部活終わりで後は帰るだけの楽しみがあるはずの部室。しかし、今はとてもそんな状態で
はなかった。
「はあ!?あれはテメェがいけねぇんだろ!!」
「何言ってんだ。どう考えてもテメェが忘れてきたのが悪ぃだろ。」
部活中は何ともなかった跡部と宍戸が久しぶりに大喧嘩。喧嘩の原因はどうやら授業での
ことらしい。
「ちょっと、二人ともやめなよ。また大した原因じゃないんでしょ?」
『うるせー!!』
止めようとする滝の言葉にも全く聞く耳を持たない。もう放っておこうと大きく溜め息を
つきながら、滝は岳人や忍足のもとへ歩いていった。
「はあーあ、またやってるよあの二人。」
「どうせまたすぐ仲直りすんだろ。絡むだけ無駄だって。」
「せやな。下手に踏み込むと余計に複雑になるからな。放っておくんが一番や。」
岳人と忍足ははなっから諦めモードだ。止めようなんてことはさらさら思わない。むしろ
可哀想なのは二年生メンバー。慣れている三年生とは違い、部室でここまで激しい口論を
されると思わずビクビクしてしまう。
「跡部のアホ!!もう知らねぇ!!」
「あー、どうぞご勝手に。行くぞ樺地っ。」
「ウ、ウス!」
宍戸もかなり激情してるが、跡部もそれに負けず劣らずイラついているようだ。そんな不
機嫌モード全開の跡部についていかなければならない樺地は、全く心の休まる暇がない。
これ以上怒らせてはダメだと気を使わなくてはいけない。
バタンっ!!
ありえないくらいキツイ視線で宍戸を睨むと、跡部は部室のドアは激しく閉めた。宍戸は
そんなふうに睨まれ一瞬怯むが、ドアの向こうにいる跡部に思いきりアッカンベーをする。
傍から見れば幼稚なのか険悪なのか判断しかねる雰囲気だ。
「宍戸、何があったん?」
「テメェらには関係ねぇだろ。」
「早く仲直りした方がいいぜ?」
「ウルセー、余計なお世話だ。」
「ま、これ以上俺達は関わらないけどさ。ともかく、人に迷惑はかけないようにね。」
「何で俺と跡部が喧嘩すると人に迷惑かけることになんだよ?意味分かんねぇ。」
《だから、かけてるんだって。》
三人は心の中で声をそろえるようにそう思った。実際この二人が喧嘩をすると部活内もク
ラス内も教師でさえもビクビクしなければならなくなるのだ。それは主に跡部の所為なの
だが、跡部のその不機嫌さの原因を作っているのは宍戸。宍戸と喧嘩をしている時の跡部
は百獣の王が怒り狂っている時よりもある意味恐ろしい。これが迷惑をかけていないこと
になるであろうか。
「俺、もう帰るからな!」
「うん。じゃあね。」
「あんまりカリカリしすぎんなよ。」
「お疲れさん。」
普通に送り出す三人だが、宍戸が出て行くと大きな溜め息をつく。全くしょうがないなあ
と思いつつも、自分達には何も出来ないのだ。
「二人とも相当イラついてますね。」
「あ、長太郎。全く本当しょうがない奴らだよね。」
「でも、あそこまで思いっきり人前で喧嘩出来るってのもすごいですよねー。」
「鳳、それ感心するとこちゃうで・・・」
「明日の練習、大丈夫ですかね?」
「あー、そうだよな。喧嘩してる時の宍戸って、ミスばっかか、力任せにボールを打つも
んな。」
「俺ら気をつけなアカンやん。」
「確かに。この二人のペアと当たらないことを祈ろう。」
「ま、そんなこと気にしててもしょうがないし、もしかしたら明日になって仲直りしてる
って可能性もあるからね。もうそろそろ俺達も帰ろうぜ。」
「そうですね。」
明日以降のことを少々不安に思いながらも、四人はとにかく部室を出るのであった。
滝の期待もむなしく次の日も二人の間には険悪なムードが漂っていた。まあ、二日目じゃ
しょうがないかと思うも、さすがに三日、四日と経っていくとつらいものがある。しかし、
今回の喧嘩はいつもとどこか様子が違う。跡部がそれほどイラついていないのだ。
「何か、今回の喧嘩すごく微妙じゃない?」
「せやな。跡部があんまり人や物にあたっとらんもん。」
「ただ・・・」
『ただ?』
「宍戸さんの方はメチャクチャイラついてるみたいなんですけど・・・どうしましょう?」
宍戸とダブルスのペアを組んでいる鳳は、不機嫌モードが続いている宍戸をものすごく怖
がっていた。試合中フォルトなどしようものなら、怒鳴られるわ睨まれるわでもう気が気
じゃない。
「どういうことやろな?」
「さあ。」
そんなことを話していると突然机の上にあった携帯が鳴り出す。それはそこで話している
三人のものではなく、今ここにはいない跡部の携帯であった。
「跡部の携帯鳴っとるで。」
「代わりに取っちゃおうか?」
「開いて知ってる人だったらいいんじゃないっスか?」
知っている人からの電話であれば、開いた時に名前が表示されているはずだ。試しに見て
見ようと携帯を開くと、そこには『宍戸亮』と表示されている。それなら取っても大丈夫
だろうと思い、通話ボタンを押そうとした瞬間電話は切れた。
「あーあ、切れちゃった。」
「宍戸さん、跡部さんに謝りたいんじゃないんですか?」
「せやなあ。そう思ってないなら喧嘩中の相手に電話なんてせぇへんもん。」
「・・・・ねぇ、ちょっとこれ見て。」
跡部の携帯を適当にいじっていた滝はすごいものを見てしまう。携帯の画面には着歴が表
示されていた。それを見て、忍足と鳳も目を疑う。
「うわあ・・・」
「これありえんくない?」
「だよねー。着歴の部分、全部宍戸の名前でうまってる。」
そう跡部の携帯の着歴は全て宍戸の名前でうまっていたのだ。それも日付はここ二、三日。
これだけうまっているということは、宍戸は一日に何回跡部に電話をしていることになる
のであろうか。
「跡部、きっと出ないんだろうね。」
「ああ。でも宍戸・・・ここまでくるとストーカーやで?」
「そういえば、練習の時も暇さえあればずーっと跡部さんのこと見てますよ。」
「うわあ、本当に?」
「何やってんだテメェら。」
『っ!!』
突然後ろから声をかけられ、三人はビクっとして恐る恐る後ろを振り向く。そこには跡部
が仁王立ち姿で立っていた。
「あ、跡部・・・・」
「人の携帯を勝手に見て。テメェらプライバシーの侵害で訴えられたいのか?あーん?」
「こ、これはアレやねん!!跡部の携帯が鳴っとったから知ってる奴だったら代わりに取
ってやろうかなぁなんて・・・」
「宍戸だろ?」
「そうだけど・・・跡部、何で宍戸からの電話取ってあげないの?」
「あいつもよくやるよなあ。俺がわざと取らないの知ってて何度も何度もかけてくるんだ
ぜ?」
『わざと取らない?』
跡部の言っていることが理解出来ないと三人は声をそろえて聞き返す。跡部は滝の手から
携帯を取り上げるとその画面を見て、満足そうな表情で笑う。
「喧嘩中にも関わらず、あいつはこんなに俺様と話そうとしてるんだぜ。たぶん仲直りし
たいんだろうな。でも、これかなりすごくねぇか?着信履歴が全部宍戸の名前でうまって
るんだぜ。こんなこと普段なら絶対にありえねぇ。こうなるのが面白くなって、わざと取
らないようにしてるんだけどよ、宍戸は諦めずに何度も何度もかけてくるんだよ。こんな
に楽しいことが他にあるか?」
楽しそうに話す跡部だが、他のメンバーは呆れたような顔をして宍戸に同情する。
「不憫やなぁ宍戸。」
「ホーント、宍戸可哀想。」
「宍戸さんのストーカー行為は、跡部さんの仕組んでることだったんですね。」
「ストーカーは相手が嫌がってねぇと成立しねぇのは知ってるだろ?宍戸がしてることは
ストーカー行為じゃねぇよ。」
「まあ、確かにな。でも、跡部、怒ってないんやったらちゃんと宍戸と仲直りした方がえ
えで。このままだと、ホンマに宍戸、跡部から離れてまうで。」
「心配すんな。それはありえねぇよ。そろそろ許してやるか。」
そう言うと跡部はメモリから宍戸の名前を選び、通話ボタンを押して電話を耳にあてる。
二回ほどの呼び出し音で、宍戸は電話を取った。
「もしもし、宍戸か?そんなに怒ってんじゃねぇよ。この前のこと俺から謝りたいんだが、
今日の放課後暇か?ああ、分かった。じゃあ、放課後な。」
いつもとは違う恐ろしく優しい口調で喋る跡部に三人は唖然。ここまで態度を変えられる
のもある意味尊敬に値する。
「宍戸、ちゃんと電話に出たぜ。」
「当たり前やんそんなの。あんだけ電話かけてきとるんやから。」
「仲直りするんですか?」
「そろそろ、俺も口寂しくなってきてるからな。あいつも同じだろ。」
「跡部って、ホーント俺様だよね。宍戸もよくこんな奴とつき合ってるよ。」
「俺なら絶対無理やな。」
あまりにも自分勝手に振舞う跡部を見て、滝と忍足はそんなことを言う。その言葉にピク
っと眉をつり上げるが、怒るのも面倒なのでそんなことは無視だと、跡部は携帯を持ち、
部室を出て行った。
一方、宍戸は残りのメンバーと一緒にベンチで話している。何度かけても電話に出ない跡
部に先程までイラついていたが、さっきの電話で一気に機嫌がよくなっていた。
「電話、跡部から?」
「・・・・おう。」
「何だって?」
「謝りたいから・・・放課後、コートに残ってろだってさ。」
「へぇ、宍戸やるじゃん!!あの跡部に謝らせるなんて。」
「そんなことねぇよ。」
跡部が謝るという話を聞き、岳人はすごいすごいとはしゃぐ。宍戸もまさか跡部からそん
なこと言ってきてくれるとは思っていなかったので、心の中ではかなり喜んでいる。
「でもさ、よくあんなストーカー的なことしてて跡部怒らなかったよねー。」
「へっ?」
ジローの言葉に宍戸は首を傾げる。ストーカー的なこととは何ぞや。
「あー、それは俺も思った。宍戸、携帯の発信履歴見てみそ。」
「発信履歴?」
持っていた携帯をちょっといじって、自分の発信履歴を確かめてみる。そこには跡部の名
前がずらーっと並んでいた。それを見て、宍戸の顔は固まる。
「これ、全部俺がかけたんだよな?」
「当たり前じゃん。他に誰がお前の携帯使って跡部になんか電話かけるんだよ?」
「これは・・・ヤベェだろ。」
何度かけたなんか意識していなかったので、全く気がつかなかった。あらためて確認する
と確かにこれはストーカーまがいの電話のかけ方だ。そんなことに気がつき、宍戸は顔を
覆ってうつむいてしまう。
「どうしよう・・・」
「でも、跡部謝るって言ってんだろ?だったら、別に気にすることないんじゃねぇ?」
「そうだよ。もしかして、この熱烈なアタックが跡部の心に響いたのかも。」
「ウルセー。」
熱烈なアタックなどと言われ、宍戸はさらにへこむ。さっきまでの嬉しさはどこへやら。
イライラな感情はなくなったが、今度はひどい羞恥心が宍戸を襲う。とにかく放課後には
跡部と話さなければならない。それまでに精神が持つだろうかと宍戸は携帯を見つめて、
跡部のことを考えるのであった。
そして、放課後。宍戸は広いコートのど真ん中に一人立っている。跡部の姿はまだない。
他のメンバーはどう仲直りするか気になると宍戸に気づかれないように、隠れながらその
様子を見守っていた。
「宍戸。」
しばらくすると、制服に身を包んだ跡部がやってくる。久々にちゃんと話せると心を躍ら
せながらも、さっき気づいてしまったあのことからすぐには言葉が出てこない。それをさ
らに、後押しするかのように跡部は自分の携帯を宍戸に見せつけた。
「随分、俺と話したかったみたいだな。俺の携帯の着信履歴、全部お前の名前でうまって
るぜ?」
それは分かっていると、宍戸は心の中で答えていた。しかし、表面上はただうつむき、黙
っていることしか出来ない。理由のない異常なほどの緊張感が宍戸の体を包む。しっかり
と握られた手には汗がじわりとにじんでいた。
「これじゃあ、ストーカーだぜ?俺が本当に嫌がってたらどうする気だったんだ?」
さっきジロー達に言われたことを跡部に繰り返される。それも悪いと思ってるし、この前
のことだって謝りたかった。しかし、やはり言葉は出てこない。
「お前は俺様と仲直りしたいのか?」
謝ると言って呼び出したくせに、なかなかその言葉が出てこない。そんな跡部の言葉にイ
ライラし始め、宍戸は思わずキレてしまった。
「さっきから聞いてりゃ何なんだよテメェは!?謝るために呼び出したんじゃねぇのか?
そりゃ俺だって少しは悪いと思ってたけどさ、電話に関してだってテメェが出ないのがい
けねぇんだろ!?俺の所為ばっかにすんな!!跡部と話したいって思って何が悪ぃんだよ
!!好きなんだからしょうがねぇだろ!!謝ろうと思ってんのに会ってもメールも無視だ
し、あんなに電話かけてたなんて俺だって気づかなかったんだよ!!とにかくお前と話し
たくて・・・だから・・・・」
もう自分でも何を言っているのか分からなくなり、感情も追いつかなくなって、宍戸は言
葉に詰まり泣き出してしまう。まさか泣かれるとは思わなかったので、さすがに跡部も焦
った。宍戸自身も泣きたくないのに勝手に出てくる涙をどうすることも出来ずにただ嗚咽
を漏らすばかり。何とも言えない雰囲気が広いコートに広がった。
「悪かった、宍戸。この前のことも今言ったこともちゃんと謝る。」
「うっ・・・ひっく・・・」
「電話のことだって、嫌だなんて全く思ってなかった。むしろ、ちゃんと愛されてるって
タカをくくってわざと取らないようにしてたんだ。お前からの電話が嬉しくないわけねぇ
だろ?」
「う〜・・・」
跡部は宍戸の体をぎゅっと抱きしめてやった。宍戸はもうまともな言葉を発することが出
来ないので、肩に顔を埋め、抱きしめ返すことで何とか感情を伝えようとする。あやすよ
うに頭をポンポンと叩いてやるとさすがに宍戸は講義する。
「子供扱い・・・すんなっ!」
「じゃあ、泣いてんじゃねぇよ。」
「ウルセー、テメェの所為だ。」
「はいはい。悪かったって言ってるだろ?ほら、顔上げろ。」
言われるまま涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげると、跡部は宍戸のまぶたにキスを落と
す。そんな行動にドキッとさせられ、宍戸の涙は思わず止まってしまった。
「お詫び、ちゃんと家に行ったらしてやるよ。それでいいだろ?」
「本当は許せねぇけど、今回はそれで我慢してやるよ。」
「素直じゃねぇなあ。」
「るせー、さっさと連れてけ!!」
最後まで喧嘩口調であるが、しっかりと仲直りは出来たようだ。それを見守っていた他の
面々はあまりの甘さに呆れてしまい、途中で目があてられなくなってしまった。何はとも
あれ、今回の喧嘩騒動もなんとか収まった。喧嘩するほど仲がいい。この二人は喧嘩でさ
えもお互いを想い合う絶好の場にしてしまうのだった。
END.