家庭科室の片付けを終えた観月は、赤澤に車で自宅まで送ってもらうことになった。
「本当にいいんですか?」
「ああ、カレー食わせてくれたお礼だ。遠慮するな。」
「それじゃお言葉に甘えて。」
赤澤の車のもとまでやってくると、観月は助手席に乗り込んだ。観月が乗ったのを確認す
ると、赤澤も運転席に乗る。
「じゃあ出発するぞ。」
観月にそう声をかけると、赤澤は車を発進させる。学校を出て、しばらく行ったところの
信号で止まったとき、赤澤はふと思いついたように観月に話しかける。
「なあ、観月。」
「はい、何です?」
「これから少し時間あるか?」
「ええ、ありますよ。」
「だったら、これから海に行かないか?」
「海ですか?この時間に?」
「夜の海は結構涼しくてな、急に行きたくなった。」
「別に構いませんよ。」
「じゃあ、少し付き合ってもらうぞ。」
信号が変わると赤澤は、観月の家ではなく、海へと向かって車を走らせる。一時間弱車を
走らせると、静かな波音が聞こえてきた。
「そろそろ到着だ。」
砂浜に入る少し手前に赤澤は車を止める。エンジンを止めると、シートベルトを外し、車
のドアを開けた。観月も同じようにドアを開け、外へ出る。
「風が気持ちいいですね。」
「浜辺に出るともっと涼しいぞ。」
そう言って赤澤は海の方へ向かって歩き出す。それを追いかけるように観月も歩き出した。
浜辺に出ると、黄金色に輝く月がぽっかりと闇の中に浮かんでいる。
「夜の海ってのもなかなかいいもんだろ?」
「そうですね。涼しいですし、月も綺麗です。」
「あそこらへんに、休むのにちょうどいい岩があるんだ。そこまで行こうぜ。」
「はい。」
さくさくと二人は夜の浜辺を歩く。波が打ち寄せる音と二人分の足音。ほどよく冷たい風
が二人の肌を撫でる。赤澤の言う岩のところに到着すると、二人はそこに腰かけた。
「確かにいい岩場ですね。」
「だろ?それほどゴツゴツしてないし、海からの距離も近すぎず遠すぎず、ちょうどいい。」
「よくこんな場所知ってますね。」
「俺は海が好きだからな。昼の海も夜の海も。海の中はもっと綺麗なんだが、それを見せ
るにはだいぶ深くまで潜らなきゃならないから、観月には少し難しいかもな。」
「ダイビングはさすがに出来ませんからね。でも、少し見てみたい気はします。」
観月のそんな言葉を聞き、赤澤は鞄の中から小さなファイルのようなものを出す。その中
には、海の中に潜って撮った写真がファイリングされていた。
「海の中ってのは、こんな感じだ。地上とは全然違うだろ?」
「すごいですね。これ、全部赤澤が撮ったんですか?」
「ああ。綺麗だろ?」
「はい。すごく綺麗です。」
色とりどりの魚や美しい色の珊瑚やイソギンチャク、真っ青な世界に、水面から差し込む
光の帯。どの写真も観月の美的センスを大いに満足させ、感動させる。観月が食い入るよ
うにその写真に見入っているのを見て、赤澤は満足そうに笑う。
「また、撮ってきたら見せてやるよ。」
「はい、是非!こんな写真が撮れるなんて、さすがですね。」
「そうでもない。気に入った場所を適当に撮ってるだけだからな。」
「それでこんな写真が撮れるんですから、やっぱりすごいですよ。見直しましたよ、赤澤。」
「そ、そうか?」
観月に褒められ、赤澤は照れ笑いを浮かべる。何だかもう少し、赤澤と話していたいとい
う気分になり、観月はニッコリ笑って赤澤の顔を見た。
「もう少し、海の話聞かせてくれませんか?まだまだ時間はたくさんありますし。」
「あ、ああ。そうだな。」
観月のそんな笑顔に赤澤はドキっとしてしまう。しかし、まだ観月と一緒にいられるとい
うことは赤澤にとっても嬉しいことであった。涼しい風に吹かれ、穏やかな波の音を聞き
ながら、二人は飽きるまで他愛もない話をし続けた。