こへ滝 テーマ:騙す

「滝夜叉丸ー。」
授業が終わった後、滝夜叉丸がいつものように戦輪の練習をしていると、小平太が少し遠
くから声をかけてきた。声のする方を振り向きながら、戻ってきた戦輪を人差し指で受け
止めると、滝夜叉丸はその声に答える。
「何ですか?七松先輩。」
「ちょっと話したいことがあるんだが、今時間取れるか?」
「はい、大丈夫ですけど・・・。委員会のことですか?」
小平太が自分に声をかけるのは、大抵委員会関係のことなので、滝夜叉丸はそう尋ねる。
しかし、小平太はいつもの明るい表情とは全く違う真剣な表情で、静かに首を振った。
「いや、委員会の話じゃない。・・・・もっと、大事な話だ。」
「大事な・・・話・・・?」
真剣な顔で大事な話と言われれば、何か大変なことが起こったのではないかと思ってしま
う。当然滝夜叉丸もそう考え、いつもは感じない緊張感を感じた。
「ここじゃ少し話しにくいから、少し場所を変えてもいいか?」
「は、はい・・・」
普段とは全く違う雰囲気の小平太に滝夜叉丸は何だか不安になる。小平太の様子を見る限
りでは、大事な話というのが、良い話であるとは思えない。黙って小平太の後について行
くと、体育委員の管轄の用具がしまってある倉庫に到着した。今日は委員会がないので、
自分達の他には周りに誰もいなかった。
「ここなら大丈夫だな。」
「あ、あの・・・七松先輩、大事な話って・・・」
「ああ、そうだな。」
そう返事をするものの、小平太はなかなかその話をしようとしない。そんなに言いにくい
ことなのかと、滝夜叉丸の不安はだんだんと高まってゆく。そして、長い沈黙があった後、
やっと小平太が口を開き始めた。
「実はな・・・・」
「は、はい・・・」
「かなり危険な忍務の実習が入って、場合によってはもうココには帰って来れないような
状況になった。だから、お前にだけでもさよならを言っておこうと思って・・・・」
「っ!!」
その話を聞いて、滝夜叉丸の心臓は止まりそうになる。確かに六年生にもなれば、そのよ
うな忍務を受けることは珍しくない。それが分かっているが故に、滝夜叉丸は小平太のそ
の話にどんな言葉を返すことも出来なかった。
「滝夜叉丸だったら、笑って私を送ってくれるよな?」
「・・・・・・。」
小平太がこの学園に帰って来なくなるなんて、そんなこと絶対に嫌だと思っていたが、そ
う言われてしまっては、余計に何も言えなくなってしまう。滝夜叉丸はぐっと唇を噛みし
めながら、込み上げてくる涙を必死で堪えていた。
「それじゃ、滝夜叉丸。私のこと忘れないでくれよな。」
そう言って、いつものように笑いながら、小平太はその場から去ろうとする。その瞬間、
滝夜叉丸の中で何かが切れた。がしっと小平太の腕を掴み、うつむきながら、小さな声で
言葉を紡ぐ。
「・・・ゃ・・・です。」
「えっ?」
「嫌です。七松先輩がこの学園から居なくなっちゃうなんて・・・そんなの嫌ですよぉ。」
顔を上げた滝夜叉丸の顔は、堪え切れなくなった涙でぐしゃぐしゃになっていた。それを
見て、小平太はふっと笑う。
「仕方ないだろ?滝夜叉丸。」
「ダメです!!行っちゃ嫌ですっ!!七松先輩が居なくなったら、私は・・・ひっく・・
う・・・・うわあぁぁんっ!!」
まさかここまで大泣きされるとは予想していなかったので、小平太は若干慌ててしまう。
自分が今居なくなるとしたら、滝夜叉丸はどんな反応をするのだろうと思い、先程話した
ような作り話をしたのだが、ここまで泣かれるのは計算外であった。
「わわわ、すまんっ!!滝夜叉丸!!今のは嘘だ。全部私の作り話!!そんな危険な忍務、
いくら六年生と言えども学園側が課さないって!!」
「へっ・・・?」
「お前優秀だから、そこまで信じるとは思わなくて。だから、どんな反応するのかなあと
思って、ちょっと騙してみただけだ。」
「本当ですか・・・?」
「本当、本当。まさかそんなに大泣きするとは思わなかった。悪いことしたな。」
「よ、よかった・・・ふ・・ふえぇぇんっ・・・!!」
先程の話が嘘だと聞いて、安心した滝夜叉丸は再び大泣きする。予想外の滝夜叉丸の反応
に小平太は再び焦ってしまう。よしよしと子供をあやすようになだめながら、小平太は思
った以上に自分が滝夜叉丸に想われていることに嬉しさを覚える。
(ここまで愛されてるとは思わなかったなあ。かなり嬉しいかも・・・)
「・・・・七松先輩っ。」
「おう、何だ?」
「今度こんな嘘ついたら、承知しませんからね・・・」
「はーい。もう絶対しません。」
涙声でそんなことを言ってくる滝夜叉丸を心底可愛いと思いながら、小平太は笑顔でそう
答える。滝夜叉丸をここまで泣かせてしまったことをほんの少し後悔しつつ、十分すぎる
ほど想われていることが分かったので、小平太はこんなドッキリもたまには悪くないなあ
と思うのであった。

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