文伊 テーマ:悲しむ

白銀の月が明るく輝く夜、長屋の廊下に座りながら、文次郎と伊作は、真ん丸に輝く月を
二人で眺めていた。
「綺麗だねー、文次郎。」
「そうだな。たまには夜間訓練を休んで、こんなふうに月見をするのも悪くない。」
「ぼく、お日様よりお月様の方が好きだな。優しい感じがしてさ。」
「確かにお前は、太陽っていうより月の方が似合うな。」
「そう?文次郎は、月より太陽だよね。いつもギンギンしてるし。」
くすくすと笑いながら、伊作はそんなことを言う。ギンギンしてるから、太陽が似合うな
ど、何て単純な言い分なんだと思いつつ、文次郎は苦笑した。
「ギンギンしてるから、太陽ってお前・・・」
「単純だって?確かにそうかもしれないけど、そう思うんだから、しょうがないじゃん。」
「ま、確かに月っぽいって言われるよりは、自分でもあってると思うけどな。」
「だろー?」
文次郎がそのことを認めるようなことを言うのを聞いて、伊作はにこっと笑う。そんな伊
作につられて、ふっと微笑みながら、月に視線を移そうとすると、文次郎の目に月とは違
う光の玉が飛び込んできた。黄色く光るその小さな玉は、ふらふらと宙を舞い、くるくる
と回りながら地面に落ちた。
「今の・・・」
文次郎がそう言いかけると、伊作が口を挟む。
「蛍だね。」
「だよな。光が消えて下に落ちちまったってことは、死んだのか?」
「そうだね。蛍の寿命は短いから・・・」
切なげな表情で、伊作は呟く。あまりにも儚い命を目の当たりにし、二人は何となくしん
みりした気分になった。
「どうして命って、こんなに儚いんだろうね。」
「儚いから、生きる意味があるんじゃねぇか?死なないなら、何かに夢中になって、突っ
走るなんてしねぇだろ。」
「まあ、確かにそうだけどさ、やっぱりちょっと悲しいじゃない。」
ゆっくりと地に落ちた蛍に近づき、伊作はそう口にする。そんな伊作の後を追い、文次郎
も蛍の落ちた場所まで、やってきた。そして、しゃがみこみ、先程まで明るい光を放って
いたその屍に触れる伊作の頭を、文次郎はそっと撫でる。
「確かに悲しいだろ。それが自分の想っている相手だったら尚更だ。」
「・・・うん。」
「けどな、俺は、一番悲しいことは一番大切な奴を亡くすことだけど、その悲しみを乗り
越えさせるのも、そいつの存在だと思う。」
珍しく真面目な顔でそんなことを話す文次郎に、伊作は目を奪われる。もっとそのことに
ついての話を聞きたくて、伊作はその理由を尋ねた。
「どうして?」
「例えばの話だけどよ、もしお前が先に死んで、俺がその所為で、ずっと悲しみ続けてた
らどう思う?」
「それはぼくも悲しくなっちゃうな。ぼくの所為で文次郎がずっと悲しいまんまなんて嫌
だもん。」
「だろ?俺だって同じだ。伊作には出来るだけ悲しんで欲しくないし、出来ればいつでも
笑ってて欲しい。誰だって、そう思うと思うんだよな。」
そこまでの話を聞いて、伊作は文次郎の言わんとしていることが理解出来た。
「大切な人が死んですごく悲しくても、そのことを悲しみ続けたら、その大切な人が悲し
むから、そうさせないためにも悲しみを乗り越えられるってことだよね?」
「まとめて言うとそう言うことになるな。」
「確かにそうかもしれないなあ・・・うん、ぼくもそう思うよ。」
文次郎の言っていることがもっともなので、伊作はうんうんと頷く。
「でも、文次郎がそういうこと考えてるなんて、ちょっと意外かも。」
「わ、悪かったな、意外で。」
全てを話してから、少し恥ずかしくなり、文次郎は照れたようにそう言い放つ。そんな文
次郎の手をぎゅっと握りながら、伊作は満面の笑みを浮かべて見せた。
「だったら、ぼくが死んでも、文次郎がぼくの笑顔をたくさん思い出せるように、文次郎
と居る時はたくさん笑うことにするよ。」
あまりにも純粋な笑顔を浮かべて、そんなことを言う伊作に、文次郎はきゅんとしながら
も、何だか切なくなってしまう。そんな気持ちを誤魔化すかのように、文次郎は伊作の体
を強く抱きしめた。
「も、文次郎・・・?」
「少しだけ・・・こうしててもいいか?」
「うん・・・」
ぎゅっと文次郎のことを抱きしめ返すと、伊作は幸せそうに笑って文次郎の肩に顔を埋め
た。

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