「それじゃあ、二人ともお留守番お願いね。」
『はい。』
ここは忍術学園医務室。今日は伊作が出かけるということで、二年の川西左近と、一年の
鶴町伏木蔵が医務室で留守番をすることになった。委員長の伊作がいないというのは、少
々不安があるが、一応ある程度の手当ての方法はマスターしている。あんまり人が来ない
ことを祈りながら、二人は薬の整理や備品の確認などを始めた。
「何か伊作先輩がいなくて、当番するのってドキドキしますね。」
「別にそうでもないだろ。でも、あんまり怪我人は来て欲しくないなあ。」
「やっぱり、左近先輩も緊張してるんじゃないですか。」
「そんなことないって言ってるだろ!」
伏木蔵に少しバカにされたような気がして、左近は思わず怒鳴ってしまう。そこまで怒ら
せるつもりはなかったんだけどなあと思いながらも、伏木蔵は素直に謝った。
「ご、ごめんなさい。」
「あっ、いや・・・」
しゅんとしてしまった伏木蔵を見て、左近は怒鳴ってしまったことを反省した。しかし、
うまい具合にそれを訂正する言葉が出てこない。しまったなあと思っていると、誰かがこ
の医務室にやってくる足音が聞こえる。
「誰か来たみたいですね。」
「そ、そうだな。」
バンっ!!
医務室にやってきたのは、ジュンコを首に巻きながら大泣きしている三年の伊賀崎孫兵と
額から血を流している五年の竹谷八左ヱ門であった。竹谷の傷を心配しているのか、孫兵
の首に巻きついているジュンコは、竹谷の顔に滴っている血をペロペロと舐めていた。
『た、竹谷先輩っ!!』
「わ、悪いな。ちょっと手当てしてもらえるか?」
「はいっ!!伏木蔵、救急箱!」
「は、はい。」
これは早く手当てしなくてはと、二人はテキパキと消毒薬や包帯の用意をする。伏木蔵が
消毒液を竹谷の傷口に塗ろうとした瞬間、ジュンコの舌が手の甲に触れた。
「ひっ・・・!」
虫や爬虫類が苦手な伏木蔵は、ジュンコがすぐ側にいると思っただけで手が動かせなくな
ってしまう。
「伏木蔵っ、早く。」
「で、でも・・・蛇が・・・」
「孫兵、心配なのは分かるがほんの少しだけ離れていてくれないか?」
「ひっく・・・ふぇ・・・」
優しくそう言う竹谷の言葉に従い、ジュンコを竹谷から離させる。ジュンコが離れても、
伏木蔵は恐怖からその手を動かすことが出来なかった。早く手当てをしなければならない
と焦っている左近は、伏木蔵の手に自分の手を重ね、竹谷の傷口を消毒した。
「さ、左近先輩っ!?」
「お前がいつまで経っても手を動かさないからだろ!」
「ごめんなさい・・・・」
「あー、そんなに落ち込むなって。蛇が苦手な奴なんていくらでもいるしな。それにこの
傷、出血の割にはそんなに傷口深くないし。軽く絆創膏でも貼ってもらえりゃ十分だって。」
「ダメですよ。ちゃんと止血して、手当てしないと。」
消毒し終わると、左近はしっかりと血が止まるように竹谷の額に包帯を巻いた。思ったよ
りも大げさな感じになってしまったなあと、竹谷はその包帯に触れる。
「ありがとな、二人とも。それから、孫兵、もう大丈夫だからそろそろ泣きやめ。」
「ごめんなさいっ、先輩・・・・ひっく・・・ふ・・・」
「何があったんですか?」
あまりにも孫兵が号泣しているので、これは何か大変なことがあったに違いないと、左近
は尋ねる。
「いやー、ジュンコが崖から落ちそうになってな、それを助けようとした孫兵も一緒に落
ちて、さらにそれを俺が庇おうとしたら、木に引っかけて切っちまったんだ。まあ、孫兵
やジュンコに怪我はなかったからよかったんだけどな。」
「崖から落ちたんですか!?」
「まあな。でも、そんなに高い崖じゃなかったし、ちゃんと受け身もとったから。」
「さすが、五年生にもなると違いますね。」
崖から落ちて、この程度の怪我で済んだのが信じられないと、左近も伏木蔵も感心する。
その話を聞いて、どうしてここまで孫兵が大泣きしているかが理解出来た。自分を助ける
ために、怪我をさせてしまった。しかも、先程の様子では、傷口よりもその怪我は大きな
ものに見えた。それを見て、驚いた孫兵は自分の所為で竹谷に大怪我をさせてしまったと
思い込み、罪悪感と不安から涙が溢れてきたのだろうと二人は考えた。
「ほら、孫兵。本当いい加減泣きやめって。な?」
「うう・・・先輩〜。」
ぎゅうっと竹谷にしがみつきながら、孫兵はいまだに泣き続けている。自分達よりも年上
の先輩ではあるが、何だか可愛いなあと左近も伏木蔵も思ってしまった。自分の胸で泣き
続ける孫兵をなだめながら、竹谷はすっと立ち上がる。そして、孫兵の体を支えてやりな
がら、保健委員の二人にお礼を言った。
「手間かけさせてしまって悪かったな。本当助かった。ありがとな。」
「い、いえ、これがぼく達の仕事ですから!」
「あんまり傷が痛むようでしたら、また来てくださいね。」
「ああ。それじゃあな。行くぞ、孫兵、ジュンコ。」
ぐしぐしと涙を拭っている孫兵の肩を抱きながら、竹谷は医務室を後にする。やっぱり五
年生の先輩はカッコイイなあと思いながら、保健委員の二人は、出て行く二人を見送った。
「竹谷先輩、かっこいいー。」
「さすが、高学年って感じだな。でも、伊賀崎先輩がペットのこと以外であそこまで号泣
してるのは初めて見たかも。」
「確かに。それだけ、竹谷先輩を慕ってるんですね、きっと。」
「そうだな。」
とりあえず、しっかり手当てが出来てよかったと、左近も伏木蔵も一息つく。先程使った
消毒液や包帯を片づけていると、再び誰かがこの部屋にやってくる足音が聞こえた。
ドスドスドス・・・ガラっ!!
「伊作っ!!」
医務室の障子を開けて、いつもならいる保健委員の名を呼んだのは、六年の立花仙蔵であ
った。どういうわけか、その姿はボロボロで、まるで何かの爆発に巻き込まれたような感
じであった。
「た、立花先輩・・・?」
「い、伊作先輩は今出かけてますけど・・・」
「いないのか。それなら仕方がない。」
「あの・・・ぼく達でよろしければ、その傷の手当てしますけど・・・」
「そんなに大したことはないが、とりあえず頼む。」
『は、はい。』
何故だか不機嫌そうな仙蔵を前にして、保健委員の二人はビクビクしてしまう。ボロボロ
の割には火傷などの傷はそれほど大したことはなく、軽く塗り薬を塗っておくくらいにと
どめた。
「ず、随分ボロボロですけど・・・どうしたんですか?」
「・・・・福富しんべヱと山村喜三太が・・・・」
『しんべヱと喜三太??』
「あいつらの所為でいつもいつも・・・・」
不機嫌そうではあったが、ボロボロになった理由を聞いた瞬間、仙蔵の顔はさらに怒り顔
になってゆく。今日もしんべヱと喜三太の湿り気コンビと不本意ながら関わってしまい、
案の定、焙烙火矢の誤爆でこんな状態になってしまったのだ。
「あー、思い出しただけでも、腹が立つ!!」
「お、落ち着いて下さい、立花先輩。」
「お前達に何が分かる!!」
イライラ感が募っていたため、仙蔵は全く関係のない二人を怒鳴りつけてしまう。六年生
の中でも一番クールで冷静だと言われている仙蔵に思いきり怒鳴られ、伏木蔵は半べそ状
態で左近の袖を掴んだ。
「す、すいません。出過ぎたこと言ってしまって・・・・」
何も言えなくなっている伏木蔵の代わりに謝る左近だが、仙蔵の怒りは治まらない。また、
怒られると思った瞬間、すっと医務室の障子が開き、もう一人六年生が現れた。
「仙蔵・・・」
声をかけられ、仙蔵はそちらの方を振り返る。そこにいたのは、中在家長次であった。
「長次。」
「イライラするのは分かるが、下級生に当たるな。」
「ぐっ・・・けどっ!!」
「当たるなら私に当たれ。全部受け止めてやるから。」
「・・・・・。」
長次にそう諭され、仙蔵は黙り込んでしまう。仙蔵が湿り気コンビと関わり、またボロボ
ロになって帰ってきたということを耳にし、長次は仙蔵を探しに来たのだ。あの二人と関
わった後の仙蔵の機嫌がとてつもなく悪くなるのは、長次が一番よく知っていた。自分な
らいくら当たられても平気だが、他の者はそうはいかない。それが下級生であるならば尚
更だ。まだ、不機嫌そうにうつむいている仙蔵の体をひょいと持ち上げ、肩に抱えると、
長次は左近と伏木蔵の方を振り返り、仙蔵の代わりに謝罪の言葉を述べる。
「ちょ、長次っ!!お、下ろせ!!」
「悪かったな、邪魔してしまって。仙蔵はたまにこうなるから、そんなに気にしないでや
ってくれ・・・」
「長次ーっ!!」
バタバタと暴れる仙蔵をもろともせず、長次はそのまま医務室から出て行った。クールで
冷静なはずな仙蔵があれほどまでに怒っているのにもビックリであったが、それ以上に学
園一無口で通訳がないと声が聞き取れないと言われている長次がハッキリとした口調で、
あんなにたくさんのことを喋っていたことが、左近と伏木蔵にとっては驚きだった。
「立花先輩・・・怖い。」
「あ、ああ。キレると怖いタイプなんだな、立花先輩って。てか、そろそろ手離せよ!伏
木蔵。」
「あっ・・・ごめんなさい。」
仙蔵と長次が立ち去ってしまっても袖をぎゅっと握っている伏木蔵に、左近は照れながら
そんなことを言う。そのことに気づいて、伏木蔵はぱっと手を離した。
「そ、それにしても、あんなに喋ってる中在家先輩も初めて見たかもしれないな。」
「いつもはボソボソ喋ってて、何言ってるのか分かりませんもんね。」
「しかも、あんな軽々立花先輩を抱え上げて去ってちゃうし。」
「あの二人も結構・・・」
伏木蔵がそんなことを言いかけると、またこの医務室に誰かがやってきた。
「すいませーん。」
『タカ丸さん!!』
「どこか怪我したんですか?それともどこか調子が悪いんですか?」
珍しい訪問者に伏木蔵は質問を投げかける。しかし、へらっと笑いながらタカ丸は首を振
った。
「いや、僕じゃないんだ。怪我したのは、兵助くんで・・・」
「いひゃひゃ・・・」
タカ丸の後ろから姿を現したのは、五年の久々知兵助であった。舌を火傷してしまったよ
うで、赤くなった舌を出しながら、口を押さえている。
「久々知先輩。舌、火傷したんですか?」
「そーなんらよ。もー、いひゃくって。」
舌が痛くて呂律の回っていない久々知は、舌っ足らずな感じで喋る。
「舌の火傷なんて、舐めれば治るよーって言ったんだけど、怒られちゃって。」
「あひゃりまえらろー!!そんらんれ、治るわけないし、ろーやって、火傷した舌を舐め
るんらよ!?」
「だから、僕が舐めてあげるって言ってるのにー。」
「ふらけるなあ――!!」
火傷して喋れないわりには、よく怒鳴るなあと思いつつ、左近と伏木蔵はどうやって手当
てをしようか考えていた。普通の火傷なら火傷に効く薬を塗ればいいだけの話だが、口の
中となってはそうはいかない。
「うーん、舌じゃ普通の薬は塗れないし・・・」
「あっ、左近先輩!」
「どうした?伏木蔵。」
「この前、医務室でお茶飲んでたら、ぼくも舌火傷しちゃったんですよ。その時、伊作先
輩が・・・・」
自分が火傷した時のことを思い出し、伏木蔵はその時、伊作が出してきた薬を出す。それ
は塗り薬ではなく、煎じて冷ましてから口に含むというタイプの薬であった。
「それ、作れるか?伏木蔵。」
「はい、たぶん。」
「へぇ、薬作れるんだー。一年生なのにすごいね。」
初めて作る薬であるため、その手つきはたどたどしいが、伏木蔵は作り方を正確に思い出
し、その薬を作っていった。冷まさなければいけないので、少し時間はかかったが、バッ
チリ完成させることが出来た。
「たぶん・・・これで大丈夫だと思います。」
「ありがと・・・ふえぇ、苦ぁ・・・」
「薬ですから。しばらく口に含んだ後、出しちゃっても大丈夫です。」
「ううぅ・・・」
苦いのを我慢しつつ、久々知はしばらくその薬を口に含んだままでいる。ある程度時間が
経つと、久々知はその薬を口の中から吐き出した。
「どうですか?」
「・・・あっ、全然痛くなくなってる!!」
「おー、すごいな、伏木蔵。」
「えへへ。」
伏木蔵が作った薬のおかげで、久々知の舌の痛みはなくなり、普通に喋れるようになった。
ちゃんと薬が作れ、しかも左近に褒められ、伏木蔵は照れ笑いを浮かべる。
「うー、でも、口の中、苦い・・・」
舌の痛みはなくなったものの、苦い薬の味が口に残ってしまい、久々知は顔をしかめる。
そんな久々知を見て、タカ丸はあることを思いついた。
「兵助くん♪」
「何だよ?タカま・・・」
久々知が自分の名前を呼ぶために小さく口を開けた瞬間、タカ丸はちゅっと久々知の唇に
口づけ、久々知の口の中にコロンと何かを入れる。そんな光景を見て、保健委員の二人は
真っ赤になって驚いた。
『っ!!??』
「んむっ!?」
「口直しの飴玉だよー。これで、苦いのもなくなるでしょ?」
「な、何してんだ!!タカ丸―!!」
「何って、飴玉入れただけだど?」
「入れるにしてもやり方ってもんがあるだろ!?な、な、何で口移しなんだよ!?」
「いやー、飴玉一つしか持ってないのに口に入れちゃったから。」
「わざとだろ、お前〜。」
思ってもみないタカ丸の行動に文句を言いまくる久々知だが、ふと我に返り、保健委員の
二人が目の前にいることを思い出し、ボンっと顔を赤くする。二人きりの時なら露知らず、
他の者の前でそんなことをされたということを意識し、久々知は恥ずかしくてたまらなく
なる。
「あっ・・・う・・・」
「あ、あはは、先輩達、仲良いんですね・・・」
「うん、僕達はすごく仲が・・・・」
「タ、タカ丸、もう帰るぞ!!や、火傷、治してくれてありがとな!!じゃっ!!」
タカ丸が言葉を言い終える前に、久々知は早口でそんなことを言いながら、逃げるように
その場を去る。久々知が医務室から出て行ってしまったので、タカ丸もその後を追いかけ
るように医務室から出て行った。
「・・・・ビックリした。」
「タカ丸さんって、物凄く大胆ですよね。」
「やっぱ、普通の人じゃないよな。あの大胆さはなかなか真似出来ないぞ。」
あまりのタカ丸の大胆さに感心しながら、二人は頬を赤くして顔を見合わせる。人のこと
ではあるが、なかなか胸のドキドキが治まらなかった。
「それにしても、今日は怪我人が多いよな。」
「そうですね。伊作先輩が外出してる時に限ってこんなに来るなんて・・・」
「やっぱ、ぼく達って不運なのかなあ・・・・」
左近がそんなことを呟いた瞬間、また誰かの足音が廊下から聞こえてきた。
「ほら、また。」
「あ、あはは、本当今日は怪我してくる人が多いですね。」
ここまで多いともう笑うしかない。苦笑しつつ、今度は誰がやってくるのかと、二人は障
子が開かれるのを待った。
ガラ・・・
障子を開けて入ってきたのは、同じ顔をした二人の五年生であった。
「不破雷蔵先輩と鉢屋三郎先輩。」
「え、えっと、どっちの方が怪我してるんですか?」
怪我をした方がおぶわれているのだが、二人にとってはどちらが雷蔵でどちらが鉢屋か全
く見分けがつかなかった。
「ぼくの方。落とし穴に落ちちゃって。三郎はそんなまぬけな真似しないよ。」
「ああ、雷蔵先輩の方ですね。」
「どこを怪我したんですか?」
「右足を挫いちゃって。意外と痛くて歩けないんだ。」
「全く、四年の綾部にも困ったものだ。」
穴掘りが趣味な綾部の落とし穴という名のタコ壺に落ち、雷蔵は足を挫いてしまった。す
ぐに出られると思っていたが、怪我をしてしまったために穴から出れなくなってしまった。
そんなところにたまたま鉢屋が通りかかり、おぶって医務室まで連れてきたのだ。
「あー、確かに腫れてますね。」
「痛っ、あー、これじゃあ明日の実技のテスト受けられないかもなあ。」
「そうか。だったら、わたしが雷蔵の代わりに受けてやろうか?」
「明日、実技のテストがあるんですか?」
雷蔵と鉢屋の話を聞いて、左近はそんなことを尋ねる。
「うん。」
「それじゃあ、竹谷先輩や久々知先輩も大変ですね。」
『八左ヱ門や兵助も??』
「竹谷先輩と久々知先輩もさっき怪我してここに来たんです。まあ、久々知先輩は舌の火
傷だったんで、実技のテストにはあんまり影響はないかもしれないですけど。」
竹谷や久々知も怪我をして医務室へ来たという話を伏木蔵から聞いて、雷蔵は少しホッと
する。しかし、後で補習を受けるのは面倒だなあと思うのも確かであった。
「本当に三郎に受けてもらっちゃおうかなあ。」
「真面目な雷蔵先輩にしては珍しい発言ですね。」
「雷蔵がそうして欲しいなら、わたしは喜んでしてやるぞ。」
それは便利だなあと思いながら、左近と伏木蔵は雷蔵の足の手当てをする。
「先生でも、先輩達のことは見分けられないんですか?」
「そうだねー。そこまで深い関わりはないし。」
「わたしが本気を出せば、先生でも同級生でも余裕で騙せるさ。」
「さすが変装名人ですね。」
「それに、私は雷蔵のことなら何でも知ってるしな。体にホクロがいくつあるかとか、ど
こを触ると弱いかとか・・・」
「わあああぁぁ、何言ってんだよ!?三郎!!」
いきなり物凄いことを言い出す鉢屋を止めようと、雷蔵は真っ赤になりながら、大声を出
す。
「すごいですね!!」
「さすがですー!!」
しかし、鉢屋の言っていることの意味がイマイチよく分かっていない二人の保健委員は、
素直に鉢屋を尊敬の眼差しで見つめる。
「も、もう・・・変なこと言うなよ。三郎。」
「だって、本当のことだろ。」
「本当のことでもそういうことは言わないの!!」
「仲良いですね、先輩達。」
「楽しそうです。」
雷蔵は必死なのでが、鉢屋が実に楽しそうな顔をしているので、左近と伏木蔵は笑いなが
らそんなことを言う。怒ってるのに下級生にはそう見えるのかあと、雷蔵はうーんと首を
ひねってしまう。
「そうだろ?わたしと雷蔵は・・・・」
「あー、もういいってば、三郎!!手当てありがとね。ほら、帰るぞ、三郎。」
「よーし、それじゃあ、今度はお姫様抱っこで連れてってやろう。」
「いい、いい!!普通におんぶでいいからあ!!」
「そう遠慮するなって。」
「遠慮してなーい!!」
雷蔵が恥ずかしがるのも全く無視で、鉢屋は雷蔵を姫抱きし、保健室から出て行く。そん
な二人を見送りながら、左近と伏木蔵は笑っていた。
「いやあ、面白いな鉢屋先輩と雷蔵先輩。」
「そうですね。でも、何だかんだ言って、鉢屋先輩はすごく優しいんだと思いますよ。」
「確かに。雷蔵先輩もちゃんと鉢屋先輩に甘えてるようなとこもあるしな。」
「いいなあ、あーいう関係。」
ボソッとそんなことを呟く伏木蔵に、左近は何故だかドキッとしてしまう。何となく顔が
熱くなってくる感じを誤魔化そうと、左近はテキパキとそのへんに散らばっていた手当て
の道具を片付け始めた。
「ほ、ほら、片付けるぞ。」
「あっ、はい。」
左近に言われ、伏木蔵も片付けを始める。それからしばらくは、この医務室に誰かが駆け
込んで来るということはなかった。
日が暮れてしばらくすると、医務室に伊作が文次郎と共にやってきた。
「ただいまー。」
『おかえりなさい!伊作先輩!!』
「留守番ありがとう。大変だった?」
「え、ええ。まあ・・・」
伊作の問いかけに左近は苦笑しながら頷く。そんな左近の頷きに、伏木蔵はより詳しい説
明を付け加えた。
「今日はいつもとは比べものにならないくらい怪我人がいっぱい来たんですよ。」
「へぇ、そうなんだ。ゴメンね、そんな時に出かけちゃってて。」
「でも、左近先輩と一緒で、すごく楽しかったですから、全然平気でした。」
ニッコリと笑いながらそう言う伏木蔵を、伊作は可愛らしいなあと思ってしまう。ちらっ
と左近の方に目をやると、素直な伏木蔵の言葉を聞いて、顔を真っ赤にしていた。
(やっぱり、下級生は可愛いなあ。)
そんなことを思いながら、伊作は買い物に行って買ってきたお土産を二人の前に出す。
「二人とも今日はありがとう。ご褒美にお土産いっぱい買ってきたから食べて。」
伊作が二人の前に出したのは、美味しいと評判のお店のお饅頭であった。ちょうどお腹が
空き始めていた二人にとっては、またとないご褒美だった。
「うわあ、美味しそう!!」
「しかも、こんなにたくさん・・・」
「遠慮しなくていいからね。ぼく達の分はちゃんとあるし。」
「俺も腹減ったな。伊作、俺らも食べようぜ。」
「うん。」
『いただきまーす!』
伊作と文次郎の買ってきたお饅頭を四人ははぐはぐと食べる。噂通りの美味しさで、四人
の顔を自然とほころんだ。
「おいひ〜vv」
「ったく、口に餡子付いてんぞ。」
伊作の唇に付いている餡子を指で拭い、それを自分の口に持っていく。そんな文次郎の行
動に、伊作はへらっと笑ってお礼を言った。
「ありがとう、文次郎。」
「ふん。」
照れているのか、ムスっとしている文次郎であったが、心の中では伊作の笑い顔が可愛す
ぎてたまらないと思っていた。あまりにも自然にイチャついている先輩二人に、左近と伏
木蔵はドキドキしていた。
「伊作先輩、今日はすごく機嫌がいいですね。」
「いつも保健委員の仕事で、実習以外はあんまり外に出れてなかったからじゃないか?た
まの外出って結構楽しいもんだし。」
「なるほど。あと、潮江先輩、ぼくすごく怖いイメージがあったんですけど、こう見てみ
るとそうでもないですね。」
「それはぼくも思った。会計委員長としてのイメージとだいぶ違うっていうか、何だか柔
らかい感じだよな。」
委員長として見せる顔とは違う伊作と文次郎の一面を見て、下級生の二人はそんな会話を
交わす。今日はたくさんの上級生の仲のよさを見せつけられた一日であったが、この二人
の雰囲気が一番好きだなあと二人は思った。そんなことを考えながら、目の前にあるお饅
頭を食べていた二人だったが、いつの間にかお饅頭は残り一つになっていた。それを取ろ
うとして、二人の小さな手が触れ合う。
『あっ・・・』
手がちょんっとぶつかった瞬間、二人はバッと手を引いた。そして、最後の一つのお饅頭
を譲り合う。
「あっ、左近先輩食べて下さい。」
「お、お前が食べろよ!!」
「で、でも・・・・」
「ぼくが食べろって言ってるんだから、素直に受け取れ!!」
「は、はいっ!!」
ポスンと手の平にお饅頭を乗せられ、伏木蔵は思わず頷いてしまう。しかし、手の平に乗
せられたお饅頭をじっと見つめながら、伏木蔵はしばらくそれを食べずにいた。そして、
ハッと気づいたような顔をすると、そのお饅頭を半分に分けた。
「はい、左近先輩。」
「えっ・・・?」
「半分こです。やっぱり、二人で食べた方がおいしいですから。」
ニッコリと笑いながら半分にしたお饅頭を手渡してくる伏木蔵に、左近はきゅーんとして
しまう。
「あ、ありがとう。」
「えへへ。」
伏木蔵が半分にして渡してくれたお饅頭は、左近には今までよりも甘くおいしく感じられ
た。それは、伏木蔵も同じで、嬉しそうに半分のお饅頭を口に運ぶ。
「おいしいですね、左近先輩。」
「あ、ああ、そうだな。」
「左近先輩。」
「何だよ?」
「今度、ぼく達も先輩達みたいに一緒にお出かけしませんか?」
「ま、まあ考えといてやるよ。」
「本当ですか!?やったー!」
(あー、もう何でこんなに可愛いんだ・・・)
ほのかに顔を赤らめ、心の底から嬉しそうにしている伏木蔵に、左近はドキドキしてしま
う。そんな二人の様子を眺めながら、六年生の委員長ペアはほのぼのとした気分に浸って
いた。
「左近も伏木蔵も可愛いーなあ。」
「低学年ならではの可愛さだな。」
「もうすっごいピュアピュアだよねー。超なごむ〜。」
「不運委員会もなかなかやるじゃねぇか。」
「不運委員会って言うなあー!」
「褒めてやってるのに怒るとは何事だ。」
「別に怒ってなんかないもん。あっ、文次郎。」
「何・・・」
少し拗ねたような顔を見せていた伊作だったが、何かに気づいてすっと動く。思ってみな
い伊作の行動に文次郎の顔はかあっと赤く染まった。
「文次郎の口にも餡子がついてたから。」
文次郎の唇についていた餡子を伊作は指ではなく直接舐め取った。さすがにそれには、文
次郎も驚いてしまう。
「な、な、何しやがんだっ!?」
「だから、餡子とっただけだってば。ふふーん、文次郎顔真っ赤だぞ?」
「う、うるさいっ!!」
文次郎をからかい、伊作は悪戯っ子のように笑っていた。どちらのペアもお饅頭よりも何
倍も甘い雰囲気に包まれている。今日の保健委員は不運よりも嬉しい出来事の方が多く、
たくさんのときめきで胸もお腹もいっぱいになっていた。
END.