雪と十字架

一段と冷え込んだ冬のある日。その日は大雪だった。一日中降り続いた雪は町は真っ白に
染まっている。日が昇り、目を覚ました鳳は窓の外を見て驚いた。
「うわあ、こんなに積もったんだ。」
10cm以上積もっている雪はその一つ一つの結晶をキラキラと輝かせている。そんな景
色に目を奪われ、鳳は外に出たいという衝動に駆られた。
「朝御飯食べたら、公園にでも行こう。」
今日は都合よく休日だ。朝食を食べたら公園に遊びに行こうと鳳は少し厚着をしてから部
屋を出る。

コートを着て、手袋をし、マフラーも巻くという完全装備で外へ出た。天気は昨日とはう
って変わって快晴ではあるが、気温は5℃にも満たない。白い息を吐きながら、鳳は朝の
澄んだ空気の中、近くにある公園へと向かった。
「わあ、全部真っ白だ。」
公園はいつもと全く違う景色で、全てが白かった。まだ朝ということもあり、積もった雪
には足跡一つない。そんな雪に一つ一つ足跡を残しながら、鳳は公園の中へと入ってゆく。
中心にある広場までくると、その場に屈みこんで積もっている雪を手にした。踏みしめら
れていない雪の手触りはふわふわしていて、まるでかき氷を作った直後の細かい氷のよう
だ。それを自分の足元に集め、小さな塊を作ってゆく。その塊に葉っぱ二枚と赤い木の実
を付けて出来上がり。鳳は小さな雪うさぎを作り、一人雪遊びを楽しんだ。
「雪うさぎか。可愛いね。」
突然、自分のすぐ隣で声がし、鳳はドキっとする。ここには自分一人しかいないと思い込
んでいたのだから当然だ。驚きながらも声のする方を見てみると、そこには滝がにこにこ
しながら座っていた。
「滝さん!?」
「おはよう、長太郎。」
「な、何でこんなところにいるんですか?」
「朝起きたらすごい雪積もっててさ、居ても立ってもいられなくて遊びに来ちゃった。そ
したら、長太郎が居たからさ。」
「そうですか。」
滝の話を聞き、雪が降ってはしゃぎたくなるのは自分だけではないのだなあと何となく嬉
しくなる。
「本当すごい雪ですよねー。久しぶりですよ、こんなに雪で遊びたいと思ったの。」
「俺も。小さい頃は雪が降る度にはしゃいでたけど、最近はここまで寒いとあんまり外に
出る気になれないんだよね。でも、今日は来てよかった。長太郎に会えたし。」
足元にある雪を手に乗せ、太陽にかざしてキラキラ光るのを見ながら滝は言う。そんな滝
の姿を見ながら、鳳はふと何かが頭をよぎる。これと全く同じではないのだが、前にもこ
んな様子を見たことがある。それが何かが思い出せない。何だろうと考えこんでいると滝
が声をかけた。
「どうしたの?長太郎。そんな真剣に考え込んじゃって。」
「いや、別に大したことじゃないんですけど、今の状況ってかなり前にも体験したことあ
るなあって思って。いつだろう?」
「ふーん。何だろうね?」
鳳が小さい頃のことまではさすがに分からないので、そんなことしか言えない。考え込ん
でいる鳳を見ているとキラっと何かが光るのが見えた。いつも鳳が首に下げているクロス
のペンダントが太陽の光を反射したのだ。
「・・・ねぇ、長太郎。」
「はい、何ですか?」
「長太郎がいつもしてるそれってさぁ、どうしたの?」
「えっ?このペンダントのことですか?」
「うん。今、ふと目に入って思ったんだけど、俺も昔そういうペンダント持ってたなあと
思ってさ。」
「これは・・・確かもらったんだと思います。だいぶ小さい頃ですけど。」
十字架の部分を手に持ちながら鳳は答えた。それを言ったことでさっき自分が考え込んで
いたことの答えを思い出す。雪の中の記憶。それはこのペンダントをある人からもらった
時のことだった。

数年前、ちょうど鳳が小学校に入ったばかりの冬、今と同じようにたくさんの雪が積もっ
た日があった。小学校一年生といえば遊び盛り。ほとんどの生徒が雪合戦をして走り回っ
ている。その中で鳳は学園の広い校庭の隅っこで小さな雪だるまや雪うさぎを作っていた。
「へへへ、できた。」
仲良く並んだ雪だるまと雪うさぎを眺めて、満足そうに笑う。そこへ雪合戦をしていたク
ラスメートがやってきた。
「おおとり、そんなところですわってないでゆきがっせんやろうぜ。」
「ボクはいいよ。」
「なんでだよ?みんなやってるぜ。」
「ボク・・・なげるのへたくそだから。」
「たしかにおまえ、ドッジボールとかでもなげるのへたくそだよなあ。あっ、じゃあ、お
まえあてられるやくやれよ。」
「え・・・やだよ。そんなの。」
「おまえにあてても、おれらはあてられねぇもんな。」
小学校に入ったばかりというのは、まだ遊び方のルールもきちんと把握していない。しか
も傷つくようなことを意外と平気で言う。鳳に声をかけたクラスメート数人は鳳に向かっ
て雪玉を投げつけた。一人が投げた玉ならよけられようもするが、いっぺんに投げられた
らそう簡単にはよけられない。
「いたい!」
「いたかったら、なげかえしてみろよ。どうせあてられねぇけどな。」
簡単に当てられる上に投げ返してこない。いい標的を見つけたとクラスメートは次から次
へと雪玉を投げる。
「やめてよ。」
「おまえがおれたちにゆきだまひとつでもあてられたらやめてやるぜ。」
笑いながらそんなことを言うクラスメートに向かって、一つの雪玉を投げてみる。しかし、
その玉は全く見当違いの方向へ飛んでいった。それを見て、馬鹿にするように笑い、再び
雪玉を投げる。そんなクラスメートの行動を止めることも出来ず、鳳はただただ雪玉を受
け、涙がこぼれるのを必死で堪えていた。ふとした拍子に鳳はしりもちをついてしまう。
そこにはさっき作ったばかりの雪だるまと雪うさぎがあり、あっという間に壊れてしまっ
た。
「あっ!!」
雪玉が当てられることよりも今しがた作ったものが壊れたことに鳳は大きなショックを受
ける。さっきまで必死に我慢していた涙が一気にこぼれ落ちた。
「ふぇ・・・」
「こら、一年生。一たい三なんてひきょうだぞ!!」
泣き始める鳳の前に少しだけ大きな体が立ちはだかる。誰かは分からないがどうやら二年
生らしい。小学校一年生にとって二年生というのはかなり自分よりも偉い存在なのだ。二
年生に怒られ、クラスメートはその場から慌てて立ち去って行った。
「だいじょうぶ?」
ぺたんと雪の上に座ってる状態の鳳にその二年生は声をかける。雪だるまと雪うさぎが壊
れてしまったショックと助けてもらった安堵感から鳳は声をあげて泣いた。
「うわぁぁん!!」
「もうだいじょうぶだよ。どこかいたいの?ほけんしついく?」
あまりにも大泣きしている鳳を心配して、二年生の少年は優しく尋ねる。鳳は首を振って、
その二年生に抱きついた。困惑する二年生だったが、よしよしと頭を撫でて落ち着かせる。
しばらく泣いていた鳳だったが、その優しさからだんだんとその泣き方は小さなものにな
ってゆく。落ち着いてきたところを見計らい、二年生は何があったかを尋ねた。
「キミ、一年生だよね?さっきはどうしたの?いじめられてるの?」
鳳は黙って首を横に振る。そして、まだ嗚咽まじりの声で雪だるまと雪うさびが壊れてし
まったことを訴えた。
「ボク・・・ゆきがっせんやりたくないのに、ゆきだまなげられて・・・ころんじゃって
ゆきだるまさんとゆきうさぎさんがこわれちゃったの・・・がんばってつくったのにこわ
れちゃったの・・・」
「そっか。わるいやつらだね。それじゃあ、ボクといっしょに雪だるまとか作りなおそう
か。」
服についた雪をはらってやるとその二年生は鳳の手をとり雪を乗せた。ちょうどそこに太
陽の光があたりキラキラと輝いている。鳳は涙を拭うと二年生と一緒に雪だるまと雪うさ
ぎを作り直し始める。二人で作ったためにさっきよりも大きくな雪だるまと可愛い雪だる
まを作ることが出来た。
『できたー!!』
満足の行く作品が作れ、二人は顔を見合わせながら笑う。やっと笑ってくれたと二年生は
鳳の顔見てホッとした。そして、自分が今首にかけていたペンダントを外した。
「キミはわらってるほうがだんぜんいいよ。これ、ボクのおまもりだったけどキミにあげ
る。いつでもわらっていられるようにっておねがいしたからいつもつけててほしいな。」
小学生がつけるには少々高価すぎるとも思えるシルバーのネックレスをその二年生は今ま
でつけていた上に、鳳に簡単にあげる。こんなものをもらっていいのかと少し迷う鳳だっ
たが、せっかくくれるというのだからもらわないわけにはいかない。十字架の形をしたそ
のペンダントを受け取り、小さな手で自分の首につけた。
「ありがとうございます。」
「どういたしまして。あっ、そろそろ休みじかんおわっちゃう!!きょうしつにもどらな
くちゃ。」
校庭から見ることの出来る時計を見て、二年生は慌てて走り出した。自分も戻らなくては
と思う鳳だったがそこまで早くは走れない。雪の中をざくざくと歩きながら、その二年生
に向かって叫ぶ。
「たすけてくれてありがとうございました。このくびかざりずっとだいじにします!!」
「うん。じゃあね!!」
くるっと振り返った二年生は最高の笑顔だった。鳳はそんな一つ上の上級生の姿を見て、
優しくて可愛くて天使みたいな人だなあと子供心ながらに思うのであった。

「ってなことがあったんですよ。これはそのときもらったペンダントなんです。」
「へ、へぇ、そうなんだ。ふーん、そっか。」
途中までは鳳の思い出話と聞いていた滝だったが、途中から自分に関係ない話ではなくな
ってしまった。その所為で今どんな反応をしたらよいのか分からないのだ。寒さ以外の理
由で顔を赤らめ、目を泳がせている。
「どうしたんですか?滝さん。さっきから様子が変ですよ?」
「いや、別に。ただそんなことすっかり忘れてたなあと思って。」
「へっ?」
『すっかり忘れてた』という言葉に鳳は引っかかった。初めて聞く話ならそんな言葉は使
わない。この言葉を使えるのは、以前にその話を聞いたことのある人かその場にいた人だ。
「あー、そっか。あのペンダントなくしたんじゃなくて、あげてたんだ。」
頭を掻きながら、滝はそう呟いた。鳳のつけているペンダントは以前自分が持っていたも
のと似ているなあと前々から思っていたが、特に気にもとめていなかった。自分が持って
いたものはなくしたものだと信じ込んでいた。しかし、今の話を聞いてすっかり頭の中か
ら消えて去っていた記憶が蘇ったのだ。
「もしかして・・・あのときの二年生って・・・」
「うん。たぶん・・・俺。」
思い出してしまうとまた気恥ずかしい。何を言ったらいいのか分からず、二人は黙ってし
まった。しばらく沈黙が続くが何かを話さなければと思い、鳳は思いきって言葉を放つ。
「あの・・・」
「な、何?」
「今更ですけど、このペンダントくれて本当にありがとうございました。今ではすごく大
事なお守りですよ。」
「そ、そう。・・・そっかぁ、あのときの一年生って長太郎だったんだ。」
「俺、そんなに変わりましたか?」
「うん。だってその一年生、俺よりちっちゃかったもん。」
そのときのことを思い出しながら滝は言う。小学校低学年となると一年の差は大きく、上
級生の方が体が大きい。しかし、小学校高学年・中学生となればその差はほとんどなくな
り、逆転することもしばしばあるだろう。そのギャップから鳳に再び出会ったとき、以前
にあったことがあるなど夢にも思わなかったのだ。
「何か・・・嬉しくないっスか?」
「何が?」
「このペンダントくれたのが滝さんだったってことが、何だか嬉しいです。」
「俺も・・・忘れてたとはいえ俺のものを長太郎がこんなに大事にしてくれてるんだって
分かって、すごい嬉しいと思うよ。」
不思議な偶然が重なり、二人は遠い日の記憶を思い出した。何とも言えない嬉しさが心の
中に生まれてくる。お互いを知る前にお互いを思っていた事実。それは、まぎれもないこ
とで、今の二人にとってはとても重要な発見だ。
「長太郎。」
「はい。」
「雪だるま作ろう。二つ。」
思いついたように滝は言う。そんな滝の提案に鳳は大賛成だった。自分の体より少し小さ
い雪だるまを一つずつ作る。隣合わせに作られた二つの雪だるまは、まるで今の鳳と滝を
表しているかのように、寄り添い合い、幸せそうな顔をしていた。そんな雪だるまのまわ
りに滝は木の枝を使ってハートを描く。
「よし、完成!!」
「結構おっきいの出来ましたね。」
「うん。」
「でも、雪だるまってしばらくしたら溶けちゃいますよね。ちょっと寂しいです。」
「確かにね。でも、それはしょうがないことだし、この二つの雪だるまは溶けたら一つに
なるよ。それに、雪が全部溶けたらここに草が生えて花が咲く。それってすごく素敵なこ
とじゃない?」
雪だるまが溶けてしまうと寂しそうに呟く鳳に、滝は全然寂しくなんかないというような
ことを教える。溶けた雪だるまは一つになり、春になれば花が咲く。そう言われれば、確
かにそうだと鳳は妙に納得する。それなら寂しいことなど何もないだろう。
「雪だるまは春になったら花になるんですか?」
「そうだよ。この辺り、春になると花畑みたいになるじゃん。溶けた雪だるまは綺麗な花
に生まれ変わんだ。それで、また雪だるまになるのを待つ。この雪だるま達はずっと一緒
に居られるんだ。」
「何かロマンチックですよね。」
「でしょ?俺達もこの雪だるまみたいになりたいよね。」
「はい。どの季節も一緒に居られる・・・そんなふうになれたら、きっとすごく楽しいで
すよ。」
二つの寄り添い合う雪だるまを眺めながら、二人はそんなことを語り合った。明日からは
気温が上がるという。この雪だるまの寿命もそんなに長くはないだろう。しかし、雪だる
まは決して消えることはないのだ。一つになり、姿を変え、いつでも一緒にいることが出
来る。二人はそんな雪だるまに強い憧れを抱いた。しばらく雪だるまを眺めたあと、滝は
大きく背伸びをして鳳の方を振り返った。
「雪だるまも作り終えたことだし、長太郎、どこかに暖まりにいかない?」
「そうですね。手も足もすっかり冷えきっちゃってますもん。」
「じゃ、喫茶店にでも行ってお茶しよう。雪を見ながらね。」
「はい!!」
鳳の前に手を差し出し、滝は暖まりに行こうと誘う。鳳はその手を握り、笑顔で頷いた。
久しぶりに降った大雪。それは二人の忘れていた思い出を思い出させ、二人の気持ちを近
づけるのであった。

                                END.

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