Sunset Sea

外では太陽がカンカンに照りつけている昼休み、平古場は嬉々とした様子で甲斐のいる教
室に駆け込んで来た。何やら嬉しいニュースがあるらしい。
「裕次郎ー、聞いて聞いて。」
「あい?どうしたの凛?」
「昨日な、ばんしるーのいっぱいなってる木ぃ、見つけてさぁ。今日の放課後、採りにい
かねぇ?」
ばんしるーとは、グァバのことである。沖縄では、自然になっていることも珍しくなく、
昨日学校の帰りに寄り道をした平古場はその実がたわわになっている木を発見したのだ。
「へぇ。どこで?」
「学校からの帰り道に、林みたいなとこあるだろ?その少し奥。」
「それならそんな遠くもないし、いいんじゃねぇ?行く行く。」
「よっしゃー、決まり!!じゃあ、授業終わったら下駄箱んとこで待ち合わせな!」
甲斐がばんしるー採りの誘いに乗ってくれたことが嬉しくて、平古場は満面の笑みで手を
振りながら教室を出てゆく。慌ただしい奴だなあと思いながらも、そこにまた可愛さを覚
え、甲斐はふっと笑う。
「本当落ち着きないよなあ、凛は。でも、ま、そこが可愛いんだけど。」
今日の放課後が楽しみだと思いながら、甲斐は自分の席に着く。何気なく携帯電話を開い
てみると、メールが一通届いていた。
『さっきの話、他の奴らには内緒だぞ。俺は裕次郎と二人で行きたいんだからな。』
「はいはい。」
あまりにも可愛い平古場からのメールに甲斐はくすくすと笑いを漏らす。カチャカチャと
手早くメールを打ち、返事を返すとパタンと携帯を閉じ、窓の外に視線を移した。窓の外
は眩しいくらいの青い空が、海に向かって広がっている。今日は絶好の放課後デート日和
だなあと思いつつ、甲斐は頬が緩むのを抑えられないでいた。

放課後、約束通り二人は下駄箱のところで合流する。
「遅いぞー、裕次郎。」
「ゴメン、ゴメン。今日、掃除当番でさぁ。」
「まあ、いいや。早く行こうぜ。」
二人が外履きに履き替え、さあ出発しようとしたその時、突然後ろから声をかけられる。
「おや、平古場クンに甲斐クン。二人そろってどこに行くんですか?」
「あー、永四郎。ちょっとな。」
「そうそう、俺達これから放課後デートに行こうと思って。」
「ほう、放課後デートですか。まあ、それはあなた達の勝手ですけど、あんまり危険なこ
とはしないで下さいよ。たとえば、林の奥まで入っていって怪我して帰ってくるとか。」
木手の眼鏡がきらっと光ったかと思うと、そんな言葉を聞かされる。自分達の行動が読ま
れているのではないかと、二人はギクッとしつつ顔を見合わせた。
「そ、そんなことするわけないさー。なあ、裕次郎。」
「そ、そうそう。」
「林の中はハブがいることだってあるんですからね。本当に気をつけて下さいよ。特に平
古場クン。」
「な、何で俺・・・?」
「あんなにはしゃいでで、分からないはずないでしょう。あなたは調子に乗りすぎると何
をしでかすか分かりませんからねー。もし何かあったら・・・」
再び木手の眼鏡がきらりと光った。
「ゴーヤくわすよ。」
「あ、あはは・・・逃げるぞ、裕次郎。」
「お、おう。」
ゴーヤは勘弁と、平古場はその場が走り去るように逃げ出した。平古場のペースに合わせ、
甲斐も走り出す。全力疾走で逃げ去る二人の姿を見送り、木手は軽く溜め息をついた。
「はあ・・・全くあの二人は。」
とりあえず忠告はしたから注意はしてくれるだろうということを期待しつつ、木手は靴を
履き、日差しの強い外に向かって歩き始めた。

木手から逃げるように走り出した二人は、学校から数百メートル離れたところで、ひとま
ず足を止め、呼吸を整えていた。
「ハァ・・・まさか追ってきたりはしないよな?」
「ハァ・・ハァ・・・それはいくらなんでもないだろ。結構学校から離れちまったけど、
凛が言ってたところってどのへんだ?」
「あー、もう少し先。あそこ、木が茂ってて涼しいからそっちの方で休もうぜ。」
「そうだな。」
休みたいのは山々だが、こんな日なたで休んでいては余計に暑くなってしまうと、とりあ
えず、目的地の林まで歩くことにした。平古場の言う通り、そこには木が生い茂り、かな
り広範囲の日陰が出来ている。
「はあ〜、到着ー。」
「確かに日陰が多くて、こっちのが涼しいな。」
「だろー?ちょっと休憩したら、ばんしるー採りに行こうぜ。もうちょっと奥だからよ。」
「ああ。」
汗が引くまで、二人は木陰で体を休めた。いい感じに体力が回復すると、平古場は立ち上
がり、甲斐に手を差し出す。
「そろそろ行こうぜ。もう十分休めただろ?」
「ああ。じゃ、案内よろしく。」
平古場の手を取りながら、甲斐は立ち上がり、そんなことを言う。まかせておけと言わん
ばかりに、平古場は甲斐の前を歩き始めた。しばらく歩いていくと、道があるのかないの
か分からないような場所に入り、甲斐は若干驚く。
「こんな奥なのか?」
「そうさぁ。だから、あんまり採られてなくていっぱいなってると思うんだよな。」
こんなところまで探検しに行くとはさすが凛だと思いながら、甲斐は黙って平古場の後に
ついてゆく。そこから10メートルほど進んだところで、平古場は立ち止まった。
「おー、あったあった。」
「この木?」
「そうそう。ほら、見てみぃ、いっぱいなってるだろ?」
「本当だ。これなら採り放題だな。」
平古場の言う通り、今目の前にあるグァバの木にはたくさんの実がなっていた。手始めに
一つの実を採り、それを半分に割ってみる。
「おっ、いい感じにあかんみてるさぁ。ちょっと食べてみようぜ、裕次郎。」
「サンキュ。うん、まーさん。」
平古場から受け取ったグァバを甲斐はパクッと食べる。ほどよく熟れているその実はちょ
うど食べ頃で、甲斐に舌鼓を打たせた。
「俺も食べてみよう。」
「これだけあれば、少しくらいたくさん採っても大丈夫だよな。」
「平気だろ。鞄に詰めて持って帰ろうぜ。」
「そうだな。」
半分にしたグァバを食べ終えると、鞄に入るだけ二人はグァバの実を採る。もう十分だと
いうくらいまで詰め込むと、二人はもう一つ実を半分こにしてその場で食べた。
「はあー、うまかった。そろそろ戻るか?」
「そうだな。いい感じに腹も膨れたことだし。」
重くなった鞄を手にし、甲斐も平古場も立ち上がる。歩き始めようとしたその瞬間、甲斐
は平古場の後ろに嫌な気配を感じる。それが何かを理解すると、甲斐はハッとし、平古場
を自分の方へ引き寄せ、鞄を「海賊の角笛」を打つ時のように振り上げる。
「凛っ!!」
「えっ・・・!?」
いきなり抱き寄せられ、平古場は何が何だか分からぬまま、甲斐の腕に包まれる。何がい
たのかと、恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこにはぐったりとした一匹の蛇が転がっ
ていた。
「あっぶなかったー。これ、ハブだぜ、凛。」
「本当かよ!?うわあ、危機一髪。」
「噛まれなくてよかったな。もしかしたら、まだ他にもいるかもしんねーし、早くここ出
ようぜ。」
「お、おう。」
甲斐がかばってくれなかったら、ハブに噛まれていたかもしれないと思うと急に怖くなる。
思わず甲斐の服をぎゅっと握り、しばらく固まってしまった。
「凛?どうした?大丈夫か?」
「あ、ああ・・・ちょっとビックリしちまって。」
「まあ、いきなりあんなのが出てきたらビビるよな。木手の言ってたこともあながち間違
えじゃねぇかも。」
「あー、確かにそんなこと言ってたな。とりあえず、ここにいるの怖いからさっさと移動
しようぜ。」
「そうだな。」
またハブが出てきては危険だと、二人は林の出口に向かって歩き出す。まだハブが出てき
た時のドキドキ感が治まらず、平古場は鞄を持っている手とは逆の手で甲斐の手をしっか
り握っていた。
「裕次郎ー。」
「ん?何?」
「・・・さっきはありがと。」
「いいって、いいって。凛が危ないって思ったら勝手に手が出てただけさぁ。」
「裕次郎って、いざって時に頼りになるよな。普段あんまりそんな感じしないのに。」
普段は言われないようなことを言われ、甲斐は照れ笑いを浮かべる。平古場を守ることが
出来たという満足感が気分を高揚させる。もう少し平古場と一緒にいたいという思いが次
第に高まっていき、林を出たところで、甲斐は平古場の手を握ったままくるっと振り返っ
た。
「凛。」
「何?」
「これから、海行かねぇ?」
「海?別にいいけど。」
「なら決まりだ。日が暮れる前に行こうぜ!」
突然何を言い出すんだと思いつつ、平古場は甲斐の誘いを受け取る。まだもう少し平古場
といられると、甲斐は平古場の手を取ったまま海に向かって歩き出した。

真っ白な砂浜のビーチに到着すると、甲斐は平古場をつれ、木陰の石の上に腰を下ろす。
夕暮れが近づいている時間ということもあり、辺りに人の姿はほとんど見えなかった。
「はあー、このくらいの時間になると少しは涼しくなるな。」
「昼間は日差しが痛いもんなぁ。海に入るんだったら、これくらいの時間がちょうどいい
よな。」
「今から海には入ろうとは思わないけど。まあ、ちょっと海でも眺めつつ話でもしていこ
うぜ。」
さすがに今から海には入りたくはないと、甲斐は苦笑しながらそんなことを言う。しばら
く他愛もない話をしていると、いつの間にか太陽はオレンジ色に染まり、海と空の境目の
あたりへ顔を隠そうとしていた。
「もうすっかり夕方だな。」
「そうだな。何か裕次郎とこんな景色見るの久しぶりかも。」
「そうだっけ?あー、確かに最近は部活が終わったら疲れて即行で家に帰ることが多かっ
たもんなぁ。」
「やっぱ、綺麗だよなー、島の海は。」
夕焼け色に染まる海を眺めながら、平古場はふと呟く。ほのかに笑みを浮かべ、夕日に見
入っている平古場の横顔を見て、甲斐は本当に綺麗だと感じる。自分でも知らず知らずの
うちに左手が平古場の金色の長い髪に触れていた。
「本当に・・・綺麗だよな。」
そんなことをされ、そんなことを言われれば、それが景色に対して言っている言葉なのか
自分に向かって言われている言葉なのかが分からない。どぎまぎしながら、甲斐の顔を見
ていると、その視線に気づいたのか甲斐はパッと髪から手を離す。
「あっ・・・悪ぃ。」
「別にいいけどよ・・・裕次郎、今、景色見て綺麗って言ったか?」
「えっ?えっと・・・」
「今みたいなことされて・・・そんなこと言われたら、ちょっと期待しちゃうじゃん。」
ボソッと呟いた言葉だが、甲斐の耳にはその言葉がしっかりと届いていた。その瞬間、今
まで抑えていた胸のトキメキが一気に高まるのを感じる。
「凛。」
気づくと体が勝手に動き、平古場の体をしっかりと抱き締めていた。そんな甲斐の行動に
ドキッとする平古場だが、動揺しているのを悟られたくないと冗談めいた言葉を口にする。
「ど、どうした?裕次郎。ま、また、ハブでも出たか?」
「いや、出てねぇよ。」
「じゃあ、何で・・・?」
「俺がこうしたいと思うから。」
その言葉を聞いて、平古場の胸はトクンと高鳴る。顔が赤くなっていくのを抑えられず、
思わずうつむいてしまう。
「何・・・冗談言って・・・」
「冗談じゃない。本当にこうしたいと思うから、こうしてる。」
甲斐の言葉を聞けば聞くほど、ドキドキが止まらなくなる。何だか自分だけ動揺している
ようで悔しいと、思いきって顔を上げると、甲斐の顔が見たこともないくらい赤く染まっ
ていた。始めは夕焼けの所為とも思ったが、どうやらそうではなさそうだ。
「じゃ、じゃあよ・・・」
「何?」
「本当にそういう気持ちでしてるなら、ちゅうの一つでもしてみろよ。」
さすがにそれは出来ないだろうと思いつつも、平古場は心のどこかでそうされることを期
待していた。まさか平古場からそんな言葉を聞けるとは思っていなかったので、甲斐はか
なり動揺するが、その動揺を隠し、じっと平古場の顔を見た。
「いいのか?」
「あ、ああ。」
真っ赤になりながらも平古場が頷くのを見ると、甲斐は平古場の前髪を上げ、むき出しに
なった額に軽くちゅっとキスをした。
「・・・したけど?」
誤魔化すかのような笑いを甲斐は浮かべる。まさか額にされるとは思っていなかったので、
平古場はきょとんとした顔で甲斐の顔を見た。しかし、ふと正気に戻るとそれはないだろ
うと抗議の言葉を口にした。
「なっ・・・普通、ちゅうって言ったら口にだろ!何でおでこなんだよ!?」
「ったく・・・本当凛には敵わないさぁ。」
そう言うと甲斐は、トレードマークの帽子を外し、その帽子で口元を隠しながら今度は平
古場の唇にキスをする。本当に触れるだけの軽いキスだったが、それだけで、平古場はも
うノックアウト寸前だった。
「これで、満足だろ?」
恥ずかしそうに笑いながら甲斐は言う。しばらく放心状態の平古場であったが、甲斐に声
をかけられハッとする。そして、今までになく顔を真っ赤に染めて、甲斐の肩に顔を埋め
た。
「あい?凛?」
「ちゅうされんの・・・こんなに恥ずかしいとは思わなかった・・・」
「凛がして欲しいって言ったんじゃん。」
「そうだけどさぁ・・・」
本当に可愛い反応ばかり見せてくれると、甲斐は声を殺して笑った。いつの間にか、太陽
は海の中に沈み、夕闇の空にたくさんの星が輝き始めている。
「凛、そろそろ帰ろーぜ。あんまり遅くなるとよくないし。」
「・・・お、おう。」
「ほら、顔上げて。」
まだ夕日に照らされているかのように赤い顔を上げ、平古場はじっと甲斐の顔を見る。
「どうした?」
「今日のことは、誰にも言うなよ。」
「分かってるさぁ。今日のことは二人だけの秘密だぜ。」
二人だけの秘密という言葉に平古場は何だかまたときめいてしまう。本当に自分は甲斐の
ことが好きなのだなあと改めて思い知らされ、自然と笑みがこぼれてくる。
「裕次郎ー。」
「何?凛?」
立ち上がった甲斐の手をきゅっと握って、平古場は甲斐の名前を呼ぶ。そして、満面の笑
顔で口を開いた。
「また、こんな風に放課後デートしよーな。」
思ってもみないセリフにポカンとしてしまう甲斐だが、すぐに笑顔で返事を返す。
「ああ。毎日でもしてやってもいいぜ。」
「へへへ、期待してるさぁ。」
顔を見合わせ恥ずかしそうに二人は笑う。静かな波の音だけが聞こえる浜辺を、二人はゆ
っくりと家に向かって歩き始めた。

                                END.

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