Study for a test

ピンポーン
ある休日の午後、岳人の家のインターホンが鳴る。誰が来るかをあらかじめ知っていた岳
人はパタパタと玄関へ向かった。ガチャッっとドアを開けるとそこには忍足の姿。
「待ってたぜ侑士。」
「お邪魔させてもらうで。」
今日は二人でテスト勉強をする約束をしていたのだ。せっかくの休日なのだから、泊まり
がけでしようということで、忍足は勉強道具の他にお泊りのための荷物もしっかりと持っ
てきていた。
「随分荷物多いな。」
「ああ。服とかも入ってるからな。」
「半分持ってやるよ。」
「おおきに。」
勉強道具とお泊りセットを別々の鞄に入れてきていた忍足は軽い方を岳人に渡して部屋ま
で運んでもらった。
「おっ、今日はいつもより部屋キレイやん。」
「昨日頑張って片付けたんだぜ。キレイな部屋の方が勉強はかどるだろ?」
ニッと笑って岳人はキレイに片付けられた部屋の隅に忍足の持ってきた鞄を置く。忍足も
そのすぐ横にもう一つの鞄を置いた。
「よし、侑士じゃあ何から始めようか?」
「何や今回は随分やる気やん。どないしたん?」
妙にやる気満々な岳人を不思議に思い、忍足は尋ねる。岳人はへらっと笑って答えた。
「別にー。今回は何かやる気があるだけ。特に理由なんてねぇよ。」
「へぇ、そうなん?岳人は気まぐれやからな。」
「で、ホント何から始める?」
「せやなあ・・・あっ、英語とかどないや?俺、授業中結構寝てたとこがあって、やらん
と分からんねん。」
「いいぜ。俺、英語得意だしー。」
Readingの授業は眠いと忍足はかなりサボり気味だったのだ。一方岳人は英語が得
意教科なので、授業を聞いていないなどということは全くなかった。
「俺、英語教えるからさ、後で物理教えろよな。」
「ああ。それじゃ、英語始めるか。」
「おう!」
というわけで、二人は小さなテーブルの上に英語の教科書を広げ、テスト勉強を始めた。
今回の英語のテストの範囲は一単元しかないのだが、その内容はなかなか濃く難しい。ほ
とんど授業を聞いていなかった忍足からすれば、さっぱり分からないと言ってもいいくら
いだ。
「今回の範囲どこやったっけ?」
「今回はLesson6。範囲くらいちゃんと確認しとけよな。」
「ふーん、『サバンナの動物達』か。面白いんかな?」
「それなりに面白かったと思うぜ。」
範囲である部分のサブタイトルは『サバンナの動物達』というものらしい。内容はひたす
らサバンナの動物についてが英語で書かれているという文章だ。一つの単元としては、か
なりボリュームがあり、ハッキリ言って読むのはかなり面倒くさいものである。
「随分長い話なんやな。」
「まあな。で、まずどうする?侑士どこから寝てた?」
「ほぼ初めからって感じやな。」
「じゃあ、最初からちょっとずつやっていくか。」
初めからやっていないというのなら、とにかく文章をちょっとずつでも読みながらでいい
から始めていこうと、岳人はその単元の初めのページを開く。1セクション目はサバンナ
の広大な大地についての説明が書かれていた。
「何やそんなに難しくないやん。」
「このへんは基礎的なのしか出てないからなあ。」
「岳人、訳とか持ってる?」
「一応、授業中に先生が言ってたのノートに写したけど。」
「あとでコピーさせてな。」
「了解。でも、訳だけ分かっててもたぶん点取れないぜ。」
「そりゃ分かっとる。それをこれから勉強するんやろ?」
それもそうだと岳人は単純に頷いた。初めは何の問題もなく読み進めていった忍足だった
が、セクション3あたりになるとだんだんと分からない単語や文法事項が多くなってきた。
「・・・・さっぱり分からん。」
「どこが分かんないんだよ?」
「まずこのへん。肉食獣と草食動物がいるいうんは分かるんやけど、このあとの展開がさ
っぱりやねん。」
「あー、このへんか。」
岳人の教科書にはマーカーで引かれた線がいっぱいだったが、忍足の教科書は真っ白。マ
ーカーで線が引かれている=重要な部分なのだ。どうやらここはこの授業で初めて習う文
法事項の部分らしい。
「これ全部が分かんねぇの?」
「いや、ところどころの単語が分からんくて、文が繋がらへん。」
「分かんない単語って?」
「これとか、この“stalk”ていうのがまず分からんねん。」
「あー、これね。これは獲物に“こっそり近づく”とか“忍び寄る”って意味だぜ。」
「へぇ、そうなん?書いとこ。」
岳人に教えてもらった単語の意味を忍足は自分の教科書に書き入れる。岳人が忍足に勉強
教えるというのは意外なようで実は頻繁にあったりするのだ。
「てか、ここの一連の文、メッチャややこしない?うまく訳せないんやけど。」
「そうだな。あっ、これって実際に再現してみたら分かりやすいかも。」
「はあ?肉食獣も草食動物もここにはおらんで。」
「別にいなくったって出来るだろ。俺が肉食獣で、侑士が草食動物の役な。」
そう言いながら岳人はぴょんっと立ち上がり、いったんドアの方へと移動した。英文を訳
せていない忍足にとっては何をされるかさっぱり分からない。
「侑士はそこから動かないでよ。」
「ああ。」
忍足が黙ってテーブルのところでじっとしていると、岳人は四つん這いになってじりじり
と忍足の方へと向かってゆく。
「まずこれがさっき言った“stalk”な。」
「ということは、肉食獣が草食動物に向かって忍び寄るっちゅーことか。」
「そうそう。で、このあとは・・・」
忍足のすぐそばまで来ると、岳人いきなり飛びかかるようにして忍足を押し倒した。さす
がにこれには忍足もビックリだ。
「な、何やねんいきなり!?」
「これが“jump at 〜”。飛びかかるってことだぜ。」
「あー、そういうことか。よーく、分かったわ。」
「で、次が・・・」
行動で英文の意味を教えている岳人の顔は実に楽しそうだ。英文の内容を全く分かってい
ない忍足は次の行動を予測出来ないのだから、抵抗するということはない。この次の岳人
の行動が忍足をさらに驚かせた。岳人は大きく口を開け、忍足の首筋に軽く歯を立てたの
だ。
「ぅあっ・・・が、岳人っ!?」
「侑士の反応超面白れー。ビックリしただろ?」
「い、いきなり何や!?今は勉強中・・・」
「だから、これが次の文。日本語訳すると“肉食獣は草食動物の首元に噛み付いた”って
文章だぜ。」
「そ、そうなん・・・?」
思った以上にいい反応を示してくれた忍足の様子を見ながら、岳人は楽しそうに笑ってい
る。妙な誤解をしてしまった自分が恥ずかしいと忍足は顔真っ赤にしてうつむいてしまっ
た。
「何、そんなに真っ赤になってんだよ?」
「だって、岳人が変なことするから・・・」
「別にしてねぇだろ。ちゃんと英文を分かりやすく教えてやってるだけじゃん。」
「せやけど・・・・」
自分がただ勘違いをしているだけなのだが、何となく岳人の所為にしたくなってしまう。
むしろ、岳人は初めから忍足のこんな反応を予想して、わざわざこんな教え方をしたのだ。
しかし、表面上はそういう意図はないようなことを言う。
「ここはこれで十分だろ。次の文章いこうぜ。」
「せやな。」
いまだにドキドキしている忍足の体を起こしてやり、岳人は何事もなかったかのように勉
強を続ける。何だか納得いかないなあと思いつつも、理解できたからまあいいかと忍足は
再び教科書に目を落とした。
「この次の文は簡単やな。」
「そうか?じゃあ、どんどん進むぜ。」
分かるところはさらっと飛ばして、二人は勉強を進めていく。しばらくすると、また忍足
が理解できないという文章が現れた。
「ここらへん、ちょっと分かりにくいなあ。」
「何で?そんなに難しくねぇよ。」
「うーん、単語の意味がな・・・やっぱり繋がらんねん。」
「どこが分かんねぇんだよ?」
忍足が指差した単語は、さっき分からないと言った単語“stalk”の人を表す形、“
stalker”だ。日本語読みをすれば、“ストーカー”という言葉だ。忍足はこう読
むということは分かっていた。しかし、それゆえ意味がさっぱり分からないということに
なってしまったのだ。
「何でサバンナにストーカーがおるん?確かに犯罪やけど、この文の流れとしてはどう考
えてもおかしいやん。」
文章にはストーカーは犯罪だというような意味の文があった。それを聞いて岳人は爆笑。
動物ばかりの説明があるサバンナの話にストーカーが出てくるわけがない。
「あはは、侑士、超面白れー!!サバンナにストーカーなんているわけねぇじゃん。」
「せやけど、書いてあるやん。」
「これは日本でいうストーカーじゃなくて、“密猟者”って意味の単語だよ。密猟者のし
てることは犯罪だろ?」
「・・・ホンマに?」
「ああ。ほら、ちゃーんと書きこみしてあるぜ。」
ほらと教科書を見せると確かに“stalker”のところに“密猟者”という書きこみ
がある。とんでもなく的外れなことを言ってしまったと忍足は自分の言ったことを相当恥
ずかしく思った。
「うわあ、何かメッチャ恥ずいわ。」
「いや、可愛いと思うぜその勘違い。」
「そないなこと言われたら、余計に恥ずかしくなるやん。」
かあっと顔を赤く染めて、忍足は岳人を見た。当然のことながら岳人の顔は笑っている。
「でも、これでもうここは忘れないだろ?」
「ああ、今ので完璧に覚えたわ。」
「侑士って、もとが頭いいからすぐ覚えられていいよなあ。」
「そないなことあらへんって。」
「でも、もう英語はこれでだいたいオッケーだろ?」
「まあな。でも、岳人に教えてもらわんかったらテストで今みたいな間違いしてたところ
やで。教えてくれてありがとな。」
「おう。英語が終わったらいったん休憩しようぜ。」
「せやな。」
あとの文章はまとめ的な文だけだったので、それほど時間をかけずに終わらせることが出
来た。英語の勉強が終わったのでひとまず休憩しようと岳人はキッチンからジュースを持
ってきた。
「はい、ジュース。」
「おおきに。・・・なあ、岳人。」
「何だよ?」
ジュースを飲み、休憩しながら忍足は何か言いずらそうな感じで岳人に話しかける。どう
したんだよ?というニュアンスを含んで聞き返すと、忍足は内緒話をするように岳人の耳
元まで口を持っていき、ゴニョゴニョと何かを伝えた。初めはハテナを頭に浮かべたよう
な表情をしていた岳人だったが、忍足の言いたいことを理解すると途端に明るい表情にな
る。そんな岳人の顔とは対象的に忍足の頬は赤く染まり、何かを恥ずかしがっているよう
だった。
「オッケー。じゃあ、あと一教科くらい終わらせて夜になったらな。侑士からそんなこと
言ってくれるなんて、嬉しい〜。」
「岳人・・・そないに素直に喜ばれるとこっちが恥ずかしいわ。」
「いいじゃん。よっしゃ、じゃあ、次の教科いくか!」
忍足の言葉を聞いて、岳人のやる気はさらにアップしたようだ。岳人の言葉でだいたいの
検討がつくだろうが、忍足が岳人の耳元で言ったのは、テスト勉強中ではあるがそういう
ことをしたいという要望であった。こんなことを言われれば、そりゃ岳人のやる気も上が
るだろう。忍足的にはさっきの肉食獣と草食動物の文章再現でかなりキたようだ。そんな
こんなで、二人は微妙な楽しみを抱えながらテスト勉強を進めてゆく。

後日返されたテストを見て二人はビックリ。お互いにいつもより5点以上は高い点数をと
っていたのだ。あんなテスト勉強でここまでとれるようになるとは驚きだと、二人は顔を
見合わせて笑う。
「意外ととれたな。」
「ああ。でも、単語の日本語訳でそのまま“stalker”が出るとは思わんかったわ。」
「あー、それには俺も驚いた!!でも、よかったなお互いに出来て。俺も侑士に教えても
らったおかげで、物理もある程度出来たしー。また、テスト近くなったら一緒に勉強しよ
うな!」
「せやな。」
そんな約束をしつつ、二人は部活へ行く用意をする。テニスにおいても勉強においても二
人は相性抜群のパートナーであるようだ。

                                END.

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