宍戸が跡部の家に泊まった翌日。今日は近くで夏祭りが行われる。お昼過ぎ、跡部の母は
二人に浴衣を着せ始めた。
「亮君、景吾ちゃんとあんまり身長が変わらないから、ピッタリだわ。」
「ありがとうございます・・・。」
宍戸は浴衣などほとんど着ないので、今自分がしている格好に少し戸惑いを感じていた。
「何か柄も色も大して俺が着てんのと変わんねえな。」
確かに跡部と宍戸が着ている浴衣は、違うところがほとんどない。あえて違うところを探
すのなら帯の色くらいだ。
「わざとおそろいにしてみたの。いいでしょ、仲良しさんって感じで。」
跡部の母はうれしそうに言う。跡部しか子供がいないので、こんなふうに二人以上の子供
に同じ服を着せたりするのは、憧れだったのだ。
「じゃあ、母さん。もうそろそろ準備が出来たから行くな。」
「うん。いってらっしゃい。楽しんでくるのよ。」
うれしそうな顔をしている跡部の母に見送られ、二人は玄関を出た。
「うわあ、やっぱ混んでんなー。」
「はぐれたら見つけんの大変だよな。おい、宍戸。」
「何だよ?」
跡部は宍戸に左手を差し出した。
「離れんなよ。」
以前の宍戸だったら、そんなこと出来るか!!と手を払いのけたかもしれない。だが、今
は違う。
「ああ。」
宍戸は素直に跡部の手を握った。しばらくどんな屋台があるかを見て歩く。ふとあるもの
が宍戸の目に止まった。
「なあ、跡部。俺、かき氷食べたい。」
「そうか。じゃあ、買いに行くか。」
宍戸は跡部の手を引いて、かき氷の屋台へ向かう。
「なあなあ、跡部、シロップどれにする?」
「俺はいい。」
「何でだよー。お前と俺で違う味の買って、二つの味を楽しむんだよ。」
「じゃあ、一番甘くねぇのがいいな。」
「えっと、じゃあカルピスとか?」
「何でもいいぜ。お前の好きなの買えよ。」
「分かった。おじさん、いちごとカルピス頂戴。」
結局、宍戸は自分用にいちご、跡部用にカルピスのかき氷を頼んだ。それを食べるために
二人は歩道の端の段差に腰かける。
「うめえ。久しぶりだなかき氷食うの。」
「こんなのほとんど食わねえよ。」
「でも、うまいだろ?それより、俺にもカルピスのくれよ。」
「ああ、いいぜ。」
跡部は宍戸の開かれた口に自分のかき氷を入れる。
「カルピスもなかなかだな。跡部も食う?」
赤いシロップのかかった氷をスプーンに乗せ、宍戸は跡部の前にそれを出す。跡部はああ
と頷き、その差し出された手をとって宍戸の唇をそっと舐めた。
「やっぱ、甘ぇな。」
「〜〜〜〜!!」
宍戸は声も出ない。顔を真っ赤にして固まってしまった。
「どうしたんだ宍戸?早く食べないと溶けちまうぜ。」
「あ、跡部ー!!お前どうしてこんなとこでそういうことを・・・」
「あーーーー!!」
宍戸が跡部に向かって怒ろうとした時、聞きなれた騒がしい声が聞こえた。
「跡部に宍戸ー!!お前達も来てたんだあ。」
右手に大きな綿あめを、左手にピンクのバナナチョコを持ったその声の主はジローだった。
「お前こそ珍しいじゃん。こんな人がたくさんいるところに来るなんてよ。」
「だってぇ、ふわふわの綿あめとバナナにチョコかかったやつがどーしても食べたかった
んだもん。」
「ジローらしいな。」
「それにしても宍戸、何で顔がそんなに真っ赤なの?」
無邪気な笑顔でジローは宍戸に問う。宍戸は慌てて平静を装うが、実はジローはさっきの
ことを一部始終見ていた。
「べ、別に何でもねーよ。ただちょっと暑いから・・・。」
「うっそだー。かき氷食べてんのに暑いなんておかしいよ。ホントはさっき跡部にチュー
されたからでしょ。」
「なっ!?」
本当のことを言われ、宍戸はさらに赤くなる。誰かに見られているのはしょうがないと思
っていても、やっぱり知り合いに見られるほど恥ずかしいものはない。
「やっぱり、そうだー。跡部と宍戸ってやっぱラブラブだったんだー。」
「ジロー!!」
「あははっ。」
ジローは笑いながら、跡部と宍戸のもとから走り去った。
「じゃあねー、跡部、宍戸ー!!」
はたはたと手を振るジローが見えなくなると、宍戸は残っていたかき氷を一気に食べて、
大きな溜息をついた。
「はあー、跡部のせいでジローにからかわれたじゃねーか。どうしてくれんだよ。」
「別にいいじゃねーか。今更、あいつに隠してても無駄だろ。」
納得いかないと頬を膨らませ、宍戸は跡部を睨んだ。その仕草はとても子供っぽく、跡部
にとってはお気に入りの表情の一つだ。とその時、若い女性の声のアナウンスがあたりに
なり響いた。
『・・・からおこしの忍足侑士さん、案内所で向日岳人さんがお待ちです。』
それは、迷子のお知らせを感じさせるものだ。忍足が迷子なのか岳人が迷子なのかよく分
からないが、どちらかが幼い子供のように迷子になっているのはまず間違いないだろう。
「どっちが迷子だと思う?跡部。」
「俺は忍足だと思うけどな。」
「そうか?」
そんなことを話していると、目の前に忍足が現れた。
『忍足!!』
二人は思わず名前を口にする。
「あー、跡部に宍戸。案内所ってどこにあるか分かるか?」
恥ずかしそうな表情で二人に話しかける。どうやら迷子になったのは忍足のようだ。
「俺、方向音痴でこんなに屋台がいっぱいあるとどこがどこだか分からなくなってしもう
て、気づいたら岳人がいなくなってたんや。」
跡部と宍戸は顔を見合わせて笑った。
「お前、意外と抜けてるよな。」
「本当。岳人の方が実はしっかりしてるよ。さっきもちゃんと案内所に行ってアナウンス
してもらってたし。」
「耳が痛いなあ。」
「ほら、着いたぜ。あっ、岳人。」
中から忍足の姿を見つけたらしく、岳人はぴょんぴょんと外へ飛び出してきた。
「侑士ー!!」
思いっきり忍足に抱きつき、上目づかいで見つめて、少し怒った口調でべらべらと話し始
める。
「もう、侑士どこ行ってたんだよ?俺、すっげえ心配したんだからな!あんなに俺から離
れんなよって言ったのにー。」
「すまんすまん。あっ、跡部と宍戸おおきに。自分らのおかげで助かったわ。」
「気にすんな。それにしても岳人、よくアナウンスしてもらえたな。あーゆうのって普通
小学生くらいまでだろ?」
「お姉さんがいい人でさあ、俺がどうしても侑士を見つけたいのーってお願いしたら、放
送してくれたんだ。」
「ふーん。」
案内所のお姉さんが放送をしてくれたのは、たぶん岳人が可愛かったからだろう。岳人は
忍足と無理やりラブつなぎをして、案内所をあとにした。
「もう絶対はぐれないように俺がしっかり手を繋いでてやるからな。」
「はいはい。俺も離れんように頑張るわ。」
「じゃあーね。侑士、連れてきてくれてアリガトー!!」
ジローと同じようなテンションで岳人は侑士を連れてきた二人に大きく手を振った。
「何か、ホントにいろんな奴に会うな。」
「まあ、この地域だけの祭りなんだから当然じゃねえの?」
そして、だんだんと日が暮れ始める。この後、夜になると花火大会が行われることになっ
ていた。
日もすっかり落ちて、あたりは暗くなっている。今の時間は七時半。もうそろそろ花火大
会が始まる。
ドーーーンッ!!
大きな音とともに花火が夜空に咲いた。花火大会が始まったのだ。岳人と忍足、そしてジ
ローは花火を打ち上げているところに近い、人がたくさんいる広場で花火を見る。ところ
が、跡部と宍戸は人気の少ない河川敷で見ることにしたのだ。
「ここでも充分だな。」
「だろ?静かで、誰もいなくて雰囲気的にもいい感じで。」
「ああ。さすが跡部だな。それにしても花火すっげえ綺麗。」
赤や緑、金や紫など色とりどりの大きな花が次々と咲いては消えてゆく。そんな光景に宍
戸は心を奪われていた。だが、跡部はそんなものよりも、それを見て、目を輝かせている
宍戸を見ている方がよっぽどおもしろかった。
「なあ、宍戸。」
「何だよ、跡部?」
「キスしていいか?」
「そんなことしたら、花火が見えなくなっちまう。」
「目開けてりゃ見えるだろ。あんなにデカイんだからよ。」
「でも・・・」
言い終わる前に宍戸の唇は塞がれた。跡部の言う通り目を開けていればしっかり花火は見
える。花火を見ながらの口づけはとても熱くて不思議な感じがした。まるで花火に魔法を
かけられているかのように。
「ん・・・跡部・・・」
「すげえ、お前の目に花火が映ってる。俺はこっちを見ることにするぜ。」
跡部はそういうと、もう一度宍戸の唇に自分の唇を落とした。二人は花火が上がっている
あいだ中、ずっと口づけを交わしていた。宍戸は空に咲く花火を、跡部は宍戸の瞳の中に
咲いている花火を見ながら・・・。
「花火、綺麗だったなー。」
「そうやな。あっ、跡部に宍戸。」
花火が終わり、帰ろうとした時、再び忍足と岳人に会った。
「お前ら花火見なかったの?広場にいなかったみたいだけど。」
「いや、バッチリ見たぜ。河川敷で見てたんだよ。あそこ人があんまりいなくて、静かだ
ったから、落ち着いて見られたぜ。」
「ふーん。そっか。」
「岳人、早く帰らへんと遅くなるで。」
「そうだな。じゃあな。」
岳人と忍足は同じ方向へ帰って行く。二人の家は結構離れているので宍戸は不思議に思い
尋ねた。
「忍足、今日、岳人んちに泊まんの?」
「ああ。そうやけど。」
「ふーん。じゃあな。」
宍戸は軽く二人に手を振った。自分はこれから家に帰らなくてはならない。跡部ともっと
一緒にいたいのが本音だが、迷惑をかけると思いそうは言い出せなかった。
「じゃあ、跡部。俺ももうそろそろ帰るな。」
必死で笑顔を作り、跡部にも手を振り自分の家に帰ろうとするが足が動かない。そんな宍
戸を見て、跡部はそっと肩を抱いた。
「お前、帰りたくないって顔してるぞ。」
「そんなこと・・・ねえよ。」
「俺ともっと一緒にいたいんだろ?」
「そう・・だけど、もう帰らないと跡部に迷惑・・・かけるから・・・。」
今にも泣きそうな表情で宍戸はうつむいている。跡部は耳元でそっと囁いた。
「もう一泊していけよ。」
その瞬間、宍戸はバッと顔をあげた。そして、不安げに尋ねる。
「いいのか?」
「いいに決まってんだろ。夏休みはまだまだあるし、全然かまわね―よ。むしろうれしい
くらいだ。」
跡部は笑顔で言った。宍戸は赤くなりながらもとてもうれしそうな笑顔で跡部に抱きつく。
「じゃあ、もう一泊させてもらうぜ。・・・今夜も一緒に寝ような。」
「覚悟しとけよ?」
「ああ。」
二人は再び跡部の家へと帰って行った。
END.