つい今しがたまで、太一とヤマトと話をしていたアグモンとガブモンはふと気づくと先程
までとは全く異なった場所にいた。そこは知らない場所ではなく、よく知った場所。いつ
の間にか二匹はデジタルワールドにいた。
「あれ?太一・・・?」
「ヤマト・・・?」
目の前にいた太一とヤマトの姿はなく、アグモンとガブモンはお互いの姿を確認して、こ
の状況を理解する。
「そっか。」
「時間が、来ちゃったんだ。」
互いに顔を見合わせそう呟く。いつも通りのとりとめもない会話。別れの瞬間は本当に突
然であった。
「うーん、覚悟してたとは言っても・・・」
「やっぱり辛いなぁ・・・」
目に涙を浮かべ、アグモンもガブモンもボロボロと涙を流す。ずっと一緒にいられると信
じていた。いや、今も信じている。それでも突然訪れてしまった別れ。嗚咽を漏らしなが
ら、どちらもパートナーの名前を呼び号泣する。
「うわあぁん、太一ぃ!!」
「ヤマトぉ・・・」
『うわああぁぁんっ!!』
わんわんと泣いている二匹に見知った顔が声をかける。二匹の前に現れたのはレオモンと
オーガモンであった。
「アグモンとガブモンじゃねぇか。」
「こんなところで泣いてどうしたんだ?」
「レオモン・・・」
「オーガモン・・・」
アグモンはレオモンの名を、ガブモンはオーガモンの名を口にし、泣きながら目の前にい
る二匹を見上げる。この辛い気持ちを誰かに話したいとアグモンとガブモンは目の前の二
匹にこれまでの経緯を話すことにした。
ここ数日で起こった出来事、選ばれし子供が大人になったらパートナー関係が解消されて
しまうこと、自分達もその対象になってしまったこと・・・そんなことをアグモンとガブ
モンは、レオモンとオーガモンに涙ながらに話した。
「そんなことがあったのか。」
「あのゆがみみてぇなのとか、謎の蝶とかはそういうことだったんだな。」
メノアが選ばれし子供とそのパートナーデジモンを閉じ込めていた空間は、デジタルワー
ルドとも言えるが、それとはまた少し違う空間であるようだった。実際のデジタルワール
ドにいるレオモンやオーガモンには、その空間は遠くに浮かぶゆがみのように見えていた
らしい。
「太一がみんなを助けたいって言ったから、太一といられる時間は少なくなっちゃうけど、
戦おうと思ったんだ。」
「俺もヤマトがそうしたいならと思って戦った。そうしたことに後悔はない。」
「覚悟はしていたんだな。さすが選ばれし子供のパートナーデジモンだな。」
「でも、いざその時が来たら、思ったより辛くて・・・もっと太一と一緒にいたかったな
あって。」
「本当にもうヤマトとは一緒にいられないのかな?ずっと一緒にいるって約束したのに。」
パートナーとの別れが辛く、アグモンもガブモンも涙声でそんなことを話す。二匹の話を
聞いて、レオモンはふとあることに気づく。
「選ばれし子供達が大人になったとき、パートナー関係は解消されると言ったな。その時
パートナーデジモンはどうなるんだ?」
「ゲンナイさんの話では、パートナーデジモンは消えちゃうって太一は言ってた。実際、
ぼくもガブモンもデジタルワールドに戻ってきちゃったし。」
「消えるって、そういうことじゃないんじゃねぇの?」
デジタルワールドに戻ってくることを消えるとは言わないだろうと、オーガモンはそう口
を挟む。そうじゃないとはどういうことだと、アグモンは首を傾げる。
「よく分かんねぇけど、その文脈だと死んじまうみてぇに存在が消えるって意味に聞こえ
るんだけどよ。違うのか?」
「私もオーガモンと同意見だ。だが、お前達は今ここに存在している。確かに選ばれし子
供の前からは姿を消してしまったが、消えてはいない。その時点で、パートナー関係が完
全に解消されたとは言い切れないんじゃないか?」
「それじゃあ・・・」
「断定は出来ないが、再会出来る可能性は十二分にあるんじゃないか?」
レオモンの言葉を聞いて、アグモンとガブモンは顔を見合わせ目を輝かせる。
「そうだよね!また絶対会えるよね!」
「ぼくもそんな気がしてきた!」
先程までの泣き顔にやっと笑顔が戻ったのを見て、レオモンもオーガモンもほっとする。
突然出現したゆがみにも似た世界。別れは訪れたものの消えることはなかったアグモン達。
そして、今自分がここに存在出来ている理由。それらにはかなり昔に誰かから聞いた話が
関係しているのではないかとレオモンは思案を巡らせる。
「どうした?レオモン。そんな真面目な顔で考え込んで。」
「いや、先程のアグモン達の話を聞いてちょっと思い出すことがあってな。」
「どんなこと?」
それはちょっと聞いてみたいとアグモンは首を傾げながらそう尋ねる。ガブモンも興味津
々とばかりにレオモンの顔を見た。
「随分昔に聞いた話なんだが、この世界・・・デジタルワールドは『思いを具現化する』
世界の力がある程度働いているという話だ。」
「あれ?何か俺もその話聞いたことある気がする。」
「ぼくも。いつだったかとか誰にとかは忘れちゃったけど。」
「お前達が最後に戦った敵もその力が働いて出来てしまったものではないのかと思ってな。
そのデジモンを作った者はとても強い思いを持って、選ばれし子供達を自身の作った空間
に閉じ込めるということをしたのだろう。それが正しいと信じて。」
「うん。」
「俺達は間違ってると思って戦ったけど、メノアはみんなを助けるって本気で思ってたみ
たい。でも、本当は苦しくて助けて欲しかったみたいなんだ。」
あの空間での戦いを思い出し、ガブモンはそんなことを口にする。パートナーと別れる辛
さは、今自分達もひしひしと感じている。自分達はある程度の覚悟を持って別れを迎えた
が、何の覚悟もなしにそれが訪れたらと考えると、それは耐えられないかもしれないと思
ってしまう。
「思いが強けりゃ正しかろうが間違っていようが叶っちまうってことか。まあ、正しいと
か間違ってるとかなんて、そいつの価値観次第だしな。」
「だからこそ、お前達は消えなかったんじゃないか?お前達も選ばれし子供も別れが早ま
ると聞いても、他の者を助けることを選んだ。そして、ずっと一緒にいたいと望み、また
会えることを信じている。思いが強ければ、叶う世界だからな。」
「レオモンは叶うと思う?ぼく達と太一達がまた一緒にいられるようになること。」
「それは私よりオーガモンに聞いた方がいい。」
「オーガモンに?」
「どうして?」
レオモンの言葉にアグモンとガブモンはハテナを浮かべ、オーガモン本人もその理由がよ
く分かっていなかった。自分に聞かれたところで何を答えていいか分からないと、オーガ
モンは少々困惑したような表情を浮かべる。
「俺に聞かれてもよ、叶うかどうかなんて分かんねーし。」
「お前は経験してるんじゃないのか?何の覚悟もなしに別れが訪れることも、待つ時間が
あったとしてもまた再会出来るということも。」
レオモン自身に言われるとは思っていなかったが、オーガモンはレオモンが言わんとして
いることを理解した。オーガモンは確かに経験していた。自分にとってとても重要な存在
が目の前で消えてしまったこと。二度目は消えてしまったことさえも知らずに、いつの間
にか失ってしまっていたこと。しかし、いずれも再び出会うことを迷いなく信じ、時間は
かかったが、その相手と再会を果たし、今共に過ごしている。
「あー、まあそういうことなら、叶うんじゃねぇの?」
「本当に!?」
オーガモンの言葉にアグモンは嬉しそうに聞き返す。オーガモンが自分の言わんとしてい
たことを理解したと気づき、レオモンはさらに信憑性を増すような言葉をつけ加える。
「オーガモンの場合、実体験にもとづいてるからな。説得力があるはずだ。」
「オーガモンのその相手って・・・」
「うっ・・・誰でもいいだろ!とにかく、信じてりゃ叶うんだよ!」
ガブモンの問いにオーガモンは少し恥ずかしそうにしながら、きっぱりとそう返す。もち
ろん、オーガモンのその話の相手はレオモンだ。
「私が今ここに存在していられるのも、オーガモンのおかげだと思っているからな。」
「ああ、やっぱりレオモンのことなんだね。」
「何でお前はそういうことっ・・・」
オーガモンの話の相手は自分だということをハッキリさせるようなレオモンの発言にオー
ガモンは文句を言おうとするが、レオモンがぎゅっと手を握ってくるので、思わず言葉が
出なくなる。
「メタルエテモンのときは、私も普通に消えてしまうことを認識していたし、生まれ変わ
れると思っていた。しかし、感染騒ぎのときはまさか死ぬとは思っていなかったし、生ま
れ変わってから気づいたが、本来現実世界で死んだ場合は生まれ変われないのではなかっ
たかと思い、生まれ変われたことに心の底から感謝した。」
「あのときはリブートがあったからかもしれないけど、そのへんはよく分からないよね。」
「んー、そうだね。太一達のこと忘れちゃってたみたいだけど、記憶も戻っちゃったから
よく分からないや。」
「そうなのか?記憶がないのなんて感染してたときくらいだし、レオモンが現実世界で死
んだって聞いて、すげぇショックでとても記憶がなくなってるなんて感じしなかったけど
・・・」
感染騒ぎのときのことを思い出し、アグモン、ガブモン、オーガモンはそんな会話をする。
レオモンはそのときは消えてしまっているので、当然のことながら記憶などない。
「成熟期になってからエレキモンやメラモン、ユキダルモンから聞いたんだが、私がもう
一度生まれ変われたのは、オーガモンのおかげだとみんな言っていた。ゲンナイさんから
は、やはり現実世界で死んだものは生まれ変われないというような話を聞いていたらしい。
しかし、オーガモンが私が生まれ変わるのを強く望んで、私の名を叫んだところで、デジ
タマが現れたと聞いた。」
「やるなー、オーガモン。」
「それは確かにオーガモンのおかげでレオモンが生き返ったって言えるね。」
「うるせー!そんな話すんなよ、レオモン!!」
「どうしてだ?今のアグモンやガブモンにとっては、希望となる話だろう?」
今の二匹には必要な話だと、レオモンはふっと笑いながらオーガモンにそう言う。メノア
とは別の強く望んだことが具現化した話を聞いて、アグモンとガブモンは再び太一やヤマ
トに会えることへの期待感を強める。
「レオモンともう一度会えるまで、オーガモンはどんな気持ちで過ごしてたの?生まれ変
わったとしても、レオモンは成熟期だからそこまで成長するまで結構かかるよね?」
しばらくはヤマトに会うことは出来ないと予想して、ガブモンはそんなことを聞いてみる。
「どんな気持ちって・・・早くレオモンと戦いてぇなあとか、どうやったらレオモンを倒
せるかなあって、そんな感じだけどよ。」
「いつものオーガモンじゃん。レオモンと再会出来ないかもって不安はなかったの?」
「ないわけじゃねぇけど・・・レオモンは絶対生き返るって思ってたし、それにレオモン
が約束してくれてたからな。」
『約束?』
「メタルエテモンのときは、俺との決着はおあずけだなって、生まれ変わったら戦ってく
れる約束してくれたし、感染騒ぎのときは、レオモンが帰ってくるまで待っててくれって
言ってたから。」
「聞こえていたのか?」
「へっ?何がだ?」
オーガモンの話を聞いて、レオモンは驚く。生まれ変わったとしても、基本的に生前の記
憶は引き継がれるため、その言葉をどのような状況で言ったかレオモンは覚えていた。
「その言葉を口にしたとき、お前は気を失っていたはずなんだ。確かに言ったが、まさか
そこまでハッキリ聞こえていたとは思っていなかった。」
「そうなのか?よく分かんねぇけど、デジタマから生まれた後、お前がレオモンになるま
で、そう言ってたから絶対俺のとこに帰ってくるって確信があったんだけどよ。どんな状
況で言われたかとかは覚えてねぇんだけど、感染してたから、そのへんの記憶はあやふや
なんだろうなと思ってたぜ。」
先程の話と二匹のやりとりを聞いて、アグモンとガブモンは顔を見合わせる。レオモンと
オーガモンは、自分と太一やヤマトがお互いのことを想っているのと同じくらいの絆で結
ばれているのではないかと思わされる。
「何かレオモンとオーガモンってさ・・・」
「何だよ?」
「俺とヤマト、アグモンと太一がパートナーなのと同じくらい、お互いのこと想い合って
るよね。」
「うんうん。レオモンが太一達のとこに来たのもオーガモンを治すためだったんでしょ?
オーガモンがレオモンのことたくさん話すのは昔からだったけど、レオモンもオーガモン
のことちゃんと好きなんだなーと思った。」
「べ、別にそんなんじゃねぇよ!レオモンはほら、永遠のライバルっていうか・・・」
「永遠のって言ってる時点で、ずっと一緒にいる気満々だよね。」
「だから、そうじゃねぇし!」
「オーガモン、照れてる〜。」
先程までの暗い雰囲気はだいぶ薄れ、楽しそうな笑い声が響く。そんなアグモンやガブモ
ンを見て、レオモンはふっと微笑んだ。
「お前達は本当にパートナーのことが好きなんだな。」
『もちろん!』
「だって、ぼく達は太一達に出会うために生まれてきたんだもん。」
「ヤマト達に会えるまで、ずっとずっと待ってたんだから。」
「それに比べたら、次に会えるまではそこまで時間はかからねぇんじゃねぇの?あの時は
こっちの時間の流れと向こうの時間の流れが違ったんだろ?」
オーガモンの言葉を聞いて、確かにそうだったとアグモンとガブモンは頷く。
「そっか。そうだよね。」
「きっと、また会えるまではすぐだよ。」
「パートナーとはいいものだな。それだけで存在する価値があり、存在理由になり得るの
だから。」
「それはレオモンも同じでしょ?」
しみじみとそんなことを言うレオモンにアグモンはそう返す。アグモンの言葉にガブモン
もうんうんと頷いた。そのことを確認するために、アグモンはオーガモンに一つの質問を
してみた。
「ねぇ、オーガモン。オーガモンは何のために生まれてきたと思う?」
「はあ?そんなの決まってるじゃねぇか。レオモンを倒すためだぜ。レオモンを倒すのは
このオーガモン様だけなんだからな。」
「レオモン、他のデジモンに何度か倒されてるのに?」
「そんなの関係ねぇよ。つーか、倒すってのは殺すって意味じゃねーし!レオモンがいな
くなっちまったら、俺が生きる意味なくなっちまうだろ。」
いつも通りのセリフであるが、アグモンとガブモンはその言葉を聞いてくすくす笑う。
『ほらね。』
「ああ、そうだな。」
「は?何の話だ?」
「私の存在理由はお前だという話だ。何度も聞かされているが、お前がその話をする度に
私は今生きていることが嬉しくなる。」
「何だよそれ?じゃあ、聞くけどよ、レオモンは何のために生まれてきたんだ?」
「以前の私だったら、分からないと答えたかもしれないが、今ならハッキリと答えられる。
お前がいるからだ、オーガモン。お前が私の存在を望んでくれているから、何度死んでも
こうして生まれ変わって、お前の側にいることが出来る。」
穏やかな微笑みを携えてそう言うレオモンの言葉に、オーガモンはドキドキしてしまう。
何となく恥ずかしくてレオモンの顔が見られないが、レオモンのその言葉が嬉しくて仕方
なかった。
「何かレオモンとオーガモンの話聞いてたら、すごい元気出てきた!」
「うん。お互いに想い合っていたら、絶対また一緒にいられるんだって信じられるよね。」
「私達もお前達と選ばれし子供達がまた共にいられることを願っているぞ。なあ、オーガ
モン。」
「お前達には世話になってるからな。そうなるように願うくらいはしてやるよ。」
「ありがとう、レオモン、オーガモン!」
「ここでレオモンとオーガモンに会えてよかった。ありがとう。」
レオモンとオーガモンと話をしたことで、太一達との別れを悲しんでいた気持ちは大きな
希望へと変わる。いつかまた絶対に会えるということを信じて、アグモンとガブモンは現
実世界とのゲートが開く空を見上げた。
それからしばらく時が経ち、デジタルワールドでいつも通りに過ごしていたアグモンとガ
ブモンの目の前にゲートが開く。
「やっと会いに来れた!」
「待たせたな、ガブモン!」
「太一!!」
「ヤマト!!」
久しぶりの再会を果たし、太一とアグモン、ヤマトとガブモンはしっかりと抱き合う。お
互いを想う気持ちが奇跡を起こす。別れたときよりも少し成長した太一とヤマトを見て、
アグモンとガブモンは誇らしい気持ちになった。
「太一ぃ、ぼくまた太一に会えるってずっと信じてた。」
「俺もだ。アグモン。」
「ヤマト、今度こそずっと一緒だよ!俺はずっとヤマトの側にいる!」
「ああ。俺はお前と夢を叶えるために、お前を迎えに来たんだ。これからは、ずっと一緒
だ、ガブモン。」
大好きなパートナーとの再会。子供の頃のような無限の可能性はないかもしれないが、大
人になったとしても、夢を持ち、その夢を叶える力はそなわっている。今までのように進
化は出来ないかもしれないが、共に成長していくことは出来る。別れを経験し、より深ま
った絆を確かめるかのように、太一とアグモン、ヤマトとガブモンは、しばらくの間抱き
合ったままでいた。そんなパートナー同士の再会を祝福するかのように、虹色の蝶が二人
と二匹の周りをひらひらと舞い、希望の色に染まった空へ向かって飛んでいった。
END.