暗い雲が空を覆う真夜中、鬼蜘蛛丸は雁番のため、船の上で見張りをしていた。厚い雲が
かかってはいるが、海はそれほど荒れていない。月も星も見えず、静かな波の音しか聞こ
えない船の上で、一人きり。何も問題はないことはいいことであるが、何も見えない海の
上はいつもよりひどく寂しい雰囲気が漂っていた。
「ふぅ・・・」
甲板から黒い海を眺め、鬼蜘蛛丸は小さく溜め息をつく。暗い海を見ても特に怖いなどと
は感じないが、ここまで静かであると人恋しくなってしまう。
「こういうときに、構いに来てくれればいいのになあ。」
思わずそう呟く鬼蜘蛛丸が頭の中に思い浮かべているのは、義丸だ。昼間は仕事中にも関
わらず、構って欲しいと、べたべたとくっついてきたりする。仕事の邪魔だと言って突き
離すが、それでも義丸はしつこいくらいに絡んできた。
(して欲しくないときには構いに来るくせに、こういう寂しいときに限って近くにいない
んだよな。もっと空気読めよな。)
そんなことを考え、また一つ大きな溜め息をつくと、ふと後ろに人の気配を感じる。暗闇
に乗じてやってきた敵かと、緊張した面持ちで振り返る鬼蜘蛛丸であったが、そこにいた
のは義丸であった。
「そんなに怖い顔で振り返るなよ。」
義丸の姿を見て、鬼蜘蛛丸はほっとしたような顔になり緊張をとく。
「今日の雁番は俺だけだぞ。」
「知ってる。」
「別に交代する必要もないし、何しに来たんだ?」
「何しにって、一人じゃ鬼蜘蛛丸が寂しいだろうなあと思って構いに来たんだよ。」
自分の心を読まれたのかと思えるような義丸の言葉に、鬼蜘蛛丸の胸はトクンと高鳴る。
しかし、そんな様子は全く見せずに、鬼蜘蛛丸は素っ気ない素振りで言葉を返した。
「雁番だって仕事だ。仕事してて、寂しいとかそんなこと考えるわけないだろ。」
「でも、さっきから大きな溜め息ばかりついてますよ。それに・・・」
「それに何だよ?」
「こういうときに構いに来てくれればいいのにって言ってたよな。それって、俺のことだ
ろ?」
「っ!!」
まさかあの独り言を聞かれているとは思わなかったので、鬼蜘蛛丸は激しく動揺する。動
揺する鬼蜘蛛丸を見て、義丸は笑いながら鬼蜘蛛丸に近づき、その身をぎゅっと抱きしめ
る。
「ちょっ・・・義丸っ!!」
「こんな暗い夜に一人で雁番なんて寂しいだろ?俺だってそう思う。」
「そ、そんなこと・・・思ってないし。」
「なら、どうしてあんなこと言ったんだ?」
「そ、それは・・・・」
全てを見透かしているような義丸の言葉に、鬼蜘蛛丸は言葉を詰まらせる。赤くなって何
も言えなくなっている鬼蜘蛛丸が可愛くて、義丸は抱きしめたままの状態で、ぽむぽむと
頭を撫でる。
「・・・子ども扱いすんなよ。」
「子ども扱いなんてしてないぞ。しいて言うなら、恋人にするみたいな感じか?」
恋人と言われ、鬼蜘蛛丸の顔はさらに赤くなる。辺りが真っ暗であるため、かなり分かり
づらいはずであるが、義丸にはハッキリと見えていた。
「顔真っ赤だぞ?今更そんなに恥ずかしがらなくてもいいだろ。」
「赤くなんてなってない!!」
「鬼蜘蛛丸がそう言うなら、そういうことにしといてやるよ。」
余裕の笑みを浮かべる義丸に悔しさを感じながらも、鬼蜘蛛丸の心臓はドキドキと高鳴る
ばかりだ。口や態度では義丸が来たことに対して、あまり良い反応をしていない鬼蜘蛛丸
であるが、内心は思っていたことが叶い、嬉しくてたまらないという状態であった。
「義丸・・・」
「ん?何だ?」
「・・・ばか。」
恥ずかしいやら嬉しいやら、いろんな想いをたったその一言に込め、鬼蜘蛛丸はボスっと
義丸の肩に顔を埋める。言葉としては、あまりよくない言葉であるが、その言葉に込めら
れた鬼蜘蛛丸の気持ちをしっかりと把握し、義丸は顔を緩ませる。
「鬼蜘蛛丸は本当素直だよなぁ。」
「はあ?今の言葉でどうしてそうなる?」
「だって、今のばかって言葉は、俺のことが好きって意味だろ?」
ある意味あっているので、鬼蜘蛛丸はそのことを否定せず、ふいっと義丸から視線を外す。
そして、ボソッと小さな声で呟いた。
「何で分かるんだよ・・・」
そんな鬼蜘蛛丸の言葉を義丸は聞き逃さなかった。
「ほら、やっぱりそうじゃないか。ま、鬼蜘蛛丸がどんなに悪態ついてようが、本当の気
持ちは分かっちゃうから、何言われてもそんなふうにとらえるけどな。」
「勝手にそうしとけよ、もう・・・」
「ああ。そうさせてもらうよ。」
何を言っても好きだということを表しているととらえると言われ、鬼蜘蛛丸は呆れたよう
な口調でそう返す。義丸のしてくること、言ってくることは、いつも胸をドキドキさせ、
恥ずかしいという気持ちでいっぱいになるが、それと同時にやっぱり義丸のことが好きだ
なあと思いにさせられる。そんな気持ちを誤魔化すことは出来ないので、言葉では逆のこ
とを言っていても、どうしても顔や態度に出てしまう。それで伝わるならば、それでいい
かという気分になり、鬼蜘蛛丸はぎゅうっと義丸に抱きついてみるのであった。