ここは、様々な種族が住む世界。人族、獣族、鳥族、魚族、虫族、花族などが共生してい
る。人族以外は、二つのモードを持っており、感情や気分、状況によってモードが変わる。
それぞれの種族が、その種族特有の特徴を持っており、その特徴を生かしながら環境に順
応している。今日もとてもいい天気で、浜辺や森でそこに住む種族が各々好きなことをし
て過ごしていた。
鯛モードで海を泳いでいた魚族の種ヶ島は、浜辺に見知った顔を見つける。尾びれを大き
く動かし浜辺の方まで泳いで行くと、そのまま陸へと上がる。陸へ上がると、ヒトデモー
ドとなり、魚の尻尾のようだった下半身は人の足へと変化し、普通の人とほぼ変わらない
姿形になった。
「竜次やー。」
「何度見てもそれ不思議だし。魚の状態から人の足になるとかマジどうなってるんだし。」
「細かいことは気にせんでええって。それより、何やいろいろ持ってるやん。」
種ヶ島のいる浜辺に鳥族の大曲がやってきていた。何かが入った紙袋と肉のようなものが
乗った紙の皿を手に持っているのを見て、種ヶ島はさらに大曲に近づく。
「ああ、こっちの紙袋はたい焼きで、こっちは向こうの方の浜辺で沖縄料理パーティーつ
ーかバーベキューみたいなことしてる奴らがいて、そこでもらったやつだし。」
ここから少し離れた浜辺では、魚族の甲斐、平古場、赤澤、花族の観月、鳥族の黒羽と獣
族の天根がバーベキューのようなことをしていた。ここに来る前にそこを通りかかった大
曲は少しの間それを眺めていた。
「へぇ、何もろてきたん?」
「てびちだ。お前好きだろ?ちょっと興味本位で眺めてたら、向こうから声かけてきて、
何か分けてくれるっつーから、お前がてびち好きなの思い出してもらってきた。ただもら
うだけじゃ悪ぃから、たくさん採ってきたたい焼きをいくつか分けてやったし。」
「ホンマに!?」
「ほらよ。好きなだけ食べればいいし。」
「うわー、おおきに!竜次!」
紙の皿に乗ったてびちを差し出され、種ヶ島は満面の笑みで大曲にお礼を言う。嬉しそう
にてびちを頬張る種ヶ島を見て、大曲はふっと口元を緩ませる。
「本当美味そうに食うな。」
「メッチャ美味いで!」
「俺もちょっとたい焼き食っとくか。」
この世界ではお菓子の類は木になったりしているので、その類の食べ物はある程度食べ放
題であったりする。袋の中からたい焼きを出して大曲はもくもくと食べ始める。
「竜次はホンマにたい焼き好きなんやな。」
「おう。」
「俺も魚っぽい方は鯛モードなんやで☆」
「知ってるし。」
「ほんなら、俺のことも好きやろ?」
会話の流れで種ヶ島はさらっとそんなことを口にする。どんな顔でそんなことを言ってき
ているのだろうと、大曲は種ヶ島の顔を見る。いつも通りのおちゃらけた表情で笑ってい
るので、それと同じノリで大曲も言葉を返す。
「好きだし。」
「ふえっ!?」
たい焼きを食べながらそう返してやると、種ヶ島は顔を真っ赤にして、驚いたような反応
を見せる。そんな反応をされるとは思っていなかったので、大曲も戸惑ってしまう。
「何だし、その反応・・・」
「い、いや、やって、そんなふうに返されると思ってへんかったから・・・」
「そう返して欲しい質問だっただろうが。」
「せやけど、いつもなら竜次『勘弁しろし』って返すやん。」
確かにそうかと納得する大曲だが、逆に素直に好きだと返してしまったことが恥ずかしく
なってしまう。
「・・・デカ勘弁しろし。」
恥ずかしさから思わず口をついて出る言葉はいつもの言葉だ。その言葉を聞いて、種ヶ島
は声を上げて笑い出す。
「あはは、結局言うてるし。」
「オメェのせいだろうが。」
「なあなあ、竜次、俺が竜次を初めて見たときの第一印象教えたろか。」
「突然何だし。」
また急に突拍子もないことを言い出したと大曲は呆れたような口調でそう返す。第一印象
がどうであったかなど聞いたことはなかったので、とりあえず聞いてやることにする。
「海に潜って泳いでたときな、なんとなく海の中から空眺めてたら、海の上飛んでる竜次
が見えてん。そんときの竜次はウミネコモードだったんやろな。真っ白な羽が太陽に照ら
されて、メッチャキラキラして見えて、何や天使みたいやーって思ったで。」
「天使とかウケるし。」
「そうなんよ。実際、近くで見て会って話してみたら、全然天使ちゃうわってなったわ。
せやけど、キラキラしとるんは変わらなくて、何度も会って話したり、一緒におったりし
て竜次のこと知っていくうちに、好きって気持ちで胸がいっぱいになってな。」
「そういう話になるのかよ。」
さらっと好きになったきっかけのようなものを話され、大曲は少々ドキドキしてしまう。
「せやから、こんなふうに俺に会いに来てくれたり、好きなもの持ってきてくれたり、一
緒に美味いもん食べたり出来るんが、メッチャ嬉しくて幸せなことやねん。」
はにかむような笑みを浮かべ、種ヶ島は大曲に向かってそんなことを伝える。種ヶ島のそ
の笑顔と話に大曲の胸は種ヶ島を愛しく想う気持ちでいっぱいになる。
「お前がそんなふうに笑ったり、嬉しそうにしてるとよ・・・こっちまで、嬉しくなるっ
つーか・・・」
「そうなん?」
「やっぱ、お前のこと好きだし。」
大曲のその一言に種ヶ島の心臓はドキンと跳ね、きゅんと高鳴る。
「俺も竜次のことメッチャ好きやで☆」
満面の笑みで種ヶ島はそう返す。何度も聞いている言葉であるが、その言葉が軽いという
わけではなく、むしろ、言葉にしなければ溜めておけないほど大きな想いがつまっている。
それを分かっているがゆえに、大曲は何度聞いてもその言葉が嬉しかった。
「俺は話したし、今度は竜次が俺と初めて会ったときの第一印象聞かせてや。」
そう言われ、大曲は初めて種ヶ島を見たときのことを思い出す。
(こいつを初めて見たのは、空の上からだったな。そのときは海の中で泳いでたから、鯛
モードで赤い尾びれと焼けた肌がちらちらと見えて、何つーか・・・)
「・・・美味そう?」
「は?」
「いや、だから第一印象。空からお前が泳いでんの見て、美味そうだなーと思ったし。」
「何やそれ?美味そうって、俺食う気やったん?」
思ってもみない第一印象に種ヶ島はケラケラ笑う。自分は魚族で大曲は鳥族だ。そんな種
族の違いがそのような印象を持たせたのかと種ヶ島は一種の興味深さを感じる。
「大して面白くもねぇ第一印象で悪ぃな。」
「いや、そないなことないで。美味そうってメッチャおもろいやん。」
「けど、それが第一印象だって聞いていい気はしねぇだろ。」
「美味そうは悪印象か好印象かどっちかいうたら、好印象やん?せやから、悪い気はせぇ
へんで。ちなみに今でも思ったりするん?」
興味津々とばかりに顔を覗き込んでくる種ヶ島を見て、違う意味で美味そうだと思ってし
まう。
「・・・たまにな。」
「へぇ、そうなんや。あっ、せや!」
「何だし?」
「ちょっとおもろい遊び思いついたで。竜次が鳥で、俺が魚で、食物連鎖ごっこしよか。」
「どういう遊びだし。」
わけが分からないと大曲は種ヶ島に説明を求める。
「俺が鯛モードになって海ん中泳ぐから、竜次はウミネコモードで空から俺を追いかけて、
ちゅーか見つけて?空から狩りするみたいにザバーンって海に飛び込んで、俺を捕まえる
んや。ウミネコモードやったら、海ん中入っても平気やろ?」
「鬼ごっことかくれんぼが合わさったみたいなのをちょっと特殊な状況やりてぇってこと
か?」
「さっすが竜次!そういうことやで。よっしゃ、それじゃ始めるで☆」
「ちょっと待てや。俺はまだやるなんて言って・・・」
大曲が言い終わる前に種ヶ島は海に向かって走り、海に入ると鯛モードになって勢いよく
泳ぎ始める。
「ったく、しゃあねーなあ。」
種ヶ島がある程度泳いで行くのを確認すると、大曲はウミネコモードの翼を大きく広げ、
バサッと飛び立つ。結構深いところを泳いでいるようで、種ヶ島の姿を見つけるのに少々
時間がかかった。
「あんな深く潜ってんのかよ。ウミネコモードったって、こっちは鳥だっつーの。海に潜
る負担考えろや。」
種ヶ島に対する文句を独り言のように漏らしつつ、種ヶ島の真上で止まる。そんな大曲の
姿は海の中にいる種ヶ島からも見えていた。
(さすが竜次やなー。見えるか見えないかくらいのとこまで潜ったつもりやったけど、も
う見つけられてるもんなー。何やろ?竜次が俺のこと美味そうって思ったって聞いて、物
凄いドキドキして、竜次にならちょっと食べられてもいいなと思ったりして・・・)
大曲を見ながらそんなことを考えていると、大曲が狩りの体勢に入ったことに気づく。海
に飛び込んでくるような形で、大曲は一度だけ大きく羽をはばたかせた。初めて見たとき
と同じように太陽に照らされ白く輝く翼に、種ヶ島は釘付けになる。次の瞬間、バシャン
という大きな音と共に、大曲が水中に飛び込んできた。ある程度の深さの場所にいるにも
関わらず、大曲の両腕はしっかりと種ヶ島の体を捕らえる。大曲に捕らえられ、このまま
食べられてしまうかもしれないというスリルが種ヶ島をぞくぞくさせる。
「・・・・っ!!」
種ヶ島を捕らえたはいいものの、勢いよくかなり深くまで潜ったため、大曲は止めていた
息を吐いてしまう。そのことに気づいた種ヶ島は、慌てて大曲の口を自分の口で塞ぎ、息
を吹き込む。そして、そのまま尾びれを動かし、一気に海面へと上がった。
「ハァ・・・危ねぇし、この遊び。」
「悪い悪い。一応、俺の息分けたんやけど、大丈夫やった?」
「まあな。」
少々危なかったとはいえ、当たり前のように口移しで空気を分けてくる種ヶ島に大曲はド
キドキしていた。大曲の腕は種ヶ島の腰に回され、種ヶ島の腕は大曲の首に回されている。
「なんや海の中で竜次とこんなふうに抱き合うてるなんて変な感じやな。」
「オメェがこんなとこまで連れてきたんだろうが。」
「何だかんだ言って、竜次、俺のすることちゃんと付き合うてくれるから好きやで。」
「勘弁しろし。」
呆れるようにそう放つ大曲の言葉にも種ヶ島は目を細める。
「あんなぁ竜次。」
「何だし?」
「竜次に美味そうって言われてな、ちょっと竜次になら食べられてもええかなって思って
ん。」
「はあ?魚族とは言っても魚じゃなくてほぼ人なんだから、さすがに食わねぇし。」
「せやけど、ほら、俺、ヒトデモードになれるやん?ヒトデモードなら、どこか食べられ
ても再生出来るから問題ないで☆」
「いや、余計食わねぇし。ヒトデモードなんて、見た目も体もそれこそほぼ人じゃねぇか。
カニバには興味ねぇし、それ以前にヒトデも食わねぇし。つーか、そんなに食われたいっ
てどんなだし。」
「魚族の本能・・・みたいな?」
「魚の本能だったら、それこそ食われない方向に行くだろ。ったく、とりあえず今はこれ
で我慢しとけ。」
そう言いながら、大曲は種ヶ島の唇にキスをする。海の味のする大曲とのキスは種ヶ島の
胸を焦がしていく。大曲を愛しく思う気持ちが溢れ、もっともっと欲しくなる。
「ハァ・・・竜次・・・」
「ったく、何て顔してやがる。」
「なあ、俺のこと食べてもらうんは諦めるから、その代わりエッチなことしよ。」
「どんな誘い方だし・・・別に構わねぇけど、そのままじゃ出来ねぇだろ。」
鯛モードの下半身を見て、大曲はぼそっと呟く。それはそうだと種ヶ島は笑った。
「ほなら、陸の方に移動しよか。さっきの浜辺よりもっとイイとこ知ってるし。」
「へぇ、それはちょっと興味あるし。」
「俺のお気に入りの場所やで☆」
キスだけではなくもっといろいろなことがしたいと種ヶ島は大曲を誘う。そして、基本的
に魚族以外はあまり行かない場所へと種ヶ島は大曲を連れて行く。お気に入りの場所で、
大曲と触れ合うことに心を躍らせながら、種ヶ島は大曲の手を引き、その場所に向かって
泳ぎ出した。
ところ変わってここは森を出てすぐの野原。色とりどりの花が咲き乱れるその場所で、大
きな体を丸めながら、獣族の毛利がぐっすりと眠り込んでいた。
(こんなところにいたのか。)
普段はいつの間にか側にいる毛利が今日は見当たらなかったので、花族の越知は毛利を探
していた。花畑の中心で眠る毛利を見つけ、越知は安心した表情になる。あまりに気持ち
よさそうに眠っているので、起こしてしまうのは可哀想だと、越知は静かに毛利の隣に座
った。
(本当によく眠っているな。確かにここは心地が良い。)
花が咲き乱れているその場所は、日当たりもよく穏やかな雰囲気で、花族の越知にとって
も非常に心地の良い場所であった。眠っている毛利にちらりと視線を落とすと、オレンジ
色に近い茶色の猫耳が時折揺れる。猫が大好きな越知にとって、毛利のそれは非常に魅力
的であった。毛利を起こさないように注意しながら、越知は毛利の頭を優しく撫でる。
「・・・ん、にゃ・・・」
目を覚ますか覚まさないかの状態で、毛利は越知に触れられたことに対して反応を示す。
猫の鳴き声のような寝言を漏らす毛利に、越知はドキンとしてしまう。花族はドキドキし
たり、興奮すると花の匂いが強くなる。マタタビモードの越知の香りが強くなり、毛利は
ゆっくりと覚醒する。
「んぅ・・・月光・・・さん・・・・」
まだほぼ夢の中だが、越知の香りを感じ取り、毛利は無意識に越知の名を呼ぶ。重い瞼を
開けると、すぐ側に越知の姿を見つける。
「月光さん!」
越知がすぐ側にいることに気づくと、閉じていた瞳はパッチリと大きく開き、その瞳に越
知の姿を映す。そして、嬉しそうな笑顔と明るい声を越知に向ける。
「悪い。起こしてしまったか?」
「大丈夫です!もうぎょうさん寝てるんで。」
「そうか。」
「今日は一段とええ匂いですね。寝てても気づくくらいええ匂いしてます。」
ヤマネコモードの毛利にとって、マタタビモードの越知の香りはたまらなく心地の良い香
りなのだ。香りが強くなっている理由を話そうか話すまいか考えていると、毛利がずいっ
と顔を近づけてくる。
「何だ?毛利。」
「いや、もうちょい近くで月光さんの匂い嗅ぎたいなあと思て。アカンですか?」
かなり近い距離で首を傾げながらそんなことを言う毛利に、越知はいつもの冷静さを失い
そうになる。また少し香りが強くなるのを感じ、毛利はうっとりとした表情で微笑む。
「ホンマにええ匂いや・・・月光さんの匂い大好きでっせ。」
「今はマタタビモードだからな。」
「ほんなら、月光さんの側に寄ってきた猫ちゃんはみんな月光さんにメロメロやね。」
「普通の猫には近づく前に逃げられてしまうがな。俺に近づいてくる猫なんて、お前くら
いだぞ、毛利。」
「俺は猫そのものっていうより、ちょっとヤマネコの特性があるだけやから。」
「特性だけではないだろう。この耳もこの尻尾もとても猫らしくて、好きだぞ。」
「っ!!」
頭に生えている猫耳と尾てい骨のあたりから生えている尻尾を優しく撫でながら、越知は
そんなことを言う。耳も尻尾も弱いので、越知に触れられ毛利の身体はビクッと跳ねる。
「つ、月光さんっ・・・そっちの耳と尻尾は弱いんでそないに触られると・・・・」
うつむき加減で顔を真っ赤にして、毛利は越知を上目遣いで見上げる。
(そんな顔で見つめられたら・・・・)
あまりにも愛らしい毛利の表情に、越知の鼓動は一気に速くなる。毛利の顎に指をそえ、
少し上を向かせると、越知はその柔らかな唇に口づけた。初めこそ唇が触れる程度の口づ
けであったが、すぐにより深いものになる。花族の体液は基本的に花の蜜の味なので、キ
スで混じり合う唾液の味も甘い甘い蜜の味だ。
「んっ・・・はっ・・・」
(月光さんとのキス、メッチャ甘いし、マタタビ舐めてるんとほぼ同じやから・・・ふわ
ふわして気持ちええ・・・)
毛利とキスをしていることで、越知の香りも味もその効果も強くなる。濃度の濃いマタタ
ビを一気に摂取しているような状況に、毛利は媚薬に酔っているような状態になり、恍惚
とした表情になる。
「ふ・・はぁ・・・月光さん・・・」
唇を離すと、毛利のその表情に越知の心臓はドキンと高鳴る。顔が熱くなるのを感じ、毛
利の顔から目が離せなくなる。とろけたような表情でニッコリと笑いながら、毛利は惚れ
薬でも飲んだかのように越知に好意を伝える言葉を次々に口にする。
「月光さん、好きです。月光さんとキスすると、メッチャ気持ちよくなって、月光さん好
きーって気持ちでいっぱいになるんです。」
「・・・・。」
「大好きです、月光さん。もっと俺のことぎょうさん見て、一緒にいてください。」
あまりに可愛すぎる毛利にいろいろ耐えられなくなりそうになり、越知はぎゅっと毛利を
抱き締める。もっと先へ進みたいのは山々だが、まだ明るい時間で場所もそういうことに
は向かない場所だ。越知に抱きしめられている毛利はそのことが嬉しくて、越知の背中に
腕を回し、ぎゅうっと抱き締め返す。
「俺もお前のことが好きだ。」
「ホンマですか?メッチャ嬉しいです!」
「・・・もう少しこのままでいていいか?」
「はい!」
少し落ち着くまでそのままでいようと、越知は毛利を抱く腕に力を込める。越知に力強く
抱き締められ、毛利は胸を躍らせながら、強く香る越知の匂いと触れ合う部分から感じる
体温に身をゆだねる。
(月光さんに抱き締められるんもメッチャ気持ちええなあ。また匂い強なってるし、月光
さんもドキドキしとるんやろなー。)
毛利も花族の特性は理解しているので、香りの強さや気分のよくなる具合から越知がどん
な気分でいるかは、ある程度予測が出来る。自分自身は越知といると非常に気分がよくな
って、思うままに越知に好意を伝えてしまうのだが、越知はそこまで言葉にすることはな
い。先程のように言葉にして伝えてくれることも時々あるが、それ以上に強くなる香りや
抱き締めるといった行動が越知の想いを毛利に伝えていた。
(だいぶ落ち着いてきたな。)
少し気分が落ち着いてきた越知は、毛利を抱き締めている腕の力を緩める。越知が落ち着
くと必然的に毛利の気分も穏やかなものになる。
「月光さん、ちょっとリラックスしてきました?」
「ああ。」
「月光さんは口数少なくてクールですけど、匂いとか態度でどんな気分かすぐに分かりま
すね。」
「そうなのか?」
「はい。まあ、俺がヤマネコモードで月光さんの匂いに敏感ってのもありますけど。」
「こんなにも気分に起伏があるのは、お前の前だけだと思うがな。」
「えっへへ、そないなこと言われると照れますね。」
照れたように笑う毛利に、越知はまた腕の力を込めそうになる。いつも笑顔で本当に嬉し
そうに接してくる毛利を前にすると、笑うのが苦手な自分でも自然と笑みがこぼれるよう
な気分になる。毛利の顔に視線を落としていると、その視界の端にとある花が目に入る。
(この花は・・・)
「どないしました?月光さん。」
越知の視線が自分より下の方に向けられていることに気づき、毛利はそう尋ねる。
「ああ、そこに咲いている花が・・・」
「花?」
越知の視線の先にある花に毛利も目を移す。植物が好きな毛利はその花を知っていた。
「ブルースターですね。」
「ああ。」
その花をもう少しよく見たいと、二人は一旦体を離し、その場にしゃがむ。真っ青で星の
ような形をした花に優しく触れると、毛利はその花を一つだけ摘んだ。
「月光さん、ブルースターの花言葉知っとります?」
「ああ。一応、知ってはいるが・・・」
「どうぞ。」
一つ摘んだブルースターの花を毛利は越知に手渡す。その花の花言葉を知っているからこ
そ、越知はその花を見つけたときに目を奪われた。そんな花を毛利から贈られ、越知の胸
は熱くなる。
「この花の花言葉、今の俺の気持ちにピッタリやと思て。」
「本当か?」
「はい。ブルースターの花言葉は『幸福な愛』ですよね?」
「ああ。」
「月光さんとおると、俺、メッチャ幸せですもん。月光さんのこと好きやって気持ちで心
がポカポカになるし、月光さんも俺のこと好きなんやなって感じられると、ホンマにもう
嬉しくて幸せで、この時間がずっと続いたらええのになあって思います。」
「毛利・・・」
毛利の言葉に感動しつつ、越知は足元に咲いているブルースターの花を摘む。花だけでな
く葉ごと摘み、いくつもの花がついている状態のものを毛利に差し出す。
「俺も同じ気持ちだ。お前といると何もかもが輝いて見えて、毎日が非常に充実している。
その猫のような耳も尻尾も、太陽のような笑顔も、明るい声も全てがとても愛おしくて、
いつでも側にいて欲しいと思う。本来ならもっと大きな花束で想いを伝えたいくらいなの
だが、今はこれしかなくてすまない。受け取ってもらえるか?」
普段無口な越知が饒舌に言葉を紡ぎ、思いの丈を打ち明ける。『幸福な愛』を意味する花
を差し出され、毛利は顔を真っ赤に染めながらそれを受け取った。今はそれほど強くマタ
タビの香りがしているわけではないのだが、毛利の胸はドキドキと高鳴っていた。
「ありがとうございます・・・」
「礼を言うのは俺の方だ。お前の方が先にくれただろう?」
「せやけど、月光さんの方がたくさんくれてますし、こういうのはどっちが先とかないと
思います。」
「ふっ、そうだな。」
毛利からもらったブルースターの花に口づけながら、越知は優しく微笑む。笑顔は苦手だ
と言いながら、こんなにも優しく笑うのはずるいと毛利は心の中で呟いた。掌の上にある
いくつもの青い花を見つめ、毛利は越知に想われている幸せを噛みしめる。
「月光さん。」
「何だ?」
「今日の夜も月光さんと一緒におってもええですか?」
もっともっと越知と一緒にいたいと、毛利はそんなことを尋ねる。そんなことを言われず
とも、越知はそのつもりであった。
「ああ、もちろんだ。」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに笑う毛利を見て、越知はマタタビモードでない方のモードが疼くのを感じる。
(ああ、そうか。今夜は・・・)
「今宵は満月になりそうだ。」
「ほんなら、今日は月下美人モードの月光さんが見れますね!」
「そうだな。そうなると、お前はコウモリモードか?」
「そうですね。えへへ、夜になるのも楽しみですね。」
「ああ。」
夜も一緒にいる約束をすると、二人は顔を見合わせて笑う。夜に向けてゆっくり休んでお
こうと、越知と毛利はよい香りのする花畑の中でくつろぐのであった。
END.