お題:いつまでも交わらない、ねじれの関係のように/
そのままの君でいて/
熱におかされて吐きだしたもの(竹谷×孫兵)

「失礼しまーす。」
日が沈んでしばらくした頃、竹谷は医務室へやってきた。どこかをケガした、気分が優れ
ないというわけではない。今ここに寝かされている後輩を見舞いにきたのだ。
「ああ、八左ヱ門。ちょうどよかった。ぼく、ちょっと急用が出来ちゃって、少しの間こ
こを離れなきゃいけないんだ。他の保健委員に頼もうと思ってたけど、君が孫兵のこと看
ててくれるかな?」
「もちろんです。孫兵の様子はどうですか?」
「ただの風邪なんだけど、少し熱が高いみたい。今は寝てるけど、汗がすごいから、起き
たら水と薬を飲ませてあげて。」
「分かりました。」
「それじゃあ、頼んだよ。」
「はい。」
そう言って、保健委員である伊作は医務室を後にする。伊作を見送ると、竹谷は孫兵の横
にすとんと座り、その顔を覗きこんだ。
「本当辛そうだなー。伊作先輩の言った通り、汗もすごいし。」
赤い顔で苦しそうにしている孫兵を見て、竹谷は胸を痛める。すぐ側に置いてあった手拭
いで、顔の汗を拭ってやると、孫兵はうなされるように手を伸ばし、寝言を口にする。
「ジュンコ・・・・きみこ・・・・きみ太郎・・・・」
自分のペットの名前を呼ぶ孫兵に、やっぱり孫兵は孫兵だなと苦笑しながら、竹谷を伸ば
された手をぎゅっと握る。
「大丈夫、ジュンコ達はちゃんと飼育小屋で孫兵が元気になるのを待ってるよ。」
そう言ってやると、孫兵は少し安心したような表情になる。が、次の瞬間、つーっと一筋
の涙が孫兵の頬をつたった。
「・・・竹谷・・・先輩・・・・・」
「ま、孫兵っ!?」
まさか泣かれながら、自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったので、竹谷は少し大き
な声で孫兵の名前を呼ぶ。その声に気づいて、孫兵は目を覚ました。
「あれ・・・?竹谷先輩・・・?」
「あ、悪い。起こしちまったか?」
「いえ、ちょっと嫌な夢見てたので、ちょうどよかったです。まあ、最後はそんなに悪い
夢って感じじゃなかったですけど。」
風邪の為少しかすれた声で、孫兵はそう話す。嫌な夢だったなら、聞くのはあまりよくな
いかと思ったがやはりどんな内容の夢だったのか気になり、竹谷は尋ねる。
「ど、どんな夢だったんだ。」
「んー、ジュンコやきみこや他のぼくのペット達が、ぼくを置いてどっかに行っちゃうん
です。行って欲しくなくて、必死で名前を呼んで追いかけようとするんですけど、体がす
ごく重くてその場から動けなくて・・・」
熱の所為で涙腺が弱くなっている孫兵は、そう話しながら、ボロボロと涙をこぼす。そん
な孫兵を見て竹谷は慌てた様子で謝る。
「わああ、ご、ゴメンな!!そりゃそんな夢見たら、泣くほど辛いよな!!」
「いえ、大丈夫です。なんか熱の所為で、大したことじゃないのに涙が出ちゃうんですよ
ね。それで、さっきの夢には続きがあって・・・」
「お、おう。」
「どこかに行ってしまったはずのジュンコ達をみんな連れて、竹谷先輩がぼくのところへ
やって来たんです。それで、いつもみたいに笑いながら、『大丈夫、みんなちゃんと見つ
かったぞ!』って言ってくれて。それがすごく嬉しくて、ぼく夢の中でわんわん泣いちゃ
いました。」
少し照れたような顔で、孫兵は笑いながらそう話す。それが、あの涙の理由と自分の名前
を呼ばれた理由だったのかと竹谷は納得する。
「そ、そっか。」
「それで目を覚ましたら、本当に竹谷先輩が目の前にいて、ちょっとビックリしました。」
「ああ、ちょうど孫兵の様子見に来ててな。あ、汗たくさんかいてるから、水飲まないと。
あと、薬も!!」
「はい。」
枕元に置いてあった水と薬を竹谷から受け取ると、孫兵はそれをどちらも飲み干す。そし
て、ふぅっと小さな溜め息をついた。
「よし、水と薬も飲んだし、もう一回寝るか?」
「あ、あの・・・竹谷先輩。」
「どうした?」
「い、今から言うことはたぶん熱の所為で、気持ちが落ちてるからかもしれないんで、あ
んまり深い意味に捉えないでください。」
「お、おう。」
何を言われるのだろうと、少し緊張しながら竹谷は孫兵の次の言葉を待つ。しばらくの間
を置き、孫兵は潤んだ瞳を竹谷に向けて、口を開いた。
「ぼくとジュンコ達は、お互いにすごく好き合ってるけど、人間と動物なので、好きの表
現の仕方がたぶん違うんです。気持ちは通じ合ってるけど、言葉でそういう気持ちを伝え
合ったりは出来ないですし。」
「ああ。」
「それは、いつまでも交わることのない、ねじれみたいなものだと思うんです。ねじれて
いることで、一つにはなれるんですけど、それが完全に交わることってないじゃないです
か。って、ぼく何言ってるんだろう。すいません、分かりにくくて・・・・」
「大丈夫。ちゃんと分かるから。」
必死に何かを伝えようとしている孫兵の言葉を竹谷はしっかりと聴いてやる。竹谷の言葉
に孫兵は再び言葉を紡ぎ始める。
「でも、竹谷先輩は違います。同じ人間ですし、同じ言葉で気持ちを伝え合ったり、分か
りやすい行動でそういう気持ちを表したり出来ると思います。」
「そういう気持ちってのは、その・・・好きとかそういう感じな意味で捉えていいのか?」
「はい。そ、それで、その・・・ぼくが言いたいのは・・・・」
どう表現すればいいのか一生懸命考え、孫兵は竹谷に思っていることを伝えようとする。
熱にうかされながらも、何かを伝えようとする孫兵に竹谷は次第にドキドキしてきていた。
「ぼくは、いっつも竹谷先輩に迷惑かけてばっかで、本当いつ嫌われちゃってもおかしく
ないんですけど、ぼくは竹谷先輩のこと・・・ジュンコ達と同じくらい大好きです!だか
ら・・・ダメなとこがあれば、ちゃんと直します!!だから、これからもずっとぼくと一
緒にみんなの世話したり、一緒に居て欲しいんです。今日は寂しいので、ずっと側につい
てて欲しいです。ぎゅってして、頭を撫でて・・・それから・・・・」
そう言う孫兵はかなり息が上がり、誰が見ても熱が上がってきているということが見てと
れた。熱の所為であるが、ここまでハッキリと想いを伝えられることは滅多にないので、
竹谷は相当な嬉しさを感じていた。が、このままでは孫兵は大変なことになってしまう。
竹谷はぎゅっと孫兵を抱きしめ、穏やかな口調で言葉をかけてやった。
「大丈夫だ。孫兵はそのままでいればいい。今のままの孫兵が俺は一番好きだし。後輩な
んだから、少しくらい迷惑かけられたって全然気にしないさ。今日はずっと一緒にいてや
るし、して欲しいことがあれば何でもしてやる。俺もずっと孫兵と一緒に居たいっていつ
も思ってるぞ。」
そのままポムポムと頭を撫でてやると、孫兵は完全に安心しきった様子で目を閉じる。そ
して、程なくして眠りに落ちた。眠った孫兵をちゃんと布団に寝かせてやると、竹谷はド
キドキと高鳴る胸の鼓動を抑えられないまま、孫兵の頭をもう一度撫でる。
「熱の所為とはいえ、今の告白は効いたなぁ。ドキドキしすぎて、こっちも熱が出そうだ
ぜ。」
今日はいろんな意味で眠れなさそうだと、竹谷は孫兵の側で長い長い夜を越すのであった。

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