2月14日。ついにバレンタイン・デー当日になった。宍戸達が想像していた通りテニス
部レギュラー陣の人気はスゴイものがあった。跡部はゆうに50個は超えている。宍戸や
鳳、忍足や樺地もかなりの数をもらっている。だが、この4人は自分がいくつもらおうと
関係ない。気になるのは自分があげたい相手のチョコの数。特に、宍戸はあまりにもモテ
る跡部のことが気になってしょうがなかった。一日中、女の子達に追いかけ回され、みん
なヘトヘト。もらえるのはやはり嫌ではないので、一応全部もらうが、おそらく全部食べ
るということは無理であろう。そして、やっと放課後になり、家に帰る時間となった。
鳳は携帯のメールで滝と連絡を取り、一緒に帰る約束をした。
滝さん、ちゃんと来てくれるかなー。約束の場所はここでいいんだよね。
他の女の子と会うわけにはいかないので、鳳と滝は約束を場所は男子テニス部準レギュラ
ー専用の部室の裏にした。正レギュラー専用の部室だと逆にチョコレートを渡したいとい
う女の子達が集まってきてしまうのだ。コートに身を包み、鳳は白い息を吐きながら、滝
が来るのを待つ。3年生よりも2年生の方がHRが終わるのが少し早いらしい。
「長太郎。」
木に寄りかかって、空を見ていると自分の大好きな声が自分の名前を呼ぶのが耳に入った。
声のする方を向き、鳳は笑顔になる。
「滝さん!」
「ゴメンね。ちょっと遅くなっちゃった。」
「いえ、気にしないで下さい。それより早く帰りましょう。学校にいると嫌でも女の子に
追いかけられちゃうんで。」
「長太郎、モテるからなあ。」
「滝さんだって、そうでしょう?」
「俺は長太郎とかほどじゃないよ。準レギュに落ちちゃったからね。」
「そんなの関係ないっスよ。俺は滝さんのこと大好きです。」
普通に鳳が告白してくるので、滝は思わず笑ってしまった。この二人にはバレンタインも
普段も関係ないようだ。
「じゃあ、帰ろうか。」
「はい!」
二人は裏門からまわりを見回しながら、学校をあとにする。もうこれ以上チョコを渡した
いという女の子はいないようだ。
「滝さん。今日、滝さんの家に泊まりたいんですけど・・・いいですか?」
「うん。もちろんいいよ。うれしいなあ。長太郎からそういうふうに言ってきてくれるな
んて。」
「俺、滝さんのためにチョコ作って来たんっスよ。受け取ってもらえますか?」
「本当?」
滝はちょっと意外というような表情で鳳は見た。
「滝さんの家に着いたら渡しますね。」
「ありがとう。とってもうれしいよ。」
ニッコリと微笑む滝を見て、鳳は赤くなってしまった。しばらく歩いていって、滝の家に
到着した。
「上がって。長太郎。」
「おじゃまします。」
久々の滝さんの家だー。なんか緊張しちゃうな・・・。
二人はそのまま部屋へと向かう。滝は部屋に入るとブレザーを脱ぎ、ネクタイを解いた。
「長太郎も楽にしていいよ。」
「あっ、はい。」
そう言われて鳳もネクタイは外す。そして、鞄の中から昨日作ったチョコを出した。
「滝さん。」
改めて、滝の名前を呼ぶ。滝は鳳の方を振り返る。
「何?」
「こ、これ、チョコレートです・・・。受け取って下さい。」
「うん。ありがと。開けてみてもいい?」
「はい・・・。へたくそですけど。」
丁寧にラッピングされた箱を滝は優しく開く。中にはいくつもの可愛いらしい丸いチョコ
がキレイに並んでいた。
「これ、トリュフだよね?」
「はい。」
「長太郎、お菓子作るの上手だね。おいしそー。」
「そ、そんなことないですよ・・・。」
滝に褒められ鳳は照れる。一つのトリュフを手に取り、滝はそれを口に運んだ。
「あの・・・どう・・ですか?」
「・・・とってもおいしい。長太郎の愛情、いっぱい伝わってくるよ。」
「よかったあ。」
おいしいと言われて、鳳はホッとした。味見はしたとはいえ、滝の口に合うかが分からな
くて少し不安だったのだ。鳳が安心したような表情を見せたので、滝は微笑んでそっと唇
をよせた。
「!!」
「長太郎も一緒に食べよ。それから、その後いっぱいキスしよう。」
「えっ・・・あっ・・・はい・・・。」
戸惑う鳳だったが、本当にうれしそうな笑顔で滝が言うのでついつい頷いてしまった。自
分で作ったものだと言っても、やはり好きな人と食べると味が変わる。味見をしたときよ
りも何倍もおいしいなあと鳳は感じていた。
「食べ終わっちゃったね。」
「そう・・ですね。」
「じゃあ、キスしていい?」
「・・・・。」
鳳は黙って頷く。口にチョコレートの味が残ったまま二人は何度もキスを交わした。それ
は、とても甘くてだけれどもほのかに苦くて、まるで、自分達がチョコレートになり相手
にそれを与えているような気分になる。お互いの口からチョコレートの味が消えてしまう
まで二人は深い口づけをし続けた。
跡部と宍戸は一緒に帰る帰り道。二人ともコートを着て、マフラーをしている。今年のバ
レンタインはいつにも増して寒いのだ。
「今年もスゲェなチョコの数。」
跡部は鞄の他に紙袋いっぱいのチョコレートを持っていた。
「お前だって結構もらってんじゃねーの?」
「跡部ほどじゃねーよ。」
「でも、俺、甘いの苦手だからほとんど食えねぇんだよな。」
「もったねー。」
宍戸はそう言いながら、ポケットに入っている袋を握る。心臓の鼓動がドキドキと早くな
っていくのがよく分かった。
「・・・・でも、甘くなきゃ食えるよな。」
「まあな。それがどうかしたか?」
さらっと、跡部は言い放つ。これを聞き、宍戸は覚悟を決め、ポケットの中の物を引き出
し、跡部の前に差し出した。
「跡部!!コレ、俺が作ったんだけど、よかったら受け取ってくれ!!俺、女じゃねぇけ
ど、どうしても跡部に何かあげたかったんだ!!嫌なら捨ててもいい!!」
寒さだけではならないほど宍戸は顔を赤くして、宍戸は叫んだ。跡部はよくもまあこんな
道端でそういうことが出来るなあとちょっと感心。だが、こんなことをされてうれしくな
いはずがない。跡部は宍戸の頭をポンッとたたき、笑いながら言った。
「捨てるわけねぇだろ、バーカ!!食ってもいいか?」
恥かしさから下を向いていた宍戸は跡部の顔を見る。何のためらいもなく跡部はその包み
を開けた。完全に開いて見ると甘いココアの香りが鼻をくすぐる。
「うわっ、へタックソだな。」
「ウ、ウルセー。結構頑張ったんだぞ。」
形がいびつなので跡部は素直にバカにした。何でこういうことは素直に言うかなあと宍戸
は少し落ち込み気味。
「味の方はどうなんだよ?」
一つ手に取り、一口かじる。カリッといういい歯ごたえの後、想像していた味とは少しだ
け違う味が口の中いっぱいに広がった。
「・・・・・。」
宍戸はその光景を見て、ドキドキしっぱなし。跡部にとってあの味はおいしいのかそうで
ないのか分からない。飲み込み終わると跡部は意外そうでうれしそうな表情でそのクッキ
ーの感想を言った。
「コレ、スゲェ美味い。甘そうに見えるけど、苦味の方が強くてコクがある・・・。何か
・・・俺の好みまんまって感じの味だ。」
「本当か!?」
跡部の言葉に宍戸の表情は一気に明るくなる。
「ああ。サンキュー、宍戸。コレならバッチリ食えるぜ。」
あの跡部がお礼を言ってくれた、自分の作ったクッキーをおいしいと言ってくれた・・・
それだけで宍戸は半端じゃなくうれしくて、自然に最高の笑みがこぼれる。
「うわぁ、うれしー。何回も作り直した甲斐あったぜ。」
この笑顔に跡部はノックアウト。思わず宍戸の手を握ってしまった。
「!!な、何で、手握るんだよ!!恥ずかしいだろ!!」
「いいじゃねぇか。何、今更嫌がってんだよ。」
しばらく、むぅっとほっぺを膨らませている宍戸だったが、本当は嫌じゃないのですぐに
機嫌は戻る。
「今日、お前俺んち泊まれよ。」
「別にいいけど・・・つーか、俺もそのつもりだったし。」
「そうか。今日は特別な日だからな。さっきのクッキーのお返ししてやるよ。」
「それって・・・」
跡部の言葉の意味があっという間に理解できてしまった宍戸はまたドキドキしてしまう。
「それから・・・」
「えっ・・・何、跡部?」
跡部の手が自分の頬に触れたかと思うと、一気に顔を近づけられた。これはもうされる
ことは一つしかない。
(うわっ・・・)
思ったとおり、宍戸の唇は跡部に奪われた。初めは道端だし・・・という羞恥心があった
が、そんなのはすぐに消えてしまった。跡部のキスに宍戸はもうメロメロ。跡部が離れて
しまってもしばらくその余韻に浸っていた。
「何、ボーッとしてんだよ。」
「へっ?」
「へっ?じゃねぇよ。そんなに俺のキスがよかったのか?」
まんまと跡部に乗せられた宍戸は、正気に戻って一気に赤くなる。
「ち、違う!!」
「違くねぇだろーが。うちに帰ってからたくさんしてやる。さっさと帰るぞ。」
「〜〜〜〜〜。」
「そうそう。何だったら俺も何かお前に作ってやろうか?」
「えっ!マジで!?」
「ああ。菓子くらい作れんだろ。」
自信満々の跡部だが、はたしてそれはうまくいくのだろうか?ともかく、跡部も自分に何
か作ってくれるというので、宍戸はうれしくなり繋がれた手を握り返した。その手のぬく
もりと口に残っているクッキーの味が自然と跡部を笑顔にさせた。
ここは3年の校舎。普段からちょくちょく来ているのだが、今回は少し緊張気味。樺地は
ジローのいるクラスに向かった。下校時間が近いのでどのクラスも残っている人はほとん
どいない。まして3年生。部活ももう引退している人がほとんどなので、HRが終わった
らすぐに帰るのが普通だろう。だが、ジローはバッチリ教室に残っていた。電気の消され
た教室の窓際で机につっぷし、気持ちよさそうに寝ている。樺地はホッとした。一瞬、教
室に入ることを躊躇したが、もうジロー以外は誰も残っていないので、思い切って入った。
(ジローさん、本当よく眠っているなあ。)
樺地はそおっとジローに近づく。せっかく眠っているのに起こしてしまっては、可哀想だ
という心づかいからだ。だが、ジローの隣の席くらいまで来た時、体が机にぶつかってし
まい、ガタッと大きな音が鳴ってしまった。
「ん・・・んー・・・」
(うわっ、ジローさん起きちゃったかな・・・。)
樺地は机の音とジローが起きてしまったかもしれないというドキドキ感から固まってしま
った。ジローは重そうに頭を上げ、目を擦りながら辺りを見回す。
「んー・・・あれ?何でみんないないの?」
何時間目から寝ていたのだろうか?ジローはすっかり時間感覚を失っているらしい。ふわ
あと大きなあくびをして、もう一度目を擦って、しっかりと目を覚ました。
「もうみんな帰っちゃったのかー。誰か起こしてくれればいいのに。」
帰る仕度をしようとふと横を向いた時、ジローの視界に樺地が入った。
「うわあっ!!な、何で樺地ここにいるの!?」
「ウス。」
一応、樺地はペコッと頭を下げる。ジローは驚いて、持ち上げた鞄を落としてしまった。
「超ビックリだよ〜。どうしたの樺地?俺に何か用?」
思わぬ訪問者にジローは驚きながらも喜んでいる。樺地は自分の鞄の中からオレンジ色の
紙袋を取り出した。
「ウス。」
それをジローに手渡す。
「えっ、コレ俺にくれんの?」
「ウス。」
「わあ〜、うれC〜!!何だろ?」
わくわくしながら、ジローは袋のシールをはがし、中に入っているものを取り出した。可
愛い羊が透明な袋にいくつも入っている。
「うっわあVv何コレ、超かわE〜!!」
羊型のチョコを見て、ジロー大感激。可愛いを連発して、岳人のようにピョンピョン跳ね
て喜ぶ。
「コレ、樺地が作ったの?」
「ウス。」
「マジマジすっげー!!樺地、天才〜。すばらC〜。」
「・・・・。」
ジローの喜びように樺地はちょっと困惑。ここまで、喜んでくれるとは思わなかったのだ。
だが、うれしいのは確か。自分のあげたものをそこまで喜ばれたら、誰も嫌な気はしない
だろう。
「これってさ、バレンタインのチョコだよね?」
「・・・ウス。」
「やったあー!!樺地からバレンタインチョコもらっちゃったー♪俺ってば、すっげー幸
せもんじゃん。」
ジローもかなりの数のチョコを女の子からもらっているのだが、やっぱり樺地からのチョ
コが一番うれしいらしい。さっきまで眠っていただけあって、そのテンションの高さは尋
常ではない。
「ねぇねぇ、樺地。一つ食べてみてもいい?」
「ウス。」
「じゃあ、いっただきまーす♪」
パクッ
「おいC〜、樺地、すっげーおいC〜よコレ。ありがとーVv」
チョコを食べて、ジローの顔はさらに笑顔になる。そんなジローを見て、樺地も大満足だ
った。
ジローたちがまだ学校に残っているのに対して、岳人と忍足はすでに家へと帰っていた。
もちろん岳人の家にだが・・・。
「侑士、今日いっぱいチョコもらってたな。」
「せやなー。でも、岳人も大分もらってたやん。」
「侑士の方が絶対多いよー。でも、ちょっとむかつくなあ。侑士は俺のなのに、こんない
っぱいライバルがいるっていうかさー。」
「心配せんでもええよ。俺が好きなんは岳人だけやもん。」
「本当?」
「ホンマもホンマ。なんなら、証拠見せるか?」
心配そうに尋ねる岳人に忍足は証拠と言って、自分の作ったチョコレートを差し出した。
「侑士、コレ・・・・。」
「せや。バレンタイン・デーのチョコレート。」
「ありがとーー!!」
あまりのうれしさから岳人は忍足に抱きつく。ぎゅうっと思いっきり抱きしめて、ほっぺ
たをすりすりする。
「ちょっ・・・岳人。くすぐったい。」
「俺、超うれしい!!他のチョコレートもういらねぇ。」
「それは、もったないやろ。一応、もらっとき。」
「じゃあ、侑士に全部やるよ。俺、侑士のだけでいいよ。」
「ほな、もらっとこ。」
「あはは、侑士貧乏性〜。」
忍足からチョコをもらってご機嫌の岳人は、楽しそうに笑う。さっそく包みを開けて、中
のチョコを取り出して食べようとする。
「可愛い形だな。」
「結構作るの大変だったんやで。」
「なーんか、食べるのもったいないなあ。」
「そんなこと言わんでちゃんと食べてーな。」
「冗談だよ。食べるに決まってんじゃん♪あっ、じゃあさ・・・。」
「?」
岳人は何かを思いついたような顔で笑った。忍足は首をかしげて岳人の思いついたことを
聞く。
「なっ、なあ!?」
「ねぇ、いいでしょ侑士ぃ。」
「た、確かにやったことはなくはないけど・・・どう考えても恥ずかしいやろそれは?」
「えー、いいじゃんよー。その方がチョコの味もっとおいしくなるって。」
「う〜、せやけどぉ・・・」
「お願いVv」
岳人が忍足にお願いしたことそれは・・・『口移しでこのチョコ食べさせてVv』という
ものだった。そんなこと頼まれてもそう簡単に出来るわけがない。どうしようかと忍足が
迷っていると岳人が一つのチョコを口に挟み、忍足の口にほぼ無理やりに入れる。
「う・・・んんっ・・・」
忍足は驚いたが、口に入れられたチョコを普通に食べてしまった。
「・・・俺が食べても意味ないやん。」
「だーかーらー、今度は侑士が俺にしてくれよ。」
「そこまで言われたら、やらなアカンやん。」
押しに弱い忍足は岳人の押しに負けてしまい、結局岳人の頼みを聞いてしまう。一口サイ
ズのハートのチョコを口で挟んで岳人の口にゆっくり運んだ。岳人はうれしそうにそれを
受け取る。
「ん・・・んく・・・っ・・」
そこで離してもらえると思っていた忍足だったが、それは叶わなかった。そのままキスを
され、二人で一つのチョコを食べることになってしまう。
「おいし〜Vv侑士もっとぉ。」
「ハァ・・・もうわがままやなー岳人は。ええよ、もう最後までつきおうたる。」
「サンキュー♪侑士。」
初めはあんなに嫌がっていた忍足も岳人と食べるチョコレートの味に魅せられて、すべて
のチョコをそういうふうに食べることになってしまった。岳人にあげたものなのに半分は
自分で食べてしまって忍足は微妙な気分になる。
「あー、おいしかった!」
「俺も半分くらい食べてしもうたわ。」
「いいじゃん。本当にありがと。やっぱ、侑士は俺にとって一番だよ。」
「岳人・・・」
赤くなりながらも忍足はそう言われてうれしくてしょうがなかった。それを表そうと軽く
岳人のほっぺにキスをする。
「あっ、すまん岳人。思わず・・・。」
唖然としている岳人だが、それは大きな感動からなので、さっきよりも強い力で忍足を抱
きしめた。
「侑士ー、俺、今超幸せー!!もう今日はずーっとずーっと一緒にいような!!」
「ああ。」
抱きしめられる感じがとても心地よくて忍足は岳人を抱きしめ返した。
バレンタイン当日。それぞれ一番大切な相手にしっかりチョコレートを渡せたようだ。
END.