Snug Days ― エピローグ ―

下校時間はとっくに過ぎているため、生徒用の昇降口は既に鍵がかかっていた。仕方がな
いと学校に残っていたメンバーは職員用の昇降口へと向かう。どのペアもそんな行動をと
ることになってしまったため、職員用の昇降口で、3つのペアははち合わせをした。
『あっ。』
「何だよ?テメェらまだ残っていやがったのか?」
「そっちこそ。こんな遅くまで何やってたのさ?」
「別に何だっていいだろ。で、テメェも何でこんな遅くまで残っていやがるんだ?忍足。」
「えっ!?えっと、岳人が実験したい言うてな、それに付き合ってただけやで。」
いきなり話をふられ、忍足はドギマギしながら答える。上手く誤魔化したつもりだったが、
跡部は岳人がどんな実験をするのか知っていた。
「ほう。岳人、実験は成功だったのか?」
「おう!完璧だったぜ!!」
「今回はどんなもん作ったんだ?」
「これだぜ。跡部先生にはいつもお世話になってるから、残りのヤツやるよ。」
ポケットから先程そういうことに使った人間版マタタビを取り出し、何のためらいもなく、
岳人は跡部に渡す。それを見て、忍足は驚いたような顔をする。
「えっ!岳人、ええの?」
「おう。一回作り方覚えちまえばまた作れるしな。それに、跡部先生もこういうアイテム
大好きだし。」
「どういうことやねん?跡部。」
「別に言葉の通りだぜ。まあ、効果のほどは後でじっくり確かめさせてもらうぜ。」
岳人から薬を受け取ると、跡部は意味ありげな笑いを浮かべ、それを鞄の中にしまった。
何だろうとすぐ側にいた宍戸は首を傾げる。
「岳人、今の何だ?」
「それは、使ってみてからのお楽しみだぜ。な、侑士♪」
「な、何で俺に振るん!?」
「だって、その効果を知ってるのは俺と侑士だけじゃん?それとも今ここでどんな薬か言
っちゃってもいいのか?」
「いや、それはアカン。宍戸、あんまり跡部に好き放題させたらアカンで。」
「余計なこと言うんじゃねぇ、忍足。ほら、さっさと帰るぞ、宍戸。」
これ以上何かを言われては、宍戸が無駄に警戒してしまうと、跡部は話を変えようとする。
まだまだ疑問は残る宍戸だったが、とりあえず早く跡部の家に行きたいと跡部の言葉に従
おうとした。靴を履いて、外へ出ようとすると、何かを思い出したように滝が跡部を呼び
止める。
「あっ、跡部。」
「アーン?何だ、滝?」
「書庫の本、来週の月曜が返却予定日なんだけど、どうする?延滞するなら別にしても構
わないけど。」
「あー、そういやそうだったな。別にあの本は読み終わったからもういい。ちゃんと月曜
日に持ってくるぜ。」
「了解。何時頃返しに来る?」
「6時半くらいでいいか?その時間ならもう図書室も閉まってるだろ。」
「そうだね。そうしてくれると助かる。」
「じゃあ、その時間に返しに行くからよろしくな。」
言われなければすっかり忘れていたと、跡部は書庫の本の返却のことをしっかり頭に刻ん
だ。なかなか帰れないのを不満に思って、宍戸は跡部のワイシャツをくいくいと引っ張り、
帰るのを促す。
「跡部、早く跡部んち帰ろうぜ。俺、もうくたくただし、シャワーも浴びてぇ。」
「ああ、そうだな。それじゃ、テメェらも気をつけて帰れよ。」
「じゃあな、岳人、長太郎。あと、忍足先生と滝もさよなら。」
小さく手を振ると、宍戸は跡部の腕を掴んで外へ出る。この後も跡部と一緒にいられると
いうことを嬉しく思いながら、ご機嫌な様子でその場から去る。跡部も跡部で、面白そう
な薬ももらえたし、まだまだ宍戸といられるということで、いつもは見せないような笑み
を浮かべていた。
「侑士、今の聞いたか!?宍戸、跡部先生んち行くんだってよ!!」
「あー、そうみたいやな。」
「宍戸ずるい〜!!俺も侑士んち泊まりに行きたいー!!」
駄々っ子のように岳人はそんなことを言う。そんな様子を見て、滝はくすくす笑っていた。
「滝、笑ってないで何か言うてや。鳳も。」
「俺も宍戸さん羨ましいなあと思いますよ。」
「だろ?ほら、鳳もそう思うって!」
「鳳〜、それじゃ意味ないやろ。」
「ふふ、本当岳人は素直で可愛いね。ま、長太郎には敵わないけど。」
「別に可愛さでは競ってねぇし。可愛いんだったら、俺よか侑士の方がよっぽど可愛いぜ。」
「岳人〜、何言うとんのや。」
だんだんと話の内容がずれてきているが、そこにいるメンバーは特に気にしていないよう
だ。と、そこへ思ってもみない人物が現れる。
「あれ?」
『あっ。』
そこに現れたのは、眠っているジローを背負った樺地と幸村であった。
「幸村、まだ残ってたんだ。」
「うん。展覧会の準備を二人に手伝ってもらってたんだ。絵も描いたりしてたしね。」
「幸村先生、展覧会やるんですか?」
「そうだよ。鳳くんや向日くんも見に来てくれると嬉しいな。」
「もちろん行きますよ!滝さん、一緒に行きましょうよ!!」
「そうだね。」
それ以外に特に際立って話すこともなかったので、幸村は下足に履き替える。その後を追
うようにして、樺地もジローに靴を履かせ、自分も上履きから外履きに履き替えた。
「あっ、そうだ。」
今にも外に出ようとするところで、幸村が何かを思い出したように振り返る。四人はハテ
ナを頭に浮かべ、幸村を見た。
「四人とも随分楽しんだみたいだけど、気をつけないと俺みたいなのには、気づかれちゃ
うよ。特に滝のは分かりやすすぎ。あんな魔術使ったら、バレバレだよ。」
『っ!?』
「それじゃ、またね。」
幸村が何を言っているのか分からない樺地は、不思議そうな顔で首を傾げていたが、心あ
たりありありの四人は固まってしまった。幸村はずっと美術室にいたのだから、バレるは
ずがない。それなのに、幸村はどう考えても分かっているような発言をしている。幸村と
樺地とジローが外に出た後、四人はしばらく何も言えなかった。
「幸村先生、怖ぇー。」
その気まずい沈黙を破ったのは、岳人だった。自分達には、特につっこみの言葉はなかっ
たが、「四人とも」と言っていたあたりバレているのは、確かだった。基本的に学校全体
が防音壁になっているため、声でバレるということはまずありえない。それ以前に化学室
と美術室はだいぶ離れた場所にある。たとえ防音壁でなくとも音が聞こえるこということ
は絶対にありえないことなのだ。それは、もちろん書庫も同じである。
「てか、魔術って何や滝?」
一番つっこまれたくないところを忍足につっこまれ、滝はドキーっとしてしまう。
「あ、あはは、何だろうね・・・」
「滝、魔術使えんの!?すっげぇ!!」
「まあ、幸村の言葉やと、滝達もそういうことしてたってことやな。」
『も?』
『も』と滝と鳳に聞き返され、忍足はしまったという顔をする。誤魔化そうとするが、ど
う誤魔化していいのか分からない。
「あっ・・・えっと・・・」
「ふーん、実験ってそういうことだったんだ。それじゃ、岳人が跡部に渡してたのは、そ
ういうときに使える薬か何かってことだね。」
形勢逆転だと、滝はニヤニヤしながら忍足を問いつめる。余計なことを言ってしまったと
忍足は後悔した。
「せ、せやけど、それを認めるちゅーことは、滝達もそういうことしてたってことになる
やん。」
「そうだけど。それが?」
「た、滝さんっ!?」
完璧に開き直った滝は忍足の言葉を完全に認める。それを聞いて驚いたのは鳳の方だ。
「へぇ、鳳って超真面目そうに見えるけど、そんなことしちゃうんだ。」
「ち、違いますよ〜。」
「おー、顔真っ赤だぜ。図星なんじゃねーの?」
「む、向日先輩・・・」
岳人にからかわれ、鳳は恥ずかしさで今にも泣きそうな顔になる。本当のことなので、下
手に反論も出来ず、黙り込んでしまった。
「岳人、鳳いじめたらアカンで。可愛そうやん。」
「えー、だってさぁ。」
「そないなことしてると、たぶん俺が滝にいじめられる。」
「俺はそんなことしないよー。ただ、さっきの薬がどんな効果があるか、後で岳人に聞く
かもしれないけどね。あと、それを使われた忍足がどんなだったかも。」
「やっぱり、いじめるやん。」
「長太郎をいじめた罰だよ。」
「俺やないし。とりあえず、いつまでもこないな話しててもしょうがないやん。早う帰ら
んと、岳人と鳳の親御さんから苦情が来るで。」
これ以上この話を続けられるのは耐えられないと、忍足は無理矢理話題を変えようとする。
無理矢理感はたっぷりなのだが、言っていることがもっともなので、滝も聞かざるを得な
い。
「確かにそうだね。じゃあ、そろそろ俺らも帰ろうか。」
「はい。」
「あーあ、もうちょっと侑士と一緒にいたかったのにー。」
「仕方ないやろ。もう9時なってまうで。」
やっと四人も外履きに履き替え、外に出る。外はもうすっかり夜で、夜空には黄金色に輝
く月がぽっかりと浮かんでいた。
「やっぱ、夜は涼しくなるね。」
「確かにな。昼間はあっついからなあ。」
「なあなあ、侑士ー、やっぱ俺侑士んち泊まりたいー。」
外に出たならもう帰らなければいけないと、岳人は再び泊まりたいと言い始める。
「さっきから、ダメやって言ってるやろ。」
「ぶー。」
頬っぺたを膨らませ、岳人は不満そうな顔を見せる。と、突然、携帯電話の着信音があた
りに鳴り響いた。
「あ、俺だ。・・・もしもし。」
その着信音は岳人の携帯電話であった。あまりにも帰りの遅い岳人を心配して、母親がか
けてきたのだ。
「あー、大丈夫大丈夫。先生も一緒だから。うん、うん、あっ、そうなの?じゃあさ、じ
ゃあさ、今日は先生んち泊まっていい?えっ?全然平気だって。先生もオッケーだって言
ってるし。おう、分かった。じゃあ、明日の夕方までには帰る。うん、じゃあな。」
電話を切ると岳人はニヤリと笑って忍足の方を見る。
「へへーん、侑士、今日侑士の家に泊まっていいって。」
「はあ?どういうことやねん?」
「何か今うちに母ちゃんの友達が来てるらしくてさ、今日は泊まるんだって。それで、俺
の部屋を使っていいよって言ったら、侑士の家に泊まっていいってことになった。」
「ったく、しょうがあらへんなあ。」
そういうことなら仕方がないと、忍足は岳人が家に泊まることを許してしまう。もともと
岳人を家に帰らせなければならないという名目で断っていたので、その必要がなくなれば、
別に岳人を泊めることはそれほど困ることではないのだ。
「忍足はホント岳人には甘いよね。」
「うるさいわ。それより、早く鳳帰した方がええんちゃう?岳人はうちに泊まることにな
ったからええけど、鳳はちゃうやろ。」
「あー、そうだ。長太郎、俺、送って行くから、早く帰ろう。」
これ以上遅くなるわけには行かないと滝は慌てた様子で、鳳に声をかける。
「・・・あの、滝さん。」
「どうしたの?」
「俺も・・・滝さんの家に泊まりたいです。」
「えっ、でも・・・」
「実はさっき滝さんが忍足先生と話してるときに母にメールを送っておいたんです。今日
は友達の家に泊まるから、心配しないでって。」
「長太郎・・・」
「滝さんは友達じゃないですけど、こう送った方が許してもらえるかなあと思って。」
「それで、親御さんは何て?」
「迷惑かけないようにしなさいって返ってきました。」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて、鳳はそんなことを言う。その返信は100%泊まって
もいいという意味のメールである。まさか鳳がそんなことをしているとは思わなかったの
で滝は驚いたが、そこまでしてあるなら泊めないわけにはいかない。
「嘘ついちゃダメだよ、長太郎。」
「ごめんなさい。」
「でも、まあ、そういうことならしょうがないね。それじゃ、今日は俺んちに帰ろうか。」
「はい!」
苦笑しながら滝がそんな返事をすると、鳳は実に嬉しそうな顔で頷く。真面目に見える鳳
だが、こんなことも平気でするのかと、岳人と忍足は感心してしまった。
「さてと、それじゃ本当に帰ろうか。まあ、そんなに急がなくてもよくなったけど。」
「せやな。ほなら、行くで岳人。」
「おう。」
「じゃあ、俺は車がこっちだから。また、来週ね。」
「さよなら、向日先輩、忍足先生。」
「ああ。じゃあな!」
「気をつけて帰るんやで。」
こうして2つのペアは、それぞれの家に向かって帰って行く。結局どのペアも一方の家に
泊まるということになった。まだまだ一緒にいられることを嬉しく思い、それぞれの顔に
は月明かりのような明るい笑顔が浮かんでいた。

                                END.

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