鬼蜘蛛丸と間切が不審番をした次の日。兵庫第三協栄丸を筆頭に何人かの水軍が海に漁に
出ていた。水夫見習いの間切や網問、東南風や航は今日は浜辺での仕事の手伝いだ。と、
水練の舳丸と重が慌てた様子で海から上がってくる。
「大変です!漁に出ている船が、破損して動けなくなってます!!」
「何!?状況は!?」
「修理をすれば大丈夫だそうですが、今こちらでしている作業も急を要して欲しいらしく、
上のものには来て欲しくないと・・・」
「なるほど。だったら、あいつらに行かせてみるか。」
少し考えて蜉蝣は、小さな体で一生懸命道具を運んでいる間切と網問に声をかける。
「おーい、間切、網問。ちょっとこっちへ来い!!」
『はいっ!』
持っていた道具を置くべき場所に置くと、二人は蜉蝣のもとへパタパタと駆けて行く。
「何ですか?蜉蝣の兄貴。」
「鬼蜘蛛丸達の乗っている船が沖で動けなくなっているらしい。悪いが修理をするための
道具をお前達二人で届けてくれないか?」
「えっ!?オレたちが行っていいんですか?」
「あといもいっていいの?」
「ああ。いい訓練になるしな。行けるか?」
「はい!!まかせてください!!」
「あといもがんばるー!!」
大きな仕事を任せられ、間切と網問は張り切って必要な道具を船に乗せ、海に出る。二人
が海に出るのを見て、疾風は蜉蝣に声をかけた。
「おいおい、本当にあいつらに任せて大丈夫なのかよ?」
「大丈夫だろ。間切一人だったら心配だがな、網問が居れば兄貴として頑張るだろうし、
網問は網問で肝が据わってるからな。ちゃんと間切の手伝いをしてくれるはずだ。」
「まあ、お前が言うんだったらそうなんだろうな。よーし、俺らも仕事しようぜ、仕事。」
「そうだな。」
蜉蝣の背中をポンと叩きながら、疾風はニカっと笑う。そんな疾風につられて、蜉蝣もふ
っと笑った。
小さな手漕ぎの船に乗って、間切と網問は沖に向かって進んで行く。漁の船は動かなくな
ってしまったが、今日は風もなく波も穏やかで、船を出すには絶好の日和だった。
「うれしいねー、まぎり。」
「そうだな。」
「あったかくて、きもちいーね、まぎり。」
「ああ。網問、ちゃんと前見てて。あんまりこっちに寄ると船のバランスがくずれちゃう
ぞ。」
「うん。わかった。あとい、ちゃんとまえむくよ。」
しばらく海の上を進んで行くと、網問がうとうととし始める。心地よい船の揺れと気持ち
のよい暖かさで眠くなってしまったようだ。
「網問、ねむいのか?」
「んー、へーき。あとい、おきてる・・・」
しかし、網問はコテンと倒れて眠ってしまう。倒れた衝撃で船が揺れたが、うまい具合に
バランスをとって、間切は小舟が転覆するのを防いだ。
「早くとどけなくちゃ。網問、ねちゃったけど、すすもう。」
網問が寝てしまったので、舟を漕ぐのが少し大変になってしまったが、間切は頑張って漕
ぎ続ける。しかし、いくら漕げども兵庫第三協栄丸や鬼蜘蛛丸が乗っている船は見えてこ
ない。辺りを見回しても、ただただ青い海が広がるだけだ。
「どうしよう・・・どっちに行っていいのか分かんなくなっちゃった・・・・」
そう思った途端、間切はどうしようもなく不安になる。網問より年上と言えども、まだ7
歳だ。こんな状況になれば、不安になってしまうのも仕方がない。どっちに進んでいいの
か、どうすればいいのか分からず、間切の目に涙が滲んでくる。
「どうしよう・・・・」
涙をポロポロ流しながら、間切がそう呟くと、網問がむくっと起き上がり、目を擦りなが
ら間切を見る。
「まぎり?」
「網問、どうしよ・・・どっちに行けばいいか分からなくなっちゃった。」
「まぎり、おめめからみずでてる。はやく、どーぐとどけにいこ?」
「でも・・・」
「あっちだよ、まぎり。ふね、あっち。」
「えっ?」
舟の前に座り、網問はある一点の方向を指差す。何故分かるかは分からないが、間切は網
問の示す方向に向かって、再び舟を漕ぎ始めた。
「おーい、ここだ、ここだー!!」
しばらく漕いで行くと、鬼蜘蛛丸が大きく手を振るのが見える。第三協栄丸は船酔いで、
声を出せる状態ではないらしい。
「まぎり、ふねあったねー。よかったよかった。」
「網問、すごい!!何で分かったんだ?」
「あとい、わかるの。なんでかはわかんない。」
ふにゃっと笑いながら、網問はそんなことを口にする。すごい能力を持った網問に間切は
感動する。
(網問、やっぱりふつうのやつとはちがうんだ!)
「間切、ここにその舟つけて、修理道具渡してくれないか?」
「はい。」
鬼蜘蛛丸の指示に従い、間切は持って来た道具を渡していく。ところどころで、網問もそ
の作業を手伝った。
「よーし、これで大丈夫だろ。」
壊れていた部分を修理すると、鬼蜘蛛丸は第三協栄丸に指示を仰ぎ、船を動かそうとする。
問題のあった部分は完璧に直せたようで、先程までは全く動かなかった船がゆっくりと動
き始めた。
一方、浜の方では昨日の夜から町に出ていた由良四郎や義丸が帰ってきていた。帰ってき
たら、真っ先に鬼蜘蛛丸に謝らなければと思っていた義丸は、蜉蝣や疾風から船が沖で動
かなくなったという話を聞いて、チリッと胸が痛む。
(早く鬼蜘蛛丸に会いたいのにっ・・・)
本当は一晩一緒に居られるはずだった鬼蜘蛛丸と、一晩以上離れていなければいけない状
態になっている。義丸はどうしようもなくもやもやする気持ちに、イライラし始めていた。
ぎゅっと拳を握った瞬間、海の方から聞き慣れた声が聞こえる。
「おーい!!」
「おっ、船動いたみたいだな。」
「ちゃんとあいつらが、道具を届けてくれたってことか。」
無事戻ってきた漁船を見て、浜に居た面々は安心したように笑みを溢す。船いっぱいの魚
と共に、その船に乗っていた者は船をとめると浜に上がる。
「いやー、間切達のおかげで助かったぜ。ずっとあのままだったら、船酔いでぶっ倒れる
ところだった。」
一番始めに浜に上がった第三協栄丸は、がははと笑いながらそんなことを言う。他の者が
全員上がった後で、小船に乗っていた間切と網問も降りてきた。
「お前らやるじゃねーか。見直したぜ。」
浜に上がってきた間切と網問の頭をぐりぐりと撫でながら、疾風は笑顔で二人を褒める。
兄貴分に褒められて、間切も網問もへへへっと嬉しそうに笑った。
「あのね、まぎりかっこよかったんだよー!!あにぃのおてつだいいっぱいして。」
「網問だってすごかったぜ。網問がいなきゃ船のところまで行けなかったからな。」
「やっぱり、お前達に頼んで正解だったな。よくやったぞ。」
『えへへ。』
蜉蝣にも褒められて、間切は照れたように笑い、網問はぴょんぴょんと跳ねながら大はし
ゃぎだ。
「本当、この二人は頼りになりますね。やっぱり、相性がいいんですかね?」
「そうだな。将来が楽しみだ。」
「網問、お前、そんなに間切のことが好きか?」
鬼蜘蛛丸と第三協栄丸の会話を聞いて、疾風は冗談めいた口調でそんなことを網問に問う。
すると、網問は今までで一番のいい笑顔をしてその質問に答えた。
「うん!!あとい、まぎりだーいすき!!あとい、おおきくなったらまぎりとケッコンす
るー。」
「あ、網問っ!?」
「あははは、だとよ間切。こりゃずっと網問の面倒見なきゃだな。」
「こりゃ、相性は抜群だ。」
網問の大胆な告白に間切は真っ赤になって、兄貴分は大笑い。ぎゅーっと間切に抱きつい
て、網問はその仲に良さを他の者に見せつけていた。そんな幼い子供達にあてられたのか、
突然、義丸が鬼蜘蛛丸に向かってつかつかと歩いて行く。
がばっ!!
「うっわ、な、何だよ!?義丸っ!?」
いきなり抱きつかれ、鬼蜘蛛丸は何が何だか分からない。しかも、かなり強い力で抱きし
められている。
「ヨシっ、本当に何だよ?苦しいぞ。」
「・・・・ぃ・・たかった・・・」
「えっ?」
「もうずーっと、鬼蜘蛛丸に会いたくて仕方なかったんだよ!!本当は昨日一晩一緒に居
れるはずだったのに・・・・町から帰ってきても、海から帰って来れなくなってるって聞
いて、すっごいヘコんで。約束破ったこと謝るから、もう許して?」
あまりにも必死な感じで義丸がそんなことを言ってくるので、鬼蜘蛛丸は呆然としてしま
う。何だか面白いことになってるなーと、兄貴分はニヤニヤしながら二人の様子を黙って
見ていた。
「べ、別にもう怒ってないよ。間切から、義丸もすごく昨日の月見の約束楽しみにしてた
んだってこと聞いてるし。」
「本当?」
「本当だって。だってさ・・・」
義丸にだけ聞こえるような声で、鬼蜘蛛丸はボソボソと耳元で何かを囁く。
(俺は、義丸のことが大好きなんだからな。)
「〜〜〜〜っ!!??」
そんな鬼蜘蛛丸の告白を聞いて、義丸の心臓はもう壊れてしまうのではないかと思うほど、
大きく高鳴った。もう我慢ならないと、義丸はがっと鬼蜘蛛丸の頭を捉え、目の前にある
鬼蜘蛛丸の唇に自分の唇を押しつけた。
「若いねぇ。一晩会えないだけでも我慢出来ないってか?」
「あー、だから義丸は町にいる間中、あんなに不機嫌だったのか。」
「でも、あれはガキが居る前ですることじゃねぇよなあ。」
疾風、由良四郎、蜉蝣は二人のアツアツっぷりに苦笑しながら、そんな会話を交わす。す
ぐ側にいた間切や網問は、義丸と鬼蜘蛛丸の自分達とは少し違った仲の良さを目の当たり
にし、その頬を真っ赤に染めていた。
「お前ら、人前で堂々といちゃついてんじゃねぇ!!罰として、今日の不寝番はお前らに
やらせるからな!!」
「今日も晴れてるし、きっと昨日と同じくらい月が綺麗に見えるんだろうなあ。なあ、蜉
蝣、月見しながら一杯やらねぇか?」
昨日出来なかった月見は今日にでもやってろというような意味を込めて、蜉蝣と疾風はそ
んなことを言う。それを聞いて、義丸と鬼蜘蛛丸は、驚いたような反応を見せた後、顔を
見合せて笑顔になった。
『了解しました!その罰、しっかり受けさせて頂きます!!』
声をそろえて、そう返す二人に蜉蝣達は大笑い。仲良きことは良きことだと、第三協栄丸
は仲が良すぎると言っても過言ではない若い衆の関係を、微笑ましいものとして眺めてい
るのであった。
「・・・・てなことがあったんだけどよ、お前ら覚えてるか?」
もう十年以上前のことを酒を飲みながら話しているのは、今では四功の一員となっている
蜉蝣と疾風であった。
「何でそんな昔のこと、今話すんですか?」
まだまだ子供だった頃のことを話されるのはなかなか恥ずかしいと、鬼蜘蛛丸は酒を飲ん
でいるのとは違う理由で顔を赤くし、蜉蝣と疾風にそう返した。
「何か昼間仕事してるお前ら見てたら、その時のことを思いだしてな。」
「そうそう。間切にべったりな網問とか、暇さえあれば、鬼蜘蛛丸にちょっかい出してる
義丸とか。図体はデカくなったけど、中身はそんなに変わってねぇんだなあと思ってよ。」
結構成長したと思うけどなあと思いつつ、義丸は鬼蜘蛛丸と、間切は網問と顔を見合わせ
た。
「でも、変わってないのは蜉蝣の兄貴や疾風の兄貴も同じでしょう?」
意味ありげな笑みを浮かべながらそんなことを言うのは義丸だった。くいっと一口湯呑に
入った酒を口に運ぶと、その理由を話し始める。
「わたしが、鬼蜘蛛丸とあの時より大人なことをしたいと思ったのは、兄貴達がそういう
ことをしてるのを見たからなんですよ?そういうこと、今でも結構してますよね。二人と
も。」
「ぶっ・・・ひ、人のを覗くなんて趣味悪いぞ!!お前っ!!」
「いや、俺は知ってたけどな。」
「なっ!?何で注意しねぇんだよ、お前っ!!」
「いや、そういう勉強も大事だろ。なあ、義丸。」
「ええ、兄貴達のはすごく勉強になります。」
余裕の表情で、そんなやりとりをする蜉蝣と義丸に、疾風は真っ赤になってムキーっとな
る。そんな疾風をまあまあと鬼蜘蛛丸がなだめていた。
「義兄とか鬼蜘蛛丸の兄貴がそういうのしてるってのは知ってたけど、疾風兄ィとか蜉蝣
兄ィがしてたのは知らなかった。」
「俺も。確かに同い年だし、仲いいなあとは思ってたけど。」
「お手本になる兄ィがいっぱい居て、よかったね!間切。」
「そういうこと平気で言っちゃうあたり、お前やっぱすごいよ・・・」
「へっ?何で??」
なかなかすごいことをさらっと言う網問に、間切の顔は赤くなる。不思議そうにする網問
だが、間切の顔をじっと見ていたら、そんなことはもうどうでもよくなってしまう。
「ねぇねぇ、間切、間切。」
「な、何だよ?」
くいくいと網問が着物を引っ張ってくるので、間切は網問の方を向く。すると、網問は悪
戯っ子のような笑みを浮かべ、ちゅっと間切の唇にキスをした。
「なっ・・・い、いきなり何してっ・・・」
「網問、間切好きー!!」
「へっ・・・!?」
「網問、間切好きー!!なーんてね。ちょっと昔の時みたいに言ってみましたー。」
キスをされ、初めて告白された時と全く同じ言葉を言われ、間切は無駄にドキドキしてし
まう。あまりに可愛らしい網問に、間切はもう撃沈だった。
「ねぇねぇ、間切は間切は?間切も俺のこと今でも好き?」
「そ、そりゃまあな。」
「ちゃんと言ってよ。ね、好き?」
「・・・だ、大好きっ。」
網問に迫られ、間切はそんなことを口にする。常日頃思っていることでも、口にするとど
うしようもなく恥ずかしくなるもので、間切は顔から火が出るような気分になった。そん
な間切とは対照的に、網問はぎゅーっと間切に抱きついて、何度もその言葉を繰り返す。
「もう超嬉しいっ!!間切大好きー!!」
「わわ、網問っ!!」
「俺ね、今でも間切のお嫁さんになりたいと思ってるよ。」
「お、お嫁さんって・・・・」
「だから、ずっと一緒に居て、ずっと俺のこと好きでいてね、間切。」
「お、おう。」
確かに蜉蝣や疾風の言う通り、自分達はあの頃から変わっていないかもしれないなあと思
いつつ、間切は網問の言葉に頷いた。素直で大胆で手のかかる自分の弟分。しかし、その
どんな部分も好きなんだよなーと思いながら、間切は網問の頭をよしよしと撫でるのであ
った。
END.