「はあー、今日も一日終わったー!!」
水軍の仕事を終え、鬼蜘蛛丸は日が沈んだ薄暗い浜辺に降り立った。今日は天気もよく、
夜空にたくさんの星が輝き始めている。
「今日は特にこの後予定もないし、ちょっと散歩でもするか。」
何となく気分がよいので、鬼蜘蛛丸は波が寄せる浜辺を歩き始めた。むき出しの足に海水
が触れているために、陸酔いはしない。向こうに見える岩場まで行こうと歩みを進めてい
ると、一際大きな波が足元を濡らす。
「夜の海は冷たくて気持ちいいなあー。」
鬼蜘蛛丸が浜辺を歩いているのを見て、後ろから気配を消してゆっくりと近づく者があっ
た。義丸だ。鬼蜘蛛丸に気づかれないように、ギリギリまで側まで近づくと、義丸は驚か
すように大きな声を上げる。
「わっ!!」
「うわあっ!!」
見事に鬼蜘蛛丸は驚かされ、静かな海辺には似合わない叫び声を上げた。思った通りに驚
いてくれる鬼蜘蛛丸の様子を見て、義丸は声を上げて笑う。
「あははは、見事に引っかかってくれたな。」
「義丸〜、いきなり驚かすなよー。」
「俺の気配に気づかない鬼蜘蛛丸がいけないんだぞ。水軍だったらそれくらいは気づけな
きゃ。」
「だって、お前、気配完璧に消してたろ。しかも、不意打ちだしよ。」
「気配を消して敵に近づけることは大事だからな。その練習も込めて。」
「本当は驚かしたかっただけだろ?ったく。」
「さすがにバレてるか。」
「当ったり前だ!ヨシは他の若い奴らと同じくらい悪戯好きだしな。」
「ははは、そうだよな。今からどこ行くんだ?散歩か?」
「まあな。」
「じゃあ、俺も行く。」
鬼蜘蛛丸が散歩に出るということを聞いて、義丸は一緒について行こうと考える。別に誰
かがついてくるのを嫌だとは思っていない鬼蜘蛛丸は、義丸の言葉に頷いて、再び歩き出
した。
「あれ?義兄と鬼蜘蛛丸の兄貴どこ行くんだろ?」
「本当だ。ちょっとついて行ってみようか。もう仕事も終わったし。」
「そうだな。」
好奇心旺盛な盛りの網問と重は、義丸と鬼蜘蛛丸がどこかへ出かけて行く姿を発見し、二
人を尾行することにする。少し離れたところを気づかれないように歩きながら、網問と重
は二人を追った。
「さてと、このへんでいいか。」
座るのにちょうどいい岩場までくると、鬼蜘蛛丸は海水に足を浸すような形で岩に腰掛け
る。義丸も歩みを止め、鬼蜘蛛丸の隣に腰を下ろした。
「今日は波が穏やかだな。」
「そうだな。潮風もそれほど強くなくて気持ちいい。」
さわやかな夜の風を頬に受け、鬼蜘蛛丸は心地よさげにそう呟く。そんな鬼蜘蛛丸を横目
に見て、義丸はふとあることを思いつく。
「鬼蜘蛛丸、さっき驚かしたお詫びと言っちゃなんだが、マッサージしてやるよ。今日は
結構仕事があったから、疲れてるだろう?」
「そりゃ嬉しいな。お願いするぜ。」
「了解!」
お詫びにマッサージをするなどと言っている義丸だったが、本当はただ単に鬼蜘蛛丸の体
に触りたいだけであった。まずは肩揉みあたりから始めようと、鬼蜘蛛丸の後ろに回り、
肩に手を置いた。
「それじゃ、いくぞ。」
「ああ。」
鬼蜘蛛丸が返事をするのを聞くと、義丸は肩こりに効くツボをいきなり最大限の力を込め
て押した。思ってもみない強い痛みに、鬼蜘蛛丸は悲鳴にも似た声を上げる。
「ひあっ!!痛っ・・・!」
「ああ、悪い悪い。ちょっと力が強すぎたか。」
「お前はただでさえ力が強いんだから、ちょっとは加減しろ!」
「はいはい。次は気をつけるよ。」
鬼蜘蛛丸の注意を受け、義丸は少し力を弱めて、肩を揉み始める。ほどよい力でマッサー
ジされるのは、非常に心地よく、鬼蜘蛛丸は気持ちよさそうな吐息を吐いた。
「はぁ・・・気持ちいい・・・」
そう呟く鬼蜘蛛丸に義丸はドキッとする。その時、ふと後ろの方で気配を感じた。
(この気配は・・・重と網問か?そうだ、少しあいつらをからかってやろう。)
すぐ近くで、重と網問が自分達の様子をうかがっているのに気づき、義丸は二人をからか
おうと考える。
「鬼蜘蛛丸、少し力を入れていいか?」
「えっ?まあ、少しならな。」
「それじゃあ・・・」
だいぶ慣れてきているだろうと、義丸は先程より少し強い力で肩を揉み始めた。
「くっ・・・ぅ・・・」
「大丈夫そうか?」
「んっ・・ああ、大丈・・夫・・・」
やはり力を入れられると痛いため、鬼蜘蛛丸は痛みをこらえるような声を上げる。期待通
り、いい反応をしてくれると義丸はニヤリと笑う。
「義兄とか何してんだろ?」
「ここからじゃ岩が邪魔して見えないなあ。」
「でも、これ以上近づいたらバレちゃうよね。」
「そうだな。とりあえず、音だけ聞いて何してるか探ってみるか、網問。」
「うん。」
興味津津とばかりに、重と網問は義丸と鬼蜘蛛丸の様子を探る。何をしているのかは見え
ないので、とにかく声や音だけを聞くことにした。
「うあっ・・・ヨシっ!」
「相当硬くなってるぞ。ほら。」
「んあぁっ・・・ちょっ、待っ・・・」
「せっかく慣れてきてるんだから、少しは我慢しろよ。」
「んなこと言ったって・・・あっ・・ぅ・・・義丸っ!」
耳を澄ませば、二人の会話はハッキリと聞こえてくる。しかし、その会話の内容は、ある
ことを連想させるもので、重と網問はドキドキしてきてしまう。
「えっ、えっ!?マジであの二人、何してんの!?」
「ちょっと、ヤバくない?重。」
「そうだけど・・・ちょっと興味があるっちゃあるし・・・」
顔を真っ赤にしながら、二人は小声で話をする。もしかして、義丸と鬼蜘蛛丸はすごく大
人なことをしているのではないかと考え、どちらもゴクンと唾を飲みながら、さらに聞き
耳を立てた。
「うん、こっちはこれくらいにしておくか。」
「ハァ・・・そうだな。」
「じゃあ、次はこっちだな。」
「えー、そっちは痛いから嫌だ。」
「大丈夫だって。初めは痛いけど、慣れればよくなるんだから。」
「そんなこと言ってもよー、その痛いのが苦手で・・・・」
「水軍の山立が何言ってるんだよ。加減はするから。」
「うー・・・じゃ、じゃあ、あんまり痛くすんなよ!」
「ああ、分かってるって。」
困惑してたどたどしい言葉の鬼蜘蛛丸と、実に楽しそうに話す義丸。しかも、やはり会話
を聞いていると、そういうことをしているようにしか思えない。
「こ、こっちって、どこだろ・・・?」
「お、俺に聞くなよ、網問っ。」
「だってぇ・・・」
二人がドキドキしながら、話していると、突然後ろから誰かに声をかけられる。
「こんなとこにいたのか、重。」
「探したぞ、網問。」
『〜〜〜〜っ!!』
重と網問に声をかけたのは、舳丸と間切であった。いきなり声をかけられ、重と網問は声
にならない叫び声を上げる。
「何、そんなに驚いてるんだよ?」
『しーっ!!』
あまり大きな声を出したら、自分達がここに隠れていることがバレてしまうと、二人は口
の前に人差し指を立て、静かにということを舳丸と間切に伝えた。何故静かにしなければ
ならないのかと、舳丸と間切は顔を見合せて首を傾げる。
「何なんだよ?お前ら。」
「義兄と兄貴がね・・・えっと・・・その・・・」
「義さんと鬼蜘蛛丸さんがどうしたんだよ?」
「と、とにかく聞いてりゃ分かるって!」
何故だか慌てまくっている二人を不思議に思いながら、舳丸と間切は耳を澄ませて向こう
側にいると思われる義丸と鬼蜘蛛丸の会話に耳を傾ける。
(ん?気配が増えた?・・・あの声と気配からすると、ミヨと間切だな。ミヨは騙せない
かもしれなが、間切は騙せるだろ。)
聞いてる人数が増えたことを察知した義丸は、よりそういうふうに聞こえるように話す。
「どうだ?鬼蜘蛛丸。痛いか?」
「ん・・・ちょっと、痛いけど、大丈夫。」
「そうか。」
ふっと笑みを浮かべると、義丸は鬼蜘蛛丸の少し悪いと思われるところのツボを今までと
は比べものにならないほどの強い力で押す。足裏マッサージは、特に悪いところがなけれ
ば、それほど痛いものではないが、悪いところのツボを押されると弱い力でもかなり痛い。
「ああぁっ!!い、痛っ・・・ヨシっ、痛いっ!!」
「ああ、悪い。少し急ぎすぎたな。」
「もっと優しくしろよっ!!」
「悪い悪い。じゃあ、もっと優しくてやるよ。」
相当痛かったようで、鬼蜘蛛丸は涙目になって義丸に訴えかける。この表情はたまらない
なあと思いつつ、義丸は足裏マッサージを続けた。
「・・・ん、少し慣れてきたかも・・・?」
「まあ、だいぶ力抜いてるからな。ちょっと強くしてみるか?」
ぐっ
「んあっ・・いっ・・・」
「やっぱ、まだ痛いか?」
「あー、でも、さっきよりは全然マシかも。痛いけど・・・それがまた気持ちいいみたい
な・・・?」
「そりゃよかった。じゃあ、少し強めにしてやるか。」
言わせようと思って言わせているわけでもないのに、鬼蜘蛛丸の方もなかなか誤解を招く
ようなことを言ってくれると、義丸は心の中でニヤリと笑う。少し強めにマッサージして
いることもあり、鬼蜘蛛丸は他の者が聞けば、喘いでいるようにも聞こえる声を上げ続け
ていた。
「やっぱさ、やっぱさ、そういうことしてるよね!?」
「あー、どうなんだろ?でも、あの会話とか鬼蜘蛛丸さんの声とか聞いてるとなあ・・・」
「だよなー。うっわあ、何かすっげぇドキドキしてきた。」
10代の三人は、義丸の悪戯に見事に引っかかり、そういうことをしているものだと、完
璧に勘違いしていた。しかし、他の三人より少し年長で、どちらかと言えば向こうにいる
二人と年が近い舳丸だけは、その二人がそういうことをしているのではないということに
気づいていた。
(義さんもやってくれるよなあ。確かにこんなの聞かされたら、そういう誤解しても仕方
ない。特に、こいつらが聞いたら、そうなるだろ。)
ちらりと三人を横目で見ながら、舳丸はそんなことを考える。顔を真っ赤にして、ドキド
キしながら向こうの方をうかがっている三人を見て、舳丸は少しだけ義丸の気持ちが分か
った気がした。
(でも、確かにこの反応は面白いな。義さんがからかいたくなる気持ち分かるかも・・・)
「なあ、舳丸はどう思う?やっぱり、義兄と兄貴、そういうことしてる?」
「んー、まあ、そうだな・・・」
突然重に話を振られ、ドキッとする舳丸であったが、ここでは肯定するような返事をして
おいた。それを聞いて、他の三人はさらに盛り上がる。
「舳丸もそう思うって!」
「マジで!?じゃあ、やっぱりそうなんじゃねぇか。」
「でも、本当にそうだとしたら、こんなことしてていいのかなあ?」
「バレなきゃ平気だって。」
三人の会話を聞いて、舳丸は必死で笑いを堪えていた。これは面白いと、向こうの二人の
会話を聞きつつ、舳丸はむしろ自分の目の前にいる三人の様子をうかがっていた。
「さてと、こんなもんだろ。どうだ?鬼蜘蛛丸。」
「ああ、すごく気持ちよかった。体も軽くなったし。」
「そりゃよかった。なら、そろそろ船の方に戻るか。」
「ああ、そうだな。」
存分にマッサージを受けた鬼蜘蛛丸は、かなりすっきりした表情で立ち上がった。肩も足
も全身もマッサージのおかげでだいぶ軽くなり、気分もよかった。上機嫌で鬼蜘蛛丸は、
岩場から顔を出す。すると、若い船員が何人か一緒にいて、何か話しているのに気づく。
「こんなところで何やってんだ?お前ら。」
『っ!!??』
「ちょっと散歩してたんですよ。今日はいい天気なんで。」
驚いて何も言えなくなっている三人の代わりに、舳丸が答える。舳丸が冷静なのを見て、
鬼蜘蛛丸の後から来た義丸は、舳丸はやはり騙せなかったかと、苦笑する。
「確かに今日はいい散歩日和だもんな。なあ、義丸。」
「ああ。そうだな。」
普通に会話をしている義丸と鬼蜘蛛丸を怪しく思い、網問は思いきって、二人に何をして
いたかを質問する。
「あ、あの、兄貴達は今、何してたんですか?」
《それ、聞くのかよ!?》
網問のぶっ飛んだ質問に、間切と重は心臓が飛び出しそうなほど跳ね上がる。それは聞い
ちゃダメだろと心の中でつっこみながら、二人の答えを黙って待った。
「んー、何ってな、俺達も散歩して・・・」
「少し気持ちイイことしてただけだぞ。」
『―――っ!?』
義丸の放った答えに、三人は完全に固まってしまう。しかし、舳丸だけは、なるほど間違
ってはいないと、笑いを堪えて頷いた。
「初めは痛かったんだけどよ、ヨシの奴、すごく上手いから気持ちよかったぜ。」
(鬼蜘蛛丸さん、ナイスっ!!)
これはまた誤解を招く表現をナチュラルに言ってくれるなあと、舳丸は心の中で大笑いし
ていた。
「こういうことは、舳丸とか間切も上手いよな。重と網問も二人にやってもらえばいいん
じゃねぇか?」
『ええっ!!??』
「お、俺、そんなに自信ないですよ・・・?」
「確かにわたしはそういうことは得意ですね。後でやってやろうか?重。」
「な、何言ってんだよ!?そ、そんなこと・・・」
ゆでだこのように顔を真っ赤にして、重と網問は困惑しまくっている。間切も何故自分が
上手いと言われるのか分からないというように、首を傾げて赤くなっていた。
「じゃあ、俺達は先に船の方に戻ってるから。」
「あんまり遅くならないようにな。」
船に戻って行く二人を見送りながら、残された四人は黙って手を振った。二人が見えなく
なると、舳丸以外の三人は脱力感からその場に座り込んでしまった。
「はあー、もうドキドキしっぱなしだよー。」
「本当、本当。やっぱり、義兄も兄貴もすごいよな。落ち着いてるっていうか、大人って
いうか。」
「ミヨ兄、俺がそういうこと上手いって、何で鬼蜘蛛丸さんとか分かるんだろう?」
「さあ、どうしてだろうな。見たことあるとか?」
「いやいや、それはないって!!そ、そんな覗かれるようなとこではしたことないし。な
あ、網問。」
「えっ・・ちょっ・・・何言っちゃてるの、間切っ!!」
否定をするために言ったことが、したことがあるというのを認めてしまうような発言にな
ってしまい、間切は慌てて口を塞ぐ。しかし、言ってしまった言葉はもう戻らない。真っ
赤になっている網問に謝りつつ、間切はバツが悪そうに頭を掻いた。
「お、俺達、先に戻るから。行こうぜ、網問。」
「う、うん・・・」
これ以上、舳丸と重と一緒にいるのは気まずいと、二人はそそくさとその場から立ち去る。
いつまでもここにいてもしょうがないだろうと思い、舳丸も船に向かおうとする。
「わたし達も戻るか。」
「ちょ、ちょっと待って・・・ミヨ。」
「どうした?重。」
「あの、あのな・・・えっと、その・・・」
真っ赤になって口をパクパクさせている重を見て、勘のいい舳丸は重が何を伝えたいのか
を把握する。
「さっきの聞いてたら、まあ、そうなっちまうな。」
「ゴ、ゴメン・・・」
「別に謝ることじゃないって。ここじゃ、誰に見つかるか分からないから、もう少し水辺
に移動しとくか。」
「う、うん・・・」
これじゃあ、義丸達がしてたと誤解していることを本当にやらなければならなくなってし
まうなあと苦笑しながら、舳丸は重の手を引いて、水辺の岩場に移動した。
義丸の悪戯が、他の若い水軍メンバーに大きな影響を与えたのは確かだった。しかし、義
丸自身も鬼蜘蛛丸の可愛らしい反応をずっと見ていて、我慢出来なくなっていた。結局、
船に帰ってから、重、網問、間切が誤解していたことをしなければならなくなるのであっ
た。
END.