Tears

跡部とケンカをしてから一週間が経つ。きっかけは確かにささいなことだったかもしれな
い。だけど、時間が経つにつれていつ謝ったらいいのか、どうすればいいのか分からなく
なってしまった。あれから、跡部は一言も口をきいてくれないし、会っても無視する。前
にだって何度もこういうことはたくさんあった。でも、今の状況は前と全然違うんだ・・
・ 。

「宍戸、今日も跡部と話さなかったの?」
「ウルセー。お前には関係ねーだろ。」
部活の時間、岳人は宍戸に声をかけた。その話題には触れて欲しくないのか、宍戸は岳人
に冷たい言葉を放つ。だが、岳人が声をかけたのは興味本位だけではない。日に日に元気
のなくなっていく宍戸を心配しているのだ。
「じゃあ、俺、先に練習行くから。」
宍戸はさっさと部室を出て行った。岳人はまだ着替えをしている忍足に話しかける。
「なあ、侑士。宍戸の奴、マジでヤバイんじゃない?あれじゃあ、そのうち倒れるよ。」
「せやなあ。跡部ももう怒ってないんやったら、仲直りしてもええのに。まあ、どっちも
どっちで意地張ってるだけなんやと思うけど。」
「でも、宍戸の方はかなりダメージ大きいと思うぜ。俺、一週間であんなにやつれてる奴
初めて見た。」
「宍戸、あないになるまで我慢することないのになあ。俺達で何とか出来ないやろか?」
「どうだろうね。そういうことすると、きっと跡部も宍戸も怒ると思うよ。全く、どっち
も素直じゃないんだから。」
岳人と忍足は二人を何とかしようと考えるが、なかなかいい考えが浮かばない。プライド
が高く、人に干渉されるのが嫌いなあの二人に自分達が余計な手出しをすれば、さらに状
況が悪化してしまうのは目に見えていた。
「まあ、続きは部活が終わってから考えよう。早く行かないと監督に怒られるぜ。」
「ああ。」
部活の時間が迫っていたので、二人は早足で練習用コートへ向かった。

どいつもこいつも、俺の気持ち何て考えずに跡部の話題出しやがって、冗談じゃねえ。も
とはといえば、跡部がいけないんだよな。あいつのせいで、飯も食えねえし、あの夢のせ
いで夜も眠れねえ。あー、もう!!どうすりゃいいんだよ・・・。
跡部とケンカしてからの一週間。宍戸はかなりのショック状態に陥っていた。食欲も全く
失せ、ほとんどまともに食事をしないという毎日。その上、精神的なダメージからある夢
を見るようになり、夜もほとんど眠れない。そんなことが続き、宍戸は大幅に痩せ、顔色
も半端じゃなく悪くなっている。こんな状態で無理な運動をすれば、間違えなく体を壊す
だろう。
「宍戸さん、最近顔色悪いですよ。大丈夫ですか?」
「悪くなんかねーよ。何でみんなそればっか言うんだ?変なの・・・。」
鳳は宍戸の心配をするが返された言葉を聞き、困惑した。どうやら、宍戸は自分が今どう
いう状態になっているのか分かっていないらしい。跡部のこと意外を考えていないのだか
ら、当然といったら当然なのだが・・・。
「それより、長太郎。早く練習しようぜ。」
「えっ、はい・・・。」
気は進まないが、宍戸が言うなら仕方がない。鳳は宍戸と練習を始めた。
俺、そんなに顔色悪ぃのかな?確かに最近寝不足とかで少しくらくらするけど、別に何に
も感じねえし。それより、まずは、跡部とどうしたら仲直り出来るか考えないと。はあー、
このまま何にも考えられなくなっちまいたいな。そうすれば、こんなに苦しまずにすむの
に・・・。
宍戸がこんなことを考えている間に跡部がコートにやってきた。そっちの方を見て、一瞬
動きを止めるが、目が合った瞬間思いっきり逸らされたので、練習を再開する。一週間、
こういうことをされる度に涙が出そうになったが、学校なのでそれは我慢しなければなら
なかった。その我慢がさらに宍戸を追い詰める。
「ちょ、長太郎・・・ちょっと顔洗ってくる。」
ラケットを置き、コートを出ようとした。とその時、宍戸の体がふらっと傾き、そのまま
地面に倒れこんだ。
うわっ、何か目の前歪む・・・。俺、どうなるのかな?跡部ともう一生話せないならこの
まま目覚めなくてもいいかもな・・・。
「宍戸っ!!」
意識を失う前、自分の名前を呼ぶ声がいくつも聞こえた。だが、その中で完璧に頭の中に
入ってきたのは、ただ一人、自分の一番聞きたいと思っていた声だった。

宍戸が倒れた瞬間、一番焦り、動揺したのは、岳人でも忍足でも鳳でもなく、跡部だった。
慌てて駆け寄り、そっと抱き起こす。その腕にかかった重さは以前の宍戸とは比べものに
ならないぐらい軽く、顔色も血の気が失せて真っ青だった。
「宍戸!!おいっ、宍戸!!」
いくら呼んでも返事がない。跡部は迷いもせず、宍戸を抱きかかえ真っすぐ保健室へと向
かった。それを見ていた他の部員は騒然とした。宍戸が倒れたことも大問題だが、それよ
りもあの跡部が、あれほど動揺しているのが驚きだったのだ。
「やっぱり、こうなったか。」
「こうなる前に気づくべきだったんやないかな。」
「でも、これであいつらも少しは変われるんじゃない?」
「そうだとええなあ。」
他の部員が騒いでいる中、落ち着いている者が二人。予想はしていたが、本当にこうなっ
てしまうと、少しどちらもかわいそうに思えた。
「宍戸もかわいそうだけどさー、跡部もこんなことになるなんて思ってなかったんだろう
な。さすがの跡部もちょっとショックだっただろうね。」
「そやな。跡部は後悔とかしたことなさそうやけど、これで味わうんやないか。」
「あとで様子見に行こうよ。やっぱ、心配だしね。」
「ええよ。二人とも落ち着いてるとええんやけどな。」
「そうだね。」
岳人と忍足は練習を一時中断して、校舎の方へ向かう。

「栄養不足と重度の寝不足による貧血ね。」
保健医は、溜息をつきながら宍戸の病状を説明する。それを聞いた跡部は自分の唇を強く
噛んだ。
俺のせいだ。俺がずっと無視して、宍戸の相手をしてやらなかったから。でも、こんなの
いつものことだったし、まさかあんなに宍戸が悩んでるなんて思わなかった。どうして、
どうしてもっと早く気づいてやれなかったんだ。くそっ!!
下唇から一筋の血が流れた。跡部はこの時、生まれて初めて後悔と強い罪悪感を感じた。
「跡部君、そんなに自分を責めないで。何があったかはよく分からないけど、まずは、宍
戸君がこうなってしまった原因を取り除かなきゃいけないわ。あなたなら出来るわよね?」
「・・・・。」
跡部はしばらく考えた。今、自分が宍戸の心の傷を治すことが出来るのか自信がなかった
からだ。確かに原因は自分にある。だがそのせいで宍戸は自分のことを嫌いになったかも
しれない。話すことによって余計に悪化するかもしれない。たくさんの不安が跡部の中で
交差する。こんな気持ちになるのも跡部にとっては初めてだった。
「・・・あと・・べ・・・」
宍戸が苦しそうに呟く。寝言で名前を呼ばれ、跡部は何としてでも宍戸をもとに戻そうと
決めた。宍戸のベッドの横に座り、手を握って名前を呼ぶ。
「宍戸・・・。」
声が聞こえたのか、宍戸は意識を取り戻し、ゆっくりと目を開けた。
「・・・跡部。」
不安げに名前を呼ぶ。一週間、無視され続けてきた記憶がよみがえり、宍戸の目に涙が溜
まっていく。
「すまない、宍戸。俺が悪かった。こんなになるまでほおっておいて本当にゴメン・・・。」
夢で見たセリフ、表情とは全く逆で、宍戸は一瞬頭が混乱した。毎日みてきた悪夢。それ
は、宍戸にとって耐えられないほどつらく、レギュラー落ちした時のショックを思い出さ
せるものでもあった。
「俺、毎日同じ夢みてた。レギュラー落ちした時みたいにお前が俺を簡単に見捨てて・・・
『お前なんかもう嫌いだ。顔見るのも嫌だ。側に寄るんじゃねぇぞ。』って。俺、どうすれ
ばいいか分かんなくて・・・学校行っても、お前、俺のこと無視するし・・・。なあ、跡
部、本当に俺のこと嫌いになっちゃったのか?」
涙を必死に堪えながら、宍戸は夢の内容を説明した。跡部はいつものバカにしたような表
情で一言。
「バーカ。」
宍戸はドキッとして、不安げな表情を浮かべる。
「好きに決まってんだろ!」
跡部は細くなった宍戸の体をそっと抱き締めた。跡部のその言葉を聞いて宍戸は今まで我
慢し続けていた感情が一気に爆発した。
「うわあああ――――っ」
跡部の胸に顔にうずめて大声で泣く。今いる場所が学校の保健室であることも忘れて、涙
が枯れるくらい泣いた。そんな宍戸を跡部は優しく、だけれども強く抱き締める。
「跡部・・・ひっく・・・・跡部ぇ・・・」
「もう絶対お前のこと離さねえ・・・!!」
跡部の目にも自然と涙が溜まり、筋になって頬を伝った。

「どうやら仲直りしたみたいやな。」
「あいつらここが保健室だってこと、絶対忘れてんよな。」
「まあ、ええんやない?一応、解決ちゅーことで。」
「そうだね。じゃあ、部活に戻ろうか。あっ、監督に跡部と宍戸は帰りますって言っとこ
うぜ。」
「おう。」
二人が仲直りしたことを確認すると、岳人と忍足はテニスコートへと戻る。
「跡部君も宍戸君も、ケンカとかしたらこんなになる前にちゃんと相談しなさいね。」
『はい、ご迷惑おかけしました。』
「じゃあ、跡部君。宍戸君をお願いね。」
「分かってます。しっかり家まで送りとどけますんで。」
跡部は宍戸を家まで送りとどけることになった。宍戸を背中に背負い保健室を出る。
『失礼しました。』
「あっ、跡部。カバンと制服、部室に置きっぱなしだ。」
「ああ、それなら後で樺地に持ってきてもらうから心配すんな。」
「そっか。」
二人はユニフォームのまま学校を出た。宍戸の家まではそんなにかからないので、すぐ
に到着した。
「サンキュー、跡部。」
「大丈夫か。中まで運ばなくて。」
「ああ。大丈夫。それから、もうきっとあんな悪夢はみないだろうし、飯もちゃんと食う
よ。」
「早くよくなれよ。」
別れ際、跡部は軽く触れるだけのキスをする。そして、ふっと笑った。
「治ったらこの程度じゃすまないからな。」
「はは、じゃあ、もうちょっとこのままでいようかな。」
「宍戸!!」
「うそうそ。さっさと治して、跡部とたくさん一緒にいられるようにするよ。じゃあな。」
「ああ。あとでまた来るから。」
跡部は一度学校に戻ることにした。早めに練習を切り上げ、今度は樺地と一緒に宍戸の家
に寄る。カバンと制服を届けると、跡部は自分の家へ帰って行った。

あんなに宍戸に夢中になるとは予想外だったな。でも、こういうのもいいんじゃねえの。
やっぱ、好きな奴と一緒にいるのは楽しいもんな。さあて、宍戸がさっさと治るように看
病でもしにいくか。

                                END.

戻る