Smiling Holiday

全国大会が終わって、しばらくして、氷帝学園テニス部レギュラーメンバーの三年は、私
物の整理に部室にやってきていた。
「それにしても、跡部。マジその髪型笑えるぜ。」
「アーン?テメェに言われたかねぇぜ。岳人。」
「何でだよ!」
「ほらほら、妙なことでケンカしてへんで、さっさと片付けしい。」
全国大会の青学戦で、坊主になってしまった跡部は、さすがにショックを受けるだろうと
周りは思っていたが、ここは、帝王跡部様。そんなことは全くなかった。開き直り、坊主
も似合うだろうと言い出す始末だ。
「宍戸ー、宍戸はどう思う?跡部のあの髪型。絶対おかしいよな?」
「別におかしくはねぇと思うぜ。それなりに似合ってると思うし。」
「何だよー、宍戸まで跡部の味方しやがって。」
子どもが拗ねるような表情で、岳人は言う。初めはその髪型に慣れず、岳人以外のメンバ
ーも跡部と会うたびに、必死で笑いを堪えていたが、最近やっと慣れてきた。しかし、言
葉ではああ言っておきながらも、いまだに跡部の髪型に慣れることが出来ない者が一人。
そう宍戸である。他のメンバーに比べて、跡部と一緒にいる機会が多かった宍戸は、今ま
での跡部の印象が強すぎて、なかなか慣れることが出来ないのだ。
「よし、俺の私物は終わり!」
「えっ、マジかよ?滝、早ぇー。」
「しゃべっとるからアカンのやで、岳人。俺もあと少しで終わりやからな。」
「えー、侑士も早すぎだって!俺も早く終わらせなきゃ!」
他のメンバーが次々に片付けを終えていくのを見て、岳人は慌てて片付けを進める。その
甲斐あって、滝と忍足の次に、片付けを終わらせることが出来た。
「よっしゃ。終わり!」
「ジローは今日来てないからいいとして、跡部と宍戸はまだかかりそうなの?」
「ああ。俺は部長の引継ぎ的な作業もあるからな。」
「俺もまだかかりそう。」
まだ、作業の終わらない跡部と宍戸に滝はそんな質問をする。もし、まだまだかかるよう
なら、先に帰りたいと思っているのだ。
「そっか。じゃあ、俺達、先に帰ってもいい?」
「ああ。構わねぇぜ。やることもねぇのにここにいられても仕方ねぇからな。」
「分かった。じゃあ、先に帰ることにするよ。」
「そうだな。片付け終わったらすることもねぇし。侑士、一緒に帰ろうぜ!」
「ああ。ええよ。ほなら、片付け頑張ってや。」
「おう!じゃあな。」
滝、岳人、忍足が部室から出て行くのを見送ると、宍戸はふと目線を跡部に移す。たまた
ま、跡部も宍戸の様子をうかがっていたため、ばちっと目があった。まさか、目が合うと
は思っていなかったので、宍戸はふいと目をそらす。
「どうした?」
「べ、別に。何でもねぇよ!」
「テメェはそんなに片付けるものもねぇだろうに、何ぐずぐずやってんだ。」
「ウルセー!俺は、キチンと片付けんのが好きなんだよ!」
跡部の片付けに時間がかかることを知っていた宍戸は、もう少し跡部と一緒にいたいがた
めに、わざと片付けに時間をかけていたのだ。
「ああ、そうかよ。」
不機嫌そうな声でそう答えられ、しばらく沈黙が続く。それでも、もう少し時間をかせご
うと、ゆっくり片付けをしていた宍戸だが、結局、片付け終わってしまった。長く続く沈
黙ともうここにいられる理由がなくなってしまったことで、宍戸は思わず溜め息をついた。
「はあ・・・」
その溜め息を聞いて、跡部はパソコンを打つのを止め、ソファに移った。
「おい、宍戸。」
突然名前を呼ばれ、宍戸はドキっとする。平静を装って振り向くと、いまだに見慣れない
跡部が偉そうにソファに座っている。
「な、何だよ・・・?」
「話がある。ちょっとこっちに来い。」
「お、おう。」
いつになく真剣な顔をしている跡部を見て、宍戸はただその言葉に従うしかなかった。跡
部のソファから少し離れたところに座ると、不機嫌そうな口調で怒られる。
「何でそんな中途半端なことに座ってんだ。もっと、俺に近いところに座れ。」
「・・・・・・」
ここは、素直に言うことを聞かないとヤバイなあと、宍戸は跡部のすぐ近くに移動した。
気まずい空気が二人の間を流れる。そんな気まずさに耐え切れなくなり、宍戸は口を開い
た。
「は、話って何だよ・・・?」
言い出しにくいことなのか、跡部はなかなか口を開かない。何を言われるのかと思い、ド
キドキして待っていると、跡部の口が動いた。
「悪かったな。」
「は?」
思ってもみないことを言われ、宍戸は拍子抜けしてしまう。さっきの言葉には少しカチン
ときたが、謝られるほどのことではない。何のことを謝っているのだろうと考えていると、
跡部はバツが悪そうに溜め息をついた。
「・・・全国大会のことだ。」
「へっ?あ、ああ。」
「せっかくテメェらが、繋げてくれたのによ。」
「あー、でも、あれはしょうがねぇよ。負けたのは跡部だけじゃねぇし。」
特に跡部の所為で負けたとは思っていない宍戸は、さらっとそんなことを言う。しかし、
跡部は今までに見せたことのない表情を宍戸に見せた。その顔を見て、宍戸はズキンと胸
の奥が痛む。まるで、跡部の心の痛さがそのまま伝わっているかのように。
「負けちまったのは仕方ねぇと思ってる。これを次に繋げれば、問題ねぇわけだからな。
でも・・・やっぱり、勝ち残りたかった。」
その気持ちは、もちろん宍戸もよく分かっていた。分かってはいるが、それをなかなか消
化出来ない。そんな葛藤が、今の跡部をこんなふうにしているのだ。いつもとは違う跡部
の弱い部分を見たようで、宍戸は何とも言えない切ない気持ちになったが、ここで自分ま
でへこむのは、ダメだと感じる。
「激ダサだな。」
「アーン?」
「俺らだって、負けて悔しいのは同じだ。でも、テニスはここで終わりじゃねぇ!それに
跡部は俺らなんかよりずっとずーっとスゲェんだからよ。そんな弱い顔見せんじゃねぇ!」
そんなことを言う宍戸を見て、跡部はポカンとしてしまう。まさか、宍戸にこんなことを
言われるとは思っていなかった。しかし、心の中で何かが吹っ切れたような気がした。一
度負けを経験し、再び這い上がってきた宍戸の言葉には、他の者が言っても感じられない
説得力があった。
「まさか、テメェにそんなこと言われるなんてな。」
「うっ、だって、テメェが・・・」
うつむく跡部を見て、言ってはいけないことを言ってしまったのかと、宍戸は言葉に詰ま
る。余計に落ち込ませてしまったのではないかと、心配したが、次の瞬間、宍戸の体は跡
部の腕に包まれた。
「わっ・・・」
「サンキューな、宍戸。テメェの言う通りだぜ。」
耳元で囁かれ、宍戸の心臓は高鳴るが、それと同時に、ホッとした。これなら跡部も大丈
夫。そう確信出来たからだ。
「お、俺がこんなこと言っても、あんまり嬉しくねぇかもしれねぇけどよ・・・」
「ああ、何だ?」
腕の力を緩め、跡部は少し宍戸から離れる。そして、じっと宍戸の顔を見た。
「越前と試合してる時の跡部、激かっこよかったぜ。」
「・・・・・」
「確かに試合の結果は負けちまったけど、俺は、あの時の跡部が、世界で一番カッコイイ
って思った。」
真っ赤になりつつ、そんなことを言う宍戸に、跡部はどうしようもない愛しさを感じる。
先程までの、心のもやもやなどどこかに飛んでいってしまった。
「本当、テメェには敵わねぇぜ・・・」
「えっ・・・?」
宍戸の短い髪をくしゃっと掴み、跡部はふっと笑う。
「次の連休、二人でどこかに行かねぇか?」
「別に今のところ予定はねぇから、行ってやってもいいぜ。」
「なら、決まりだ。楽しみにしてるぜ。」
「お、おう。」
いきなりのお誘いに少々戸惑う宍戸であったが、断る理由など全くなかった。嬉しそうに
笑う跡部を見て、ふわっと心が温まる。以前とは違う容姿だが、中身は全く変わってはい
ない。そんなことを感じつつ、宍戸は自らぎゅっと跡部に抱きついた。
「跡部、まだ、片付け終わってねぇだろ?俺、手伝ってやるよ。」
「ああ、そりゃ助かるぜ。サンキューな。」
まだまだ、跡部と一緒にいられる。そんな嬉しさから、宍戸の顔もいつの間にか、跡部と
同じように緩んでいた。

その週の週末は三連休になっていた。その三連休を使い、跡部と宍戸は小旅行に出かける。
もちろん移動は、跡部の家の車。跡部と旅行をするといろいろな面で楽だなあと思いつつ、
宍戸は、跡部とその車に乗り込んだ。
「跡部、俺、まだ行き先聞いてねぇんだけど、どこに行くんだ?」
「それは、着いてからのお楽しみだ。」
跡部が連れて行ってくれるところなら、それほど悪くはないだろうと、宍戸は素直に到着
するのを楽しみにすることにした。
「なあ、この前さ、岳人が跡部のその髪型がおかしいって言ってただろ?」
「ああ、言ってたな。」
「実を言うと、俺もまだ慣れてねぇんだな。」
苦笑しながら、宍戸は正直にそう告白する。その途端、跡部の眉がぴくっと動いたが、そ
こまで怒っている様子ではない。
「この前、おかしくはねぇって言ってたじゃねぇか。あの言葉は嘘なのかよ?」
「いや、それは嘘じゃねぇよ。今でも似合ってると思うし。ただ、まだ少し違和感がある
って感じ。俺が髪切っちまった時、跡部もこんな気持ちだったのかなあって思ってよ。」
自分も髪を切った後、しばらく跡部に微妙な表情をされたことがあった。その時は、特に
気にしていなかったが、今になってその気持ちがよく分かる。
「テメェは、今の俺の髪型と、前の髪型とどっちがいいんだよ?」
「別にどっちも跡部だから、どっちかが嫌だってことはねぇけどよ、あえて選ぶとしたら、
前の髪型の方が好きかもしれねぇな。」
「そうか。まあ、髪なんて数ヵ月経ちゃあ伸びるからな。あれくらいの長さに戻るまでに
は、そんなに時間はかからねぇだろ。」
「だよな。ちなみに跡部は、今の俺の髪型と前の髪型とどっちが好きなんだよ?」
「そんなの前の髪型に決まってんだろ。今の髪型も嫌いじゃねぇが、やっぱり物足りねぇ
気がする。また、伸ばせよ。せっかく綺麗な髪質なんだからよ。」
「ま、テメェにそこまで褒められちゃ、伸ばさないわけにはいかねぇな。」
たとえ髪が短くても長くても、跡部は跡部であるし、宍戸は宍戸である。そんなことを確
認しつつも、前の髪型がよいと言い合う。テニスのために切り落とされた髪は、二人が成
長するための贄のようなものであった。しかし、時が経てば、また、もとに戻る。前と同
じ髪型に戻った時には、二人とも今とは比べ物にならない程の強さを手に入れているはず
なのだ。そんな少し先のことを想像しながら、二人は顔を見合わせて笑った。

小一時間ほど、車を走らせると、とある場所に到着した。そこは、いくつかある跡部の別
荘の内の一つであった。
「着いたぜ、宍戸。」
「おっ、マジで?どんなとこだよ?」
わくわくしながら、車を降りると宍戸はその景色のよさに感動する。緑に囲まれた山のよ
うな場所ではあるが、少し見る方向を変えれば、広い海が広がっているのだ。
「うわー、すっげぇ!」
「なかなかの景色だろ?俺的には結構気に入ってるんだぜ。」
「おう!海も山も満喫出来るなんて、最高じゃねぇか!」
思った以上によい場所に連れて来られたので、宍戸は大はしゃぎ。これは、いろいろなこ
とが楽しめそうだと、わくわく感で胸を躍らせている。
「今日から三日間は、ここで俺と二人きりだぜ。誰にも邪魔されずに何でも出来る。」
「メイドとか執事とかもいねぇのか?」
「ああ。今回はマジで二人きりだ。たまには、いいだろ?」
いつもはこういうところに出かけると、必ずお付きのメイドや執事がいるのだが、今回ば
かりは違うようだ。食事などはどうするのだろうと、少し疑問に思いながらも宍戸は、跡
部と二人きりでいられることを素直に喜んだ。
「跡部と二人きりか・・・。ちょっと心配なとこはあるけど、いいと思うぜ。」
「そうか。なら、問題ねぇな。」
「へへへ、この三日間、楽しみになってきたぜ!」
にこにこしている宍戸を見て、跡部は連れてきてやってよかったと思う。せっかく二人き
りの連休なのだ。楽しまなければ意味がない。
「ひとまず部屋行って、荷物置いてくるか。遊ぶのはそれからにしようぜ。」
「おう!」
荷物を持ったままでは、動くにも動けないということで、二人は豪邸とも見えるような別
荘の部屋にひとまず移動することにした。

一日目は、日が暮れるまで、二人はテニスをしていた。全国大会で負けた鬱憤を晴らすよ
うに、何ゲームも続けて試合をする。汗だくになり、全力を出し尽くす感覚は、テニスで
しか味わえない心地よさを伴う。最後はもう勝ち負けなど関係なく、ただひたすらにボー
ルを打ち合った。
「はあー、もう打てねぇー!」
夕闇に包まれた辺りで、宍戸はテニスコートに膝をつき、そう叫ぶ。跡部もかなり息が上
がっていた。
「今日はこれくらいにしとくか。明日も明後日もあるしな。」
「すっげぇ汗だく。跡部、シャワー浴びてぇ。」
「そうだな。戻ってシャワー浴びるか。もう日も暮れちまったし。」
もう十分テニスは出来たしと、跡部は別荘に戻ってシャワーで、汗を流そうと宍戸に提案
する。もちろん宍戸も、それには大賛成だった。跡部の別荘に戻ると、着替えも持たずに
二人はそのまま、バスルームへと向かう。タオルやバスローブは、もともとそこに備えつ
けられえているので、特にあらためて用意する必要がないのだ。
「ふー、汗で服がびしょびしょだぜ。」
「ああ。結構動いたからな。」
「やっぱ、ここの風呂もデカイのか?」
「いや、ここはそうでもねぇぜ。うちの屋敷に比べたら全然だ。」
そうなのかと素直にそう信じて宍戸は、脱衣所から浴室へ入る。跡部の言葉とは裏腹に、
宍戸の目に映ったのは、ゆうに十人は入れるだろうと思えるほどの広い浴室だった。
「・・・どこがそうでもねぇんだよ。」
「アーン?うちの風呂に比べたら全然狭いだろ?」
「確かにそうだけどよ、これは一般的には広いって言うんだぜ。」
「一般なんて知ったこっちゃねぇ。それより、さっさと入るなら入れ。」
やっぱり跡部の感覚は、いろいろなところでずれていると思いながら、宍戸は洗い場へと
向かった。洗い場もやはり普通ではありえない数が備わっている。比較的湯船に近い洗い
場で、宍戸はひとまず、ぺたぺたする体を水で流し始めた。
「あー、気持ちいー。」
「ちゃんと、体洗ってから入れよ。」
「分かってんよ。跡部、シャンプーってどれ?」
宍戸の目の前には、鮮やかな花の模様のボトルが三本並んでいるが、表示が全て英語のた
め、どれがどれだか分からない。そのうち、キャップの部分が赤いものを手に取り、跡部
は宍戸に渡した。
「フタの部分が赤いのがシャンプーで、青いのがコンディショナー、白いのがボディーソ
ープだ。覚えたか?」
「えっ、ちょっと待って。赤がシャンプーで、青がコンディショナー?んで、白いのがボ
ディーソープか?」
「そうだ。間違えるなよ?」
ニッと笑って跡部は、自分の髪を洗い始める。宍戸は必死で今跡部に言われたことろ覚え
ようとぶつぶつと繰り返す。
「宍戸、黄色のフタは何だ?」
「へっ?黄色?え、えっと、赤がシャンプーで、青が・・・あれ?だー、もうっ!跡部の
所為で分かんなくなっちまったじゃねぇか!」
「あははは、ホント、テメェは面白ぇーな。」
見事にひっかかってくれる宍戸に、跡部は大笑い。からかわれたことに対して怒った宍戸
は、シャワーから出る水を跡部の顔にかけた。
「ぶっ!痛っ、目に泡が・・・」
顔にかかった水は、髪を洗っていたシャンプーを流し、跡部の顔に流れる形になった。目
にシャンプーが入り、痛がる跡部を見て、今度は宍戸が大笑い。
「あはは、激ダサー!」
「宍戸、テメェ、俺様にこんなことして許されると思ってんのか?アーン?」
自分の使っているシャワーで、目に入ったシャンプーを流すと、跡部は怒ったような表情
で、宍戸を睨む。そして、さっきの宍戸と同じようにシャワーの水を宍戸の顔めがけてか
けた。しかも、宍戸よりも容赦がなく、しつこいほどに水をかけ続ける。そんなことをさ
れれば、さすがに苦しくなり、宍戸は顔をそむけ、むせまくる。
「ゲホっ・・・ゴホっ・・・テメェ、俺、そこまでやってねぇぞ!」
半分涙目になりながら跡部を睨むが、跡部は仕返し完了と満足そうな笑みを浮かべている。
「ふん。俺様にあんなことをした報いだ。」
「だからって・・・」
「ほら、さっさと髪と体洗い終えねぇと、いつまでたっても湯船に入れねぇぜ。これ、貸
してやるからさっさと洗っちまえ。」
何だか絆された気分であるが、こんなどうしようもない争いをいつまでも続けていても仕
方がないので、宍戸は跡部から体を洗うスポンジを受け取り、体を洗い始める。さっきは
お互いにふざけ合って気づかなかったが、今使っているこのシャンプーやボディーソープ
の香りが、かなりよい匂いだということに宍戸は気がついた。
「このボディーソープ、なかなかいい匂いだな。」
「だろ?日本には売ってねぇもんなんだけどよ、結構気に入ってるから、取り寄せて、こ
の別荘にはいつも常備してんだよ。」
「へぇ。俺もこの匂い好きかも。しかも、これ、結構体に匂いが残らねぇ?」
「そうだな。風呂から上がってもしばらくは消えねぇかもしれねぇな。」
「じゃあ、寝るまでくらいはこの匂いに包まれてるってわけか。なかなかいいんじゃねぇ?」
相当その香りが気に入ったようで、宍戸はどこか嬉しそうな顔で体を洗う。もちろん跡部
もそれと同じボディーソープで体を洗った。
「よし、体も洗い終わったし、そろそろ湯船に入るか。」
「おう。おっ、今日の風呂は白いんだな。」
湯船に溜められているお湯の色を見て、宍戸はそう呟く。入浴剤で色をつけてあるだけな
のだが、その乳白色がどこか安心感を与えてくれる。二人で湯船に入ると、その真っ白な
お湯が湯船の外に溢れる。
「ふー、いい感じの温度だな♪」
「ああ。そうだな。」
「跡部、風呂から上がったらどうすんだ?まだ、寝るまでには結構時間あるよな?」
「そうだな、ひとまずは夕飯を食うだろ。その後は、まあ、部屋に行って適当に時間を潰
せばいいんじゃねぇ?」
本当に適当だなあと思いつつも、それ以外ないだろうということで、宍戸は跡部のこの提
案に頷いた。十分にお風呂を満喫すると、二人は浴室から上がる。しっかり体を拭き、バ
スローブを羽織ると、二人は夕飯を食べるために、食堂へと向かった。

食堂には、跡部と宍戸しかこの屋敷にはいないにも関わらず、豪華なディナーがテーブル
いっぱいに並んでいる。それを見て、宍戸は驚く。どこからこんなご馳走が出てきたのか、
全く想像がつかなかった。
「うわあ、何だよ、この夕食。絶対、コックいるだろ。」
「いや、今はもういないぜ。確かにうちのコックに作らせたが、俺達が来る頃には帰るよ
うに言ってあるからな。」
「なるほどな。とにかく俺らがいるところには、現れないようにしてあるってことか。」
確かに二人きりではあるが、やはり、夕飯の用意や片付けはコックなどにやらせるようだ。
何だか手品のようだなあと思いながら、宍戸は用意されている椅子に座った。
「じゃあ、食うか。」
「そうだな。」
『いただきます。』
声をそろえてそう言うと二人は、目の前にある豪華なディナーを食べ始めた。
「やっぱ、跡部んとこの料理うめぇー。」
「当然だろ?食材だって最高級のものしか使ってねぇんだからよ。」
「こんなにうまい飯が毎日食えるんだったら、跡部んちで暮らしてぇな。」
「だったら、俺の嫁になるか?」
冗談まじりで言った跡部の言葉に、何故だか宍戸は真っ赤になる。
「な、何、アホなこと言ってんだよ!」
「テメェこそ、何でそんなに動揺してんだよ?冗談に決まってるだろ。」
あまりにも可愛い宍戸の反応に、跡部は口元を緩ませる。本気にしてまったことが恥ずか
しく、宍戸はさっきよりもさらに顔を赤く染め、黙ってうつむいてしまう。それがまたお
かしくて、跡部は笑いを堪えることが出来ない。
「くくっ・・・」
「わ、笑うなっ!」
「テメェといると、本当飽きないぜ。可愛すぎだ。」
「可愛いとか言うな!」
必死で言い返す姿がまた可愛くて、跡部は顔がニヤけてしまうのを抑えられない。あまり
にも跡部が笑ってくるので、宍戸は不機嫌そうに食事をただ黙々と進めた。

食事を終えると二人は寝室へと向かう。まだ眠るには早すぎる時間ではあるが、特にする
こともないので、部屋でまったりくつろぐことにしたのだ。
「いい加減機嫌直せよ。いつまでそんな仏頂面してる気だ?」
「ウルセー!テメェが悪ぃんだろ!」
部屋に来たものの、さっきのことで宍戸はいまだに機嫌が悪い。このままでは、くつろぐ
にもくつろげないと、跡部は何とかして宍戸の機嫌をよくしようとする。
「宍戸。」
「何だよ?」
不機嫌でありながらも、宍戸は跡部の言葉に反応する。くるっと振り返った瞬間、宍戸の
体を跡部の腕に包まれた。
「なっ・・・」
「さっきは悪かった。機嫌直せよ。な?」
こんなふうにされれば、怒りよりもときめきの方が勝ってしまう。まだ、少し納得いかな
い部分はあるが、このまま不機嫌でいるのも面白くない。ここは素直に機嫌を直してやる
ことにした。
「仕方ねぇなあ・・・」
そんな宍戸の言葉を聞き、跡部はふっと笑う。そして、宍戸の額にちゅっとキスをしてや
った。
「なあ、気づいてるか?」
「は?何が?」
「テメェ、すげぇイイ匂いするぜ。」
「そうか?」
特に意識をしていないと気づかないが、しっかりと意識をすると、バスルームで使ったシ
ャンプーやボディーソープの香りが鼻をくすぐる。
「風呂で使ったシャンプーとかの匂いだ。」
「ああ。それがテメェの匂いと混ざって、より俺好みの匂いになってるぜ。」
跡部が首筋に鼻を近づけてくるので、宍戸はドキッとする。その瞬間、跡部の体からもそ
のよい香りが香ってきた。
「跡部も・・・イイ匂い。」
跡部の体から香る香りにうっとりしながら、宍戸は呟く。
「自分の匂いと俺様の匂い、違うの分かるか?」
「えっ?」
跡部に言われ、宍戸は自分の着ているバスローブの匂いをかいでみる。確かに跡部から香
ってくる匂いとは、似ているようで少し違う。
「本当だ・・・」
「まあ、俺のこっちの匂いの方が好きだけどな。」
そう言いながら跡部は、宍戸のバスローブに顔を埋める。近づく跡部から香ってくる匂い
と跡部のその行動に宍戸の心臓は、バクバクと速くなってゆく。
「あ、跡部・・・」
「アーン?どうした?」
「そんなに近づかれると・・・」
「何だよ?」
「匂いに・・・やられる・・・」
熱を持った顔を拳で隠しながら、宍戸は言う。そんな反応を見せる宍戸を見て、跡部はす
っと宍戸から離れた。
「だったら、もっとこの匂いにやられちまおうぜ。」
不敵な笑みを浮かべ、跡部は宍戸の腕を引き、ベッドに倒した。
「うわっ!」
「どうせまだ、寝るには早い時間だ。少し運動してから寝ようぜ。」
「昼間、山ほど運動したじゃねぇか!」
「あの程度じゃ、動き足りねぇよ。テメェだって、少しはしたいとか思ってんだろ?」
「うっ・・・」
体から香る匂いの所為で、何だか変な気分になってきているのは確かだった。宍戸が否定
しないのを見て、跡部はニヤリと笑う。
「ほら見ろ。安心しろ。悪いようにはしねぇからよ。」
「こ、この匂いの所為だからな!」
「はいはい。それじゃ、始めるぜ。」
匂いがいけないんだということで、宍戸は跡部の誘いに素直に応じる。どんな理由であれ、
跡部にとっては宍戸とそういうことが出来るのであれば、それだけで満足であった。花の
匂いに包まれながら、跡部は愛しい宍戸の唇に甘い甘いキスを落としてやった。

窓から差し込む光で目を覚ますと、宍戸はあまりにも近くにある跡部の顔に驚いた。ゆっ
くりと起き上がってみると、衣服を何も身につけていないことに再び驚く。
「あー、昨日、そのまま寝ちまったのか・・・」
昨日の夜のことを思い出し、多少恥ずかしくなりながら、宍戸は服を着ようとベッドか
ら出ようとする。しかし、その瞬間、強い力で手首を掴まれた。
「どこ行くんだ?」
「跡部、起きてたのかよ。別にどこにも行かねぇぜ。服着ようかなあって思ってよ。」
「そうか。」
宍戸の言葉を聞いて、跡部は宍戸の手首を掴んでいた手を離す。そろそろ自分も着替える
かと、ベッドから起き上がり、服を取りに行く。
「ほら、これ、テメェの分の服だ。」
「おっ、サンキュー。跡部にしては、いいデザインの服じゃねぇ?」
「テメェに似合う服を見立ててやっただけだ。」
まともなデザインの服を渡され、宍戸はホッとしながら、その服に着替える。どちらも着
替え終えると、ひとまず身支度を整えようと洗面所へ向かった。
「なあ、今日はどうすんだ?」
「そうだな・・・テメェは山と海、どっちに行きたい?」
「うーん、今の時期だと海に行っても泳げねぇからなあ。山のがいいかも。」
歯磨きや洗顔をしながら、跡部と宍戸は今日の予定を決める。だいぶ秋めいてきた今の時
期に海に行っても、特にすることがないと、宍戸は山へ行きたいと言う。跡部としては、
宍戸と一緒ならばどこでもよかったので、宍戸の意見をそのまま取り入れ、山へ遊びに行
くことにした。

軽く腹ごしらえをすると、二人は別荘の敷地内にある森の中へと入る。しばらく、木々に
囲まれた道を歩いていくと、どこからか川のせせらぎが聞こえてきた。
「何か水の音がする。」
「ああ。この先に小川があるんだ。何なら行ってみるか?」
「おう。」
少し道を外れた森の奥へと入ってみると、跡部の言う通り小さな小川がその姿を現した。
透きとおった水に、穏やかな流れ。都心では絶対に見られない綺麗な小川に、宍戸は目を
輝かせる。
「うわあ、すげぇ綺麗な川だな。」
「魚も多いし、夏は蛍とかも見られるんだぜ。」
「へぇ。ちょっと触ってみてもいいか?」
「ああ。でも、冷たいと思うぜ。」
興味本位で宍戸はその川に手を入れてみる。手が凍りつきそうなほど、その川の水は冷た
かった。
「わっ、激冷てぇ!」
「だから、言っただろ。でも、飲むとすげぇうまいんだぜ。」
「この水、飲めんのか?」
「ああ。最高の天然水だぜ?」
そう言うと跡部は、両手でその川の水を掬い、口へと運ぶ。それを見て、宍戸も同じよう
に川の水を飲んでみる。
「本当だ!この水激うめぇ!」
「だろ?まだまだ時間あるし、ここで少し休んでいくか?」
「おう!こんなとこ、そう滅多に来れねぇしな。」
こんなによい場所からすぐに去ってしまうのは、もったいないと、宍戸は跡部の提案に頷
いた。しばらくせせらぎの音や鳥の鳴き声を聞きながら、くつろいでいたが、それだけで
は物足りなくなり、宍戸は跡部に話しかける。
「なあ、跡部。」
「アーン?」
「跡部は、高等部行ってもテニス続けるよな?」
「当然だろ。テメェは続けねぇのか?」
「続けるに決まってるだろ!でもよ・・・」
キッパリと言い切ったわりには、続ける言葉が弱い。テニスはもちろん大好きで、高校に
入っても続ける気は満々なのだが、宍戸には一つの不安があった。
「でも、何だ?」
「跡部は、絶対すぐにレギュラーになれると思うんだ。でも、俺はそうすぐにはなれねぇ
んじゃねぇかなあって思ってよ・・・」
「フン。激ダサだな。」
「はあ?何で俺のセリフ取るんだよ!」
自分の口癖を取られ、宍戸は思わず声を大にする。
「テメェは、確かに俺に比べれば、弱いだろうよ」
「ぐっ・・・」
「でもよ、テメェは一度負けたにも関わらず、また這い上がってきた。その根性は、俺も
認めざるを得ない。ダブルスになったが、関東大会でも全国大会でも試合には勝ってるし
な。」
「でも、それは、長太郎がいたから・・・」
「全国大会での青学戦、最後の一球、テメェは何を考えて、菊丸や大石のいるコートに返
した?」
その時のことを宍戸は思い出す。あの時、頭にあったのは、自分の復帰を後押ししてくれ
た跡部にどうしても繋げたいという一念だけだった。
「跡部に・・・どうしても繋げたいと思ってた。」
宍戸が最後の一球を返したとき、言葉にしなくとも、その思いはしっかりと跡部に伝わっ
ていた。そのことを今、宍戸の口から聞き、跡部は確信に満ちた笑みを浮かべながら言う。
「その気持ちがありゃ、テメェはレギュラーになれる。」
「えっ?」
「俺はどんどん上に行く。後ろなんて振り返らねぇ。」
跡部がそういう思いでテニスをしているのは、宍戸もよく分かっていた。しかし、何故そ
れを今言うのかは分からなかった。
「テメェは、俺とテニスを続けたいんだろ?」
その言葉を聞いて、宍戸は自分が今まで気がつかなかったことに気がついた。そうだ、自
分は跡部とテニスを続けたかったから、あんなにも夢中になって、レギュラーに復帰した
かったんだと。
「どこまでも俺を追いかけて来い。そうすりゃ、高等部に入ってもすぐにレギュラーにな
れる。」
「跡部・・・」
「そんなことも分からずに、レギュラーになれるか分からねぇなんて言ってやがるから、
激ダサだって言ってやったんだ。」
跡部も自分のことを見ていてくれているのだということを知り、宍戸は何とも言えない嬉
しさと感動を覚える。胸の奥が熱くなるのを感じ、宍戸は込み上げてくる嬉しさを誤魔化
すかのようにうつむき、ボソっと呟いた。
「ホント、激ダサだぜ・・・」
「ん?」
「俺、絶対一年生のうちにレギュラーになってやる!少しでも早くテメェと同じコートに
立ちてぇからな!」
「ふっ、いい心意気だぜ。俺は俺のペースで前に進む。さっきも言ったが、後ろを気にし
たりはしねぇ。だがな、テメェのことだけは、いつでも頭の中に置いておいてやるよ。」
「・・・俺のことだけ?どうしてだ?」
「決まってるだろ?テメェが俺の中で特別な存在だからだよ。」
特別な存在という言葉を聞き、宍戸の胸はドクンと高鳴った。これほど嬉しい言葉はない。
「あー、ヤベェ・・・」
「どうした?」
「嬉しすぎて、もうどうしていいか分かんねぇ・・・」
「フン、だったら、素直に喜んどけ。ま、喜びの表し方は自由だけどな。」
何とかして、この嬉しさを跡部に分かってもらいたいと、宍戸は頭を回転させる。どんな
言葉を使っても何か足りない。だったら、行動で表してやれと、宍戸は跡部の頬にちゅっ
とキスをし、最高の笑顔で感謝の言葉を伝えた。
「サンキュー、跡部。跡部のおかげで、自分に自信が持てたぜ!」
予想だにしていなかった宍戸の行動に跡部は一瞬固まってしまう。しかし、この程度のこ
とで怯む跡部ではない。
「ま、テメェにしてはいい表現方法だと思うぜ。」
「へへへ、高等部行っても、一緒にテニス続けような、跡部。」
「ああ。」
森の奥の小川の辺で、少し先のことについて語り合う。テニスが好きだという気持ちとお
互いを想い合う気持ち。それが言葉になって、穏やかに流れる時間の中に、快さとときめ
きを施していた。

その日の夜、お風呂や夕食を済ませた後、跡部と宍戸は、夜の海へやってきた。今日の天
気は快晴で、風もなく、海は穏やかに波音を立てている。
「あー、すげぇ涼しくて気持ちいー。」
「今日は天気もいい感じだしな。」
今日は満月なので、金色の月明かりが海面をキラキラと照らしている。
「夜の海って真っ暗でちょっと怖いけどよ、こんだけ月が明るく照ってると綺麗だよな。」
「ああ。もう少し近づいて行ってみるか?」
「うーん、ちょっと怖いけど、少しくらいなら・・・」
裸足になり、跡部と宍戸は波打ち際に近づいて行く。真っ暗であるため、どこからが海か
分からない。いつの間にか、二人は足首が浸かるくらいまで、海の中に入っていた。
「冷てぇー。」
「まあ、この季節じゃな。」
寄せては返す波に足を洗われ、その冷たさを足元から全身へ浸透させる。じわじわと冷え
てゆく体に少しでも熱を与えようと宍戸は跡部の手を握った。
「おっ。」
「どうした?」
「珍しく跡部の手があったけぇ。」
「そうか?」
「おう。ぬくぬくしてる。」
手を自分の頬にあて、嬉しそうにしている宍戸を見て、跡部は無性にキスがしたくなる。
気づくと自然と顔が宍戸の顔に近づいていた。
「跡・・・」
『・・・・・・』
唇が触れ合うと、どちらも瞳を閉じた。熱を持った唇は、言葉以上に『想い』を伝える。
月の光を十分に内に含んだ波が、二人の足元で跳ねる。冷たい光がお互いの温もりをより
顕著なものにしていた。
「・・・気持ちいい。」
唇を離され、思わず零れた宍戸の第一声に跡部は、ドキっとする。冷たい海水が肌を濡ら
す感覚と、跡部に触れられる感覚、二つの心地のよい感覚が宍戸の心の箍を外す。
「跡部・・・」
「・・・何だ?」
「もっと、キスしていいぜ。」
ニッコリと満面の笑みを浮かべながら、そう言う宍戸に、跡部は意識の全てを奪われる。
しかし、そのことが直接的に宍戸にバレるのは避けたかった。いつものように余裕の笑み
を浮かべて、跡部は宍戸のその誘いに応えてやった。
「テメェがそんなにして欲しいなら、いくらでもしてやるよ。」
さっきよりも少し激しいキスを跡部は宍戸に施す。その余裕のなさから、宍戸は跡部が自
分のことをどれだけ想ってくれているかを感じる。それがまた嬉しくて、宍戸は跡部のそ
のキスに精一杯応えた。月の海は、しばらくすると満潮に向かい、だんだんと満ちてゆく。
それと同じように、跡部と宍戸の心の中も、お互いを感じることで、ゆっくりゆっくり満
ちていった。

あっという間に三連休も最後の日になり、二人は昼過ぎまで好きなことをして遊んでいた
が、すぐに帰る時間になってしまった。
「あー、何かあっという間だったな、この三日間。」
「そうだな。こんなに短く感じるとは思わなかったぜ。」
「でも、結構充実してた三日間だったと思うぜ!」
「そうか。」
少し寂しそうな顔しながらも、そんなことを言ってくれる宍戸に、跡部は満足感を覚える。
迎えに来た車に乗せてやると、名残惜しそうに宍戸は窓の外を眺める。
「また、連れてきてやるよ。」
「本当か?」
「ああ。機会があれば、何度でもな。」
「へへ、じゃあ、その時を楽しみにしてるぜ。」
宍戸の顔が笑顔に戻ったので、跡部は車を発進させた。二日前に通ってきた道を戻る。何
となく寂しさはあるが、隣には宍戸がいる。それだけで、何となく心の満たされない部分
が埋まるような気がした。そんなことを考えながら、ぼーっと宍戸の顔を見ていると、宍
戸がその視線に気がつく。
「何だよ?」
「いや、別に。」
「そんな熱視線送ってきといて、別にって何だよ?」
からかうように宍戸が言うと、跡部は苦笑しながら、正直に白状した。
「やっぱ、俺はテメェのことが好きなんだなあと思ってよ。」
しみじみと言うので、宍戸は何だか恥ずかしくなってしまう。
「な、何言ってやがんだ、こんなとこで。」
「テメェが聞きたがったんだろうが。」
「ウルセー、そんなこと言われるなんて思ってなかったんだよ!」
「何、照れてんだよ?」
「別に照れてなんかねぇ!」
明らかに照れているのに、宍戸は必死でそれを否定する。顔が赤くなっているのを隠すか
のように、宍戸は跡部の肩に顔をポスっと埋めた。
「何してんだよ?」
「ね、眠いから、ちょっと寝ようと思ってな。」
「何でわざわざ俺の肩使って・・・」
「テメェは俺のこと好きなんだろ!だったら、肩くらい黙って貸しとけ!」
何故か逆ギレ状態でそんなことを言ってくる宍戸を、跡部は本気で可愛いと思う。くすく
す笑いながら、頭を撫でてやると一度は手を振り払われたが、二回目以降は特に拒みはし
なかった。ふと気づくと、小さな吐息が首筋にかかる。
「本当に寝ちまいやがった」
まさか本気で寝るとは思っていなかったので、跡部は多少驚いたような顔を見せる。しか
し、幼い子どものような寝顔を見せられては、何となく気分も和んでくる。
「ガキみてぇな寝顔しやがって。ったく、どんだけ可愛いとこ見せりゃ気が済むんだ。」
ふにふにと頬を突っついてやれば、それを払うような仕草を見せる。
「んー・・・」
「柔らけぇ・・・食っちまいたくなるような手触りだな。」
あまりの手触りのよさに、跡部は思わず頬に口づける。
「アトベ・・・」
それに気づいたのか、宍戸はいったん目を開け、跡部の顔を見る。しかし、その目はどう
見ても起きているそれではない。寝ぼけたまま、へらっと笑うと、宍戸は跡部の唇に自らキ
スをした。宍戸のその表情と行動に、跡部の心臓は一気に速くなった。
「し、宍・・・」
ドキドキと胸を高鳴らせ、宍戸の名を呼ぼうとすると、宍戸は再び跡部の肩に顔を埋め、寝
こけてしまった。
「・・・・・・」
「くそ、今のは反則だ・・・」
赤くなる顔を押さえて、跡部は呟く。すぐ側にある宍戸の寝顔を見て、跡部は理性がなくな
りそうになるのを必死で堪えた。
「あー、マジで・・・もたねぇかも。」
運転手以外は自分と宍戸だけの車内。自分の本能と理性を闘わせながら、跡部はどうするこ
とも出来ない状況に悶々とするのであった。

                                END.

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