蒸し蒸しとした暑い日。辺りにはセミの鳴き声が響いている。特に用があったわけではな
いが宍戸は自転車で街に出ていた。
「うわあ、あっちぃー!!このへんビルとか店ばっかだもんなー。特に用もねぇし、公園
にでも行くか。」
家に居てばかりでは体がなまってしまうと外へ出てきた宍戸だったが、あまりの暑さに店
まわりはやめた。緑の多い公園の方がまだ過ごしやすいだろうとそっちの方へと向かう。
公園にはテニスコートもあるし、暇だったら壁打ちでもやるかというようなことを考えな
がら、宍戸は自転車を走らせた。
「到ー着。うーん、まあ街の方よか少しはマシかな。」
公園に到着すると、宍戸は自転車を下りて背伸びをする。駐輪場に自転車を置くと適当に
ぶらぶらと歩き出した。どうせだったら、やっぱりテニスコートがあるところに行こうと
そこを目指す。テニスをする道具は一通り持ってきているので、何かしら出来るだろう。
「あれ?テニスコートに誰かいるみてぇだな。」
テニスコートが見えてくると、誰かが練習をしている。他校のものか同じ学校のものかは
まだ分からない。それを確認しようと宍戸は軽くそこまで走って行った。
「跡部じゃん!」
練習していたのは跡部だった。壁に向かって壁打ちをしている。この暑い中よくやるなあ
と感心しながら、宍戸は跡部に近づいていった。一休みをしようとしているのか、いった
ん跡部は打つのをやめる。ちょうどいいと宍戸は話しかけようとしたが、何か様子がおか
しい。ラケットを地面に立ててしゃがみこんでいる。もちろん宍戸は変だと思い、急いで
跡部のすぐ側まで駆け寄った。
「跡部、何してんだ?」
「・・・宍戸・・・?」
どうしたのか尋ねると跡部はくるっとふり返った。だが、そのままドサっと地面に倒れる。
「跡部っ!?」
宍戸は驚いた。いきなり目の前で倒れられたのだから当然だ。見ると跡部は異常なほど汗
をかき、息を乱している。おそらく日射病か熱中症だろう。このままだとヤバイと宍戸は
とにかく跡部を涼しい木陰まで運んだ。幸い一学期の最後の方の授業で日射病や熱中症の
対処法を習ったばかりだったので、すぐに応急処置は出来た。
「これで確かよかったんだよな?」
跡部を寝かせたまま宍戸は呟く。たまたま鞄の中にスポーツドリンクが入ってたので、そ
れを飲ませた。だが、そんなに多くはなかったので新しく自動販売機で二本ほど買う。早
く体を冷やそうとそれを使って、額や顔に当ててやった。
「う・・・」
そうした瞬間、跡部が反応する。何とか意識は取り戻したようだ。
「大丈夫か?跡部。」
「・・・・宍戸。」
まだ意識が朦朧としているのか、跡部はぼーっとした表情で宍戸の顔を見上げる。今はち
ょうど宍戸が膝枕をするような状態で寝かされているのだ。
「お前、こんな暑い中そんな格好で練習してたら倒れるのは当たり前だぞ。」
「・・・・ああ。」
まだしっかりと反応が出来ない。宍戸がいうそんな格好とは長袖・長ズボンのジャージだ。
日焼けをしないためなのかそんな格好をしているが、気温が30℃を越えるこの炎天下で
激しい練習をすれば、熱中症になりかけるのも当然であろう。ただ、そんなに重症ではな
かったので、宍戸がした応急処置で十分回復することが出来る。
「まだ、ちょっと休んでろよ。ほら、スポーツドリンクも買ってきてやったから飲め。」
宍戸から缶に入ったスポーツドリンクを受け取るがプルタブを開けることが出来ない。横
になったままだから力が入らないのだろうと思い、起き上がるがやはりダメだった。
「宍戸・・・開けられねぇ。」
「あー、無理すんな。開けてやるから。」
開けられないからどうだとか、まだそこまで跡部の思考は働いていない。無理をするなと
いう宍戸の言葉を素直に受け取り、缶を渡した。宍戸は缶を開けてやると再びそれを跡部
に返す。汗をたくさんかいていたため、喉が渇いていたのか跡部はほとんど一気にそれを
飲み干した。
「はあ・・・」
「どうだ?だいぶ楽になったか?」
「ああ。サンキュー。」
水分を取り、体温が下がって落ち着いたのか、だいぶ跡部の調子は戻ってきた。もう普通
に話すことは出来る。ただ、今動くのはまだ無理であろう。
「お前、無理しすぎだぜ。こんな暑い中そんなにハードな練習すんなよ。」
「そんなに無理したつもりはないんだがな。」
「嘘つけ。無理してたからこんなことになったんだろが。いくら、テニスの腕を上げたい
からって体壊したら意味ねーだろ。」
「テメーに言われたかねぇよ。」
あんな特訓をしていた宍戸が言えることではないが、この日は確かに跡部は少々無理をし
ていた。特にそうしなければいけないことはなかったのだが、何となく気分的にそうして
しまったのだ。
「もう少し休んだら、いったん帰った方がいいんじゃねぇ?」
「そうだな。」
「あっ、何だったら送っててやるよ。今日俺自転車で来たからさ。」
いつもの跡部ならお前の手なんか借りねぇよとでも言いそうだが、今の状態ではそんなこ
とは言っていられない。正直、家まで歩くのさえ億劫なほど体は疲れているのだ。
「たまには、お前の自転車にも乗ってやるよ。」
「何だよ、その言い草は。あとどれくらいで行けそうだ?まだ、キツイか?」
跡部の言葉にちょっとムッとしながらも、宍戸はちゃんと跡部のことを心配している。こ
んなことを言ってくるのは当たり前で、むしろ自分の自転車に乗るという方が信じられな
いほど珍しいことなのだ。それだけさっき倒れた影響が強いのかと思うと心配せずにはい
られない。
「ああ。あと5分くらい休んでいきてぇな。」
「分かった。あっ、じゃあ俺、あっちにあるお前のラケットとかバッグとか持ってきとい
てやるよ。」
パッと立ち上がると宍戸はベンチに置いてある跡部の鞄を取りに行く。それを見て、何だ
かおもしろいなあと跡部は微笑む。すっかり体の方は回復したようだ。
自分の鞄を前のかごに入れ、後ろに鞄を背負った跡部を乗せて宍戸は走っている。バラン
ス感覚は意外とあるらしい。
「お前、やっぱ体熱いぞ。」
腰に回された手がいつもの倍くらい熱いので、宍戸はそんなことを言う。さっきまで熱中
症のなりかけであったのだから当たり前だ。跡部はそれに対抗してあることを言ってみる。
「お前、やっぱ腰細いよな。」
「はあ!?何言ってんだよ!!」
「別に思った通りを言っただけだぜ。」
そんなことはないと反論する宍戸だが、事実は事実。微妙な観点や宍戸をからかうこの態
度。跡部の様子はすっかりいつも通り。宍戸はむぅっと怒った表情をしているが、跡部は
実に楽しそうに笑っている。自転車に二人乗りするなど跡部にとってはほとんどないこと
であろう。それも相手は宍戸。それ故、楽しくて仕方がない。
「なあ、宍戸。」
「今度は何だよ!?」
「何でもねぇ。」
「だぁー、もう!!だったら話しかけるなー!!」
こっちは必死でこいでるんだと言わんばかりの口調で宍戸は叫ぶ。そんな反応を跡部は心
の底から楽しんだ。たまには、乗り心地のよい車ではなくこういうのに乗るのもいいなあ
と心底感じる。自分の体も相当熱いが宍戸もある程度の運動をしてきているので、相当体
温が上がっている。そんな宍戸の体温も感じながら、跡部は宍戸の背中に頭をこつんと預
けた。
「どうした?大丈夫か?跡部。」
「何がだ?」
「いや、妙に寄りかかってくるから気分でも悪いのかと思って。」
「そうだな。お前が乱暴な運転するから。」
「だったら、降りろー!!」
本当の気持ちは素直に言わず、再び跡部は宍戸を怒らせるようなことを言う。宍戸に自転
車に乗せてもらい、心配されて、本当は嬉しくてしょうがないのだ。宍戸も宍戸で心から
怒っているわけではない。確かにいろんなことを言われ少しは腹が立つが、跡部を自転車
の後ろに乗せて走るなど、樺地でもしたことはないだろう。それが出来ている今がかなり
嬉しいのは確か。表面上は跡部の言うことに怒ってみせているが、心の中はものすごい笑
顔なのだ。本当にどちらも素直ではない。
跡部の家に到着すると、宍戸は跡部の家へと招き入れられる。あの暑い中、二人乗りでこ
こまで走ってきたのだから、宍戸も宍戸でかなりバテバテだった。跡部の部屋はいつでも
クーラーがきいていて涼しい。そこに上がることが出来るので、特に断りもせず宍戸は跡
部についていった。
「やっぱ、跡部の部屋涼しいー!!激快適〜。」
「そこらへんに座っとけ。今、お茶持って来させるから。」
「跡部こそ座れば?まだ、体調微妙だろ?」
二人乗りをしている間の跡部の体温がまだほとんど下がっていない状態だったので、宍戸
は気を使いそんなことを言う。もう心配ねぇよと跡部は言うが納得いかない。宍戸は無理
矢理自分の隣に跡部を座らせた。
「何だよ?」
「いいじゃんか。俺は跡部の隣に座りたいのー。」
冗談っぽくそんなことを言ってみる。冗談だとは分かっていても跡部はしょうがねーなあ
と言いながら、宍戸の隣に腰かけたままでいた。
「宍戸、何か食いたいものとかあるか?」
「何で?」
「お前があそこで来なかったら、俺は大変なことになってたかもしれねぇからな。まあ、
そのお礼だ。」
「そっか。そうだなあ・・・かき氷とか?」
「かき氷?」
いまだ体が熱いままでいる宍戸の頭に浮かんだのはこれだった。冷たいかき氷が食べたい
と跡部に言う。しかし、跡部はかき氷などほとんど食べない。なので、かき氷がどんなも
のであるのかをいまいち分かっていないのだ。
「かき氷っていうと、あの祭りとかである氷の上にシロップがかかったやつだよな?」
「そうだぜ。」
「そのシロップは何がいいんだ?」
「うーんと・・・じゃあ、いちごで。」
「いちごのかき氷だな。」
部屋についている電話で跡部はキッチンにいるコックにその旨を伝える。宍戸からすれば
いたって普通のかき氷が来ることを期待していたのだが、跡部の家で市販で売っているよ
うなものが食べられるはずがない。しばらくして、メイドの一人が跡部の頼んだかき氷を
持ってくる。
「宍戸、かき氷来たぜ。」
「・・・・・・。」
そのかき氷を見て、宍戸は固まる。確かに氷の部分は普通のかき氷と何ら変わらないが、
大きく違うのはシロップの部分。普通のあの安っぽいシロップではなく、本物のいちごか
ら今作りましたというようなシロップがかかっている。それもシロップだけではなく、そ
のまんまのいちごも乗っていて、ご自由にかけてくださいとばかりに練乳も添えられてい
る。
「ほら、食え。」
「これ、マジでかき氷・・・?」
「違うのか?」
「いや、そうなんだけど・・・・」
これはちょっと違うよなあと思いつつも、せっかく用意してもらったのだから食べないわ
けにはいかない。さくっとスプーンで真っ赤なシロップのかかった氷をすくうとゆっくり
と口に運んだ。
「うわあ、何だよこれ!?激うめぇ!!」
「そうか。そりゃよかったな。」
「あっ、でも、ちょっと甘さ控えめだから練乳かけちまおう。」
真っ赤なシロップに添えられていた練乳をトロリとかける。赤と白がバランスよく混ざり、
それはいっそうおいしそうに見えた。
「うまそーVvいっただきまーす!!」
あまりのおいしさに宍戸はパクパクと氷を口に運ぶ。しかし、これはかき氷。そんなこと
をしたら、頭がキーンと痛くなる。当然宍戸もその状態に陥った。
「うお・・・」
「どうした?」
「いや、ちょっと急いで食べ過ぎた。頭痛てぇー。」
「何やってんだよ、バーカ。」
そう言いながら跡部はふっと笑った。こういうところは本当にガキくさいなあと思いつつ、
同時に可愛いとも感じる。宍戸も宍戸で、バカにされたにも関わらずケラケラと笑ってい
る。もう雰囲気がそんな感じなのだ。
「跡部は食べねぇの?」
「んー、俺はいい。」
「何で?」
「そういう気分じゃねぇ。」
「そっか。じゃあ、これ俺が全部食っちまってもいい?」
「ああ。お前に作ってやったんだから、全部食えよ。」
「おう!サンキュー。」
跡部がいらないと言うと、宍戸は再びかき氷を食べ始める。宍戸はこの一風変わったかき
氷が相当気に入ったらしい。全部を食べ終わったときには、すっかり体の熱は冷めていた。
満足気な溜め息を漏らすと宍戸はソファにだらんと寄りかかった。
「はぁ〜、うまかった。」
「満足か?」
「おう!あっ、でも手がべたべたになっちまった。結構練乳かけたからなあ。」
練乳をかけた所為で宍戸の手はべたべただ。それを聞いて、跡部は宍戸の手をとり、じっ
と見つめた。そして、そのまま自分の口に運ぶ。
「うっわ!!何してんだよ!?」
「・・・甘ぇ。」
「当たり前だろ!!練乳でべたべたになってんだからよ!!」
「でも、悪くはねぇな。手がこんな味だってことはお前の口、どんな味になってんだ?」
「えっ、ちょ、ちょっと待てよ・・・わっ・・・んんっ!!」
宍戸の手を舐め、味を確かめると今度は口にキスをする。口の中の味がどうなっているの
かを探るように跡部は深々と舌を入れた。
「んっ・・・う・・・ぅん・・・・」
いきなりこんなことをされ、宍戸は抵抗する余裕もない。さっきまで、あんなに冷たかっ
た舌が跡部の舌の熱さの所為でどんどん熱くなってゆく。一方、跡部はその冷たい舌の温
度とほどよいいちごの味が気に入って、さらに口づけを激しいものにしていった。
「お前の口の中、冷たくて気持ちいいな。」
「お前は熱すぎ!!さっきから全然熱下がってねぇじゃねぇか。」
「じゃあ、お前が冷ましてくれよ。」
「って、待っ・・・・」
その冷たさが気持ちいいと跡部はいったん口を離すが、再び宍戸の口を塞ぐ。もうこうな
ってしまったらしょうがない。抵抗しても余計熱くなるし、面倒だということで、宍戸も
そのキスを楽しんでしまうことにした。ぎゅうっと跡部の背中に手を回して、自ら跡部が
しやすいように口を開く。それに気がついたのか、跡部の顔は一気に笑顔になった。宍戸
の口の中が自分の口の中と同じ温度になるまで、跡部はキスをし続けた。
「ふ・・・はぁ・・・もう満足か?」
「ああ。ごちそうさま。うまかったぜ。」
まるで、デザートを食べたあとのようなことを言われ、宍戸はちょっと微妙だなあと思い
ながらもそりゃよかったな的なことを言う。せっかく下がった熱がまた上がってしまった
ということはあえて言わないでおいた。
「はあー、これでお前も少しは涼しくなっただろ?」
「まあな。」
そんな話をしていると、突然宍戸の携帯が鳴った。どうやらメールのようだ。
「誰からだ?」
「あっ、母ちゃんからだ。帰りに夕飯の買い物して来いだってさ。」
「そうか。」
「じゃあ、跡部、俺もう帰るな。」
本当はそんなすぐに帰って欲しくない跡部だったが、特に引きとめる理由もない。分かっ
たと頷いて、宍戸を見送りに出る。玄関で靴を履くと宍戸はくるっと跡部の方を向いた。
「さっきのかき氷あんがとな。すごいうまかったぜ。」
「ああ。」
「それから、今日はもうあんまり無理すんじゃねぇぞ。」
「分かってる。」
「それじゃあな。」
にっと笑って宍戸は手を振り、玄関のドアを開け帰ろうとする。外に出ようかというその
瞬間、跡部は宍戸を呼び止めた。
「宍戸!」
「ん、何だよ?」
「その・・・今日はありがとう。」
ひどく照れたような表情で跡部はそう呟いた。それを聞いた宍戸は最高の笑顔を見せて言
葉を返す。
「どういたしまして!!」
それだけ言うと宍戸は帰っていった。どちらも最後の最後で素直になり、本当の気持ちを
しっかり伝えられたようだ。そのため、宍戸が家に帰るということで離れるにも関わらず、
どちらの顔にも笑みが零れていた。今の二人はどちらも最高の気分なのであろう。
END.