梅雨空Days

小春を含むダブルスプレイヤーの料理が終わると、片付けられたキッチンに財前がやって
くる。
(火とかは使わんし、多分そんな時間かからずに出来るやろ。)
合宿所のキッチンのため、ご飯は大量に炊かれている。それを少し拝借して、財前は酢飯
を作り始める。
「これを少し冷ましてる間に、買ってきたもん切っとかんとな。」
ユウジに頼まれ、小春達の後をつけている間に財前も買い物をしていた。海苔に何種類か
の刺身、鰻の蒲焼きにきゅうりやたくあん、出来合いの厚焼き玉子などをこっそり買って
いた。それらを棒状に切って、種類ごとに皿に並べる。
「ん?誰かおるん?」
と、キッチンの入口から声をかけられる。声の主は白石であった。
「白石部長、どないしはったんですか?」
「いや、たまたま通りかかったら、何や中から音が聞こえてな。この時間やとそんなに人
いないはずやから気になって。キッチンで何しとるん?」
料理好きなメンバーが時折キッチンを使っているのは知っているが、まさか財前がいると
は思っていなかった。
「別に大したことしてないっスわ。」
大したことはしてないと言いつつ、キッチンのテーブルの上には綺麗に切られた食材と桶
に入ったご飯が置かれている。
「メッチャ何か用意しとるやん!何や手巻き寿司でもするんか?」
そう突っ込まれるのも面倒くさいなと、小さく溜め息をつきながら、財前はこうしようと
思ったきっかけを話し出す。
「小春先輩含め、他の学校のダブルスの人達が何やダブルスのパートナーに中華料理を作
るみたいなことしとったんですよ。今、レストランで食ってると思いますけど。それ、ち
ょっとええなと思って、俺もしてみようかなって作ってるだけっスわ。」
「ふーん。で、財前はダブルスのパートナーやなくて、銀のために作っとるっちゅーわけ
やな。」
「べ、別に師範のために作っとるなんて、言っとらんっスけど。」
「せやけど、手巻き寿司って、銀の好きな食べ物やん。ホンマ、財前は銀のこと大好きや
な。」
「うるさいっスわ。」
からかうようにそんなことを言ってくる白石に、財前は真っ赤になりながらそう返す。テ
キパキと準備を進める財前を見て、白石も何かを作りたくなってくる。
「俺も金ちゃんに何か作りたいな。」
「遠山になら、タコ焼き一択やないっスか。作るんやったら、そこにある小麦粉とタコ、
使うてもええですよ。」
手巻き寿司の材料と一緒にタコ焼きの材料も財前は買ってきていた。
「えっ、何でタコ焼きの材料もあるん?」
「手巻き寿司してるとこに遠山が来たら、絶対自分も好きなもん、タコ焼き食べたい!っ
て騒ぐやないっスか。せやったら、自分で作って食べやって言うために買うてきておいた
んスわ。騒がれんの面倒やないっスか。」
「さすがやな。ほんなら、使わせてもらうわ。あっ、タコ焼きの材料費は後で俺が出した
るわ。」
「それは普通に助かります。」
「よっしゃ、ほんならタコ焼きぎょーさん作ったろ!」
財前から材料をもらい、慣れた手つきで白石はタコ焼きを作り始める。財前の準備してい
る手巻き寿司とは違い、タコ焼きは作り始めると、いい匂いが漂ってくる。そんな匂いに
つられ、また別のメンバーがキッチンにやってきた。
「たいぎゃいい匂いしとるばい。タコ焼き作っとると?」
「おっ、千歳やないか。」
「作っているのはタコ焼きだけじゃなさそうだぞ。」
「橘さんも一緒なんスね。」
キッチンにやってきたのは、千歳と橘だ。
「白石も財前もこぎゃん時間に料理なんて珍しかね。」
「何やダブルスメンバーがパートナーに中華料理を作っとったらしくて、財前がそれ真似
て、銀に手巻き寿司を作るらしくてな。俺も真似しよ思うて、金ちゃんにタコ焼き作っと
るところや。」
「へぇ、そりゃよかことやね。羨ましか〜。」
そんなことを言いながら、千歳は橘の方をチラリと見る。そんな話を聞き、期待に満ちた
目で千歳に見られてしまっては、そのままこの場を立ち去ることは出来ない。
「千歳は何が食べたいんだ?」
「作ってくれると!?」
「こぎゃん話聞いて、料理が趣味の俺が作らんのはおかしかろ?」
「桔平が作る料理なら何でもよかよ。ばってん、馬肉料理があれば嬉しかね。」
何でもいいと言いながらも、しっかりと自分の好きなものをリクエストする千歳に、橘は
ふっと笑う。
「了解。俺もキッチン使わせてもらってもいいか?」
「もちろんええで。」
「俺はそろそろ終わるんで、このへん片付けますね。」
先に作り始めていた財前は、包丁などを洗って片付け始める。自分の好きな相手に好きな
食べ物を振る舞う。どんな反応をしてくれるだろうとわくわくしながら、財前、白石、橘
の三人は楽しげに準備を進めた。

「はあー、今日もテニスして楽しかったわー!」
「だいぶコートは濡れてる感じやったが、それはそれでええ練習になったな。」
「付き合うてくれて、おおきにな。銀。」
「ワシもええ練習になったから、礼には及ばんで。」
「ぎょーさんテニスしたから、お腹空いたー!銀ー、レストラン行ってみよー。」
「せやな。」
雨があがったタイミングでテニスをして楽しんできた金太郎と銀は、小腹が空いたとレス
トランへ向かう。レストランへ向かう途中で、キッチンからレストランへ作った料理を運
ぶ財前達と鉢合わせる。
「あっ、師範。」
「金ちゃんもおるやん。ちょうどよかった。金ちゃんと銀にご馳走したいもんがあるんや
けど、これからレストラン来ぃひん?」
「白石持っとるのタコ焼きやん!行く行く!!」
「ワシも行ってええんか?」
「もちろんです。むしろ、来てください。」
「そこまで言われるんやったら、行かないわけにはいかんな。」
白石と財前に誘われ、金太郎と銀は一緒にレストランへと向かう。作った料理はある程度
は運んでいたので、用意したものが並べられたテーブルへと案内する。
「うわー、タコ焼きぎょーさんあるやん!」
「これは・・・手巻き寿司か?」
「タコ焼きは俺が金ちゃんのために作ったもんで、手巻き寿司は財前が銀のために用意し
たもんやで。」
白石の言葉を聞いて、銀は財前を見る。銀と目が合い、財前は恥ずかしそうに目を逸らし
た。
「ホンマか?財前はん。」
「・・・はい。」
「手巻き寿司、好きやからメッチャ嬉しいで。おおきにな。」
嬉しそうに笑いながら、銀は財前にお礼を言う。銀が嬉しそうにしているのが嬉しくて、
財前の胸はドキドキと高鳴る。
「とりあえず、ここに座ってください。多めに用意したんで、好きなだけ食うてください。」
そう言いながら、財前は銀を座らせ、自分は銀の隣に座る。
「ワイもタコ焼き食べてもええ?銀とテニスして来て、メッチャ腹減ってんねん。」
「ああ、ええで。タコ焼きもぎょーさん作っといたから、好きなだけ食べや。」
金太郎と白石も隣合わせで座り、金太郎は両手に楊枝を持つ。
「おおきに!いただきまーす!」
「ワシもいただくとしよう。いただきます。」
皿いっぱいに乗せられたタコ焼きを金太郎は口いっぱいに頬張る。銀はしっかりと手を合
わせ、食べる前の挨拶をした後、ゆっくりと手巻き寿司を巻いていく。
「おっ、銀さんと金ちゃん来たんやね。」
「こうして見ると、本当にたくさん作ったんだな。」
白石と財前の料理を食べ始めたところにやってきたのは、二人よりも少し後に料理を始め
た橘と千歳だ。白石や財前よりは数倍凝った料理を作っていたため、多少時間がかかって
いた。出来た料理をテーブルに並べ、千歳と橘も席につく。
「さすが橘くんやな。俺らのとは比べ物にならんくらい本格的やん。」
「そこまで手の込んだものは作っていないけどな。」
「桔平、俺らも早く食べるばい。」
「そうだな。」
橘が作ったのは、飲茶と馬刺しであった。せっかくなので、千歳の好きなものと自分の好
きなものを一緒に作ろうということで、そんなメニューにしたのだ。自分の好物の馬刺し
を食べ、続けて飲茶も食べる。
「やっぱり桔平の作る料理は最高たい!これもこれもうまか〜。」
「そりゃよかったばい。」
自分の作った料理を美味しそうに食べる千歳を見て、橘は嬉しそうに笑う。口いっぱいに
入れたタコ焼きを飲み込むと、金太郎も白石の作ってくれたタコ焼きに対して感想を言う。
「白石が作ってくれたタコ焼きもメーッチャ美味いで!!白石の作るタコ焼き大好きや!」
「おおきに。まだまだたくさんあるから、どんどん食べや。足りひんかったら、また作る
し。」
「ホンマに!?ほんなら、ぎょーさん食べたるでー!」
大好きなタコ焼きをたくさん食べることが出来、金太郎は幸せいっぱいの笑顔を浮かべる。
そんな金太郎を見ながら、白石はにこにこと顔を緩ませる。
「ホンマ、遠山は騒がしいっスね。」
「白石はんも嬉しそうやし、金太郎はんらしくてええんちゃうか。」
「まあ、そうっスね。あっ、これ、どうぞ。」
銀が好きそうな具を巻いた手巻き寿司を財前は銀に手渡す。手巻き寿司の準備をしてくれ
ただけでなく、巻くところまでしてくれる財前に、銀はときめいてしまう。
「おおきに。ん?これはうなぎが入ってるんか?」
「はい。師範、うなぎ好きですよね?あんまりたくさんは買えなかったんスけど、ちょっ
とでもあったらええかなと思て。」
「好きやで。こないにワシの好きなものぎょーさん用意してくれて、ホンマ嬉しいで。こ
れは、お返しや。」
財前が自分の分の手巻き寿司を巻いてくれているので、銀は財前が食べる分の手巻き寿司
を巻いて渡す。
「えっ、でも、これは師範の・・・」
「二人で食べた方が美味しいやろ?手巻き寿司なんかは特にそうやで。」
銀にそう言われ、財前は銀の巻いてくれた手巻き寿司を受け取る。
「ありがとうございます。」
「好きな相手と好きなもん食べるんは格別やな。お腹も心も満たされて幸せや。」
「!」
嬉しそうに目を細めながらそんなことを言う銀の言葉を聞いて、財前の胸はひどくときめ
く。
(メッチャ嬉しい・・・)
「師範に喜んでもらえたんで、手巻き寿司、ホンマ作ってみてよかったっスわ。」
あまりの嬉しさに、財前は顔を緩ませ素直にそんなことを口にする。そんな財前の頭を優
しく撫で、銀はもう一度心を込めてお礼を言う。
「ホンマおおきに。何度伝えても足りんくらい嬉しいで。」
銀の行動にきゅんきゅんしながら、財前は銀からもらった手巻き寿司を食べる。自分で用
意したものであるが、その手巻き寿司はどんな高価な寿司よりも美味しく感じられた。

しばらくそれぞれ好きな相手の手料理を堪能し、用意していた料理は全て空になる。どれ
もかなりの量があったので、そこにいた全員のお腹は十分に満たされていた。
「タコ焼きぎょーさん食うて、腹いっぱいやー。」
「満足してくれてよかったわ。結構作ったつもりやったけど、金ちゃん普通に食べきった
な。」
「へへっ、ホンマ美味かったで。おーきに、白石。」
「どういたしまして。これから金ちゃんは何する予定なん?」
「特に決めてへんで。」
「ここに来る前は銀とテニスしてたんやったっけ?」
「せやで。」
「ほんなら、ちょっと食休みして、一緒に風呂入りに行こか。もうええ時間やしな。」
「ええで!白石とお風呂、楽しみやー。」
空になった皿を軽く片付けながら、白石と金太郎はそんな会話をする。白石と一緒にお風
呂に入れるということで、金太郎はうきうきとした様子で白石にくっつく。
「さくっと空いた皿片付けて、風呂入る準備しにいくか。金ちゃんも手伝ってや。」
白石の言葉に金太郎は笑顔で頷き、白石から皿を受け取る。大きな皿を抱えて、金太郎は
キッチンへと駆けていった。
「白石ー、先行っとるでー!!」
「落とさんように気をつけるんやで!」
少し困ったような表情で笑いながら、残りの食器を手にして、白石はゆっくりと金太郎を
追いかける。そんな二人の様子を、残りのメンバーはくすくす笑いながら眺めていた。
「金太郎はんは元気やなあ。」
「騒がし過ぎっスわ。師範はこの後予定あるんスか?」
もう少し銀と一緒に居たいなあと思いつつ、財前はそんなことを尋ねる。金太郎と同じく
特に予定がない銀はそのことをそのまま伝える。
「特にないで。」
「そうっスか。ほんなら、レクリエーションルームで一緒に音楽聞きません?最近入れた
曲が結構ええ感じやったんスよ。」
「ほぅ、それは気になるな。」
「そしたら、これ片付けたらイヤホン取ってきますね。師範は先に行って、待っとってく
ださい。」
「いや、ワシも片付け手伝うで。二人で片付けた方が早く終わるやろ?」
「えっ、けど・・・」
手巻き寿司を勝手に作ったのは自分だし、銀の手を煩わせたくないと、財前は銀の申し出
を断ろうとする。しかし、銀はそんな財前の言葉を食い気味に言葉を続ける。
「ワシがそうしたいんや。それとも、ワシと一緒に片付けするのは嫌か?」
「全然そないなことないです!」
銀と何かをすることが嫌だなんてことはありえないと、財前は全力で否定する。それなら
ばと、銀は酢飯の入っていた桶の上に空いた皿を乗せ、その大きな手で抱えた。
「これはキッチンに持って行けばええな。」
「あっ、はい。」
「もっと頼ってくれてもええんやで。」
「ありがとうございます・・・」
キッチンへ向かって歩き出しながら、銀はそんなことを言う。恥ずかしそうにお礼を言う
財前を見て、銀はふっと微笑んだ。
「財前はんのおすすめの曲聴くの楽しみやな。」
「ホンマですか?」
「ああ。せやから、早く片付けてしまおうな。」
「はい。」
銀の一言一言が嬉しくて、財前は嬉しそうに口元を緩ませる。素直に頷いた後、銀にくっ
ついて行くようにキッチンへと向かった。
「俺達も片付けに行くか。」
「もうちっと休んでからでよかよ。」
白石と金太郎、財前と銀がキッチンに片付けに行くのを見て、橘も千歳にそう声をかける。
しかし、まだ動きたくない千歳は、だらけた様子でそう返した。
「まあ、今の時間ならそんなに人もいないし、もう少しゆっくりしてもいいか。」
特にこの後予定もないので、橘はそんなことを呟きながら千歳の言葉に従う。そんな橘を
テーブルに突っ伏しながら眺め、千歳は橘の名前を呼ぶ。
「桔平。」
「どぎゃんしたと?」
「桔平が作ってくれた料理、たいぎゃ美味かったばい。作ってくれて、ありがとう。」
「どういたしまして。ばってん、そぎゃん素直に礼を言われると、照れるばい。」
照れたような笑みを浮かべ、橘は千歳の感謝の言葉にそう返す。もっと照れた顔を見てみ
たいと、千歳はふっと笑ってある言葉を言ってみる。
「桔平、好いとおよ。」
「っ!!」
突然告白じみた言葉をかけられ、橘の心臓はドキンと跳ね、顔は真っ赤に染まっていく。
(思った以上の反応ばい。むぞらしか〜。)
ドギマギとした様子で橘が狼狽えているのを見て、千歳はニコニコとした表情で眺める。
そのことに気がつき、橘も反撃をしようと考える。腕に顔を乗せている千歳の手にそっと
手を重ね、ニッと笑いながら先程の千歳と同じようなことを口にする。
「俺も、お前のこと好いとおよ。」
その言葉を聞いて、千歳の顔はぶわっと赤く染まる。思わず腕に顔を埋め、赤くなった顔
を隠す。
「不意打ちでそれはこすか。」
「はは、お前が先に言ってきたんだろ?お返しばい。」
してやられたと思いつつ、千歳は橘の言葉が嬉しくて仕方がない。ばっと顔をあげると、
自分の手に重ねられている橘の手ももう片方の手でぎゅっと握る。
「な、何ね?」
「お返しばい。」
赤くなりつつもそんなことを言ってくる千歳に橘は思わず吹き出す。つられて千歳も声を
あげて笑い出す。
「ほんなこつ、あいつら無駄にイチャイチャしよっとね。」
「ブログのネタ提供乙ばい。」
たまたまレストランに居合わせた鷲尾と鈴木は、無駄にイチャついている二人を遠目に見
ながら苦笑する。二翼ブログに載せてやろうと、鈴木は二人の様子をパシャパシャとスマ
ホで撮っていた。ブログのネタが出来た鈴木を始め、好きだと思っている相手に好きな料
理を作って喜んでもらえた財前、白石、橘、好きな相手の手料理を存分に食べれた銀、金
太郎、千歳、誰もが雨の日の休日も悪くないなあと思っていた。雨上がりの虹を見たとき
と似たようなわくわくした気持ちを胸に、これから好きな相手と二人で過ごすメンバーは
さらに休日を満喫するのであった。

                                END.

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