Sukha −スッカ−

部活を終え、財前はパタパタと校門のところへ駆けて行く。四天宝寺中の校門の前では、
高校の部活を終えた銀が財前を待っていた。
「待たせてすんません!師範。」
「大丈夫やで。ほんなら、帰ろか。」
「はい。」
今日は金曜日。高校と中学で会う頻度が少し減ってしまった銀と財前は、休みの前の日は
銀の家に泊まることを前提に一緒に帰る約束をしている。
「今日も疲れましたわ。やっぱ、部長って大変っスね。」
「せやなあ。」
「白石さんはこれを二年のときからやってはったわけっスよね。本当すごいっスわ。」
「財前はんもちゃんと部長出来てると思うで。」
白石とは少し違う方法ではあるが、財前も部長としてしっかり部をまとめている。そんな
財前の頑張りを知っているため、銀は財前の頭を優しく撫でた。
(師範に頭撫でられんのちょっと恥ずかしいけど、大きな手が気持ちよくて好きやな。)
照れたような表情で銀の顔を見上げると銀もそれに気づき、パッと手を離す。
「あっ、嫌やったか?」
「全然そんなことないっス。せやけど、頭撫でられとると、もっと師範にくっつきたくな
るんで、早よ師範の家帰りましょ。」
さすがに帰り道ではそこまでイチャイチャは出来ないと、財前はそんなことを口にする。
そんな財前を可愛らしいなあと思いながら、銀は口元を緩ませる。
「ほんなら、急いで帰らんとな。」
嬉しそうな表情を浮かべている銀を見て、財前も嬉しくなる。銀ほど顔には出さないが、
心の中は銀よりもうきうきとしていて、テンションが高くなっていた。

現在は一人暮らしをしている銀の家に到着すると、財前は鞄を邪魔にならない場所に置く。
同じように銀も鞄を置いた。
「今日は・・・これ着てもらおうかな。」
タンスの中から一枚のシャツを出すと、銀はそれを財前に渡す。もともと泊まることは決
まっているのだが、荷物が増えては大変だろうと、部屋着は自分のものを貸すことにして
いる。
「ありがとうございます。ほんなら、着替えさせてもらいますね。」
「ワシも着替えるか。」
あとは部屋でゆっくりするだけなので、銀も財前も制服から部屋着に着替えることにする。
銀はいつも通り着流しを、財前は銀から受け取ったシャツに着替える。
「やっぱ、師範のシャツはサイズが大きくて、ゆったり着られてええっスね。」
「今日のはホンマに彼シャツって感じになっとるな。」
「それ狙って、この服渡したんとちゃいます?」
「はは、バレてもうたか。」
銀のシャツは財前にとってはかなりサイズが大きく、半袖のシャツではあるが、袖は肘の
あたりまであり、下までボタンを留めるとその丈は膝の少し上くらいまである。少し暑く
なり始めている季節ということもあり、そのシャツを着ているだけで、財前は制服のズボ
ンを脱いでしまい、ハーフパンツなどを穿くことはしなかった。
(ホンマかわええな。)
可愛らしい姿の財前に見惚れていると、銀は声をかけられる。
「師範。」
「ん?どないしたん?」
「もうちょい近くに行ってもええですか?」
「ああ、もちろんええで。」
銀の了解を得ると、財前は銀に触れるくらい近くに移動して、その場に腰を下ろす。特に
何をするわけでもないが、触れ合うほどに近くに座り、二人は言葉を交わす。
「そういえば・・・」
「何っスか?」
「今日、チラっとだけテニス部の練習見たんやけどな、財前はん、何やおもろいことして
はったな。財前はんのあないな姿見るん初めってやったから新鮮やったわ。」
「はっ・・・?っ!?」
初めは銀が何を言っているのか理解出来ない財前であったが、すぐに部長になってからた
びたびするようになったネタのことだと気づく。それを銀に見られていたことに気づき、
財前は顔を真っ赤にして慌てるような素振りを見せる。
「い、いや・・・あれはその・・・ホンマはあないなことしたくないんやけど、部長やか
ら・・・他の部員のために何かせなアカンと思て・・・」
「メッチャおもろかったで。他の部員にもうけとったみたいやしな。」
「・・・師範に見られとったなんて、恥ずかしくて死にそうや。」
「はは、そないに恥ずかしがることやないと思うけどな。」
あまりの恥ずかしさに両手で顔を覆っている財前を見て、銀はくすくすと笑う。
「部長の仕事も大変やし、他の部員笑かすためにアホなことせなアカンて、メッチャ大変
なんスよ。そう考えると、他の先輩らもホンマはアホやなかったんですね。」
「んー、それはどうやろな?」
「えっ?」
アホなふりをするのが非常に大変だと思っている財前は、思わずそんなことを口にする。
しかし、銀は苦笑しながら少し否定するような言葉を口にする。
「ワシも含めて、他のみんなもそないに無理してあないなことしてたわけやないと思うね
ん。みんな、笑かすことがホンマに好きで、自分らしく楽しいことをやってただけやと思
うで。」
「つまり、好きでアホやってたってことっスか?」
「まあ、そうなるな。」
「・・・やっぱ、先輩らアホっスわ。」
自分のように苦労してアホなことをしてたわけではないことを聞き、財前は大きな溜め息
をつきながらそうぼやく。
「財前はんはホンマに頑張ってそういうことしとるんやろな。」
「まあ、ホンマはあないなことしたくないんで。」
「あないな財前はんもええと思うけど、無理はせんようにな。ワシの前では、財前はんが
一番楽な感じでいてええんやで。」
頑張っていることを認めてくれて、無理はしないようにと気を遣ってくれる。それがどう
しようもなく嬉しくて、財前はさっきの恥ずかしさとはまた違う理由で顔を赤らめる。そ
して、どうしようもなく銀に甘えたくなってくる。
「師範。」
「どないしたんや?」
「30秒ハグすると、ストレスが3分の1になるって話知ってます?」
「んー、聞いたことあるような気がするくらいやな。」
「試してみましょ。」
そう言いながら、財前は銀に向かって腕を広げる。その状態でも十分に可愛らしいのだが、
銀としてはもう少し分かりやすく可愛らしい財前を見たかった。
「どうして欲しいんや?」
「ぎゅってしてください。」
銀の問いかけに、恥ずかしそうにしながらも財前はハッキリと答える。そんな財前にとき
めきながら、銀はその太い腕で財前の体を抱き寄せ、腕の中にその体をすっぽりと収める。
銀に抱き締められ、財前はドキドキしながらも銀の背中に腕を回した。
「こないな感じでええか?」
「はい。・・・師範、ドキドキしとりますね。」
「そりゃ好きやと思っとる相手と抱き合ってたらドキドキするやろ?」
ピッタリとくっついている場所から胸の鼓動が伝わり、財前はそんなこと言う。銀の鼓動
の速さを指摘したが、財前も同じくらいかそれ以上にドキドキとしていた。
(師範に抱き締められとると、ドキドキしよるけどメッチャ落ち着く。)
「どうや?」
「・・・師範にぎゅってされとると、ストレス3分の1どころか、全部なくなりますわ。」
「はは、そりゃすごい効果やな。」
「もうちょっとこのままでいてもらってもええですか?」
「ええで。財前はんとこうしとると、ワシもええ気分やしな。」
銀のそんな言葉を聞いて、財前は銀の懐に顔を埋めながら嬉しそうに笑う。しばらく抱き
合ったままでいると、財前は思いついたように顔を上げる。
「ん?どないしたん?」
「いや、別に何でもないんスけど・・・」
優しく声をかけられ、財前はドギマギしながら銀から目を逸らす。そんな挙動も実に可愛
らしいなあと思いながら、銀は財前の頬に手をそえる。
「っ!!」
「財前はん、さっきハグにはストレス減らす効果がある言うとったやろ?」
「そうっスね。」
「キスにも同じ効果があるらしいで。誰に聞いたかは忘れたんやけど。」
「へっ!?」
「してもええやろか?」
ちょうどキスをして欲しいと思っていたところにそんな言葉をかけられ、財前の鼓動はこ
の上なく速くなる。背中に回している手でぎゅっと銀の着物を掴み、上目遣いで銀の顔を
見上げながら、財前は返事をする。
「して欲しいです・・・」
(ああ、やっぱりかわええな。)
愛らしい財前のねだり顔に銀は顔をほころばせ、両手で財前の頭を抱える。銀の顔を見上
げたまま、財前はぎゅっと目を瞑る。少しの間、その可愛らしいキス待ち顔を眺めた後、
銀はゆっくりと財前の唇に自分の唇を重ねた。何度か唇を離したり、重ねたりを繰り返し
ていると、財前が物足りなさそうに口を開く。
「ん・・・師範・・・」
小さく開かれた唇の隙間をより大きく開かせるようになぞった後、銀は財前の舌を捉える。
より深くなった口づけに財前は甘い吐息を漏らし、ピクンと肩を震わせた。
「ふ・・・ぁんっ・・・・」
熱い舌が絡み、お互いの唾液が混じり合う。甘く痺れるような心地よさにどちらも夢中に
なっていく。
(こないに気持ちええと止まらなくなってしまうな。)
(師範とキスしとると、腹の奥がきゅんきゅんしてホンマアカン・・・気持ちええ・・・)
どちらもうっとりとしながら、長く深い口づけを楽しむ。ある程度満足して唇を離すと、
銀も財前も軽く息が上がっていた。
「ハァ・・・」
「大丈夫か?財前はん。」
「・・・大丈夫なように見えます?」
「いや・・・何と言うか、ワシの方が大丈夫やなくなりそうな顔しとるな。」
「師範・・・」
とろけた表情のまま財前は銀を見つめて甘えるような声を出す。その表情と声色にドキド
キしながら、銀は財前から目を離せなくなる。
「そないな顔で見つめられると、いろいろ我慢出来なくなりそうや。」
「我慢なんてする必要ないっスわ。」
「せやけど・・・」
「俺は、我慢出来ひんです・・・」
財前のその言葉を聞いて、銀の心臓はドキンと跳ねる。ぎゅっと財前の体を抱き締めなが
ら、銀は財前の耳元で囁くように尋ねる。
「ベッドに移動した方がええか?」
銀の言わんとしていることを理解し、財前は目を輝かせて頷き、背中に回していた手を首
に回す。そんな財前の身体を抱き上げると、銀は自分のベッドに移動し、財前を布団の上
に優しく下ろす。布団の上に下ろされると、財前はポスンと後ろに倒れ、仰向けになる。
そして、銀に向かって手を伸ばした。
「師範。」
「ええんやな?」
「そんなんこの状況で確認する必要あります?」
「一応、聞いとかなと思ってな。」
「ええに決まっとるやないですか。むしろ、早よして欲しくてたまらんっスわ。」
「ホンマ、財前はんには敵わんわ。」
ふっと笑いながら、銀は財前の顔の横に手をつき、顔を近づける。また先程のような口づ
けをして欲しいと、財前は銀の首に腕を回して抱きついた。

存分にお互いの想いを身体と言葉で伝え合うと、銀と財前はしばらくベッドの上で休む。
銀はベッドに腰かけ、財前はうつ伏せになり、腕に頭を乗せながらまったりとしていた。
「疲れてへんか?」
「まあ、ある程度は疲れましたけど、満足感の方が上っスわ。」
「はは、確かにな。もう少し休んだら、夕食の準備しよな。」
「師範も疲れとるでしょ?今日は宅配とかにしません?」
「財前はんがそれでええなら、かまへんで。」
夕食を作るのは面倒だし、食べに行くのも面倒だということで、財前はそんな提案をする。
確かにそれは楽でいいと銀は財前の提案を呑む。
「師範。」
「どないしたん?」
「部長になって、テニス部まとめなアカンくて、ホンマにストレス溜まることも多いんで
すけど、師範と一緒におると、ホンマにストレスなんてどっかいってまうし、さっきみた
いなことしたら、もう胸の中がええ気分でいっぱいになるんスわ。」
銀のベッドに横になりながら、財前ははにかむような表情で銀を見つめて、そんなことを
口にする。少し照れるなーと思いつつも、財前の言葉は嬉しいので、銀は穏やかな笑みを
浮かべ、優しく財前の頭を撫でる。
「それは嬉しいなあ。ワシとしては、財前はんにはええ気分でいてもらいたいし、楽しそ
うに笑っていて欲しいと思うとるしな。」
「・・・そんなん言われたら、余計に師範のこと好きになってまうやないっスか。」
「それはアカンことなんか?」
「今でさえ、俺は師範のことで頭がいっぱい何スよ?これ以上どうせいっちゅう話っスわ。」
財前の言葉に少し驚いたような反応をした後、銀は口元を緩ませ、冗談を言うような口調
で言葉を返す。
「財前はんはホンマにワシのこと好きなんやな。」
「・・・好きです。」
突っ込みを入れるように返されると思っていたところに、顔を真っ赤にしてそう返され、
銀も思わず赤くなってしまう。
「いや・・・そないに真面目に返されると、何や恥ずかしいな。」
「せやけど、ホンマのことなんで。」
「まあ、ワシも・・・」
「何スか?」
「ワシも財前はんのこと、メッチャ好きやと思うとるで。財前はんはワシとおると、スト
レスなくなる言うとったけど、ワシはそこまでストレスは溜まってへんから、財前はんと
おると、ただただ幸せな気分でいっぱいになるねん。こないにええ気分にさせてくれるん
は、財前はんだけやで。」
穏やかな笑顔でそんなことを言われ、財前の胸はこの上なくときめく。
(ああ、やっぱメッチャ好きや。嬉し過ぎてアカン。)
幸せな気分でいっぱいの銀と財前であるが、同時にお腹の音が鳴る。多少運動したことも
あり、すっかりお腹が空いてしまっていた。
「あっ・・・」
「はは、同時に鳴ったな。」
「宅配にするんやったら、さっさと頼んじゃいましょ。師範、何食べます?」
「せやなあ・・・」
財前のスマホを見ながら、夕飯に何を食べようか二人で選ぶ。そんな時間も楽しいと、二
人の顔には笑みが浮かんでいた。明日は休みで、今日はまだ金曜日の夜。まだまだ二人で
過ごせる時間はたくさんあると、どちらもうきうきとした気分で、この幸せなひとときを
堪能するのであった。

                                END.

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