年の初めに楽しみ酒

新年を迎えた冬の最中、滝夜叉丸は同じ委員会の先輩から手紙を受け取り、山道を歩いて
いた。
「えっと・・・この地図によるとこのへんなんだけどなあ。」
受け取った手紙に入っていた地図を見ながら、滝夜叉丸はキョロキョロと辺りを見回す。
すると、坂を登ったところに一件の小さな宿が建っているのを見つける。
「あー、あそこか。」
ちょうど地図に一致する場所にあったので、滝夜叉丸はその宿に向かって歩き出す。手紙
をくれた者の名前を出すと、宿の女将さんは快く部屋へと案内してくれた。
「こちらの部屋になります。」
「ありがとうございます。」
女将さんにぺこっと頭を下げると、滝夜叉丸は目の前にある襖に手をかけた。中からはか
なり大きな声で騒ぐ声が聞こえる。
「失礼しま・・・」
「おー、滝夜叉丸!!」
「うわっ、酒くさっ!!」
「あははは、入れ入れー!!」
襖の前に立つ滝夜叉丸を見つけると、部屋の中で酒を飲んでいた小平太は、笑いながら肩
を抱いて部屋の中に引き入れた。
「小平太が呼んだってのは、滝夜叉丸だったのか。」
「おう!今な、六年みんなで新年会やってんだ!!」
「そ、そんなところに何故私を呼ぶんです!?」
「そんなの決まっているだろ。私が滝夜叉丸に会いたかったからだ!!」
滝夜叉丸をぎゅうっと抱きしめながら、小平太は言う。いきなりそんなことをされ、驚く
滝夜叉丸であったが、他の六年生メンバーはもうすっかり出来上がっているので、そんな
ことをいちいち気にしていなかった。
「滝夜叉丸、お前も飲め!」
「の、飲めって言われても・・・」
「私の注ぐ酒が飲めないのか!?」
無理矢理湯呑を持たされ、そこへなみなみと酒を注がれる。普段はクールな仙蔵にそんな
ことを言われ、滝夜叉丸は仕方無いと注がれた酒をぐいっと飲んだ。
『おー、いい飲みっぷり。』
「ぷはっ・・・ちゃんと、飲みましたよ。」
「さすが滝夜叉丸だ!ほら、私も注いでやるからもっと飲め。」
「ちょっ・・・七松先輩っ!!手にかかってます!!」
「あははは、すまんすまん!!」
すっかり酔っ払っている小平太は、滝夜叉丸の持つ湯呑に酒を注ぐが、距離感覚をなくし
ているのか、滝夜叉丸の手や着物に酒をこぼしてしまう。
「あー、もう・・・どうするんですか。こんなに濡らしちゃって。」
酒で濡れてしまった着物を掴みながら、滝夜叉丸はそうぼやく。すると、小平太の斜め前
で飲んでいた文次郎がニヤリと笑って声を発した。
「代わりの着物ならあるぜ。」
「おー、用意周到だな!文次郎。」
「ほら。」
「あ、ありがとうございます。」
文次郎から着物を受け取ると、滝夜叉丸は濡れてしまった自分の着物を脱ぎ、受け取った
着物を身につける。着ている途中に何となく気づいていたが、まさかあの鬼の会計委員長
がこんな着物を渡すとは思えなかったので、滝夜叉丸は黙ってきっちりとその着物を着る。
しかし、しっかりと着終わってみると、やはり自分が想像していた通りの形になった。
「これ・・・どう見ても女物の着物ですよね?」
「だははは、やっぱ似合うな、滝夜叉丸!!」
「本当本当。ちょっとぶかぶかな感じがまた可愛いよね。」
「本当は余興でじゃんけんに負けた奴が着るはずだったんだが、ちょうどよかった。」
意図せずに女装状態になってしまった滝夜叉丸を見て、文次郎、伊作、食満の三人は声を
上げて笑う。いつもは真面目な三人がこんなことでここまで爆笑しているのを見て、酒の
力はすごいなあと滝夜叉丸は恥ずかしいと思うよりは、むしろ感心してしまった。
「まあ、濡れてる着物を着てるよりかはマシですけどね。」
そんなことを呟きながら、滝夜叉丸はすとんとその場に座る。畳の上に座ったと同時に滝
夜叉丸の体は小平太の腕の中につつまれ、ぎゅうっと後ろから抱きしめられる。
「わわっ、な、何ですか!?七松先輩!!」
「お前は本当可愛いな〜。本当の女の子みたいだぞ。」
「やっ、ちょっと離してください!く、苦しいですっ。」
「いやだー。離さないー!」
「な、七松先輩っ!!」
酔っ払っている小平太の力はいつもより強く、滝夜叉丸はじたばたとするが、全く小平太
の腕を剥がすことが出来ない。暴れているうちに髪をまとめていた紐が解けてしまい、滝
夜叉丸の髪はパサっと肩から背中にかけて落ちた。
「おー、より女っぽくなったな。」
「本当だー。可愛いねー、滝夜叉丸。」
髪の毛を下ろした状態になった滝夜叉丸を見て、文次郎と伊作はそんなことを言う。そん
な二人につられて、今まで一言も言葉を発していない長次も似たような感想を口にする。
「確かに・・・可愛い。」
六年生メンバーに可愛いを連発され、ほんの少し恥ずかしいと思う滝夜叉丸であったが、
褒められて嫌な気はしない。もともと学園一自惚れ屋な性格である。小平太の腕に抱かれ
ながらも、いつもの調子で自慢げに言葉を放つ。
「そりゃ学園一美しい私ですから、女物の着物を着たって似合うに決まってるじゃないで
すか。」
いつもなら滝夜叉丸の自分大好き発言に呆れる六年生ズも、今回はひどく酒に酔っている
こともあり、その言葉に特にイラついたりはしない。そうだよなあと、納得して笑いなが
ら頷くという始末だ。しかし、ただ一人だけ、とある人物の発言の為に、滝夜叉丸にライ
バル心を剥き出しにしている者がいた。
「女装なら、私の方が何倍も可愛いはずだ!!」
そんなことを言いながら、自ら女の格好になったのは仙蔵であった。長次が滝夜叉丸に対
して可愛いと言ったことに嫉妬し、そんな行動を取ったのだ。学園一のサラストヘアを武
器に、色っぽさも女っぽさもかなりハイレベルな女装をし、ずいっと長次に迫る。
「どうだ、長次!?」
「・・・・・・。」
女装姿の仙蔵をじっと見つめ、長次はしばらく黙っている。何とも言えない緊張感に包ま
れ、周りの者もしばらくその様子を黙って見守っていた。
(可愛い・・・)
おもむろに仙蔵の頬に手を添えると、長次はそのまま薄く紅の塗られた仙蔵の唇に口づけ
る。酒に酔っているとは言えども、そんな長次の行動を見て、他の六年生メンバーと滝夜
叉丸は驚いた。そんな他のメンバーを尻目に、長次は仙蔵から唇を離し、ボソボソと何か
を口にする。
「仙蔵、可愛い。仙蔵が一番だ・・・・」
「だろぉ?さすが長次。よく分かっているじゃないか。」
長次に一番可愛いと言われ、仙蔵は満足気に笑い、長次の首に腕を回す。そして、今度は
仙蔵の方から、長次に熱い接吻をした。
『おおー。』
「止めなくていいんですか?七松先輩。」
「別にいいんじゃないか?何だ?うらやましいのか?だったら、私がいくらでもしてやる
ぞ!」
「そ、そんなこと言ってませんっ!!って、人の話をちゃんと聞いてくださ・・・っ!!」
滝夜叉丸の言葉に聞く耳を持たず、小平太はむちゅうっと滝夜叉丸の唇に接吻をする。想
像以上に長く激しい接吻だったために、滝夜叉丸はうまく呼吸が出来ず、先程飲んだ酒が
一気に回ってしまう。
(う〜、苦しい・・・息が・・・それに何か、くらくらしてきた・・・・)
「小平太、滝夜叉丸、すっげぇ苦しそうだぞ?」
あまりに滝夜叉丸が苦しそうな表情をしているので、食満は小平太にそうつっこむ。それ
はいけないと、小平太はいったん滝夜叉丸から口を離す。
「ぷはっ・・・ハァ・・・ハァ・・・・」
「悪いな。大丈夫か?滝夜叉丸。」
「ハァ・・・全然っ・・・大丈夫じゃないですよぉ・・・ハァ・・・ハァ・・・死んじゃ
うかと・・・ハァ・・・思いました。」
酔いが回ったことと息がしばらく止まっていたことで、滝夜叉丸の顔は紅潮し、ひどく息
が乱れていた。女装をしている状態で、しかもひどく潤んだ目で見つめられて、そんなこ
とを言われ、小平太はムラっとしてしまう。
「な、七松先輩・・・?」
いつもとは違う視線で見つめられ、滝夜叉丸は酔っ払いながらも身の危険を感じる。がし
っと腕を掴まれると、次の瞬間、ビリッと来ていた着物が破れた。
「ぎゃあっ!!な、七松先輩、じょ、冗談でしょう?ほ、他の先輩も居るんですよ?」
「ダメだ。我慢出来ない・・・」
「我慢出来ないじゃないですよ〜!!」
「滝夜叉丸。」
他のメンバーに目で助けを求めるが、酔っ払っているがゆえ、とても助けてくれるとは思
えない。先程飲んだ酒の所為で、頭も回らない。もうどうすればいいのか分からず、滝夜
叉丸は声を上げて泣き出してしまった。
「ふえぇぇんっ!!」
「小平太、泣かしちゃダメだよぉ。」
「えっ、あっ、た、滝夜叉丸っ!?」
「うわあぁぁんっ!!」
自分の腕の中で大泣きする滝夜叉丸に、さすがの小平太も我を取り戻す。
「わ、私が悪かった!!だから、泣きやめ、なっ?」
「あははは、何やってんだ小平太!!バカだなあ。」
「わ、笑うな!!文次郎っ!!あと、バカって言うな!!」
「今のは、小平太が悪い。」
「分かってるから謝っているだろうが。」
「ひっくっ・・・ふぇ・・・・」
子供をあやすように、小平太は滝夜叉丸の背中をぽんぽんと優しく叩く。急に優しくなっ
た小平太の態度に滝夜叉丸の涙もぴたっと止まる。
「もう・・・変なことしませんか?」
「おー、しないしない。お前に泣かれると困るからな。」
「なら、許します。」
そう言いながら、滝夜叉丸は小平太の飲みかけの酒を飲む。湯呑に残っていた酒を一気に
飲み干すと、滝夜叉丸はぺたっと小平太の胸に寄りかかり、へらっと笑って見せた。
「何かしようとしたら、また泣きますからね。」
「お、おう。」
これは試されているなあと思いながら、小平太は滝夜叉丸に手を出したい欲求を必死で抑
える。そんな面白い状況になっている小平太を見て、文次郎と伊作は顔を見合せて笑い、
こそこそと内緒話をした。
「何か仙蔵と長次もイチャイチャしてるしー、小平太と滝夜叉丸もイチャイチャしてるか
ら、僕も誰かとイチャイチャしたくなっちゃったあ。」
「誰とでもいいってわけじゃねぇだろ。」
「えへへー、そりゃまあね。留三郎も仲良いけどぉ、イチャイチャするって相手じゃない
しー。」
「そりゃそうだろ。いくら同室だからって、そこまでじゃないからな。」
「だからー、僕は文次郎とイチャイチャするーvv」
「伊作がそうしてぇっつーんなら、俺は別に構わないぜ。」
「僕、仙蔵とか滝夜叉丸みたいに女の子の格好してないよ?それでもいーい?」
「当然だろ。別に女の格好してなくたって、十分伊作は可愛いぜ。」
「あははは、文次郎がそういうこと言うの似合わないー。でも、嬉しいーvv」
文次郎も伊作も相当な酔っ払いなので、普段は絶対言わないようなことを平気で口にし、
無駄にイチャついてみせる。イチャつく相手のいない食満も他のメンバーの挙動が面白す
ぎると、この場の雰囲気を楽しんでいた。
「あはは、お前ら本当酔っ払いだなあ。」
「いいの!楽しいんだからっ!!ねぇねぇ、文次郎、ホッペとかおでこにちゅーして?」
「いいぜ。」
伊作の可愛らしいおねだりに、文次郎は顔を緩ませながら、伊作の頬や額に軽く口づけて
やる。文次郎に口づけてもらうと、伊作はふふっと声を立て、文次郎の首に腕を回し、ニ
ッコリ笑う。
「それじゃあ、僕からのお返し♪」
そう言うと、伊作は文次郎の唇に自ら自分の唇を重ねる。唇を合わせるだけの軽い口づけ
であるが、文次郎の気分を煽るには十分すぎるものであった。
「こんなんじゃ足りねぇぜ、伊作。」
「えー、なら、文次郎からしてよぉ。今度はココに。たっくさんね。」
自分の唇に人差し指を当てて、伊作は甘えるようにそんなことを口にする。自分のしたい
ことと、伊作のして欲しいことが一致しているので、文次郎はためらうことなく伊作の唇
により深い接吻を施した。
「ん・・・」
そんな文次郎と伊作を見ていた他のメンバーは、何だか少し負けた気分になる。
「長次、私にもたくさん接吻しろ!文次郎なんかに負けるな。」
「別に構わないが・・・あまりそういうことをしていると、他のこともしたくなる・・・」
「他のこととはどういうことだ?」
「・・・・分かるだろう。」
「長次がしたいと思うなら、私は別に拒まないぞ。あいつらに負けたくないしな。」
こんなところで競争心を剥き出しにされてもと思いつつ、長次はあまりの仙蔵の色っぽさ
に我慢出来なくなり、ぎゅうっと仙蔵の体を抱きしめて、誘いの言葉を放つ唇に口づける。
唇が重なり合うと、より深い口づけをして欲しいと、仙蔵は小さく口を開け、自ら長次の
舌に自分の舌を絡ませた。
「酒の力って本当すごいよな。まさかこんなに見せつけられるとは、思ってなかった。」
あからさまなラブシーンを見せられて、食満は苦笑しながら小平太にそう話しかける。し
かし、小平太からすれば、こんなにもそういう気分を煽られているのに、自分は滝夜叉丸
に何も手が出せないとぶるぶると震えていた。
(我慢だ、私。我慢だー!!)
「あ、あの・・・七松先輩。」
滝夜叉丸に名前を呼ばれ、小平太はドキッとする。
「あ、ああ・・・何だ?」
「さっきは、何もしちゃダメって言っちゃいましたけど・・・接吻くらいなら、別にして
もいいです・・・・」
「えっ・・・?」
「先輩達見てたら、何かちょっと羨ましいなあと思ってしまって・・・」
恥ずかしいのか、滝夜叉丸は小平太から顔を背け、真っ赤になりながらそんなことを言っ
てくる。そんなことを言われてしまっては、もう我慢ならないと、小平太はぐいっと滝夜
叉丸を自分の方へ向かせ、噛みつくように口づけた。
「んっ・・・んんっ・・・!?」
(あれ?何かさっきよりも気持ちイイかも?)
さっきよりも酔っ払っていることもあり、小平太の激しい接吻を滝夜叉丸はそんなふうに
感じてしまう。しばらくそのまま小平太の口づけを受け取っていると、頭がぼーっとし、
ふわふわとした感覚に包まれる。
「ふはぁ・・七松・・・せんぱい・・・・」
「あっ、悪い。大丈夫か?また、やりすぎたとか?」
さっきのことがあるので、唇を離すと小平太はそんなことを尋ねる。しかし、滝夜叉丸の
頭にもう拒絶の文字はなかった。
「へーきです。もっとしてもいいですよ?七松先輩。」
「・・・・・。」
ニコッと微笑みながらそういう滝夜叉丸に、小平太の胸はきゅーんとときめく。そんな小
平太に追い打ちをかけるように、滝夜叉丸はとどめの一言を口にした。
「好きです、七松先輩。」
「た、滝夜叉丸っ!!」
あまりの滝夜叉丸の可愛さに小平太は思わずその場に滝夜叉丸を押し倒してしまった。突
然組み敷かれ、驚く滝夜叉丸であったが、先程のように大泣きしたり、ひどく嫌がったり
ということはしなかった。
「七松先輩。」
「・・・何だ?」
「接吻までですからね?」
「うっ・・・頑張る。」
一応釘をさしておかないとということで、滝夜叉丸はそう口にする。とりあえず、接吻は
許されているので、それは十分堪能しておこうと、小平太は滝夜叉丸を自分の下に組み敷
いたまま、ゆっくりと唇を重ねた。
「個人的には面白い光景だが、こんなの後輩達には絶対見せられないなあ。」
目の前で繰り広げられている光景を眺めながら、食満はそんなことを呟く。人がイチャイ
チャしているのを眺めながめつつ、酒を飲むのも悪くないと、湯呑に満たされた酒をぐい
っと煽り、食満はふっと顔を緩ませた。

そんな酒盛りの次の日、一番始めに起き出したのは伊作であった。酒を飲む前に悪酔いを
しない薬を飲んでいたので、二日酔いをすることもなく、すっきりとした気分で目を覚ま
す。他のメンバーの中には二日酔いになる者も居るだろうと、伊作はそれを治すための飲
み物を作って、他の者が起きるのを待っていた。
「ん・・・もう朝か。」
「おはよう、文次郎。」
「伊作か。早いな。」
「二日酔いとかしてない?二日酔いに効くお茶、作っておいたんだけど。」
「別にしてねぇが、せっかく作ってくれたんだしな。もらっておくぜ。」
「どうぞ。」
起き上がった文次郎に、伊作は自作のお茶を渡す。そんなお茶を飲みながら、文次郎は周
りを見渡す。
「本当そのまま寝ちまったって感じだな。」
「まあ、みんな相当酔っ払ってたから。」
「そういや、途中から滝夜叉丸も合流したんだったな。小平太と仲良さそうに寝てやがる。
しかも、何故か女装してるし。」
「何故かって、あの服、文次郎が渡したんだよ。覚えてないの?」
「あれ?そうだったっけか?」
「そうだよー。仙蔵は自分から着てたけどね。」
バッチリ昨晩の記憶が残っている伊作はくすくすと笑いながら、文次郎にそう教える。そ
んな会話をしていると、小平太の腕にしっかりと抱かれている滝夜叉丸が目を覚ました。
「・・・あれ?私は何を・・・って、わあぁ!!」
目を開けると目の前に小平太の顔があるので、滝夜叉丸は驚いて思わず大声を上げてしま
う。
「おはよう、滝夜叉丸。」
「それじゃあ、目が覚めても動けんだろう?」
「ぜ、善法寺先輩に潮江先輩??私はどうしてこんなところに・・・?」
「僕達の新年会に小平太が呼んだんだよ。」
「あー・・・そうでしたね。七松先輩、七松先輩、起きてください!」
「んー、あと五分・・・・」
「あと五分寝てていいですから、とりあえずこの腕を離してください!」
とりあえず、ちゃんと起き上がりたいと滝夜叉丸は、小平太を起こそうとする。しかし、
小平太はしっかりと滝夜叉丸を抱きしめたまま、なかなか目を覚まそうとしない。
「七松先輩っ!!」
「んー、分かったよ・・・うおっ!!た、滝夜叉丸!?」
大声で名前を呼ばれ、しぶしぶ小平太は目を覚ます。寝ぼけているのか、自分が滝夜叉丸
を抱いて寝ていることに小平太は驚いた。
「おはようございます、七松先輩。」
「お、おはよう。うわあ、ビックリしたあ。」
驚きつつも嬉しいこの状況に、小平太はドキドキと胸を高鳴らせる。もう完全に目が覚め
てしまったと、滝夜叉丸を抱いていた腕を離し、大きく伸びをしながら起き上がった。
「いやー、目が覚めて目の前に女装姿の滝夜叉丸がいるとか、超ラッキーだな。」
「小平太は昨日のことはあんまり覚えてないの?」
「んー、すっごい楽しかったことは覚えてるんだけど、詳しくはあんまり・・・」
「私は結構覚えてますけど・・・・あー、でもちょっと頭痛いです。これって二日酔いっ
て奴ですよね?」
「そうだね。これ、二日酔いに効くお茶だから飲んで。きっとすっきりすると思うよ。」
「ありがとうございます。」
「小平太もいる?みんなの分あるからさ。」
「なら、もらっとく。」
滝夜叉丸も小平太も伊作からお茶を受け取り、ゴクゴクとそれを飲む。少し苦味の強いそ
のお茶は、二日酔い独特の気分の悪さや頭痛をあっという間に取り去ってしまった。
「このお茶、効きますね。」
「でしょ?僕特製のお茶だからね。」
「でも、苦いからおかわりはいらないって感じだな。」
「まあ、薬みたいなもんだからね。そんなにたくさん飲まなくても効くから大丈夫だよ。」
小平太、滝夜叉丸ペアと伊作がそんな会話をしていると、まだ起きていなかった食満、長
次、仙蔵が目を覚ます。
「・・・あー、気分悪。頭痛い・・・」
起きて早々そんなことを口にしたのは仙蔵であった。もともとそんなに酒に強いわけでは
ないので、完全に二日酔いになってしまっている。
「大丈夫か・・・?仙蔵。」
「全然、大丈夫じゃない・・・・」
「仙蔵はあんまり酒強くないからな。伊作、二日酔いに効く薬は・・・・」
「大丈夫。ちゃんと用意してあるよ。」
食満にそう言われ、伊作は苦笑しながら仙蔵に用意していたお茶を渡す。念のためという
ことで、長次と食満にもそのお茶を渡した。
「さすが・・・保健委員長。」
「用意周到だな。まあ、私はそんなに二日酔いにはなってないけどな。」
「あー、これは効きそうだ。さすが、伊作だな。」
伊作の用意してくれたお茶を飲み、仙蔵はそんな感想を述べる。それはもっともだと、他
のメンバーも仙蔵の言葉に同意する。
「茶飲んで、少し休んだら、ここ片付けて風呂入りに行こうぜ。その方が頭もすっきりす
んだろ。」
「わ、私も行くんですか?」
「あったり前だろ!!たまには先輩と裸の付き合いも大事だぞ〜?」
「たまにはって・・・先輩とはしょっちゅう・・・」
『ほう〜。』
「ご、誤解しないでくださいよっ!!体育委員会の後、汚れるんで一緒に風呂に入ってる
ってだけですからね!!」
「そんな照れるなって、滝夜叉丸ー。」
「別に照れてなんかないですっ!!」
この中で唯一の四年生である滝夜叉丸は、いつもの自信はどこへやらという感じで、他の
六年生にからかわれる。何だかいつもの調子が出ないと、滝夜叉丸は焦ったように小平太
の言うことに反論した。
「何か小平太と居る時の滝夜叉丸は、妙に下級生らしいよね。一人で居る時は絶対そうは
思わないけど。」
「確かにな。小平太の勢いにはあの滝夜叉丸も敵わないってことだろ。」
「私としてはもう少し静かにしてもらいたいものだがな。」
「とりあえず、出来るとこから片付けていこうぜ。朝飯も食いたいしな。」
元気な体育委員はとりあえず放っておいて、先に片付けられるところは片付けてしまおう
と、食満はそう提案する。もともと二日酔いになどなっていない文次郎と伊作は、食満の
言葉に賛成し、散らかった部屋を片付け始める。まだ、完全に二日酔いが治っていない仙
蔵は長次に寄りかかりながら、もう少し休むことにする。

新しい年の始まりを祝う酒盛り。次の日に残るものはそれぞれまちまちではあるが、それ
自体がとても楽しいものだったので、今年もいい年になりそうだと、そこに居る誰もが心
の中で思っているのであった。

                                END.

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