Quarter of Cat 〜その9〜(鈴)

最近、跡部はある音がお気に入りだった。一般人にとっては、意識しなければ特に気にな
らない音。チリン、チリンと揺らされることで音を立てるそれは、跡部の一番のお気に入
りの人物がいつも身につけている。
「そろそろ戻ってくるな。」
ドアの向こうから、本当に小さな音でその音が聞こえる。跡部はソファで本のページをめ
くりながら、だんだんと大きくなるその音に耳を立てていた。
チリン、チリン、チリン・・・
短い間隔で音を立てるそれに、パタパタと走ってくる足音が重なる。跡部はその音を聞き、
パタンと本を閉じた。それから、数秒後、足音と鈴の音は一瞬ピタッと止まる。
バタンっ!!
それと同時に勢いよくドアの開く音。今まで外で遊んでいた宍戸が戻ってきたのだ。
「景吾、最高記録!!200キロのボール、連続で15回も打ち返せたぜ!!」
跡部の家のテニスコートには、ボールの速さを設定すれば、自動的にボールを打ち出して
くれる機械がある。どうやら宍戸はそれで遊んでいたらしい。自己最高記録が出せたとは
しゃぎながら、跡部のもとへ駆け寄った。
「お前、どんなやり方したらこんなに泥だらけになんだよ?」
ただボールを打ち返していただけのはずなのに、宍戸は体中泥だらけであった。ありえな
いほどの汚れっぷりに跡部は首を傾げる。
「200キロだぜ?そんなに簡単に取れるわけねーだろ。だから、いっぱい転んじまった
んだよ。」
「あーん?それにしても、汚れすぎだろ。しかも、いろんなとこ擦り剥きまくってるじゃ
ねぇか。」
たくさん転んだというのは嘘ではないらしい。その証拠に宍戸の腕や足には、いたる場所
に擦り傷がついている。
「別に大したことねぇよ。」
「風呂入れと言いたいところだが、それじゃあ、相当しみるだろうな。」
「うっ。それは確かに。何で石鹸って傷があるとあんなにしみるんだろうな?」
「でも、その泥だらけのまんまでいるわけにもいかねぇだろ。」
風呂に入れたいのは山々だが、一度、擦り傷を作ったままで一緒に入ったことがあるが、
手に負えない程痛がり、とても洗うというどころではなかった。どうしようか、しばらく
考えた結果、跡部は濡れたタオルで拭こうと決めた。
「仕方ねぇ。今は拭くだけにとどめておくか。汚れてる部分は服がほとんどだしな。」
「おう!それならしみねぇし、いいと思う。」
「ったく、手間かけさせやがって。」
少々呆れながら、跡部はメイドにお湯とタオルを持ってこさせる。大きめの洗面器にたっ
ぷりのお湯を入れ、その中に真っ白なタオルをつけた。
「すげぇ湯気だな。熱くねぇ?」
「別にこのお湯自体をぶっかけるわけじゃねぇんだから大丈夫だろ。ほら、服脱げ。」
「はーい。」
跡部に言われるまま、宍戸はすっかり泥だらけになってしまった服を脱ぐ。下着だけの姿
になると、ポスンと今まで跡部が腰かけていたソファに座った。
チリン・・・
その衝撃で首につけているチョーカーの鈴が鳴る。下着と鈴つきのチョーカーだけ身につ
けている宍戸の姿を見て、跡部は何となく興奮してしまう。
「じゃあ、拭くぜ。まずは腕からだ。」
「おう。」
下手に体の中心を拭いて、妙な反応をされれば我慢が出来なくなると、跡部はまず腕から
拭き始める。何箇所も擦り傷があるため、あまり強く擦ると痛がる宍戸だが、風呂で石鹸
で洗うよりかは、全然マシな反応であった。
「よし、腕はこんなもんか。次は足行くぜ。」
腕を拭き終わり、足を拭き始めると宍戸は足をバタバタさせ、笑い出した。それと同時に
首元の鈴が激しく音を立てる。
「あはは、くすぐってぇよ景吾!!」
「動くな!!拭けねぇだろうが!」
「だって、マジくすぐったいんだもんよ。」
「ちょっとは我慢しろ。それとも、風呂に連れて行かれたいか?」
この傷だらけの体を石鹸で洗われるのは勘弁と、宍戸はピタッと足をばたつかせるのをや
める。しかし、やはりくすぐったいようで、我慢しながらも体は小さく震えている。
チリリン・・・・チリリン・・・。
その震えに合わせるかのように、首についている鈴も小さく震え、音を立てる。そんな微
妙な音を聞きながら、楽しそうに跡部は宍戸の足を拭いてゆく。
「よし、足は終わった。ついでだから、他の部分も拭いちまうか。汚れてなくても、汗は
かいてんだろ?」
「まあな。じゃ、お願いするぜ。」
胸や背中は泥で汚れているというわけではないが、汗はかいているだろうと跡部は一度、
お湯でタオルをすすぎ、その部分も拭いてやった。痛い思いをせずに、さっぱり出来たと
宍戸はかなり上機嫌になる。
「あー、さっぱりした。景吾、あんがとな!」
「別に礼を言われることのほどでもねぇよ。ほら、さっさと服着ちまえ。」
そう言いながら、跡部は宍戸に新しい服を出す。跡部に渡された服に着替えると、宍戸は
大きく伸びをして、くるっと跡部の方を振り返った。
チリン・・・
また、鈴の音が響く。その鈴の音と嬉しそうな宍戸の顔に跡部はドキンとしてしまう。
「景吾、ソファに座れよ。」
「何でだよ?」
「いいから。」
跡部をソファに座らせると、宍戸はその隣に座り、コテンと跡部の膝に頭を乗せる。ちょ
うど、膝枕のような形でソファの上に寝転がると、宍戸は仰向けになり、跡部の顔を下か
ら眺めた。
「どうしたんだよ?」
「へへへー、今、俺、すっげぇ景吾に甘えてぇの。」
気分がよくなると、宍戸は猫の血が騒ぐのかひどく甘えたがる。たまに見せるこんな状態
の宍戸を跡部はかなり気に入っていた。くしゃくしゃと髪を撫でてやると、気持ちよさそ
うにへらへらと笑う。本当にこんな部分は猫だよなあと跡部は、つられて笑った。
「なあー。」
「あーん?」
「キスして。」
「どこにだ?」
「ここに決まってんだろ。」
自分の唇に人差し指をあてながら、宍戸は言う。あまりの可愛さに自制心を失いかけなが
らも、何とか平常心を保って、跡部は軽く宍戸の唇にキスをしてやった。その瞬間、宍戸
の手が跡部の頭を捉える。そして、嬉しそうに笑いながら、跡部を更に煽るような言葉を
発した。
「もっと。」
「何がもっとだ?」
「もっとキスしてくれよ。」
「あんまりそんなこと言ってんと、キスだけじゃ済まなくなるぜ。」
「別に構わねぇよ。俺、今、激気分いいからな!!」
気分がよければ何でもありらしい。猫に近づいている宍戸は、跡部との接触をいつも以上
に求める。なので、キスをしようがその先に進もうが、今の宍戸にとってはとにかく楽し
くて、気持ちのいいことでしかないのだ。





チリン。


チリン・・・チリリン・・・・



チリン、チリン、チリンっ・・・・・




チリンっ!


チリリンッ・・・チリン、チリン・・・・



チリンっ!・・・・・・・・・チリン。


結局あの雰囲気と流れで、最後までしてしまった二人はほとんど何も纏わぬ状態でベッド
に寝転んでいる。跡部とのかなり深い接触に満足したのか、宍戸は実にリラックスした表
情で、尻尾をふよふよさせている。
「はあ〜、大満足vv」
「また汗かいちまったな。」
「今度はちゃんと風呂入ろうぜ。石鹸つけなきゃしみないからよ。」
「そうだな。」
それじゃあ、風呂に入る準備でもするかと宍戸は起き上がる。服は全く着ていないにも関
わらず、首にはあのチョーカーがついたままだ。
「お前、それだと普通の猫と変わんねぇな。」
「は?何がだ?」
「素っ裸に首輪だけってのは、普通の猫だろ?」
あー、確かにそうだと納得する宍戸だが、そう言われてもあまり嬉しくはない。うーんと
首を捻っていると跡部の手がふわっと頭に触れた。
「やっぱ、普通の猫ではねぇな。普通の猫はここまで俺を夢中にさせてはくれねぇよ。お
前は俺だけの特別な猫だ。」
ゆっくりと頭を撫でながら跡部はそんなことを言う。その言葉が宍戸にはとても嬉しく感
じられた。嬉しくなると気分は猫そのもの。ペタンと座って、首を軽く傾けながら、跡部
に極上の笑顔を見せてやった。
「にゃあ〜ん。」
しかも、猫の鳴き真似もしてみせる。首を傾げたためか、金色の小さな鈴がまたチリンと
澄んだ音を響かせた。その音を聞き、跡部はポツリと呟く。
「ホントイイ音だよな。」
「何が?」
「お前の首についてるもんだよ。さっきもだいぶイイ音立ててくれてたし。」
「そういや、結構チリンチリン鳴ってたな。あんまり気にならなかったけど。」
そういうことをしている間中、宍戸の鈴は宍戸の動きに合わせるかのように音を立ててい
た。それが跡部にはたまらなく心地よかった。それを思い出すと鈴の音が鳴る度に宍戸は
何となく恥ずかしくなってしまう。
「うわあ、そう思うとなんか恥ずかしい〜。」
「別に恥ずかしがることねぇだろ。」
「いや、音聞くたびにさっきのこと思い出しちまってよぉ。」
照れまくっている宍戸を見て、跡部はまたムラムラしてきてしまう。
「そんな顔見せられるとまたしたくなっちまうぜ。」
「えー、今はちょっと疲れてるから勘弁!また夜しようぜ。」
「それも悪くねぇな。それじゃあ、まず風呂入っちまうか。」
「おう!」
「おっと、その前に。」
「へっ?」
チリン。
事後のキスがまだだったと跡部は宍戸の唇にちゅっと軽く口づける。その所為でまた鈴が
鳴り、宍戸の顔は赤く染まった。
「な、何だよ〜?」
「まだしてなかっただろ?終わってからのキス。」
「そうだっけ?」
「してねぇよ。ほら、さっさと風呂行くぞ。ぼけっとしてんな。」
軽く頭を叩き、跡部は笑いながら宍戸の手を取る。さすがに素っ裸のまま移動するわけに
はいかないので、どちらも長めの上着を羽織って部屋を出た。バタンとドアを閉めるとそ
の震動でまた鈴の音。大好きな宍戸が鳴らす鈴の音を今日はまた格別なものだと思いなが
ら、跡部はその音に耳を傾けるのであった。

                                END.

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