと自分の用事を思い出す。
「あー、そうだ。ぼく、文次郎のところに行かなきゃいけなかったんだ。なんか夜間訓練
してて、怪我しちゃったらしいんだよね。」
「そうか。」
「そうなんだよー。だから、もう行かなくちゃ。じゃあね、長次。」
「ああ。」
長次に手を振ると、伊作は救急箱を持ったまま廊下を駆け出す。特に廊下には何もないの
だが、何故か伊作は曲がり角のところで派手に転んだ。
「わあっ!」
どてっ!!
「さすが・・・不運委員・・・」
笑いが込み上げてくるのを堪えながら、長次は自分の部屋へ向かって歩き出した。とりあ
えず仙蔵の目が覚めるまでは、自分の部屋で寝かせようと考えたのだ。
仙蔵を自分の布団に寝かせると、長次はいつも身につけている縄標の手入れをし始める。
ピカピカに磨き、縄標をカタンと机の上に置くと、眠っていた仙蔵が目を覚ました。
「んん・・・あれ?」
「起きたか。」
「長次・・・?えっと、私、図書室に居たはずなんだが・・・」
何故こんなところに居るかが分からず、仙蔵はまだぼんやりする頭で考える。布団の中に
いることを考えると、図書室で眠ってしまったとしか考えられない。
「もしかして、私は図書室で寝てしまったのか?」
こくんと長次は頷く。無理矢理長次を残して図書室を使わせてもらったのに、何て失礼な
ことをしてしまったのかと、仙蔵は長次に謝った。
「すまない、長次。せっかく開けておいてもらったのに。」
「いや、気にするな。」
「ここに運んでくれたのも、長次だよな?」
「ああ。」
「本当に私はどうしてしまったんだろうな。普段はこんなことないのに。」
どうして今日に限って眠ってしまったりしたのだろうと、仙蔵は反省する。そんな仙蔵を
見て、長次は黙って仙蔵の頭を撫でた。
「長次・・・?」
「今日は、この部屋に泊まっていけ。」
「えっ?」
「今日は、仙蔵と一緒に寝たい。」
はっきり言うなあと、仙蔵は軽く頬を赤く染めながら長次の顔を見た。いつもと同じ無表
情であるが、自分と同じようにほのかに赤く染まっているような気がした。
「まあ、今日は迷惑をかけてしまったからな。長次がそうしたいならいいぞ。」
ふっと口元に笑みを浮かべながら、仙蔵は答える。仙蔵の柔らかな笑顔を見て、長次はそ
の体を抱きしめたい衝動に駆られる。
「仙蔵・・・」
「何だ?長次。」
「・・・・抱きしめても、いいか?」
その言葉にドキッとする仙蔵だったが、特に断る理由もない。自ら腕を長次の首に回し、
ぎゅうっと抱きつく。
「せ、仙蔵っ・・・」
「何故だろうな?長次と居るとすごく落ち着く。抱きしめるくらい、いちいち断らないく
てもいいぞ。人前じゃなければな。」
そう言われたらもう遠慮しなくてもよい。長次は仙蔵の細い体をしっかりと抱きしめた。
腕の中に仙蔵のぬくもりを感じ、長次は胸が高鳴りつつも、ひどく安心する。
「長次。」
首に腕を回したまま、仙蔵は顔を上げた。そして、ニッと笑うとそのまま唇を長次の唇に
くっつけた。
「っ!?」
「図書室で迷惑をかけてしまったのと、部屋に運んでくれた礼だ。悪くはないだろ?」
悪戯に笑いながらそんなことを言ってくる仙蔵を、長次はどうしようもなく愛しく思う。
先程よりも抱きしめる力を強め、全身で仙蔵を感じる。そんな長次の抱擁を受け、仙蔵は
感じ取った。言葉で言われなくても、自分を抱きしめてくれる腕の強さでハッキリ分かる。
「長次は、本当に私のことを好いてくれているんだな。」
「・・・ああ。」
「私もだぞ、長次。」
照れたような表情で、仙蔵はニッコリと笑う。図書室に居る時から、仙蔵にはドキドキさ
せられっぱなしだと思いつつも、それがひどく心地よいと、長次はこの幸せな一時を存分
に味わうのであった。
END.