ガラッ
子の刻も近い夜更け、長次の部屋の障子が突然開いた。黙ってそちらの方へ目をやると、
仙蔵が寝巻き姿で立っていた。
「仙蔵・・・?」
何も言わず仙蔵は長次の居るところまで歩いて行く。そして、そのまま腰を下ろし、長次
の背中にもたれかかった。
「どうした?」
「別に。今日は小平太が実習で外出していると聞いてな。」
「そうか。」
仙蔵の重みを背中に感じながら、長次は読んでいた本に目を落とす。いつものことである
が折角部屋に二人きりなのだ。仙蔵は長次に構って欲しいと思っていた。
「その本はそんなに面白いか?」
「ああ。」
「どんな本なんだ?」
「明国の作り物語だそうだ。」
「ふーん。作り物語か。」
「興味あるなら、読み終わったら貸すぞ。」
「そうだな。考えておく。」
そんな会話を交わすと、またすぐに沈黙が辺りを包む。パラっと本のページをめくる音だ
けが響き、仙蔵はちらっと長次の顔を見た。
「長次。」
「何だ?」
「暇なのだが・・・」
「それなら、この本など面白いぞ。俺のおすすめだ。」
本を薦められ、それを手に取る仙蔵だが、そんなことをして欲しいとは毛頭思っていなか
った。ムスっとした顔でうつむき、手渡された本を床に置く。
「気に入らないか?」
「別に・・・気に入らないわけじゃない。」
「なら、何故・・・」
困ったような顔でそう問う長次に仙蔵は黙って抱きついた。いきなり抱きつかれ、長次の
心臓は大きく跳ねる。
「せ、仙蔵っ?」
「そんなにその本が面白いなら、ずっと読んでればいい。」
「どうした?」
「どうもしない。」
「言いたいことがあるなら、ちゃんと言え。」
どうして分からないのだと、仙蔵は膨れっ面で長次の顔を見ながら黙っている。当然こん
な状態で、本の続きなど読めるはずがなかった。仙蔵の機嫌を直そうと、長次は優しく仙
蔵の絹のような髪に口づけ、ゆっくりと頬に手を添える。そして、ハッキリとした口調で
仙蔵の一番言って欲しかったことを口にした。
「悪かった。今からちゃんと構ってやるから。」
「べ、別に構って欲しいなど思っていないっ!!」
しかし、図星を指されると恥ずかしいもので、仙蔵はぷいっと長次から顔を背けながら、
キツめの口調でそう返す。真っ赤になっている仙蔵を可愛らしいと思いながら、長次はぎ
ゅっとその線の細い体を抱きしめた。
「ちょ、長次っ!!」
「この本も面白いが、お前のそのコロコロ変わる表情の方が何倍も面白いぞ。」
「〜〜〜〜っ!!」
ニヤリと笑ってそう言う長次の言葉に、仙蔵はかあっと顔を赤く染める。これ以上顔を見
られるのが恥ずかしくて、仙蔵はぼすっと長次の肩に顔を埋めた。
「もう長次なんて知らん!!」
「仙蔵は、言葉は素直じゃないのに行動は素直で分かりやすい。この後どうしたいんだ?」
「知るか!!お前の好きにすればいいだろ!!」
「それじゃ、好きにさせてもらうぞ。」
やっぱり仙蔵は面白いくらいに素直だと、長次は込み上げてくる笑いを抑える。こんなに
可愛い仙蔵をどうしてくれようかと考えながら、長次はぎゅっと自分にしがみついてくる
仙蔵をその腕に捉え、あらぬことを頭の中で巡らせるのであった。