お題:放課後の教室で/願い事、ひとつ/
恥ずかしい、でも好き(小平太×滝夜叉丸)

授業が終わってしばらく経った頃、もう誰もいなくなっている放課後の教室で、滝夜叉丸
はぽ〜っとしながら鏡を眺めていた。
「はぁ〜、私はなんて美しいんだろう。」
本日の最後の授業は女装の授業であった。髪を下ろし、化粧をして、女物の着物を着てい
る。鏡に映るいつもとは少し違った自分の顔を滝夜叉丸はうっとりと眺めて、早半刻。ク
ラスメートはいつも通りうぬぼれ満点の滝夜叉丸に呆れて、既に教室を後にしていた。
ダダダダダッ・・・パーン!!
廊下を駆ける音と教室の戸が激しく開く音が響く。さすがの滝夜叉丸も驚いて、戸の方に
顔を向けた。
「滝夜叉丸っ!!いるか!!」
「な、七松先輩!?」
「おー、女装の授業だったのか!」
「は、はい。まあ・・・」
まさか女装姿の滝夜叉丸が見られるとは思っていなかったので、小平太のテンションは一
気に上がる。つかつかと滝夜叉丸の前まで歩いていくと、小平太はいつも通りの笑顔で滝
夜叉丸に話しかける。
「やっぱ、滝夜叉丸は女装似合うなあ。」
「そ、そりゃまあ、学年一優秀で、容姿端麗な私ですから。」
「あはは、女の子の格好してても、言うことはいつも通りだな。」
滝夜叉丸のうぬぼれ全開のセリフにも小平太はニコニコした表情を崩さない。何だか調子
が狂うなあと思いつつ、滝夜叉丸は鏡や化粧品を片付けようとする。
「そうだ、滝夜叉丸。今日はその格好のまま委員会に来い!!」
「えっ・・・?」
「だって、今の滝夜叉丸超可愛いし、着替えちゃうのもったいないじゃん。」
「七松先輩がそこまで言うなら・・・」
あまり深く考えずに頷こうとした滝夜叉丸であったが、体育委員会で行ういつもの作業を
考える。ただでさえ、ハードな委員会の活動を動きづらいこの格好のまま行うのは、相当
大変だと気づき、滝夜叉丸はブンブンと首を横に振った。
「いや、やっぱりダメです!!」
「え〜、何でだよ〜?」
「こんな動きづらい格好で、いつも通りの活動は出来ませんから!!」
「そっかぁ。残念。」
本当に残念そうな顔をする小平太にほんの少しの罪悪感を感じる滝夜叉丸であったが、こ
れは仕方ないことだと自分を納得させる。片付けに戻ろうとすると、滝夜叉丸は小平太に
名前を呼ばれる。
「滝夜叉丸!!」
「はい、何ですか?」
滝夜叉丸がもう一度小平太の方を向くと、小平太は両手で滝夜叉丸の顔をがっと掴む。い
きなり顔を掴まれ、じっと見つめられ、滝夜叉丸は何が起こるか分からない状態にドキド
キしてきてしまう。
(い、一体どうするつもりなんだ?七松先輩は・・・)
「あー、やっぱ近くで見るともっと可愛い。」
「ち、近いです!!七松先輩!!」
予想以上に小平太が顔を近づけて眺めてくるので、滝夜叉丸はドギマギした様子でそう訴
える。しかし、小平太は顔を掴んでいる手を離そうともしなければ、顔を離そうともしな
かった。
「滝夜叉丸、ひとつお願いがあるんだが・・・」
「な、何です・・・っ!?」
滝夜叉丸が言葉を紡ぎ終える前に、小平太はその口を塞ぐ。いきなり接吻され、滝夜叉丸
の頭の中は若干パニック状態であった。しかも、なかなか離してもらえず、息苦しくなっ
て涙目になりかけたくらい経ってからやっと解放された。
「ぷはっ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
「接吻してもいいか?」
「順序が逆です!!何で接吻した後にそれを言うんですか!?」
まさかがっつり接吻された後にそう言われるとは思っていなかったので、滝夜叉丸は激し
くツッコミを入れる。そんな滝夜叉丸のツッコミに悪びれる様子もなく、小平太は笑って
いた。
「あははは、間違えた!!」
「絶対わざとですよね!?というか、もし、先に聞いてダメと言ってもしたでしょう?」
「おー、よく分かるな。」
呆れたように溜め息をつくと、滝夜叉丸は顔に添えられている小平太の手に触れ、その手
をゆっくりはがそうとする。
「着替えと片付けをした後、すぐ向かいますので、先に委員会に行っていてください。」
「えー、一緒に行かないのか?」
「三之助や四郎兵衛、金吾を待たせるわけにはいかないでしょう?」
「んー、それもそうだな!!じゃ、先に行ってるから滝夜叉丸も早く来いよ!!」
「はい。」
滝夜叉丸にそう言われ、小平太は滝夜叉丸の教室から走って出て行った、小平太を見送る
と、滝夜叉丸は化粧を落とそうと、鏡を再びのぞく。その顔は先程とは比べ物にならない
程赤く染まり、逆につけていた赤い紅はすっかり落ちてしまっていた。
「さすがにこの顔は、自分で見ても少し恥ずかしいな・・・。でも、あーいうことされて
全然嫌じゃないってことは、やっぱり七松先輩のこと好きなんだろうな。」
そう呟くと、何だか余計に恥ずかしくなってしまう。この程度のことで恥ずかしがるとは
自分らしくないと、滝夜叉丸は化粧を落とした後、ぺしぺしと両手で自分の頬を叩いた。

「あ、七松先輩〜。」
「遅かったですね。」
「いやー、ちょっと滝夜叉丸の教室に寄っていてな。」
「で、滝夜叉丸先輩は?」
「授業で使った道具の片付けがあるから、少し遅れてくるそうだ。」
低学年メンバーに遅れてきた理由を説明する小平太であったが、そんな小平太を見て、四
郎兵衛はあることに気づく。
「七松先輩、放課後になる前の授業は女装の授業だったんですか?」
「へっ?」
「あ、本当だ。口に紅が残ってますよ。」
四郎兵衛の言葉に、三之助も小平太の唇に紅がついていることに気づく。先程滝夜叉丸と
接吻した時についてしまったんだろうなあと思いつつ、それがちょっと嬉しくて小平太は
頬を緩ませる。
「まあ、そんな感じだ。よーし、滝夜叉丸が来るまで軽くランニングでもしとくか!!」
『え〜!!』
かなりご機嫌な小平太は、本当のことは言わずに委員会を始めようとする。テンションが
高いほど、委員会の活動内容がハードなものになるので、後輩メンバーは困惑する。とり
あえず滝夜叉丸が早く来ることを願いつつ、走り始めるのであった。

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