水軍日和

ぷろろーぐ

「おーい、お前達、ちょっと集合。」
ここは兵庫水軍の海。これから仕事をしようと海に出てきた海賊の面々を、兵庫水軍の総
大将である兵庫第三共栄丸は、自分の近くに集合させた。
「突然だが、今日の仕事は休みにする!たまには遊ばないと仕事もはかどらないだろ。と
いうわけで、俺はちょっと出かけてくる。」
兵庫水軍は、仕事の出来る者ばかりがそろっているが、基本的には第三共栄丸の指示なし
にはスムーズに仕事が出来ない。特に急ぎの仕事があるわけでもなかったので、とにかく
遊びに行きたい第三共栄丸は、急にそんなことを言い出したのだ。
「本当に今日は何も仕事しなくていいんですか?」
「ああ。好きなことしていいぞ、お前ら。」
鬼蜘蛛丸のそんな問いに、第三共栄丸はニカっと笑いながら頷く。初めは少し戸惑ったよ
うな表情を見せていた面々であったが、仕事をしなくていいと分かると、素直に喜ぶよう
な反応を見せる。
「仕事しなくていいんだってよ。どうする?」
「そうだなあ、どこか出かけたい気もするが、陸は陸酔いするからなあ。」
「俺はちょっと調べものしたいと思ってたところなんだよな。今日は存分に読書が出来る
ぜ。」
初めに何をしようかと話し始めたのは、水軍の中でも年長で、四功である疾風、蜉蝣、由
良四郎であった。年長組が遊ぶ気満々な話をし始めるのを聞いて、若手メンバーやハイテ
ィーンメンバーもこれからの予定について話し始める。
「間切、間切、タコ釣りしに行こー!」
「別に構わないぜ。」
「鬼蜘蛛丸、この前の貿易船に面白いものがあったんだよ。それ、ちょっと見に行かない
か?」
「ああ、いいぞ。」
「航、町で買い物をしたいんだが、少し付き合ってくれないか?」
「うん、いいよ。たまには町に出るのも面白そうだし。」
「俺達はどうする?舳丸。」
「そうだなぁ・・・今、すぐに決めなくてもいいんじゃないか?ゆっくり考えようぜ。」
各々一緒に遊びたい者を誘いつつ、この後の予定を考える。わいわいと他の者が騒いでい
る間に、第三共栄丸はそそくさと遊びに行ってしまった。

結局、由良四郎は水軍館で調べ物を、蜉蝣と疾風は船の上に、義丸と鬼蜘蛛丸は輸入品格
納庫に、舳丸と重はいつものように沖に泳ぎに、間切と網問はタコ釣りに、東南風と航は
町へ買い物に行くことになった。


岩場でタコ釣り −間切×網問−

仕事のなくなった時間にタコ釣りをしようと決めた間切と網問は、浜辺から少し離れた岩
場にやってきた。釣竿と適当な餌を手に、二人は波の打ち寄せる岩場に腰を下ろした。
「よーし、いっぱい釣るぞー!」
「俺だって、負けないぜ。」
どちらが多く釣れるか勝負だと言わんばかりの雰囲気を醸し出し、二人は釣りを始める。
始めてからすぐは、全く引きのない二人であったが、しばらくすると、間切の方の竿がピ
クピクと動き始める。
「よっしゃー、来た!」
ほどよいタイミングで竿を上げると、針の部分にはバッチリタコがくっついていた。一匹
釣れると調子が出てくるもので、それから間切の釣竿には何匹かのタコがかかる。
「よし、また来た!」
「間切ばっかりずるいー!」
「へへーん、悔しかったら、網問も釣ってみろ。」
「頑張るもん!」
しかし、網問の竿はなかなか動かない。その間にも間切はタコだけでなく魚も何匹か釣り
上げる。あまりにも間切ばかり釣れて、自分が釣ることが出来ないので、網問はだんだん
と不機嫌になっていった。
「もー、何で間切ばっかり釣れるの!」
「そんなに大きな声出すと、タコも魚も逃げちゃうぞ。」
「だって、全然釣れないんだもん。間切ばっかり、ずるいずるいー!」
子供がだだをこねるように、網問はそんなことを口にする。しばらくは、不機嫌になりつ
つも頑張っていた網問であったが、手にしている釣竿は、波で揺れる以外はほとんど動か
ない。あまりの不公平さに網問はぷくーと頬っぺたを膨らませ、釣竿を上げてしまう。
「もー!全然釣れないー!」
「諦めんなよ、網問。」
「釣れないとつまんないー!つまんないから、お腹空いたー!」
イライラからか、網問は不合理なことを言い出す。そんな網問を少しでもなだめようと、
間切はたまたま懐に入っていた饅頭を出した。
「仕方ないなー。ほら、饅頭二つあるから、一個やるよ。」
饅頭を差し出され、今の今まで不機嫌顔そのものだった網問の表情は、パッと花が咲いた
ように明るくなる。
「ありがとう、間切!」
本当にお腹が空いていたようで、間切から受け取った饅頭を網問はあっという間に平らげ
てしまう。しかし、その顔は欲しいものを得た子供のようで、実に嬉しそうな表情であっ
た。
「このお饅頭、超おいし〜。」
「俺のお気に入りの饅頭だからな。網問が食べてんの見たら、俺も食べたくなっちゃった
なあ。」
そう言いながら、間切は残りの一つをパクっと一口口にする。そんな間切の様子を、網問
はキラキラと瞳を輝かせながら眺めていた。
(う・・・こんな顔で見られたら・・・)
お気に入りの饅頭であるが、それ以上に網問の表情が可愛すぎる。キラキラ輝く瞳は、も
う一つの饅頭も頂戴と訴えているようであった。
「・・・これも、食うか?」
「いいの!?」
「ああ。」
一口分欠けた饅頭を網問に差し出すと、網問はさっきよりもさらに嬉しそうな笑みを浮か
べる。もし、犬の尻尾でもついていたら、ブンブンと尻尾が振られているのではないかと
いう程の喜びっぷりだ。
「んー、おいひ〜。」
幸せそうな顔で饅頭を頬張る網問を見て、間切の顔も緩んでしまう。二つ目の饅頭を食べ
きると、網問はむぎゅーと間切に抱きついた。
「ありがと、間切。超おいしかった!」
「ど、どういたしまして・・・・」
「間切、大好きー!」
そう言いながら、網問は間切の口にちゅうっとキスをする。甘いあんこの味のするキスに
間切の胸はドキドキと高鳴った。
(キスするなんて、反則だ・・・)
もうタコ釣りなんてどうでもいいと思うくらいに、間切の頭の中は網問のことでいっぱい
になっていた。しかし、そんな間切に反して、網問はお腹が満たされたのと、イライラが
なくなったことで、俄然やる気になる。
「よーし、お腹もいっぱいになったし、こっからが本番だ!」
「えっ!?」
「ぜーったい、負けないからな!間切!」
やる気になった網問の勢いは凄まじかった。間切の釣ったタコの数など簡単に越えるくら
い、次々とタコを釣り上げてゆく。それを見て、さすがに負けていられないと、間切も真
面目にタコ釣りを再開する。

どちらも調子が出てからは半端のない引きで、結局二人合わせて、二十匹程度のタコを釣
り上げた。


町で買い物 −東南風×航−

町にやってきた東南風と航は、たくさんの人でにぎわう道を自分達のペースで歩いていた。
東南風も航も陸酔いはしないので、少しくらいゆっくりしても何の問題もない。
「やっぱり、町は海とは全然雰囲気が違うね。」
「そりゃそうだろ。航は何か買いたいものとかあるか?」
「んー、今のところはないかな。やま兄は、何買うの?何か買うから買い物来たんだよね?」
「別に欲しいものがあったわけじゃないのだが、少し見たいものがあってな。」
そう言いながら、東南風が向かったのは、骨董市であった。そこに並んでいるものを見て、
確かに東南風が好きそうだと、航は思う。
「やま兄が好きそうなのがいっぱいだね。」
「そうか?」
「うん。でも、面白いね。海にいたら見られないものがいっぱいある。」
食器や小物など、見たこともないようなものがたくさん並んでいるのを見て、航も興味を
そそられる。
(わあ、これ綺麗だな。)
そんな航の目にとまったのは、海のように透き通った青色のコップであった。鮮やかな青
に目を奪われ、航はそのコップを手に取る。
「やま兄、見て。このコップすごく綺麗だよ。」
「ああ、それは琉球ガラスだな。」
「琉球ガラス?」
「日本の南に小さな島国があってな。それが琉球だ。おそらくそこからの輸入品だろう。」
「へぇ。」
東南風の話を聞いて、航はさらにこの青いガラスのコップに心を惹かれる。航がひどくそ
のコップに興味を持っていることに気づき、東南風は航が持っているものと全く同じ形の
コップを手に取った。
「これ、買うか。」
「えっ?」
「俺も気に入った。ちょうど二つあるし、酒を飲むのにもちょうどいい感じだろ。」
そうと決まれば、早速購入しようと、真っ青なコップを二つ、東南風は目の前にいる商人
に渡す。珍しい輸入品ということもあり、多少値は張ったが、東南風は迷うことなく、そ
れだけの銭を支払った。
「結構高かったけど、いいの?やま兄。」
「買い物なんて、滅多に来ないんだし、たまにはこういうものを買うのも悪くないだろ。」
航にしては、だいぶ高い値段であったので、心配そうにそんなことを尋ねる。しかし、東
南風は全く問題ないというような態度で、そう答えた。東南風にそう言われ、航は東南風
に買ってもらった琉球ガラスのコップを見て、嬉しそうに笑う。その色と雰囲気に惹かれ
たというのもあるが、今は東南風とおそろいのコップであるということが、航にとっては
一番嬉しいことであった。
「少し腹減ったな。茶店にでも入るか、航。」
「うん!」
茶店に入ろうという東南風の誘いに、航は喜んで乗る。海色のコップを抱えながら、二人
はすぐ近くの茶店に入った。海にいて水軍の仕事をしているときは、あまりこういうもの
を食べる機会がないので、二人は少し多めに注文する。
「団子二人前と、おはぎ二人前。」
「まいどー。」
注文した団子とおはぎが来ると、二人はパクパクと食べ始める。
「うまいな。」
「うん、すっごいおいしい!」
久しぶりの和菓子を二人は存分に堪能する。はぐはぐと夢中になって食べていると、航の
口元にあんこがついてしまっていた。
「航。」
「ん?何?」
「あんこ、ついてるぞ。」
そう言いながら、東南風はごく自然に指で航の口元のあんこを拭い、それを自分の口へと
持っていく。それが何となく恥ずかしく、航の顔はかあっと赤く染まる。
「あ、ありがとう・・・」
あんこをとってもらったことにお礼を言うが、恥ずかしくてまともに東南風の顔を見られ
ない。そんな態度を取る航を見て、つられて東南風も赤面してしまう。
「そんなに・・・赤くなってるなよ。」
「だって・・・」
二人がそんな会話をしていると、突然店の奥からこの店のおばちゃんが現れた。
「ねぇ、あなたたち・・・」
『!!』
いきなり声をかけられ、二人はドキっとしてしまう。ドキドキしながら、そちらの方を振
り返ると、そのおばちゃんはざるいっぱいの玉子を抱えていた。
「さっき、知り合いの人にたくさんの玉子をもらってね、全部は食べられないから少しも
らって欲しいのよ。」
「いいんですか?」
「もちろん。もらってくれた方が助かるわ。」
そう言われ、二人はそのおばちゃんからざるいっぱいの玉子を素直に受け取る。そして、
声をそろえてお礼の言葉を述べた。
『ありがとうございます。』
「いいのよ、お礼なんて。こちらこそもらってくれてありがとう。」
玉子を渡すと、茶店のおばちゃんはまた店の中に入っていってしまう。玉子を腕に抱えな
がら、二人は顔を見合わせてふっと笑った。
「いい土産が出来たな。」
「うん、玉子食べることもあんまりないから、みんなきっと喜ぶね。」
自分達のお土産だけでなく、他の水軍の面々にもお土産が出来たと、東南風も航も嬉しそ
うな顔になる。いい買い物が出来、おいしい和菓子を食べ、ただで玉子がもらえ、今日は
本当に買い物へ来てよかったと、二人はにこにこしながら、皿に残っている団子を口にす
るのであった。


虹のふもとで宝探し −舳丸×重−

「舳丸、見て見て!沖の方に虹が出てる!」
「本当だな。向こうで雨でも降ったのか?」
浜辺に出ると、重は沖の方に虹が出ていることに気がつく。重の言葉で舳丸も沖の方に目
をやり、そんなことを呟いた。
「あそこまでは行けないかなあ・・・」
「あそこってどこだ?」
「虹のかかってるとこまで。虹の足のとこまで行ってみたくない?」
キラキラと瞳を輝かせながら、重は舳丸の方を向き、そんなことを言う。それは面白そう
だと、舳丸は重の提案に頷いた。
「私達なら行けるだろ。行ってみるか、虹のふもとまで。」
「うん!」
舳丸の言葉を聞いて、重は嬉しそうに笑いながら首を縦に振る。それじゃあ行こうと顔を
見合わせると、二人は打ち寄せる波に足をつけ、虹に向かって泳ぎ始めた。泳ぎの得意な
二人はあっという間に虹のふもとまで辿り着く。すぐ近くで見る虹は、青空に映え、二人
の心を鷲掴みにする。
「すごい・・・」
「ああ。これなら虹にも触れられそうだな。」
そう言って、舳丸は虹の根っこに触れようとするが、当然のことながら、虹に触れること
など出来ない。
「やっぱり、無理か。」
「触れなくても、こんなに近くで虹が見られたんだから十分だよ。」
「そういえば、こんな話を知ってるか?重。」
「何?」
「虹のふもとには、宝物が埋まっているらしいぞ。」
ふっと笑いながら、舳丸はそんなことを言う。それを聞いて、重の顔はひまわりの花が咲
いたように明るくなり、期待に満ちた目で、舳丸の顔を見た。
「それ、本当?」
「さあ、それは確かめてみないとな。」
それは確かめてみないとということで、重は早速虹のふもとの下の海に潜ってみる。そん
な重に続いて、舳丸もバシャンと海の中へその身を沈めた。海に潜った二人は、その海の
底の光景に目を疑った。ちょうど虹の根っこの真下にあたる部分に、初めて見つける沈没
船が沈んでいるのだ。往々にして、沈没船の中には宝物が隠されていることが多い。これ
は本当の宝探しになると、二人は気合を入れて、宝探しを開始した。
「すごいすごい!虹の下には本当に宝物が埋まってるんだね!」
「そうだな。私も半信半疑だったが、ここまで見つかると、信じざるを得ないな。」
二人が見つけた沈没船の中には、たくさんのお宝が隠されていた。たくさんあったとは言
えども、そこまで大きな荷物になるようなものはなかったので、二人は分担して沈没船か
ら持ち出した宝物を持って帰ることにした。
「舳丸、見て。船の中の宝物と一緒にこんなものも見つけた。」
そう言って、重が舳丸に差し出したのは、このあたりでは滅多に見ることの出来ない珍し
い二枚貝の貝殻であった。
「へぇ、なかなか珍しいものを見つけたな。」
「舳丸、こういうの似合いそうだから、これは舳丸にあげる。」
自分が持っているよりも、舳丸が持っていた方が似合うと、重は宝物と一緒に見つけた珍
しい貝殻を舳丸に渡した。しかし、その貝殻を受け取ると、舳丸はそれをパキッと二つに
分け、二つの貝殻になった片割れを重に手渡した。
「せっかく珍しい貝なのに、何で二つに割っちゃうの?」
もったいないというニュアンスを込め、重はそう口にする。
「一つの二枚貝の片割れ同士は、この世に一つしかないだろ?こうしておけば、この珍し
い貝を完全な形にするためには、私と重は一緒にいなくてはならなくなる。その方が、こ
の貝の価値は上がるだろ?」
さらっとそんなセリフを言ってくる舳丸の言葉に、重の顔はかあっと真っ赤に染まる。舳
丸の言うことはもっともであるが、何となく恥ずかしくて、重はふいっと舳丸から目をそ
らした。
「そ、そんな恥ずかしいこと、さらっと言うなよ!」
「でも、嬉しいんだろ?」
確かに恥ずかしいと思うが、そう言われて嬉しいのは確かであった。図星をさされて、ド
ギマギしている重をもっとからかってやろうと、舳丸はその場でぎゅうっと重を抱きしめ、
いつもよりワントーン低い声で囁いた。
「確かに虹の下には、たくさんの宝物が埋まっていたし、こんなに綺麗で珍しい貝殻もあ
ったけど・・・・」
「あったけど・・・な、何だよ?」
「私にとっては、重がどんなものより大事な宝物だ。」
穏やかな笑み顔でそんなことを言ってくる舳丸に、重はもう撃沈であった。茹だったよう
に重の顔は赤くなり、胸の鼓動は駆け足のリズムを刻んでいる。
「み、舳丸はカッコイイんだから、そんな顔で、そんなこと言われたら・・・・俺、心臓
ドキドキしすぎて死んじゃう。」
顔を真っ赤にしてそう言いながら、重は顔を上げて舳丸の顔を見た。そんな重の表情とセ
リフに、舳丸はもう萌えまくっていた。
「本当、重は可愛いなあ。」
「だって、舳丸がぁ・・・」
「お前も私が大好きなんだもんな。」
「う〜・・・」
もう何も言葉が出てこないと、肩に顔を埋めてくる重を心から愛しく思いながら、舳丸は
きゅんきゅんとその胸をときめかせるのであった。


倉庫で着せ替え −義丸×鬼蜘蛛丸−

貿易船からの輸入品を少しばかり漁ってみようと、鬼蜘蛛丸と義丸は輸入品格納庫へやっ
てきた。ここには、瀬戸内海を通る貿易船から受け取った外国製品がところせましと格納
されている。日本にはない珍しい物も多くしまってあるので、ただそれを見るだけでも、
かなり楽しむことが出来るのだ。
「最近はあまりどんなものがあるか確認していなかったからな。見るのが楽しみだ。」
「そうだな。珍しいものもたくさんあるし、意外と見てて飽きないんだよな。」
楽しげな様子でそんな会話を交わしながら、二人は輸入品格納庫の中へと足を踏み入れた。
貴重な物も多いので、防犯のため、義丸は中に入るのと同時に倉庫の鍵を閉める。
「一応、鍵はかけておかないと危ないからな。」
「ああ。」
義丸の言葉に頷く鬼蜘蛛丸であったが、しばらくすると、顔色が明らかに悪くなる。倉庫
の鍵を閉めたために、潮風が入ってこなくなり、陸酔いの症状が顕著に表れてしまってい
るのだ。
「大丈夫か?鬼蜘蛛丸。顔、真っ青だぞ。」
「・・・あんまり大丈夫じゃないかも。気持ち悪い・・・」
口を押さえながら、鬼蜘蛛丸は気分悪そうにそう口にする。
「陸酔い止めの薬は?」
「今は持ってない・・・今日は必要ないと思ってたから・・・」
もうしゃべるのもきつそうな鬼蜘蛛丸を見て、義丸は苦笑しながら小さな溜め息をつく。
そして、懐の中から小さな袋を出すと、その中に入っている丸薬をぱくっと口に含み、口
を覆っている鬼蜘蛛丸の手をどけ、自らの口の中に入っている丸薬を鬼蜘蛛丸の口の中へ
と移した。
「んっ・・・ぅ・・・」
「陸酔い止めの薬だから、ちゃんと飲み込め。」
口は話すと義丸はそう言う。込み上げる吐き気を必死で抑えながら、鬼蜘蛛丸は入れられ
た薬をゴクンと飲み込んだ。義丸から受け取った薬を飲んでからしばらくすると、先程ま
では、あんなにひどかった陸酔いによる吐き気はすーっと治まる。
「あ、だいぶ陸酔い治まってきた。」
「そうか。そりゃよかった。」
「ありがとな、義丸。けど、いきなり口移しで薬飲ませるのはどうかと思うぞ。」
「はは、別にいいだろ?誰かに見られてるわけでもないし。」
「そりゃそうだけどよ・・・」
陸酔いが治まり、少し余裕の出てきた鬼蜘蛛丸は義丸とそんなやりとりを交わす。陸酔い
が治まったのはありがたいことだが、いきなり何の予告もなしに接吻同然のことをされる
のは、なかなか心臓に悪い。ドキドキする胸を持て余しながら、鬼蜘蛛丸はふぅっと小さ
く息を吐いた。
「陸酔いもよくなったことだし、そろそろ輸入品のチェック始めるか。」
「ああ、そうだな。」
鬼蜘蛛丸の顔色がだいぶよくなったのを確認すると、義丸はそう言いながら倉庫のさらに
奥へと進んで行く。そんな義丸について行くかのように、鬼蜘蛛丸もゆっくりと奥の方へ
歩みを進めて行った。

鏡や小物、化粧品や着物など、様々な物がそこには置かれていた。そんな日用品だけでは
なく、食べ物と思われるものもいくらかあった。
「義丸、これ何だか分かるか?」
そう言いながら鬼蜘蛛丸が義丸に見せたのは、アルファベットが書かれた何かの詰まった
紙の袋であった。義丸もその文字は読めなかったので、小さな穴を開け、その中身を確か
めてみる。
「ああ、これは小麦粉だな。」
「小麦粉?」
「ボーロやたこ焼き、お好み焼きを作るときに使う粉だよ。」
「へぇ、そっか。」
食べ物であれば、後で水軍館に持って行こうと、鬼蜘蛛丸はその小麦粉を他の輸入品とは
別の場所に置いておく。鬼蜘蛛丸が小麦粉に関心を奪われている間に、義丸はかなり興味
深い物を見つける。それは、朝鮮半島から輸入されたと思われる着物であった。
「鬼蜘蛛丸、こんなものを見つけたんだけど、ちょっと着てみないか?」
「日本の着物とはだいぶ違うな。でも、これ、片方はどう見ても女物じゃないか?」
「みたいだな。俺はこっちの着物を着るから、鬼蜘蛛丸はこっちに着物を着てみろよ。」
二種類あるうちの明らかに女物の着物の方を義丸は鬼蜘蛛丸に渡す。どうして自分が女物
の着物を着なければならないのかと、不満げな鬼蜘蛛丸であったが、どんな着物なのかは
興味がある。とにかく着てみるだけ着てみようと、鬼蜘蛛丸はその着物を身につけた。
「こんな感じでいいのか?」
朝鮮の民族衣装であるチマ・チョゴリをその身に纏った鬼蜘蛛丸は、まさに宮廷女官とい
う感じであった。あまりに自然に着こなしている鬼蜘蛛丸に、義丸の目は釘付けになる。
「すごく似合うな!鬼蜘蛛丸!」
「そ、そうか?」
「せっかくだし、化粧もしたらいいんじゃないか?化粧品ならここに山ほどあるし。」
「別にそこまでしなくても・・・・」
「絶対その方がいいって!」
鬼蜘蛛丸の可愛さにテンションに上がった義丸は、そのノリで鬼蜘蛛丸にメイクを施す。
そこまでする必要はないと思いつつも、義丸の気迫に押され、鬼蜘蛛丸はされるがままに
なる。眉を整え、まつ毛を上げて、軽く紅を引く。手拭いを取り、髪を整えれば、どこか
らどう見ても、女官そのものであった。
「ここまで美人になるとは思わなかったな。本当惚れ直すくらい。」
「そこまでじゃないだろ。というか、お前もさっさと着替えろよ。」
「そんなこと言うなら、自分で鏡で見て確かめてみればいいんじゃないか。」
輸入品の鏡を渡すと、義丸も朝鮮王朝の武官さながらの着物に着替える。その間に鬼蜘蛛
丸は義丸に渡された鏡を覗き、あまりの自分の顔の変わりっぷりに驚いていた。
(化粧するとこんなに変わるのか・・・・)
まるで自分の顔じゃないみたいだと、鬼蜘蛛丸は義丸の化粧の上手さに感心してしまう。
鏡を置いて、ふと義丸の方に目をやると、義丸は手拭いを外し、いつもより高い位置で髪
をまとめていた。
「とりあえず着替えて、髪も上の方で結んでみたんだけど、どうだ?」
想像以上にその着物が似合っている義丸を見て、鬼蜘蛛丸は言葉を失ってしまう。
(メチャクチャカッコイイ・・・・)
あまりの義丸の格好よさに、鬼蜘蛛丸はぼーっとして、思わず見惚れてしまう。そんな鬼
蜘蛛丸に近づき、義丸はもう一度声をかけた。
「似合わないか?」
「いや、すごく似合ってる!すごくカッコイイ・・・」
顔を紅潮させながら、そんなことを言ってくる鬼蜘蛛丸を見て、義丸はふっと微笑む。そ
して、鬼蜘蛛丸の頬にそっと手を添えると、鬼蜘蛛丸の額にコツンと自分の額をくっつけ
た。
「鬼蜘蛛丸もすごく綺麗だぞ。」
そう言いながら、義丸は優しく鬼蜘蛛丸にキスをした。武官姿がこの上なく似合う義丸に
そんなことを言われ、口づけられ、鬼蜘蛛丸の心臓はもう壊れそうなほど高鳴っていた。
女官と武官の格好のまま、二人はしばらくいつもとは違う格好をしているが故に感じると
きめきを楽しむのであった。


船の上で剣術勝負 −蜉蝣×疾風−

今は各々別々のところに遊び行っているために誰もいない船の上に、蜉蝣と疾風はやって
きた。蜉蝣が陸酔いをするために、ここにいるのがベストだと考えたのだ。
「いやー、船に乗ってても仕事しなくていいてのは気が楽だな。」
「そうだな。けど、ここだと大してすることがないな。」
「まあ、たまにはゆっくりするのもいいんじゃねぇ?」
んーっと伸びをしながら、疾風はペタペタと甲板を歩く。船の後ろの方に向かって歩いて
いると、日当たりのいい場所に鰹節が干してあるのを見つけた。
「おっ、見ろよ、蜉蝣。鰹節が干してあるぜ。これ、いつ干したんだっけかなあ?」
「だいぶ前だろ。そろそろいい感じになってきてるんじゃないか?」
「だったら、浜辺の方に戻るとき、持って行こうぜ。」
「ああ。」
そろそろ食べ頃な鰹節を後で持って帰ろうと話しているが、とりあえず今は放っておこう
と、二人は船の中でも一番広いところへ向かう。広々とした甲板に立つと、疾風はどうし
ようもなく体を動かしたくなる。
「何もしないのも暇だよなあ。」
「さっき、ゆっくりしようって言ったのは誰だ?」
「だって、いつもはこの場所に人がいっぱいいて大して動けないだろ?こんな広々したと
こ自由に使えるんだったら、何かしなきゃもったいねぇじゃん。」
体を動かしたくてうずうずした様子で、疾風は蜉蝣にそう訴える。しかし、いくら広く使
えると言っても、この場所で出来ることは限られている。
「しかし、こんな場所で何が出来る?」
「んー、そうだなあ・・・二人で出来て、しかも体が動かせることといえば・・・」
何が出来るかを考えながら、あたりを見回すと、訓練用の木刀が船べりに立てかけられて
いるのを見つける。これはいいと、疾風はそれを手に取った。
「いいもんあるじゃん!蜉蝣、久しぶりにコレで勝負しようぜ!」
「剣術で勝負か。悪くないな。」
「じゃあ、決まりな!手加減はなしの真剣勝負でいこうぜ!」
「ああ。望むところだ。」
もう一本木刀を取り、疾風はそれを蜉蝣に渡す。軽く素振りをしつつ、準備体操をすると、
二人は広々とした甲板の上で向かい合い、木刀を構えた。
「いくぜ、蜉蝣。」
「いいぜ。」
お互いに目で始めの合図をすると、二人は勢いよく動き出す。木刀がぶつかり合う音が響
き、いつもとは違う空気が二人の間に流れる。始めはかなりいい勝負であったが、次第に
蜉蝣が押し始める。そんな蜉蝣に必死で対抗する疾風であったが、蜉蝣の攻撃を防ぐので
精一杯であった。
「くっ・・・・」
次の瞬間、一際大きな音が響き、疾風の持っていた木刀は蜉蝣の木刀によってはじかれた。
木刀がはじかれた勢いで、疾風は後ろに倒れる。
「うわっ!!」
倒れた拍子に尻餅をついた疾風に蜉蝣は馬乗りになり、顔のすぐ横にダンッと船底に木刀
を立てた。そして、着物の襟を掴み、ぐいっと顔を引き寄せる。
「俺の勝ちだな。」
ニヤリと笑いながら、蜉蝣は疾風にそう言い放つ。蜉蝣の顔があまりにも近くにあるのと、
その一連の流れに、疾風の鼓動はありえないほど速いリズムを刻んでいた。その所為で顔
に血が運ばれ、疾風の顔は次第に赤くなっていく。
「随分と顔が赤くなっているようだが、どうしたんだ?」
ある程度理由が分かっていながらも、蜉蝣は疾風に尋ねる。そんな蜉蝣から目をそらすよ
うにして、疾風はボソボソと小さな声で言葉を紡いだ。
「お前の顔が・・・こんな近くにあるから・・・・」
なかなか可愛い反応をしてくれると、蜉蝣は口の端を上げる。そして、そのままより顔を
近づけ、疾風の唇に自分の唇を重ねた。
「っ!!」
そんな蜉蝣の行動に驚く疾風であったが、条件反射で蜉蝣の舌を受け入れてしまう。始め
は戸惑いの方が大きかったが、いつの間にか疾風は蜉蝣のキスにメロメロになっていた。
「んっ・・・ふぁ・・・ぅ・・・」
しばらく疾風の反応を楽しみつつ、蜉蝣は何度も口づけを繰り返す。蜉蝣の口が完全に離
れてしまうと、疾風は閉じていた目を開け、無意識に名残惜しそうな視線を蜉蝣に向けて
いた。
「まだ足りないか?疾風。」
蜉蝣にそう言葉をかけられ、疾風はハッと正気に戻る。そして、かあぁっと顔を赤く染め
ると、その恥ずかしさを誤魔化すかのように、疾風は怒鳴った。
「い、いきなり何しやがる!」
「あれだけノリノリになっといて、今更何言ってんだ?」
「うるせぇ!」
そう言いながら、疾風は蜉蝣を自分の上からどかして立ち上がろうとしたが、さっきのキ
スで、すっかり腰砕け状態になってしまい、立ち上がることが出来なかった。
「あ、あれ・・・?」
「どうした?」
ニヤニヤと笑いながら、蜉蝣はそう問う。こんなにドキドキしているのも、顔が赤くなっ
ているのも、立ち上がれないのも、全て蜉蝣の所為だと、疾風はポスンと軽く蜉蝣の胸を
拳で叩いた。
「もー、全部お前の所為だ!責任取れよな!」
これまた可愛い態度を見せてくれると、蜉蝣はくっくと声を殺して笑う。いつも仕事をし
ている場所であるのに、することが違うとここまで感じ方が変わるのかと、蜉蝣は今この
状況を心から楽しむのであった。


えぴろーぐ

日がオレンジ色に染まり、海の中に沈んでいく時分になると、それぞれ好きな場所へと遊
びに行っていた水軍の面々が浜辺へと戻ってきた。皆、久しぶりの休日を存分に楽しんだ
という実に満足気な表情をしていた。
「見て見てー!すっごい大漁だよ!」
間切と共に釣ったタコを網問は自慢げに他の者達に見せる。籠に入ったたくさんのタコを
覗き込み、航や重は感嘆の声を上げた。
「本当大漁だな。」
「すごいなー。二人ともタコ釣り上手いよね。」
ハイティーンメンバーがタコに気をとられている間に、東南風は町でもらった玉子をより
年上のメンバーに見せる。
「町へ行ったら、団子屋さんでもらいまして、新鮮な玉子らしいので、今日の夕食にでも
使いましょう。」
「おっ、そりゃいいな。そういや、俺達も船の上でいい感じになってる鰹節を見つけてさ、
持って帰ってきたんだよな。」
東南風が玉子を見せたことで、疾風は自分達も鰹節を持って帰ってきたことを思い出す。
「鰹節ですか。ダシを取るのにいいですね。」
「あ、舳丸。だったら、さっき泳いでる途中でくっついてきたこれも使えるんじゃない?」
ダシという言葉を聞いて、タコに夢中になっていた重は、浜辺に戻ってくるときに腕に引
っかかっていた大きな昆布を持ってくる。
「うわ、すごいデカイ昆布だな。」
かなりの大きさのある昆布に、間切は驚いたような反応を見せる。また新しい食材が出て
きたため、ハイティーンメンバーのテンションはかなり上がってきていた。
「鬼蜘蛛丸と義丸も何か大きな荷物を持っているようだが。」
若手だけでなく、鬼蜘蛛丸や義丸も食べ物のようなそうでないようなものを持っているの
に気づき、蜉蝣は二人にそう尋ねる。
「ああ、これは小麦粉です。輸入品格納庫で見つけたんで、持ってきました。」
蜉蝣の問いに義丸がそう答えると、鬼蜘蛛丸はしばらく考え込む。今あるもので、何かピ
ッタリのものが作れそうなのだが、それがパッと出てこない。そこへ、由良四郎が何かを
抱えて水軍館からやってきた。
「おー、みんな集まってるなあ。」
「何持ってんだ?由良四郎。」
「ああ、これか?本読むついでに押入れん中整理してきたら、出てきてよ。これって確か
たこ焼き焼く鉄板だよな?」
由良四郎が持っていたのは、たこ焼き焼き器であった。それを見て、鬼蜘蛛丸は今まで思
い出せなかったその食べ物を思い出した。
「ああ、分かった!」
「何が分かったんですか?鬼蜘蛛丸。」
「今、みんなが持ってきた材料で作れるピッタリの料理があったはずだと思って考えてた
んだけどよ、なかなか思い出せなくて。」
「で、何だったんです?」
「明石焼きだよ、明石焼き!タコに玉子に小麦粉に鰹節に昆布。まさに明石焼きの材料だ!」
『明石焼き?』
ハイティーンメンバーや義丸、疾風は明石焼きを知らず、ハテナを頭に浮かべて聞き返す。
そんな面々に水軍の中でも料理の腕はピカイチな鬼蜘蛛丸は、それがどんなものかを説明
してやった。
「形や作り方はたこ焼きとほぼ同じなんですけど、普通のたこ焼きより玉子の割合が多く
て、ソースをつけて食べるのではなく、ダシにつけて食べるんです。由良さんが持ってき
たそれで、十分に作れますよ。」
「へぇ、よく分かんないけど、何か美味そう。」
「食べたい、食べたい!」
『俺もー!!』
鬼蜘蛛丸の話を聞いて、ハイティーンメンバーは是非食べてみたいと騒ぎ出す。年長組も
ここまでの材料がそろっているならと、若手の意見に賛同した。
「それじゃあ、作りますか。みんなで手分けして下ごしらえすれば、そんなに時間をかけ
ずに作れますよ。」
そうと決まれば、即実行。料理の得意な鬼蜘蛛丸を筆頭に、水軍の面々は明石焼き作りを
始めた。

「はあー、久しぶりに出かけて楽しかったなあ。あれ・・・?」
どこかに遊びに出かけていた第三共栄丸は、浜辺が騒がしいことに気づく。パタパタと駆
けて行くと、実に美味しそうな匂いが潮の匂いに混ざって漂っていた。
『うまーい!』
「ダシがいい味出してるな。」
「普通のたこ焼きとは違って、また乙な味ですね。」
「舌触りもなかなか・・・」
鬼蜘蛛丸が焼いた明石焼きは、大好評であった。素材がいいため、ダシの味もかなりのも
ので、一風変わったタコ焼きに、皆舌鼓を打つ。
「あー!お前達、俺を差し置いて何食ってんだ!」
「ああ、おかえりなさい、お頭。お頭の分もちゃんと用意してありますよ。」
鬼蜘蛛丸に明石焼きを渡され、第三共栄丸はパクっとそれを口に運ぶ。その瞬間、ふわっ
とした舌触りとダシの風味が口いっぱいに広がる。
「う・・・」
『う?』
「う、う、うまーい!」
あまりの美味しさに第三共栄丸は飛び上がる。それはよかったと、鬼蜘蛛丸は笑顔になる。
「まだまだいっぱいありますからね。じゃんじゃん食べちゃって下さい。」
『おー!!』
昼間あれだけ好きなことが出来、夜は夜でこんなに美味しいものが食べられる。もう今日
は本当にいい一日だと、兵庫水軍の面々は始終笑顔を浮かべていた。

第三共栄丸の気まぐれで与えられた突然の休日。兵庫水軍の面々は、その休日を心の底か
ら楽しむことが出来たのであった。

                                END.

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