「さーてと、今日は何をしようかな?」
授業を終え、左近は忍術学園の中庭を歩いていた。と、そこへ二年は組の四郎兵衛がパタ
パタと駆けてくる。
「左近〜。」
「おー、どうした?四郎兵衛。」
「三郎次、どこにいるか知らない?」
「三郎次?三郎次なら、本を返しに行かなきゃいけないからって、図書室に行くって言っ
てたぞ。」
「図書室か。ありがとう左近。」
図書室に向かって走り出そうとする四郎兵衛を、左近は引き留める。四郎兵衛が三郎次の
後をついて回ったり、いつもどこかで見てたりするのは知っているのだが、何を思ってそ
ういうことをしてるのか気になっていたのだ。
「ちょっと待った四郎兵衛。」
「なーに?」
「今日もまた三郎次を見張るのか?」
「別に見張ってるわけじゃないよ。」
「じゃあ、何でいつも三郎次のこと見てるんだよ?」
「どうしてか分からないけど、三郎次のことが気になるんだな。」
「ふーん、気になるねぇ。」
それは三郎次のことが好きなんじゃないのかと思いつつ、左近はあえてそれを口にしなか
った。
「左近は三郎次と同じクラスで、いつも一緒にいれて羨ましいんだな。ぼくは授業のとき
は一緒にいれないし。」
「別にクラスが違ったって、授業が終わったらいつでも会いに来ればいいんじゃないか?
側で眺めてるだけじゃなくてさ。」
「でも・・・」
それは少し気が引けると四郎兵衛が口にしようとしたその時、左近の後ろから誰かが走っ
てきた。左近の名を呼びながら、走ってきたのは一年生の伏木蔵であった。
「左近先輩!!」
左近のもとまで走ってくると、伏木蔵は左近の背中に後ろから抱きつく。そんな伏木蔵の
行動に、四郎兵衛はいつものポカンとした表情で、目をパチクリさせる。
「ちょっ、伏木蔵!!いきなり抱きつくな!!」
「あ、時友先輩、こんにちはー。」
「スルーかよ!!」
「こんにちは、伏木蔵。」
「左近先輩と時友先輩がお話してるの珍しいですね。左近先輩、いつもは池田先輩や能勢
先輩とお話してる気がします。」
「まあ、確かにいつもはそうかもな。」
伏木蔵の言葉を聞いて、四郎兵衛は複雑そうな顔をする。やっぱり、三郎次と仲がいいの
は左近や久作なんだよなあと思うと、ほんの少し胸の奥がもやもやした。
「伏木蔵は、どうして左近にそんなにくっついているの?」
何とかその胸のもやもやを誤魔化そうと、四郎兵衛はそんな質問を伏木蔵にする。すると
伏木蔵はニコッと笑って素直に答えた。
「ぼく、左近先輩のこと大好きですから。」
「大好き?」
「伏木蔵っ!!」
「左近は?左近は伏木蔵のこと好き?」
あまりに直球で質問をしてくる四郎兵衛にたじたじになりながらも、左近はその質問に赤
くなりながら答えた。
「そ、そりゃ・・・好きかと聞かれたら、好き・・・だけど。って、何言わせるんだよ!」
「えへへ、左近先輩に好きって言われちゃった。」
「じゃあ、左近と伏木蔵は両思いなんだな。」
左近と伏木蔵がお互いに好き合っているということを知り、四郎兵衛は新たな発見をした
という顔をする。左近と両思いと言われ、嬉しくなった伏木蔵は、ご機嫌な様子で四郎兵
衛に質問を投げかけた。
「時友先輩は好きな人いないんですか?」
「えっ・・・?」
伏木蔵の質問に四郎兵衛はドキっとする。少し考えた後、四郎兵衛は困ったような表情を
浮かべて答えた。
「分からないんだな。」
「分からない?好きかどうかが分からないってことですか?」
「たぶん・・・」
「じゃあ、気になる人はいるってことですね!」
にぱっと笑ってそんなことを言う伏木蔵に、四郎兵衛は驚いたような反応を見せる。確か
に気になる人はいるが、今の会話でそこまでハッキリと言い当てられるとは思っていなか
った。すごいなあと感心していると、左近にひっついたまま伏木蔵は甘えるように、頼み
事をし出す。
「左近先輩、今日出た宿題がちょっと難しいんです。教えてくれませんか?」
「まあ、今日は暇だし、別に構わないけど。」
「本当ですか!?じゃあ、後で左近先輩のお部屋に行きますね!!」
「久作とか三郎次がいるかもしれないけど、それでもいいなら構わないぞ。」
「わーい!!」
本当に楽しそうな表情を浮かべる伏木蔵と照れたような反応を見せながらも伏木蔵の言う
ことを聞く左近。そんな二人を見て、四郎兵衛は羨ましいなあと思う。
(いいなあ。ぼくもあんなふうに三郎次と仲良く話せたらいいのに・・・)
「ぼく、図書室に行かなきゃなんだな。」
「ああ、そうだったな。引き留めて悪かったな。頑張れよ。」
「うん、じゃあね。」
図書室に向かって走って行く四郎兵衛を見送りながら、左近はくすっと笑う。
「何笑ってるんですか?左近先輩。」
「あいつ、さっき言ってた気になる奴のところに行ったんだ。」
「そうなんですか?時友先輩の気になる人って誰なんですか?」
「さあ、誰だろうな。」
「えー、教えてくださいよー。」
「今度四郎兵衛を見かけたら、その視線の先を見れば分かるさ。」
ハッキリと誰とは言わず、左近はそんなことを言ってはぐらかす。気になるなあと思いつ
つも今は左近と話をしている方が大事だと、伏木蔵は特に四郎兵衛を追いかけるようなこ
とはしなかった。
図書室の前まで来ると、四郎兵衛はちょうど図書室から出てきた三郎次とバッタリ会う。
「おー、四郎兵衛。お前も図書室に用があるのか?」
「いや、特にそういうわけじゃ・・・」
少し離れたところから見ているだけのつもりだったのだが、話せる距離で会ってしまい、
四郎兵衛はドギマギしてしまう。
(ぼくもさっきの左近と伏木蔵みたいに・・・)
「あ、あの・・・三郎次っ。」
「何だ?」
「今日、宿題が出てて、一緒にやって欲しいんだな。」
「あー、確かうちの組でも出てたなあ。いいぞ。二人でやった方が早いかもしれないしな。」
あっさり三郎次がオーケーしてくれたことに対して、四郎兵衛はドキドキしながらも嬉し
く思う。
「これからちょっと用事があるから、夜からでもいいか?」
「う、うん!!」
「ぼくの部屋だと、左近や久作がいるから、用意が出来たら四郎兵衛の部屋に行くな。」
「分かった。」
「じゃ、また後で。」
一緒に宿題をする約束をし、四郎兵衛は高鳴る胸の鼓動を抑えられない。三郎次が去って
行くのを見送った後、四郎兵衛はいても立ってもいられず、自分の部屋に戻って行った。
日が沈み、夕食を終えてからしばらく経って、三郎次は寝巻きで四郎兵衛の部屋を訪ねる。
「四郎兵衛、入るぞ。」
「う、うん。どうぞ。」
四郎兵衛も既に制服ではなく、寝巻きに着替えていた。組や部屋が違えば、寝巻きで会う
ことなどほとんどない。普段見ない格好にどちらも新鮮さを覚えていた。
「なんか制服じゃないと変な感じだな。左近とか久作が寝巻きなのはしょっちゅう見てる
けど、四郎兵衛はクラスが違うからあんまり見ないから。」
「そうだね。ぼくも三郎次の寝巻きと髪下ろしてるの見るのは、久しぶりかも。」
「久しぶり?」
「あ、ううん。あんまり見ないなあーってこと。」
いつも三郎次のことを見ている四郎兵衛は、時折三郎次の寝巻き姿を見ることもあった。
しかし、さすがにそれは三郎次にはバレていなかったようで、四郎兵衛は笑いながらその
ことを誤魔化した。
「それより、四郎兵衛の宿題ってどんなのが出てるんだ?」
「えっと、漢字の書き取り。三郎次は?」
「ぼくは算術の問題だ。四郎兵衛は算術得意か?」
「まあ、それなりには・・・」
「じゃあ、ここの問題教えてくれないか?ここの部分の授業のとき、ちょっと寝ちゃって
て。」
三郎次に頼られるのが嬉しくて、四郎兵衛は丁寧にその部分を教える。思ったよりも分か
りやすいその説明に三郎次は感心する。
「四郎兵衛、教えるの上手いなあ。」
「そ、そうかな?」
「ああ。すごい分かりやすかった。」
「えへへ。」
「これなら、すぐ終わりそうだ。」
「じゃあ、ぼくも漢字の書き取り進めるね。」
とりあえず早く宿題を終わらせてしまおうと、三郎次も四郎兵衛も自分の宿題をカリカリ
と進める。一人でやると集中力が切れてしまうこともあるが、一緒にやっていることで、
いつも以上に集中して取り組むことが出来た。
「よし、終わり!」
「ぼくも終わったんだな。」
「いやー、なんか思ったより早く終わってよかった。」
「ぼくもいつもより早く終わった。」
「やっぱ、二人でやるとはかどるんだな。」
「うん!」
思った以上に宿題を早く終わせることが出来、二人は嬉しそうにそんなやり取りを交わす。
宿題の道具を片付け、一休みしながら三郎次はふとあることを四郎兵衛に尋ねる。
「そういえば・・・」
「何?」
「どうして今日、四郎兵衛は一緒に宿題をしようなんて誘ってくれたんだ?いつもはそん
なことないのに。」
「え!?えっとぉ・・・」
どうしてかと言われれば、少しでも三郎次と仲良くなりたかったからという理由であった
が、素直にそう答えることは出来なかった。
「えっとね、左近と一年生の伏木蔵が一緒に宿題するって約束をしてて・・・それがちょ
っと羨ましいなあと思ったから・・・」
「ふーん、そっか。」
そういえば、この部屋に来る前伏木蔵が部屋に来ていたなあということを思い出し、三郎
次は四郎兵衛の答えた言葉に納得する。あまりにもさらっとした三郎次の返しに、四郎兵
衛はちょっと不安になり、質問を返した。
「迷惑だったかな・・・?」
「いや、全然そんなことないぞ。分からなかったところ教えてもらったしな。」
「そっか。よかった。」
ホッとしたような笑顔を見せる四郎兵衛を三郎次は少し可愛いと思ってしまう。そう思っ
たら、何だか無性に四郎兵衛に触れたくなり、ふにふにの頬っぺたを三郎次は指で突っつ
いた。
「な、何だよぉ〜?」
「んー、なんとなく。」
「なんとなくで、ほっぺ突っつくのやめてよぉ。」
「あはは、四郎兵衛のほっぺ、超ぷにぷにで柔らかい。」
じゃれあうようにそんなことをしているうちに、時間はあっという間に過ぎてしまう。さ
すがにそろそろ部屋に帰らないとということで、三郎次は立ち上がる。
「そろそろ帰ろうかな。」
「あ、そうだね。もうだいぶ遅い時間だろうし。今日は一緒に宿題してくれてありがとう。」
「こっちこそ、お礼言わなきゃだ。分からないとこ、教えてくれてありがとな。」
そう言って、三郎次は四郎兵衛の部屋を出て行こうとする。もう三郎次が帰ってしまうの
かということが、なんとなく寂しくて、四郎兵衛は三郎次の寝巻きをきゅっと握り、出て
行くのを止めようとした。
「どうした?四郎兵衛。」
しかし、そうしたところで、どうすればいいかは分からない。しばらく、いつものポカン
としていた顔で固まっている四郎兵衛であったが、頭の中は何を言おうか必死で考えてい
た。
「四郎兵衛?」
「あ、あの・・・また、一緒に宿題するの誘ってもいいかな?」
「ああ、別に構わないけど。」
「あ、あとね・・・ぼく三郎次と、一緒にご飯食べたり、お出かけしたり、遊んだりした
い。もっと三郎次と仲良くなりたいんだな。」
「それは、ぼくのことが気になるから?」
「う、うん。ダメ・・・かな?」
必死になってそんなことを言ってくる四郎兵衛が可愛くて、そう言われるのが嬉しくて、
三郎次は思わず顔を緩ませる。しかし、そうすぐに頷いてしまうのは面白くないと、三郎
次は少しじらすような答えを返す。
「うーん、どうしようかなー。」
「迷惑だったら、別に・・・」
見てわかるくらいにしゅんとした反応を見せる四郎兵衛の頭をわしゃわしゃと撫でながら、
三郎次は笑って肯定的な返事をする。
「冗談だ、冗談。四郎兵衛がそうしたいんなら、どんどん誘ってくれていいからな。ぼく
としては、大歓迎だから。」
「ほ、本当!?」
「ああ。普段はこんなに正直に素直には言わないけど、アマノジャクに言うと、四郎兵衛
はそのままの意味で捉えちゃうから。」
「ありがとう!三郎次!」
本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて、四郎兵衛は三郎次の手を取る。こんなに嬉しそうにさ
れると、こっちまで嬉しくなると、三郎次もつられて笑顔になった。
「んじゃ、また明日な。」
「うん、また明日。」
また明日も話をしようというような意味を込めて、三郎次はそう言って四郎兵衛の部屋を
後にする。そんな挨拶もまた嬉しくて、三郎次がいなくなっても、四郎兵衛の顔はしばら
く緩みっぱなしであった。
三郎次が自分の部屋へ戻ると、ちょうど伏木蔵が自分の長屋へ戻ろうと帰るところだった。
「あ、おかえりなさい。池田先輩。」
「随分、遅くまでいたんだな。」
「はい、左近先輩といっぱいお話しちゃいました。池田先輩はどこへ行ってたんですか?」
「四郎兵衛の部屋だけど。一緒に宿題したいって誘われてな。」
「時友先輩の・・・?」
四郎兵衛の名前を聞いて、伏木蔵は昼間あったことを思い出す。もしかしてと、左近の方
へ視線を向けると、そうだというような表情で頷いていた。
「時友先輩の好きな人って、池田先輩だったんですね!」
「へっ!?な、何言ってんだよ!?」
「気になってたことが分かってすっきりしました!じゃあ、左近先輩、池田先輩、さよう
なら!」
昼間疑問に思っていたことが解決したと、伏木蔵はルンルン気分で自分の部屋に戻ってい
く。部屋に入るとどういうことだと、三郎次は左近に詰め寄った。
「四郎兵衛がぼくのこと好きってどういうことだ?」
「そのままの意味だけど?よかったな、お前も四郎兵衛のこと気になってるんだもんな。」
「そうだけど・・・って、そういうことじゃなくて!!」
「いいじゃん。ぼくは応援するよ。それに今日少し進展あったみたいだし?」
ニヤニヤと笑いながら左近はそんなことを言う。ただ一緒に宿題をしただけであるが、た
だ眺められているというところからは大きな進展であることは間違いない。それを指摘さ
れ、三郎次はなんとなく恥ずかしくなってしまう。
「べ、別に、そんな進展とかあったわけじゃないし。宿題一緒にしただけだからな!」
「十分な進展じゃん。そんなに照れちゃってー。」
「照れてなんかない!!」
気になると好きの狭間で揺れている三郎次の心には、左近の言葉は十分すぎるほどの攻撃
力を持っていた。何でこんなに恥ずかしいのかと思いつつ、先程あったことを思い出すと、
心の中は嬉しさでいっぱいになる。
(これが好きってことなのか・・・?)
そう思うと自然と胸がドキドキし、何とも言えない気持ちになる。もうどうすればいいの
か分からず、三郎次は布団をかぶって横になった。
「も、もう寝るからな!」
「はいはい。また、何か進展あったら教えろよな。」
「うるさい、おやすみ!!」
「おやすみ〜。」
本当に面白い反応を見せてくれるなあと、左近はクスクスと笑う。布団に入ったもののド
キドキが止まらず、三郎次はしばらく寝付くことが出来なかった。明日はどんな顔をして
四郎兵衛と会おう、そんなことばかり考えながら、三郎次は悶々とした夜を過ごすのであ
った。
END.