「裕次郎ー。どこにいるばー?」
現在、一時間目の中頃の時間であるが、平古場は学校のすぐ近くにある林にいた。今日も
甲斐はどこかに寄り道してまだ学校に来ていなかった。たまたま一時間目の授業が自習に
なったので、風紀委員である平古場は甲斐を探しに来たというわけだ。
「ここにはいないのかなー。全く裕次郎の奴〜。」
この辺りにいないとなると、それ以上遠くまでは探しには行けない。近くにいることを信
じて、平古場は甲斐の名を呼んだ。
「裕次郎ぉ、いたら返事しろよー。」
と、ポケットの中の携帯が震える。ブルブルと震える携帯を開くと、平古場は電話に出た。
「もしもし?」
『おー、凛?今、授業中なのに何してるば?』
「今日の一時間目は自習になったから、裕次郎のこと探しに来たんばぁよ。てか、裕次郎
どこにいるか?」
『さあ、どこだろうな。当ててみ?』
「分かるわけないだろぉ。さっさと学校来いよな!」
『分からないかあ。分からなかった凛には、罰ゲームを受けてもらうさー。』
「は?」
次の瞬間、平古場の視界は真っ暗になる。突然何も見えなくなったことに、平古場はひど
く焦る。
「おはよー、凛。」
「なっ!?裕次郎!?何するかよ?」
「こんなに近くにいるのに凛、全然気づいてくれないからよー。」
「ちょっ・・・いきなり目隠しするとか、意味分かんねーし。外せよ!!」
「これからの凛の態度次第さー。」
平古場が自分を探していることを近くにいて知っていた甲斐は、後ろから目隠しをすると
いう悪戯をしかける。がっつり目隠しをされ、後ろ手に手を掴まれている平古場は、甲斐
に抵抗することが出来なかった。
「うわっ!!」
甲斐の動きが予測出来ず、平古場は声を上げる。平古場の手を掴むのをやめ、甲斐はぐる
りと平古場の体を反転させた。そして、力強くその体を抱きしめる。
「な、何かよ?裕次郎。」
「んー、せっかくだから、凛が俺のことしか考えられないようにしようと思って。」
そう言って、甲斐は視界の奪われている平古場の唇に自分の唇を重ねる。反射的に開く平
古場の唇の隙間から舌を入れ、戸惑う舌を捉える。
「んむっ・・・んん・・・」
しばらく平古場の舌を食むと、甲斐は唇を離し、さらに強く抱きしめ耳元で囁く。
「何にも見えない状態だから、声とか匂いとか味とか、いつもよりハッキリ感じるだろ?
凛の聴覚も嗅覚も味覚も触覚も、全部俺しか感じないはずだぜ。」
確かに視覚が奪われた状態では、他の五感がより優位に働く。強く抱きしめられることで、
触覚は甲斐の熱と力の強さを感じ、肩に顔を埋めているような状態なので、嗅覚は甲斐の
匂いを感じていた。耳元で囁かれているため、今平古場の耳に聞こえるのは甲斐の声だけ
であり、先程のキスで、口の中は甲斐の味が残っている。しかし、平古場はそのことを素
直に認めなかった。
「そ、そんなこと・・・ないし。」
「じゅんになあ?けど、凛の心臓でーじどんどんしてるぜ。」
「そんなの気のせいさー。暑いから離せよー。」
「凛が俺のことしか考えられなくなって、俺のこと好きって言ってくれないと離さない。」
「そんなことする裕次郎は嫌い。」
「ゆくし言うなし。じゅんにそう思うんだったら、俺のこと突き飛ばせばいいだろ。」
「目隠しされた状態で、そう大きな動きが出来るわけないだろー。」
思っていることとは、逆のことを平古場は口にする。沖縄武術をたしなんでいる平古場に
とっては、目隠しされたままでも甲斐を突き飛ばすことなど造作もなかった。
「じゃあ、このまま離さなくていいんだな。」
「・・・・だから、ゆくしむにーわけだし。」
「えっ?」
ふと呟いた平古場の言葉の意味を、甲斐はすぐには理解出来なかった。しかし、少し考え
た後で、平古場の言わんとしていることを理解する。自分の言葉の返答に、『だから、嘘
を言っているわけだし』という言葉。素直に甲斐の言葉に答え、甲斐のことしか考えられ
ない、甲斐のことが好きだというようなニュアンスの言葉を口にした瞬間、甲斐は抱きし
めるのをやめると言った。そうして欲しくないというのが、平古場の思いだった。そのこ
とに気づいて、甲斐は弾けるように胸がときめく。
「全く凛には敵わないさー。」
しゅるりと目隠しを外し、あらわになった瞳にちゅっとキスをする。思ったよりすぐ近く
に甲斐の顔があったので、平古場の顔は一気に赤く染まる。
「凛の感じる世界を俺だけにしてやろうと思ってしたのに、俺の方が頭も胸も凛のことで
いっぱいになっちゃったさー。」
「・・・あんなことされて、なってないわけないやし。」
「えっ?何?」
「べ、別に何でもないさー。」
恥ずかしそうに目をそらしながら、そう口にする平古場に甲斐はきゅんきゅんしてしまう。
せっかくなので、率直な言葉を聞きたいと、甲斐はもう一度頼んでみる。
「凛、言っても離してやらないから、俺のこと好きって言って。」
理不尽にも聞こえる甲斐の言葉に、平古場はうつむきつつ、上目遣いで甲斐の顔を見上げ
ながら、沖縄の方言でその言葉を口にする。
「俺、裕次郎のこと、でーじかなさんどー。」
標準語では、『裕次郎のこと、大好きだ』という意味の言葉に、甲斐は体の底から嬉しさ
が沸き上がるのを抑えられない。溢れる笑顔を平古場に見せ、同じような言葉を甲斐も口
にした。
「俺も凛のことでーじかなさん!!」
ここまでハッキリ言葉にされるのは恥ずかしいが、やはり嬉しい。甲斐につられるように
笑顔になり、平古場も甲斐の背中に腕を回し、ぎゅっとワイシャツを掴んだ。林の向こう
では、一時間目の終わりを告げるチャイムが鳴っているが、すっかり二人の世界に入って
いる甲斐の平古場の耳には、全く届いていなかった。