おはぎ −黒−(義丸×鬼蜘蛛丸)

風もなく穏やかな波の音だけが聞こえる夜更け、義丸は雁番のために船の上で真っ黒な海
を眺めていた。今日も特に問題はないなあと一つあくびをすると、カタンと船の中から音
が聞こえる。
「今日の雁番は俺一人なのにな。誰だ?」
自分の気づかぬうちに誰かが侵入したかと思い、緊張した面持ちで音のする方へ向かう。
ゆっくりと音が聞こえた船室の扉を開けると、割烹着を来た鬼蜘蛛丸がせっせと何かを作
っていた。
「何してるんだ?鬼蜘蛛丸。」
ホッとした表情で義丸は鬼蜘蛛丸に声をかける。
「ああ、義丸。今、おはぎを作ってるんだ。」
「おはぎ?」
「彼岸に入ったばかりだからな。海に供えようと思って。」
そう言われ、鬼蜘蛛丸のすぐ横を見ると、皿の上にたくさんのおはぎが乗せられていた。
「確かに今はお彼岸だな。でも、何でわざわざ船で?」
「水軍館だと、他の奴らにつまみ食いされちまうし、陸酔いするからな。」
「ああ、なるほど。」
こんなに美味しそうなおはぎを見たら、若い者は我慢出来ないないだろうと、義丸は納得
する。
「まだ、雁番の途中なんだろ?俺のことは気にせず、仕事に戻れ。」
「ああ。」
もう少し鬼蜘蛛丸と話をしていたいと思っていた義丸だが、確かに今は仕事中だ。おはぎ
作りが終わったら、十分に構ってもらおうと思いつつ、持ち場へ戻る。
「鬼蜘蛛丸の手作りおはぎ、俺も食べたかったなー。」
何もない海を眺めながら、義丸はそんなことを呟く。すると、後ろから声をかけられた。
「一応、お前の分も作ってあるぞ。」
「わっ!!鬼蜘蛛丸!?」
急に声をかけられ、義丸は驚く。おはぎ作りを終えたようで、たくさんのおはぎの乗った
皿を持って、鬼蜘蛛丸は義丸のすぐ後ろに立っていた。
「ビックリさせるなよ。」
「別にビックリさせるつもりはなかったんだがな。さてと、これを供えないとな。」
「供えるってどうやって・・・?」
船の端の方にでも置くのかと思っていた義丸であったが、鬼蜘蛛丸はそれとは全く別の方
法でおはぎを供える。
「あっ!!」
ポチャ、ポチャ、ポチャ・・・
皿いっぱいに乗ったおはぎを一つ残らず、鬼蜘蛛丸は海に放り込んだ。海も辺りも真っ黒
なので、皿から離れると、いくつものおはぎは全く見えなくなってしまう。まさか全て海
に入れるとは思っていなかったので、義丸は唖然としてしまう。
「あー、もったいない。」
「何言ってんだ。供えるために作ったんだから、もったいないもなにもないだろ。」
「でも・・・」
「それに、さっきも言ったけど、お前の分だってちゃんと作ってあるんだぞ。」
そう言いながら、鬼蜘蛛丸は別の皿に乗ったおはぎを義丸の前に出す。供えたおはぎほど
の数はないが、義丸のためにと用意されたおはぎは先程のものより二回りくらい大きかっ
た。
「いらないなら、俺が自分で食べるけどな。」
「いる、いる!!」
なかなか差し出した皿を受け取らない義丸に、鬼蜘蛛丸はそんなことを言う。慌てて義丸
は、皿を受け取り、大きなおはぎを一つ手に取った。暗がりでも分かるくらいに綺麗な形
をした美味しそうなおはぎを見て、義丸は感心する。
「鬼蜘蛛丸、本当に料理上手だもんな。見るからに美味そうだ。」
「そ、そんなに褒めても何も出ないぞ。」
「本当のこと言ってるだけだぞ。それじゃ、いただきます。」
料理の腕を褒められ、照れている鬼蜘蛛丸を横目に、義丸は鬼蜘蛛丸特製のおはぎを食べ
る。形もさることながら、味も絶品であった。
「さすが鬼蜘蛛丸だな。おはぎってこんなに美味いものだったか?」
「お、大袈裟だろ。」
「いや、本当に美味いんだって。味見しなかったのか?」
「したけど・・・そこまででは・・・」
「こんな美味いおはぎが食べれて、本当今日が雁番でよかった。」
「まあ・・・お前が雁番の日に合わせて、作ったからな。」
「えっ?」
「い、いや、別に何でもない!!」
義丸があまりにも美味しそうにおはぎを食べてくれるので、鬼蜘蛛丸は思わず本音をこぼ
してしまう。お供え用に作るつもりであったが、せっかくなので、義丸にも食べて欲しい
と思っていたのだ。
「俺に食べさせるために、わざと作るのを今日にしたってことか?」
口を滑らせてしまったが、バレたらバレたで恥ずかしいと鬼蜘蛛丸は顔を真っ赤にする。
そんな鬼蜘蛛丸を見て、義丸は思わずぎゅうっと鬼蜘蛛丸を抱きしめる。
「ちょっ・・・」
「本当鬼蜘蛛丸は可愛いな。もうおはぎと一緒に鬼蜘蛛丸も食べてしまいたいくらいだ。」
「う、うるさい!!おはぎ食ったら、さっさと仕事に戻れ!!」
嬉しいのと恥ずかしいのがごっちゃになりながら、鬼蜘蛛丸はそう言い放つ。美味しいお
はぎを食べ、こんなに可愛い鬼蜘蛛丸が見れ、暇な雁番がすごくいいものになったなあと、
義丸はドキドキしながら、顔を緩ませるのであった。

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