遠い未来のほうき星

学校からの帰り道、まだ帰るには早いと思い、財前は少し寄り道をして公園でSNSを見
ていた。そこで少し気になる投稿を見つける。
『この曲、超エモい!好きな人と一緒に聴くと泣ける。オススメ!』
「へぇ、どんな曲か気になるな。」
そこには曲へのリンクがあった。アルバムの中の一曲らしいが、その曲だけを購入するこ
とも可能だったので、試しに財前はその曲をダウンロードしてみる。
「『2061年の大彗星』?彗星の歌なのに何で泣けるんやろ?」
そもそもそのタイトルが意味するものが分からず、財前は『2061年 彗星』と調べて
みる。
「ハレー彗星、なんや聞いたことある気がするな。ハレー彗星が次見えるんが、2061
年なのか。へぇ、しかも見れるのは7月の下旬か。誕生日をちょっと過ぎたくらいっちゅ
ーことやな。」
随分先の話だなあと思いながら、財前はスマホにヘッドホンを繋げ、ダウンロードした曲
を再生する。少し切なさを感じるような穏やかな前奏の後、男性ボーカルの優しい歌声が
流れる。
『いつか戦争が全部終わって ユーフラテスの岸辺に立てたら 五千年前と同じ星空を 
見上げて星座をたどるといい・・・』
ユーフラテスがどこにあるかパッとイメージ出来ず、財前はスマホで検索する。
「トルコメインで、シリア、イラクを流れる川なんやな。確かに紛争とか多い地域のイメ
ージや。」
現状の治安では、夜空を見上げて感慨にふける余裕はなさそうだと、その歌詞の意味を理
解する。そのまま流していると、またしてもどこなのかイメージ出来ない場所の名前が出
てくる。
『新婚旅行はマリネリス オリンポス山にも登って 小さく青く光る地球を 指さして眺
めるのだろう・・・』
「全然分からん地名やな。せやけど、オリンポスって確かギリシャ神話とかに出てきてた
気ぃするし、ギリシャとかそのへんなんかな?」
曲は一時停止して、その地名を調べてみる。出てきたのは思ってもみない場所であった。
「へぇ、火星にある峡谷とか山の名前なんか。新婚旅行が火星って、2061年ヤバイな。」
それだけ未来であればそういうこともあるかもしれない財前はクスッと笑う。曲を再開す
ると、この曲のタイトルにもなっている彗星が歌詞に出てくる。
『2061年の夏 長いしっぽをなびかせた星が 夕暮れ空に輝くから 大切な人と見上
げなさい・・・』
その歌詞を聞いた瞬間、財前の頭の中にある情景が思い浮かぶ。ずっと先の未来の自分が
今と同じような夕暮れ時に、暗くなり始めた空を眺めている。視線の先にはくっきりと白
い光をなびかせたほうき星。明るく輝く彗星を見ながら、隣にいる大切な人に話しかける。
優しい笑顔で答えてくれたのは、かなり年は取っているものの、今と雰囲気の変わらない
銀であった。
「あっ・・・」
白昼夢のようにあまりにもハッキリと見えた情景に財前の頬には涙が伝っていた。遥か先
の未来でも銀と一緒にいる自分の姿。それがどうしようもなく胸に響き、涙が溢れてくる。
そんな財前の耳に歌の続きが響く。
『君の人生は素晴らしいと 疑いもなく願いながら・・・僕はこの今を生きて 遠い未来
を夢見てる 愛する君を思いながら 小さな君を抱きながら・・・』
今自分が夢見た未来が肯定されているかのような歌詞に、財前の涙は止まらなくなる。も
う一度しっかりと聞きたいと財前はその曲をリピート再生に変えた。

所用で帰るのが少し遅くなった銀は、帰り道にある公園で財前の姿を見つける。
(財前はん、まだ帰ってへんかったんやな。ヘッドホンつけとるし、何か音楽でも聴いて
るんやろか?)
せっかく見かけたので声をかけてみようと、銀は財前のもとへ向かう。声が届くくらい近
づくと銀は声をかけた。
「財前はん。」
ヘッドホンをしながらも、銀の声は聞こえているので、財前は驚いた様子で銀の方を見る。
「っ!!」
「えっ!?」
財前の顔が涙で濡れているのを見て、銀は慌てるような素振りを見せる。財前もまさか銀
と会うとは思わなかったので、慌てて涙を拭い顔を背ける。
「ど、どないしたんや?大丈夫か?」
「だ、大丈夫なんで、気にせんといてください!」
「せやけど・・・」
どう見ても号泣していたくらいの涙の跡を見て、銀は心配そうに財前の顔をのぞく。ある
意味この涙の理由である銀を前に、財前はドギマギしてしまう。
「ホ、ホンマに、大した理由じゃないんで、気にせんといてください。」
「どんな理由でも、財前はんが泣いてたらワシは心配になるで。何があったんや?」
「今、聞いとる曲が、メッチャエモくて・・・」
「エモ・・・?」
「心が揺さぶられるとか感動するとか、そんなニュアンスの言葉っスわ。」
『エモい』の意味が分からない銀に簡単に意味を説明すると、財前は顔を赤らめ、恥ずか
しさからうつむく。
「えっと、今聞いとる曲がええ曲で、感動して泣いとったって感じか?」
「そんな感じっスわ。せやから、心配なんてせんでええです。」
確かにそれならば、そこまで心配することはないかもしれないと銀はホッとする。それほ
どまでに心を動かされる曲はどんなものだろうと銀は財前が今聞いている曲に興味を持つ。
「それは、どんな曲か気になるなあ。」
「聞いてみます?」
「ええんか?」
「はい、師範も聞いてみてください。」
そう言いながら財前はヘッドホンを外し、銀に渡す。銀がヘッドホンをつけたのを確認す
ると、手元のスマホを操作し、曲を最初から流す。
「ほう、確かに優しい雰囲気のええ曲やな。」
「でしょ?個人的には『2061年の夏・・・』あたりの部分が特に好きっスわ。」
まだそこの部分には辿り着いていないが、財前が好きだと言った部分を聞き逃すまいと、
銀は集中してその曲を聴く。
『2061年の夏 長いしっぽをなびかせた星が・・・』
(財前はんが言っとった部分はここか。)
『夕暮れ空に輝くから 大切な人と見上げなさい・・・』
2061年に自分がいくつになっているかはすぐに計算は出来ないが、だいぶ高齢になっ
ていることは分かる。『大切な人と見上げなさい』という歌詞で、銀の頭に思い浮かんだ
のは財前であった。かなり先の未来のことにも関わらず、財前が隣に居ることが自然と思
い浮かんだことに銀は胸がいっぱいになる。
『君の人生は素晴らしいと 疑いもなく願いながら・・・』
(そんなにも先の未来も財前はんと一緒に居れたら、それは素晴らしい人生やろな。)
その後の歌詞にも銀はジーンとしてしまう。曲が終わると、銀はヘッドホンを外し財前に
返す。
「ホンマにええ曲やな。財前はんが言うとった『エモい』やったっけ?その気持ち、よう
分かった気がするわ。」
銀も自分と同じような感想を持ってくれたのが嬉しくて、財前ははにかみながら言葉を続
ける。
「これ、師範に言うんはちょっと恥ずかしいんですけど・・・」
「何や?」
「2061年に見える彗星を『大切な人と見上げなさい』って歌詞あったやないですか。
俺、そこで年取った師範と一緒に見上げてる情景が思い浮かんで、何や胸がいっぱいにな
って、勝手に涙が出てきちゃいました。」
財前のその言葉を聞いて、銀は驚いたような顔をする。そして、その後実に嬉しそうな笑
顔を浮かべ、自分も同じであったと伝える。
「ワシも同じや。」
「えっ?」
「ワシもその部分で、年取った財前はんが隣に居て、一緒に彗星眺めとる情景が思い浮か
んだんや。そんなに先の未来でも一緒に居れたら幸せやなあと思うて、胸がじんわりと温
かくなったな。」
「ホンマですか?」
「ああ。財前はんも同じようなことが思い浮かんだ言うのを聞いて、ホンマに嬉しかった
で。」
「俺もメッチャ嬉しいです!」
銀の言葉に財前は食い気味で返す。同じ曲を聞いて、同じ気持ちでいられることが嬉しく
て、どちらも自然と笑みが溢れる。
「師範、今度は一緒に聴きません?」
「ええな。もう一度聴きたいと思っとったところや。」
ヘッドホンではなく、スマホから流れるようにし、今度は二人でその曲を聴く。
「そういえば、このマリネリスやオリンポス山というのは、どこの国なんやろなあ?」
「それ、調べたんスけど、火星にある峡谷や山の名前らしいっスわ。」
「火星か。なるほど、せやから『小さく青く光る地球を指さして眺める』ってことになる
んやな。」
「未来の新婚旅行、すごいっスよね。」
「はは、せやな。財前はんは火星とか行ってみたいと思うんか?」
「いや、全然想像出来ないっスわ。」
「ワシもや。火星への新婚旅行は無理やけど、この歌に出てくる彗星は財前はんと一緒に
見たいと思うで。」
この曲を聴きながらのその言葉は、ひどく心に響くと財前はきゅんとする胸を押さえる。
だいぶ先の話ではあるが、財前はとあることを提案する。
「ほんなら、約束してください。」
「約束?」
「ずっとずっと先の話なんで、守れるかどうかなんてどうでもええです。せやけど、一緒
に見るって約束しとったら、しないよりも師範とずっと一緒に居れる気がするんで。」
「それは確かにそうかもしれんな。」
財前の言葉に銀は笑顔で頷き、財前の手をぎゅっと握る。手を握られ、ドキッとしながら
財前は銀の顔を見る。
「2061年の大彗星、一緒に見ような。約束やで、財前はん。」
「はい。必ず一緒に見ましょうね。」
夕焼け色に染まった笑顔を見せ、財前は銀のしてくれた約束に頷く。と、財前の目にある
ものが映る。
「あっ!師範、あれ見てください!!」
「えっ!?」
財前の指差す方向に銀は視線を移す。瞑色の空に明るい流れ星が輝くのが見える。火球と
呼べるほどの明るく大きな流れ星は、ハッキリと二人の目に映った。
「今の見ました?」
「ああ。大きな流れ星やったな。」
「このタイミングで、あないに大きな流れ星が見えるやなんて、さっきした約束何や叶う
気しません?」
「せやな。ワシも財前はんもそうなって欲しいと思うとるんや。きっと叶うで。」
「今日はホンマええ日ですわ。ありがとうございます。」
銀のおかげで、今日は非常に良い日になったと財前はお礼を言う。それは自分も同じだと、
銀は財前の頭を優しく撫でる。
「お礼を言うんはワシの方やで。こないにもええ曲を聴かせてもろて、ずっと先の未来も
今と同じように財前はんと居る約束させてもろて、あないに大きな流れ星も見れて、ワシ
にとっても今日はええ日や。おおきにな。」
銀のその言葉に、財前は恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに微笑む。こんなにも可愛ら
しい顔を見れるのも良いことの一つだなあと、銀はふっと口元を緩ませる。
「もう日もだいぶ落ちてきたし、そろそろ帰ろか。財前はんのこと家まで送るで。」
「そんなん必要ないっスわ・・・っていつもなら言ってますけど、今日はまだ師範と一緒
に居たいんでお願いします。」
「承知したで。ほな、行こか。」
「はい。」
もう少し財前と一緒に居たいと、銀は財前を家まで送ることにする。財前の家の前まで来
ると、名残惜しいと思いながらも財前が家の中に入るのを見送る。
「ほな、また明日な。」
「はい、また明日学校で。」
そう言って家のドアを手をかける財前であったが、一旦その手を止め、銀の方を振り返る。
「あの、師範。」
「どないしたん?」
「夜、師範にメッセージか電話してもええですか?」
それを聞いて、銀は顔を緩ませて答える。
「もちろんええで。」
「ありがとうございます。ほな、また後で。」
「ああ、またな。」
『また明日』が『また後で』になったことで、どちらの顔にも笑みが浮かぶ。今も少し後
の未来も遥か先の未来も、こんな気持ちを持てていたら幸せだなあと思いながら、二人は
先程聞いた歌を思い出すのであった。

                                END.

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