どこのお店もハートやピンクや赤の飾りでいっぱいになるこの時期、伊作は駅の近くにあ
るデパートにやってきていた。
「うーん、チョコだけじゃちょっと物足りないよなあ・・・」
そんなことを呟きながら、伊作はデパート内にある店を適当に見て回る。そんな伊作の目
にふとあるものがとまる。
「うわあ、綺麗だなあ。」
通路から見えるように並べられたブレスレットやストラップ。それらには、色とりどりの
パワーストーンがあしらわれていた。
「へぇ、それぞれの石には意味があるんだ。文次郎はブレスレットとかはしないだろうけ
ど、ストラップなら携帯につけてくれるかな?むしろ、僕も欲しいかも。」
ストラップを手に取りつつ、伊作はそんなことを口にする。ひとえにストラップとはいえ
どもデザインは多種多様だ。どんなものが文次郎に似合うだろうかと考えながら、伊作は
その店に入り、様々な石で出来たストラップを見て回った。
「おっ、見たことのある顔がいるぞ。」
「本当だな・・・」
と、その店の前を二人で買い物に来ていた長次と仙蔵が通りかかる。中にいる伊作を見つ
け、二人もその店に入って行った。
「伊作、こんなところで何してるんだ?」
「わっ!!仙蔵、それに長次。」
いきなり声をかけられ、伊作は驚いたような反応を見せる。声をかけたのが仙蔵だと分か
ると、伊作はホッと胸を撫で下ろし、二人の方へ体を向けた。
「いきなり声かけられたから、ビックリしちゃった。んーと、バレンタインのプレゼント
を探してるんだけど・・・」
「バレンタインだったら・・・チョコレートじゃないのか?」
「うん、もちろんチョコレートもあげるよ。それと一緒にちょっとしたプレゼントをあげ
たいなあと思ってさ。」
「ほぅ、相手は文次郎か?」
「ま、まあね。おそろいでストラップを買いたいなあと思うんだけど、文次郎に似合うの
ってどれだろうって迷っちゃって・・・」
少し照れたような表情で、伊作はそう答える。何だか可愛らしいなあと思いつつ、仙蔵と
長次は顔を見合わせ、伊作にアドバイスをしてやることにした。
「アイツにこういう感じのは似合わないな。アイツには可愛らしさの欠片もないからな。
伊作が持つっていうのなら別だが・・・」
「勾玉の・・・このデザインとかはどうだ?」
「色は薄いよりは、濃い方がいい。逆にお前は薄めの・・・そうだな、ローズクォーツと
かアクアオーラとかそういうのが似合いそうだ。」
二人の意見を参考にし、伊作は文次郎にプレゼントするストラップを決める。デザインと
しては決まったが、既製品ではどうしてもしっくりこない。
「デザインは、長次が薦めてくれたのでいいと思うんだけど、何か文次郎のイメージとは
違うんだよな。」
「だったら・・・自分で石を選んで、作ってもらえばいい。」
「えっ?」
すっと長次が指差した先には、たくさんの石が細いガラスのケースに入り、並んでいる棚
であった。そこの石を選んで持って行けば、オリジナルのストラップやブレスレットが作
れるとも書かれていた。
「自分で選んで作ってもらえるんだ。うん、だったら、そうしてもらおう!ありがとう、
長次、仙蔵!!」
それなら自分の納得したものが選べると、伊作は実に嬉しそうな笑顔で長次と仙蔵にお礼
を言う。パタパタとそちらの棚へ駆けて行き、伊作はストラップに使う石を選び始める。
そんな伊作を後ろから眺めながら、長次と仙蔵はクスクス笑っていた。
「似合うのはさっき言ったようなものだが、伊作には強力な魔除けの意味がある石とか使
った方がいいかもしれないな。」
「・・・不運だからな。」
「まあ、自分で選んだなら、それが伊作にふさわしいものになるだろ。」
「そうだな。文次郎も、きっと喜ぶだろうし・・・」
「おそろいのストラップが欲しいだなんて、本当乙女だよなあ。」
「私達も・・・何か買うか?」
「お、それは名案だ。せっかくこんな店に入ったんだしな。」
伊作を見ていたら、自分達も何か欲しくなり、二人は店内を見て回る。バレンタイン用の
プレゼントが伊作の手元に渡ったのは、それから数十分後のことであった。
バレンタイン当日。伊作は鞄の中にチョコレートとストラップを忍ばせていた。授業が終
わり、伊作は文次郎に会いに3年1組の教室へ向かう。二つ隣の教室なのだが、たったそ
れだけの移動の途中で、伊作は廊下にあったバケツにつまずき、派手に転んでしまう。
「うわあっ!!」
ガシャーンっ!!
ほぼ1組の教室の前であったので、その音を聞きつけて、仙蔵が教室から出て来る。
「何をしてるんだ?」
「あ、あはは、バケツにつまずいて転んじゃった。あ、あれ!?鞄が・・・」
「鞄ならそこに吹っ飛んでるぞ。」
「本当だ。」
鞄を取ろうと立ち上がると、どこからか誰かが走ってくる音が聞こえる。その足音の主は、
小等部6年生の神崎左門であった。
「急げ急げー!!」
ぐしゃっ
「あっ!!」
どこに向かっているかは分からないが、左門は思いきり伊作の鞄を踏んでいく。上履きの
跡がついた鞄を拾い上げると、伊作は大きな溜め息をつく。
「はあー、もうどうして僕はこう不運なのかなあ。」
「それはさておき、うちのクラスに用があったんじゃないのか?」
仙蔵にそう言われ、伊作は自分がここに来た理由を思い出す。
「あ、そうだ!仙蔵、文次郎は?」
「今日は生徒会があると言っていたぞ。もう教室にはいないようだな。」
「生徒会があるってことは、生徒会室だね!ありがとう、仙蔵!」
文次郎が生徒会室にいるということを聞いて、伊作は早速生徒会室へと向かう。生徒会室
は校庭に面した1階にあるので、伊作は階段を下り、少し早足で廊下を歩いていった。
「えっと、生徒会室は確か・・・」
普段行かない場所なので、キョロキョロと辺りを見回していると、窓の外から大きな声が
聞こえる。
「あーっ!!伊作っ!!」
「えっ・・・うわっ!!」
声の方に顔を向けると、物凄い勢いでバレーボールが飛んできていた。反射的に伊作は持
っていた鞄で顔を庇う。
バンっ!!
大きな音を立て、バレーボールは伊作の鞄にぶつかった。
「悪い悪い。ちょっと手元がくるった。大丈夫か?」
そう言いながら、窓からひょこっと顔を出したのは小平太であった。特に顔などに当たっ
たわけではないので、伊作は苦笑しながら大丈夫だと答える。
「そっか。よかった。あ、悪い。そのボール取ってくれるか?」
「はい。窓とかに当たらなくてよかったよ。気をつけてね。」
「おう!!よーし、続き始めるぞー!!」
小平太が校庭へ戻っていくのを見送った後、伊作はふと重大なことを思い出す。今しがた
激しくボールが当たった鞄の中には、普段は入っていないものが入っている。そう、文次
郎に渡すためのチョコレートだ。慌てて伊作は鞄を開け、中身を確認する。
「・・・・・・・。」
もとはハートの形であったチョコレートは見るも無残なほど、粉々に砕けていた。もちろ
んそれは、小平太のバレーボールが当たったからだけではない。廊下で転んだ弾みに吹っ
飛んだ衝撃、左門に思いきり踏まれた衝撃、そしてとどめにバレーボールが当たった衝撃。
その全てがあいまって今の状態になってしまっているのだ。
「そんなところで何してんだ?伊作。」
「っ!!」
呆然としている伊作に声をかけたのは、生徒会室から出て来た文次郎であった。生徒会が
あるといっても大した用ではなかったので、すぐに終わり帰ろうと出て来たのだ。文次郎
の顔を見て、伊作はぶわっと目に涙を浮かべる。
「な、何で泣くんだよ!?」
全く状況が掴めないと、文次郎はひどく焦るような反応をする。半べそになりながら、伊
作はここに来るまでにあったことを文次郎に話す。そして、ハートの面影もない粉々にな
ったチョコレートを文次郎に見せた。
「お前の不運さを考えれば、仕方ねぇだろ。」
「せっかく・・・大きなハートのチョコ、用意したのにっ・・・」
「ハートであろうが、そうでなかろうが、お前がくれたチョコってことには変わりねぇか
らな。ありがたくもらっておくぜ。」
「本当に・・・そんなのでいいの?」
「これはこれで使えそうだし。とりあえず一緒に帰るか。それで、俺の部屋に来いよ。」
「うん・・・」
あまりにも伊作がひどく落ち込んでいるので、文次郎は一緒に寮まで帰り、自分の部屋に
伊作を呼ぶことにした。
学校から寮へ帰ると、二人はそのまま文次郎の部屋へ直行する。鞄を置き、ブレザーを脱
ぐと、文次郎はどこからかある機械を持って来た。
「何、それ?」
「今に分かる。あ、お前、イチゴは食えるよな?」
「うん、好きだよ。」
「親戚の家から結構送られて来てな。まだ、かなり残ってんだよ。」
そんなことを口にしながら、文次郎はテキパキと用意をしていく。その機械の準備が終わ
ると、伊作からもらった粉々のチョコを取り出し、その機械の中へ注ぎ込んだ。
「もしかしてそれって・・・」
「ああ、チョコレートフォンデュが出来る機械だ。小平太と長次がどうしても欲しいって
言ってな。何故だか知らんが、俺の部屋に置くことになっちまった。」
もともと粉々になっていたがゆえに、チョコレートはみるみるうちに溶けてゆく。液体状
になったチョコレートを見て、伊作は目を輝かせる。
「わあ、すごいなあ。こんなに簡単に出来ちゃうんだ。」
「まあ、今回はチョコレートを砕くって手間がなかったからな。」
「僕も食べていい?」
「もちろんだ。そのつもりで作ったんだからな。ほら、こうやってイチゴにチョコレート
を絡めて・・・」
慣れた手つきで、文次郎はイチゴを串に刺し、伊作に渡す。真っ赤なイチゴにたっぷりチ
ョコレートを絡めると、伊作はそれを自分の口へと運んだ。
「ん〜、おいしい〜vv」
イチゴの甘酸っぱさとチョコレートの甘さが見事にマッチし、伊作の舌をとろけさせる。
文次郎も伊作と同じように、チョコレートのかかったイチゴをパクっと食べた。
「このイチゴ、ちょっと酸味が強いからこうやって食べた方がうまいな。」
「うんうん!すっごいおいしい!!」
帰り道ではあれほど落ち込んでいた伊作も、今は満面の笑みを文次郎に向けている。そん
な伊作を見て、文次郎はふっと笑った。
「そりゃよかった。お前の不運もたまには役に立つじゃねぇか。」
文次郎のその言葉を聞き、伊作は文次郎が不運続きの自分を元気づけるために、これをし
てくれたのだということに気づく。それがどうしようもなく嬉しくて、伊作の胸はきゅん
とときめいた。ありがとうということを伝えたいと思うが、ただ伝えるだけでは伊作にと
って物足りなかった。
「文次郎。」
「どうした?」
文次郎に声をかけると、伊作はチョコレートを絡めたイチゴを串から抜いて口に咥える。
そして、そのまま口づけをするかのごとく、文次郎の口の中にそのイチゴを押し込んだ。
「っ!!??」
ぷあっと口を離すと、伊作はニッコリ笑ってお礼の言葉を口にする。
「ありがとう、文次郎。チョコレートが粉々になって、僕が落ち込んでたから、イチゴの
チョコレートフォンデュをしてくれたんだよね。」
無理矢理食べさせられたイチゴをもぐもぐとしながら、文次郎は顔を真っ赤にして、口を
手で覆う。伊作の言葉に何と返したらいいか分からず、しばらく黙っていた。
「あっ、そうだ!チョコ以外にもプレゼント用意してたんだっけ。あー、壊れてたらどう
しよう。まだ確認してなかったなあ。」
何も言えないでドキドキしまくっている文次郎を尻目に伊作はゴソゴソと鞄の中を漁る。
チョコレートは粉々になってしまったが、おそろいで買ったストラップは何とか無事であ
った。
「よかったぁ!壊れてなかった。」
「何買ったんだ?」
「勾玉のストラップだよ。僕が石を選んで、おそろいで作ってもらったんだ。はい、こっ
ちが文次郎の分。」
そう言いながら、伊作はストラップを文次郎に渡す。文次郎のストラップについている勾
玉は真っ黒で、緑色と濃い青、そして、針のようなものが入った透明な石が繋がっていた。
「えっとぉ、文次郎のは、勾玉のところが黒水晶で、緑のが緑めのう、青いのがラピスラ
ズリで、透明なのがルチルクォーツだね。」
「それはこの石の名前か?」
「そうそう。石にはそれぞれ意味があるらしいんだけど、文次郎のに使ったのは、魔除け
と健康と勝負運アップって感じかな!」
「で、お前のはどんなのなんだ?」
「僕のはこれ!」
伊作が自分用にと作ったストラップは、勾玉はローズクォーツ、それに繋がるいくつかの
石は、ストロベリークォーツにムーンストーン、アメジストと全体的にピンクっぽく柔ら
かなイメージのストラップであった。
「なんか全体的にピンクだな。まあ、お前のイメージにはあってるが・・・。ちなみにお
前の方の意味はどんな感じなんだ?」
「うーん、絆を深めるとか愛を育てるとか、恋愛運アップ!って感じかな。」
少し恥ずかしそうに伊作はそう答える。見たまんまのイメージだなと思いつつも、文次郎
は一つ気になることがあった。
「俺のには、『魔除け』って意味の石があるのに、お前のにはねぇのか?魔除けとか厄除
けとかは、俺よりむしろお前に必要だと思うんだけどよ。」
「文次郎が持ってるのに強力な魔除けの意味があるからいいんだ。文次郎との絆が深まれ
ば、その効果は僕にも発揮されるってことになるから。僕がそのまま魔除けとか厄除けの
意味があるのを持つより、そっちの方がおそろいで持ってる意味があるなあと思ってさ。」
何て可愛らしいことを言ってくれるんだと、伊作のその言葉を聞き、文次郎はどうしよう
もなくときめいてしまう。これはなかなか嬉しいプレゼントだと、早速携帯電話につけた。
それを見て、伊作も自分の携帯電話に文次郎とおそろいのストラップをつける。
「悪くねぇな。俺の携帯にピッタリな感じだ。」
「よかった。僕も思ったよりはしっくりきてるかも。」
「サンキューな、伊作。すげぇ嬉しいぜ。」
「えへへ、僕も文次郎とおそろいのストラップがつけられて、すごい嬉しい。」
本当に嬉しそうに笑う伊作を見て、文次郎もつられて笑顔になる。そして、その笑顔を浮
かべる唇にごくごく自然にちゅっと口づけてやった。
「っ!!」
いきなりキスされ、伊作はあわあわと慌てた様子で顔を赤く染める。
「さっきのお返しだ。あと、絆が深まった方が俺の持ってる奴の魔除け効果が効くらしい
からな。」
先程口移しでイチゴを食べさせられたお返しだと言いながら、文次郎はニッと笑う。そん
な文次郎の言葉に、伊作は照れながらも乗り気な言葉を返す。
「僕はすっごく不運だから、今のだけじゃ足りないよ。もっとたくさんしてくれなきゃ。」
「そうだな。じゃあ、もっともっとたくさんしてやるよ。」
絆を深めるという名目で、二人は何度も口づけを交わす。そのキスはひどく甘酸っぱく、
まさにイチゴチョコレートの味であった。
イチゴの香りと甘い甘いチョコレートの香りのする部屋の中。二人はチョコレートよりも
はるかに甘い幸せなひとときを過ごすのであった。
END.