「あー、疲れた。」
「今日の練習もキツかったよな。」
部活終わり、滝と岳人は他のメンバーより一足早く部室に戻って来た。
「あれ、ジローの奴また寝てるよ。」
「ずっりーよな。練習もしないでずっと寝てるなんて。」
「確かに。あっ、そうだ。ちょっと悪戯しちゃわない?」
「おっ、おもしろそうじゃん!何すんだよ?」
「あのね・・・」
滝は岳人に耳打ちをするように悪戯の内容を話す。その悪戯に岳人は大賛成だった。
「それ最高!!やろうぜ!!」
「うん。」
二人の意見が一致したところで、早速悪戯を始める。この部室には意外なものが隠されて
いるのだ。それを使い、ジローが起きないようにとこっそり悪戯をする。
「はぁ、今日もしんどかった。」
「でも、いい練習でしたよね。あっ、お疲れ様です。」
悪戯をしてる最中に忍足と鳳も戻って来た。滝と岳人を見つけると鳳はあいさつをする。
二人はジローに目を覚まされては困ると口に指をあて、シーという仕草を見せた。
「何やっとるん?」
「ジロー先輩、また寝ちゃってるんですか?って・・・・」
悪戯され途中のジローを見て、鳳はビックリ。ふわふわの髪が可愛らしく縛られ、しかも
真っ赤なリボンがつけられている。ただいま服装を着替えさせているのか、かなり微妙な
状態だ。
「こいつずーっと寝てるから、ちょっと悪戯してやれーって思ってさ。」
「そうそう。ね、可愛くない?」
「確かに可愛いとは思うけど、そんなんどこにあったん?」
「跡部のロッカー。」
『あー。』
それを聞いて二人は納得。この女子制服はおそらく宍戸に着せたものであろう。そんなわ
けでこの部室には常時女子制服が備わっているのだ。
「今から着替えさせようと思うんだけど、ちょっと手伝ってくれない?俺達だけだと体起
こしたりするの大変でさぁ。」
「なかなかおもしろそうやん。ええで。」
「俺も手伝います!」
おもしろい悪戯だと忍足も鳳も参加することになった。こんなに騒ぎながらやっているの
にジローは起きる気配を全く見せない。それはさすがとしか言いようがないだろう。
『よーし、出来た。』
スカートを穿かせ、ご丁寧にハイソックスまで履かせると再びもと寝ていた形に戻す。こ
こまでされているのにジローは全く起きない。おもしろいので、写メで写真を撮ったあと、
四人は、そのまま帰ってしまった。四人が出て行くところで、日吉が戻ってくる。
「あっ、お疲れ様です。」
「お疲れー。」
「お疲れさん。」
「もう帰るんですか?」
「うん。お先に。」
「じゃあね、日吉。」
四人ともものすごく楽しそうな顔をして、日吉に手を振る。そんな四人を不振に思いなが
らも日吉は一人部室の中に入って行った。自分のロッカーに向かおうとソファの前を通る
とありえないものが目に映る。日吉は思わず言葉を失ってしまった。
「・・・・・・」
ジローだということはすぐに分かった。しかし、その格好はどう見ても女の子。どうして
こんなことになっているのか分からず、日吉は見なかったことにしようともくもくと着替
え、帰る用意を進めた。さあ、鞄を持って部室を出よう!と思ったがやはりジローのその
格好が気になってしまう。興味本位で滝達と同じように携帯で写メを撮ると、その場から
逃げさるようにして日吉は部室を出て行った。
「あっ、日吉お疲れー。」
「お疲れ様ですっ。」
帰り際に跡部や宍戸、樺地に会ったが、軽くあいさつをするだけで、走って帰って行って
しまう。そんな日吉を変だなあと思いながらも、三人は普通に部室に入って行った。
「どうしたんだろうな?日吉。」
「さあ。別に気にすることないんじゃねぇ?」
「ウス。」
そんなことを話ながら、ロッカールームに入るとやはり目に入るのは、女の子の格好で寝
ているジローの姿。この三人もしばらく固まるが、すぐにことの経過を理解する。
「あははは、どうしたんだよ?ジロー!!」
「たぶん・・・つーか、100%あいつら仕業だな。」
「ウス・・・」
「おい、こら、ジロー起きろ!もう部活終わったぞ。」
「うー・・・跡部?あー、部活終わった?じゃ・・・お休み〜。」
「ジロー!!寝るなっ!!ったく、しょうがねぇ奴だな。」
起こすのに体力は使いたくないと、ひとまず放っておいて着替えを始める。三人ともが帰
る用意をし終えると、ジローをどうするかとやっと話し始めた。
「どうする?無理矢理起こすか?」
「この様子じゃ起きそうもねぇだろ。」
「じゃあ、ここに置いてく?」
「ダメです・・・」
「冗談だって。」
「仕方ねぇ・・・。樺地、こいつを家まで送ってってやってくれ。」
「ウス。」
結局寝かせたままで、樺地が送るということになってしまった。当然、着替えさせるなん
て面倒なことはしたくないのでそのままだ。微妙だなあと思いつつも、跡部と宍戸は樺地
にジローをおぶわせると部室を出る。戸締りを確認すると四人は部室をあとにした。
「じゃあ、俺達こっちだから。」
「ちゃんと送り届けんだぞ。」
「ウス。」
それぞれの家へと帰るために、路地で別れる。もうすっかりあたりは薄暗くなっていた。
「そうだ!樺地。」
「?」
「今日、うちの担任が話してたんだけどよ、そっちの方面、最近なんか痴漢が出るらしい
ぜ。まあ、大丈夫だとは思うけど気をつけろよな。」
「ウス。」
今日HRで担任が言っていたことを思い出し、宍戸はそんなことを樺地に言う。直接襲わ
れるということはないだろうが、そんな奴らは何をしでかすか分からない。一応、言って
おいた方がいいと思い、宍戸は注意してあげたのだ。
「じゃあな。」
「また、明日。」
二人が手を振るのに、ペコリと頭を下げると樺地はジローの家へと向かって歩き出す。し
ばらく歩いていくと、背中で寝息を立てていたジローが目を覚ました。
「う〜ん・・・ん?あれ?ここ・・・どこ?うおっ、樺地!?」
「ウス。」
自分が樺地に背負われていることに気づくとジローは大きなリアクションを見せる。部室
で眠っていたはずなのに、こんなことになっているのだ。そりゃ驚きもするだろう。
「あー、俺、また部室で寝ちゃったのか。ゴメンな樺地。」
「ウス。」
気にしないで下さいの意を込めて、樺地はそう呟いた。ジローはそれを理解しているよう
だ。
「サンキュー。あっ、重いよな?俺、もう下りるわ。」
「ウス。」
自分から下りると言い出したので、樺地はゆっくりジローを下ろしてやる。地面に下りた
ジローの姿を見て、樺地は一瞬ドキっとしてしまう。そう、ジローが女の子の格好をして
いるということをすっかり忘れていたのだ。
「あーあ、今日も部活サボっちゃったー。てか、何か今日寒くねぇ?足がスースーする。」
それはスカートを穿いているからだ、ということは樺地には言えなかった。いまだにジロ
ーは自分がこんな悪戯をされているということに気づいていないのだ。何も言えないまま
そのまま並んで歩いていくと、目の前にロングコートを着た中年の男性が現れる。ジロー
は全く気にしていなかったが、樺地は気がついてしまった。そう、その男性とは宍戸がさ
っき話していた痴漢だったのだ。
「ハァ・・・ハァ・・・」
雰囲気や息遣いから怪しさは満点。さすがのジローもおかしいなあと気がつき始める。そ
して、案の定、その男性はロングコートの前をがばっと開き、いわゆる露出狂的な痴漢行
為を働いたのだ。しかし、相手はどちらも男の子。そんなもん見せられてもどうだろうと
いう感じだ。
『・・・・・』
すぐには何も反応を示せない二人だったが、ジローが痛いことを口にしてしまった。ちな
みにこの痴漢が二人が男にも関わらず、このようなことをしたのはもちろんジローが女の
子も格好をしていたためだ。それなのに、その女の子の格好をしたジローの方が普通では
考えられないような言葉を放つ。
「おっさん、ちっちぇーなあ。そんなの見せられても困るんだけど。」
「っ!!??」
マジマジとそれを見つめながらジローは言う。これには痴漢もビックリだ。それも今の一
言で相当なダメージを負っている。
「ジローさん・・・あの人、痴漢です。」
「マジで!?じゃあ、つかまえなきゃダメじゃん!!」
痴漢と聞いて、ジローをその犯人をつかまえようと試みる。ジローの言葉で大きなダメー
ジを受けた痴漢は逃げるということが出来なくなってしまっていた。そうこうしてる間に
ジローは自分のラケットを取り出し、たまたま鞄の中に入っていたボールを使って、その
痴漢を倒しにかかる。
「行くぜー!!うりゃっ!!」
思いっきり打ったボールは痴漢のあごに命中。ジローの打つボールは見かけによらずメチ
ャクチャ強いので、それをまともにくらった痴漢は気絶してしまった。
「なーんだ、弱っちぃじゃん。樺地、こいつおまわりさんのとこ連れてこうぜ。」
「ウス。」
簡単に痴漢を倒してしまったジローを樺地は心からカッコイイなあと思う。しかし、今の
格好は女子制服。それも頭には可愛らしいリボンをつけているという状態だ。カッコイイ
と可愛いというような二つの魅力的なところを同時に見せられ、樺地はかなりドキドキし
ていた。ジローに頼まれるまま、倒れた痴漢をひょいっと持ち上げると樺地は今度は交番
に向かって歩き出す。その間にも気になるのは隣にいるジローのことばかりだった。
「すいませーん。」
交番まで来るとジローは普通に中にいる警官に声をかけた。その声を聞き、机に座ってい
た警官は入り口のところまでやってくる。可愛らしい格好の女子中学生(ジロー)を見て
どうしたのかとその警官は優しく尋ねた。
「さっき、痴漢をつかまえたんですけど、逮捕してください。」
ジローがそういうと樺地はすっかりのびている痴漢を警官の前に突き出した。格好から見
て痴漢なのは間違いない。警官は急に真面目な顔になって、その痴漢に手錠をかける。最
近このあたりで問題になっていた痴漢を中学生が見事に捕まえてくれたのだ。これは感謝
しないわけにはいかないだろう。
「ありがとう君達。最近、変質者が出るっていうのは知っていたのかい?」
「ウス。」
「全然知らなかった。急にこいつが目の前で汚いもんみせてくるからさぁ、変態だなあっ
て思って、ボール当てて倒しちった。」
「何もされなかったかい?」
「うん。てか、何で男の俺達にあんなもん見せるのか今の痴漢って分かんねぇな。普通あ
ーいうのは女の子が襲われるもんだろ?」
「・・・・・・?」
ジローの言葉に警官はハテナ状態。確かに声はハスキーだなあと思っていたが、今ジロー
はもろに自分が男だということを言ってしまった。それを聞いて樺地はいつになく焦る。
「あの・・・ジローさん・・・」
「なあ、樺地。」
「えっと・・・君は男の子なの?」
「えー、どう見たって男じゃん。えっ、俺ってそんなに女の子っぽかったっけ?」
ジローはいまだに気がついていない。どうしようかと樺地はあたふたする。もう黙ってい
ても仕方がないので、樺地はいったんジローを外に出し、交番の窓ガラスにその姿を映さ
せた。それを見て、ジローは信じられないものを見てしまったというような声を上げる。
「うっわあ!!何だよこれー!?ちょ、ちょっと待てよ〜。何で俺、こんな格好してるの
ー?これじゃあ、俺も痴漢じゃん!!俺に何があったの、樺地〜。」
状況が飲み込めず、ジローはメチャメチャパニくっている。樺地に抱きつきながら、恥ず
かしいというような仕草を見せた。
「ちょ、ちょっと落ち着いて。」
「おまわりさん、これ、俺が自らしたことじゃないんですー。だから、逮捕しないでぇ。」
「それは大丈夫だよ。」
「たぶん・・・滝先輩や向日先輩の悪戯だと・・・思います。」
「マジで!?あいつら〜、明日会ったら絶対仕返ししてやる!!」
「そうか、悪戯されちゃったんだね。まあ、君みたいな可愛い子なら逮捕なんてされない
から安心して。それより、君達、お名前と学校を教えてくれるかな?」
「な、何で!?」
やっぱり自分も痴漢扱いされているのではないかと不安になり、ジローは思わず聞き返す。
警官は笑って答えた。
「別に君達は悪いことをしたわけじゃないんだから、逆に褒めてあげないとと思って聞い
てるんだよ。」
「なーんだ。俺は氷帝学園3年、芥川慈郎です!ホントに俺、女装趣味なんてないからな。」
「はいはい、分かってるよ。君は?」
「自分は・・・氷帝学園2年、樺地崇弘です。」
「芥川君と樺地君だね。痴漢逮捕に貢献してくれましたって感謝状を近々学校に送るから
急に先生に呼び出されてもビックリしないようにね。」
「はーい。」
「ウス。」
元気よく返事をすると二人はすくっと立ち上がる。もう用が済んだので帰ろうと思ったの
だ。鞄を持ち、出て行こうとする二人を警官は呼び止める。
「あ、ちょっと待って。今日は本当にありがとう。君達のしたことはすごいことだよ。そ
れで、今、こんなものしかないけど持って帰ってくれるかな?」
警官は二人にチョコレート菓子を渡した。相手が中学生ということで、今、渡せるご褒美
のつもりなのだ。お菓子をもらうことをジローが嫌がるわけがない。喜んでそのお菓子を
もらうと、交番の外に出ながら大きく手を振る。
「バイバイ、おまわりさん!チョコありがとー。」
「バイバイ、こちらこそ本当に感謝しているよ。」
ジローが手を振る横で、樺地はキチンとお辞儀をする。交番をあとにすると今度こそ家へ
と歩き出した。
「いやー、何か俺らすごいことしちゃったな。」
「すごいのは・・・ジローさんだけです。」
「そんなことねぇよ。樺地だって、痴漢を交番まで運んでくれたじゃん。俺達二人がすご
いんだぜ!!」
「・・・ウス。」
「にしてもさぁ、滝達、この悪戯はねぇよなあ。俺、超ビックリしたよ。もうメッチャ恥
ずかC〜。」
「でも・・・似合ってると思います。」
「マジで!?あっ、じゃあじゃあ、樺地から俺へのご褒美にちゅうしてよ。」
似合ってるなら、きっと女の子に見えてるんだろうなあと思い、ジローはこんなことを頼
む。そんなことをいきなり言われ、樺地は本気で困惑してしまった。
「なあ、樺地〜、ホッペでいいからぁ。」
「ウ、ウス。」
女の子の格好でお願いをするジローは本当に可愛らしい。こんな先輩のいうことを聞かな
いわけにはいかないと、樺地は思いきってジローの頬っぺたに軽くキスをした。
「うわあ、やったやったー!!サンキュー樺地。それじゃ、お返し〜。」
「っ!?」
当然のことながらジローのお返しは唇へのキッス。さすがにこれには樺地もビックリ。そ
のまましばらく動けなくなってしまった。
「あはは、樺地真っ赤〜。よーし、じゃあ帰るか!!」
「・・・・ウス。」
もう今日はいろんなことがありすぎると樺地の頭の中は、いろんな意味でパニック状態。
しかし、それはそれでいい日だなあと思ってしまうのも確かであった。
数日後、ジローと樺地が痴漢を逮捕したという噂が学園中に広まった。それと同時に広ま
った噂がもう一つ。
『樺地にすごく可愛い彼女が出来た。』
こんなものだ。当然その彼女とはジローのこと。彼女と言われるのは微妙だが、自分と樺
地がくっついているという噂は嬉しい。樺地は困惑、ジローはウキウキ状態。そんな状況
がしばらく続き、氷帝学園はいつにもましてにぎわうのであった。
END.