Various races World
〜四天宝寺・二翼〜

ここは、様々な種族が住む世界。人族、獣族、鳥族、魚族、虫族、花族などが共生してい
る。人族以外は、二つのモードを持っており、感情や気分、状況によってモードが変わる。
それぞれの種族が、その種族特有の特徴を持っており、その特徴を生かしながら環境に順
応している。今日もとてもいい天気で、川辺や野原でそこに住む種族が各々好きなことを
して過ごしていた。

大きな滝の下でオオサンショウウオモードの銀は滝行をしていた。そんな銀のもとへ、テ
ントウムシモードの財前がやってくる。
(今日も師範は修行しとるんやな。)
銀の邪魔はしないようにと思いながらも、もっと近くで眺めたいと財前は川に足をつける。
そして、ゆっくりと滝の方へ向かって歩いて行く。
(ん?あれは財前はんやな。どないしたんやろ?)
滝行をしながらも、銀は財前が来ていることに気づく。財前が来ているならそろそろ滝行
は終わりにしようと思っていると、銀はあることに気づいた。財前が歩いている場所は流
れもそこまで速くなく深さもそこまで深くないが、滝の側は急に深くなっている部分があ
る。このまま財前が進んでくると、その深い場所に財前が落ちてしまう。と、次の瞬間、
財前の体がバシャンと水の中へ消える。
「財前はん!」
慌てて銀は川の中に飛び込み、ニジマスモードで財前のもとまで移動する。しっかりと財
前の体をその腕で捉えると、そのまま川面に上がる。
「大丈夫か?財前はん。」
「ぷはっ・・・すんません、師範。滝行の邪魔してもうて。」
「それは気にせんでもええで。ワシに何か用でもあったんか?」
「いや、特に用があるってわけやないですけど・・・師範に会いたいなあと思うて。滝行
してるんが見えたんで、もうちょっと近くで眺めてたいなあと思ってたらこのざまっスわ。」
「はは、そうか。ひとまず岸に上がった方がええな。」
ニジマスモードの尾びれを揺らして、銀は財前を岸まで運び、川から上がらせる。財前は
上がらせたが、今はまだ魚のモードなので、銀はしばらく水の中にとどまっていた。水の
中にあるキラキラと銀色に光る銀の尾びれを見て、財前は素直に思ってることを口にする。
「師範のその魚の部分、メッチャ綺麗っスね。」
「そうか?そんなん言われたの初めてやな。」
「師範の名前と同じに銀色に光っとって、ホンマに綺麗です。ていうか、やっぱ他の種族
の体って自分と違うて不思議っスね。」
「確かになあ。財前はんには、翅がついとるのやろ?」
「まあ、そうっスね。普段は邪魔なんでしまっとりますけど。」
そう言いながら、財前はテントウムシの小さな触角とテントウムシらしい翅を出して見せ
る。
「こうやってみると、ホンマにテントウムシなんやな。翅も綺麗な赤で財前はんらしくて
ええな。」
「そんなん言われたことないんで、ちょっと照れますわ。」
恥ずかしそうに顔を赤らめながら財前はそう返す。可愛らしい反応を見せてくれるなあと
銀が川から上がろうとすると、財前はそれを制止する。
「あっ、師範、ちょっと待ってください。」
「ん?どないしたん?」
「師範のそれ、陸に上がると足になるんスよね?その前にちょっと触ってみたいんスけど、
ええですか?」
自分にはなく、そして、キラキラと光っている銀の尾びれをどうしても触ってみたいと思
い、財前はそんなことを頼む。少し驚きながらも、銀は快くその頷いた。
「別に構わへんで。減るもんやないしな。」
「ほんなら・・・」
川の中にある銀の尾びれに財前はそっと触れる。鱗の感じは魚そのもので、それが銀のも
のだと思うと、財前は何故か胸がドキドキと高鳴った。
「ありがとうございます・・・」
「礼には及ばんで。」
財前の手が尾びれから離れると、銀は川から上がった。地面に上がると尾びれは人の足に
変わる。そして、財前の隣に腰を下ろした。
「そういえば・・・」
「何ですか?」
「テントウムシは縁起がええ虫なんやろ?幸運を運んできてくれるって聞いたで。」
「まあ、そう言われることもありますけど、迷信じゃないっスか。」
本物のテントウムシはさておき、自分にはそんな力はないと財前はいつものクールさでそ
う答える。
「ワシはホンマやと思うけどな。」
「何でですか?」
「財前はんがワシに会いに来てくれると、嬉しくて幸せな気分になるからや。」
「それは・・・縁起がええとかとはちゃうと思いますけど。」
思ってもみない銀の言葉に、財前は少し顔を赤らめる。そんな財前の反応を見て、銀は少
しからかってやりたいという気持ちになる。
「せやなあ。縁起がええ言うよりは、単純にワシが財前はんのことを好いてるからかもし
れへんな。」
「っ!!」
「はは、こんなん言われたら財前はん困ってしまうか。」
「今更何言うとるんスか。困るわけないでしょ。」
「何でや?」
「そりゃ俺だって・・・師範のこと、好きですから。」
銀から目を逸らし、財前はボソッとそう呟く。恥ずかしそうに顔を赤らめている財前が実
に可愛らしいと、銀はニコニコと笑い財前の頭を撫でる。
「そりゃ嬉しいなぁ。」
「師範・・・」
顔を赤らめたまま、財前は銀を見上げる。その表情に胸を鷲掴みにされ、銀はどうしよう
もなく財前に触れたくなる。頬に手をあて、そっと口づけをしようとする。触れそうにな
る直前で、財前はふとあることを思い出し、銀を制止する。
「あっ、ちょっと待ってください!」
「どないしたん?って、嫌やったんやな。堪忍な。」
「ちゃいます!あの・・・さっき、俺が飲んでた飲み物、先輩らが喉渇いた言うて、勝手
に飲みよったんですよ。そんなんされたからちょっとイラっとしてたら、急にむせよって、
ありえんくらい苦くて不味い言われたんスわ。先輩らのことやし、冗談かな思っとったん
ですけど、近くにいた千歳先輩や橘さんにも試しに飲んでもろたら、不味いとはハッキリ
は言わんかったけど、わりと同じ反応で・・・」
「その飲み物が特別苦いってわけやないんか?」
「むしろ甘い部類の飲み物やったんスけどね。せやから、実は師範もそう思っとるやない
かって・・・もし、それで、師範に嫌われたらって思うと・・・」
今にも泣きそうな表情で財前はそんなことを言う。今まで何度も財前と口づけを交わして
いるが、苦い味や不味い味と感じたことはなかった。
「別にそんなふうには一度も感じたことあらへんで。」
「ホンマですか?」
「ホンマや。なんなら、今試してもええで。」
「けど・・・」
「もちろん財前はんが嫌なら無理強いはせんけどな。」
どこまでも自分のことを想ってくれている銀に、財前の胸はいっぱいになる。大丈夫であ
れば、して欲しいというのが財前の本音であった。しかし、なかなかそれを言葉にするこ
とが出来ず、困ったような表情で銀を見上げる。
(ああ、無理強いはしない言うたのに我慢出来なくなりそうや。)
「師範・・・」
「すまんな、財前はん。一度だけ、してもええやろか?」
どうしてもしたくなり、銀はそう尋ねる。銀のその言葉に財前は迷わず頷いた。財前が目
を閉じたのを確認すると、ゆっくりと唇を重ねる。ただ唇を重ねるだけでは、そこまで味
は感じない。せっかくなのでもっとしっかり確かめたいと、銀は利き手の親指で財前の顎
を下げ、軽く口を開かせる。ドキドキしながらも、財前はより深いキスを拒むことはしな
かった。
「はっ・・・んぅっ・・・」
(やっぱり、苦いとか不味いとかそないな味は感じひんな。むしろ、少し甘くて、いつま
ででも味わってたくなるような・・・そんな味やな。)
そんなことを考えながら、銀はじっくりと財前の味を愉しむ。長い長い一度のキスに、財
前はすっかり蕩けていた。
「ハァ・・・師範・・・」
「してみて思うたけど、やっぱりワシは財前はんの味好きやな。苦くて不味いなんてこと
全くあらへんで。」
「ほんなら、俺のこと嫌いになったりせぇへんですか?」
「当たり前や。こないに好きなのに、嫌いになんてなるわけないやろ。」
それを聞いて財前は恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに笑う。そんな財前を見て、銀の
胸はひどく高鳴る。
「財前はん。」
「はい。」
「もっとしてもええやろか?」
銀のその言葉に財前はいつも通りのちょっと生意気な雰囲気で笑って言葉を返す。
「俺もそうして欲しいと思っとったところっスわ。」
「ほんなら遠慮なくさせてもらうで。」
銀が財前の頬に手を添え優しく撫でると、財前はその手に自分の手を重ねる。嬉しそうな
表情のまま瞳を閉じ、顔を少し上げる。そんな財前の可愛らしいキス待ち顔を少しの間眺
めた後、銀は溢れんばかりの想いを唇から唇へと伝えることにした。

ところ変わって、ここは小さな花が咲く野原。日当たりの良い場所で、桔梗モードの白石
は本を読みながら日向ぼっこをしていた。花族は光合成が出来るため、日向ぼっこが好き
な者が多い。そんな白石のもとへ、たくさんのタコ焼きを抱えたハナムグリモードの金太
郎がやってきた。
「あー、白石やー!何しとるん?」
「金ちゃん。何やぎょーさんタコヤキ持ってるな。今は光合成しながら、毒草の本読んで
るで。」
「こーごーせー?それ、ワイも出来るん?」
「金ちゃんは虫族やから、光合成は無理かもしれんな。」
「そーなん?ほんなら、ワイはタコヤキ食べとこー。」
白石の隣に座り、金太郎は持っているタコ焼きをぱくぱく食べる。本当に美味しそうに食
べているなあと、白石は微笑みながら金太郎を見る。白石の視線に気づき、金太郎は食べ
ていたタコ焼きを白石の口元に差し出す。
「白石もタコヤキ食べたいん?1個やるで!」
「えっ?別に大丈夫やけど・・・せっかくやからもらっとくわ。」
光合成をしているため、そこまでお腹は空いていないが、せっかく金太郎がくれると言う
ので、白石は素直に口を開ける。
「どや?ウマいやろー?」
「せやな。金ちゃんが食べさせてくれたから、メッチャ美味いわ。」
「へへ、もっと欲しかったら言うてな!」
「俺はもう大丈夫やで。金ちゃんが食べや。」
白石の言葉に大きく頷くと、金太郎は残りのタコ焼きを口いっぱいに頬張る。幸せそうに
タコ焼きを食べる金太郎を見て、白石も幸せな気分になる。その瞬間、ふわっと良い香り
が金太郎の鼻をくすぐる。
「何や白石、メッチャええ匂いする。」
「んー、金ちゃんと一緒におるからかもしれんな。」
「この匂い嗅いでると、デザート食べたくなるわー。タコヤキ食べ終わったら、食べても
ええ?」
「デザート?何食べるん?」
「白石!!」
「ええ!?」
「白石は花族やからー、ちゅうとかするとメーッチャ甘くてウマいねんで!ワイ、虫族や
から白石の蜜大好きなんやで!」
屈託のない笑顔で金太郎はそんなことを言う。思ってもみない金太郎の言葉に、白石の胸
はドキドキと高鳴る。
「タコヤキ食べ終わったー。ごちそうさま!!ほんなら、白石・・・」
「えっ、えっとぉ・・・」
「ちゅうしてもええ?」
「!!」
首を傾げてそう尋ねてくる金太郎を白石は素直に可愛いと思ってしまう。少し迷ったが、
今ここには自分と金太郎しかいない。それであれば特に断る理由はないと、白石は金太郎
の言葉に頷く。
「まあ、少しくらいなら・・・ええかな。」
「よっしゃ!ほんなら、いただきます!」
そう言いながら、金太郎は白石の唇にキスをし、ペロッと唇を舐める。反射的に白石は口
を開く。
「んっ・・・」
開いた唇の隙間から金太郎は舌を滑り込ませる。白石の蜜が直接舌に触れると、心地の良
い甘さが口いっぱいに広がる。
(やっぱ、白石の蜜甘くてウマいなあ。最高や!)
甘い甘い白石の蜜に金太郎は夢中になる。金太郎としては、デザートを食べているような
感覚であるが、白石からすれば深い口づけを長い時間されているようなものだ。それゆえ、
激しく胸が高鳴り、顔が熱くなってくる。花族の特性として、そのような状態になると、
身体から放たれる花の香りは強くなり、蜜の味もより甘くなっていく。
「ふ・・はっ・・・金ちゃん・・・」
「白石の蜜、さっきよりも甘なっとるで。もっと食べてもええ?」
一旦唇を離す金太郎であるが、まだまだ満足はしていなかった。ドキドキはするものの、
金太郎とキスするのは気持ちよく少しも嫌ではないので、白石は頷いた。
「おおきに!白石。」
そう言った後、金太郎は再び蜜を味わうために深い深いキスをする。
(金ちゃんとキスするん、メッチャ気持ちええ・・・金ちゃんからしたら、そういうつも
りはないんやろうけど。)
甘い香りと甘い味。白石が与えてくれる蜜を存分に味わうと、金太郎は満足気に笑っても
う一度白石にお礼を言う。
「ホンマ甘くてウマかったわぁ。おおきに、白石。」
「満足したみたいでよかったわ。」
顔を赤らめ少し困ったような顔で笑う白石を見て、金太郎はドキンと胸が高鳴る。そして、
ふとあることが気になり出した。
「なあ、白石。」
「ん?どないしたん?」
「白石の蜜、メッチャウマいやろ?ワイ以外にも・・・あげたりするん?」
もし白石が頷いたら、胸がもやもやして何故だか嫌な気分になりそうだと、金太郎は不安
気な表情でそんなことを尋ねる。
「んー、それはさっきみたいなことを金ちゃん以外の誰かとするかって話?」
「そう!どうなん?」
「金ちゃん以外とあんなんするわけないやん。俺の蜜が美味い言うんも金ちゃんだけやで。
他の奴に飲ませたこともないし。」
恥ずかしそうにしながらも、白石は素直にそう答える。それを聞いて、金太郎の顔はパァ
っと明るくなった。
「ホンマに!?」
「そんなん嘘ついてもしゃーないやん。どないしたん?急に。」
「よく分からんのやけど、白石がワイ以外にも蜜あげとったらすごい嫌やなあって、急に
思ってん。せやけど、白石がワイ以外にはあげへんっての聞いて、メッチャ安心したわ!」
ニコニコと笑いながら、ぎゅっと抱きついてくる金太郎に白石はきゅんとしてしまう。子
供っぽいヤキモチなのかもしれないが、金太郎がそう思ってくれていることが白石にとっ
てはこの上なく嬉しかった。
「金ちゃんはホンマに俺のこと好きやな。」
冗談っぽくそう口にすると、金太郎は全力で頷く。
「大好きやで!ワイ、白石のことメーッチャ好きや!」
「・・・そないにハッキリ言われると、照れてまうな。」
全力の告白を受け、白石は恥ずかしそうに笑う。それと同時に金太郎を愛おしく思う気持
ちで胸がいっぱいになる。
「白石は?」
「ん?」
「白石は、ワイのこと好き?」
「そんなん・・・好きに決まっとるやん。好きやなきゃ、あないなことしないし、蜜欲し
い言われてもあげへんわ。」
「せやな!えへへ、ホンマのホンマに嬉しいわぁ。」
白石に好きだと言われて、金太郎はご機嫌な様子で白石にひっつく。まだまだ子供っぽい
なあと思いつつも、胸の高鳴りはいつまで経っても治まらない。
「白石!」
「何や?」
「今日の夜も白石と一緒に寝たい!夜になったら、白石んとこまた来てもええ?」
「ああ、別に構へんで。」
「あとな、もっともっとぎょーさん白石の蜜飲みたい。違う方の蜜も飲みたいわー。」
人族以外は二つのモードがあるので、金太郎の言う『違う方』とは白石のもう一つのモー
ドのことだ。
「俺のもう一つのモードは猛毒の植物やで。」
「せやけど、虫族には効かん毒やって知っとるで!」
「まあ・・・せやな。」
「毒手は怖いけど、違う方の白石の蜜も大好きや!あの蜜飲むと、何や胸がドキドキして、
白石とええことぎょーさんしたくなる!」
「!!」
夜に来るということはそういうことを期待しているといって間違いではない。それを聞い
てどこか期待してしまって自分もいる。
「ほんなら、夜来るときは金ちゃんももう一つのモードで来てや。」
「分かった!もともと夜はカブトムシの方でいることが多いからな!夜来るときは、カブ
トムシモードの方で来たるわ!」
「はは、楽しみにしとるわ。」
「ほんなら、はい!」
「ん?何?」
小指だけを立てた状態で、金太郎は白石の前に右手を差し出す。
「指切りしようや!今日の夜も一緒に過ごすって約束や。」
「ああ、なるほど。ええで。」
小指を絡め、金太郎と白石は指切りをする。指を離すと金太郎はにぱっと笑って、白石の
頬にキスをする。
「!!」
「嘘ついたら針千本飲ますはさすがに無理やから、嘘ついたら千回ちゅうにしといたるわ!」
「ええっ!?」
「んじゃ、また夜に来るで!ワイ、またタコヤキ取りに行ってくるわ!」
白石に手を振った後、金太郎はくるりと白石に背を向け走り出す。野原に一人残された白
石は金太郎が見えなくなるまで眺めていた。
「はあ〜、まだドキドキしとる。指切りまでして・・・アカン、メッチャ夜が来るん楽し
みや。」
また夜に金太郎に会えるのが楽しみで、白石は先程金太郎にキスされた頬に手を当て、顔
の熱さを感じながら、ふっと口元を緩ませた。

そよそよと葉のそよぐ音が響く森の中。その中でも一際高い木の上の枝に、イソヒヨドリ
モードの千歳とコウライウグイスモードの橘が腰かけていた。
「いやー、財前のあの飲み物ほんなこつビックリしたばい。」
「確かに驚くほど苦かったな。どうしてあんなに苦かったんだろうな?」
「んー、たぶんやけど、財前がテントウムシモードで、俺らが鳥族だからかもしれんばい。」
「どういうことだ?」
「テントウムシは鳥に食べられないように苦くて不味い体液を出すことがあるって話たい。
あんときの財前、ちょっとイライラしとったやろ?やけん、財前が口つけて飲んでたとこ
ろが俺らにとっては、苦く感じることになったのかもしれんばい。」
「なるほどな。」
確かにそのときの財前は勝手に飲み物を飲まれたということでイライラしていたかもしれ
ないと橘は苦笑する。そして、自分達より先に財前の飲み物を飲んだメンバーも鳥族であ
ったことを思い出す。
「鳥族でなければ、あんなふうに感じることはないのか気になるな。」
「それはたぶん人によるばい。少なくとも、飲み物の回し飲みレベルなんかじゃないくら
いなことしとる銀さんからはそぎゃん話は聞いたことないばい。」
「あー、石田にはイライラすることはないだろうしな。」
銀と財前が自分達と似たような関係であることを知っているため、そんなことを話しなが
ら二人はくすくすと笑う。
「こぎゃん話しとったら、俺も桔平とイチャイチャしたくなってきたばい。」
「危なくなかね?」
「ちょっとくらいなら大丈夫たい。」
そう言いながら、千歳は隣に座っている橘の手を握り、顔を近づける。急に近くなった千
歳との距離に橘は素直にドキドキしてしまう。
「桔平。」
「何・・・」
「キスしてもよかね?」
真っすぐに見つめられ、橘は思わず視線を逸らす。多少動揺しながらも、千歳のその質問
に頷いた。あまりに近い距離にある千歳の顔を直視出来ず、橘は目を閉じる。それをキス
をしてもよいという合図として捉えた千歳は、口元を緩ませちゅっと目の前にある唇に口
づけた。
「桔平とキスするんは、やっぱりドキドキするばい。」
「今ので終わりね?」
「んー、桔平はどぎゃんして欲しかね?」
「・・・もっとちゃんとしたのを、して欲しか。」
「しょんなかなー。ま、俺も今のじゃ全然物足りなかったけん、もっとするばい。」
物足りなさそうにしている橘の態度に、千歳は嬉しそうな様子で橘の顔に両手を添える。
そして、先程よりももっと深い口づけを橘に施す。
(やっぱり、これくらいの方が好きばい。)
(キスしてるときの桔平、ほんなこつむぞらしか。)
そんなことを考えながら、二人はお互いの味を味わうような深い口づけに夢中になる。橘
が千歳に向かって腕を伸ばそうとした瞬間、バランスを崩してしまう。
『っ!?』
その瞬間、千歳も橘も咄嗟にお互いの体を捉える。どちらも座っていた木の枝から落ちて
しまったが、橘を抱えたまま、千歳はバサッと藍色の翼を広げる。
「大丈夫ね?桔平。」
「あ、ああ。すまんな、ちょっとバランスを崩してしまって・・・」
「なら、よかったばい。」
千歳の負担を軽くするために、橘も黄色の翼を広げる。目の前にある黄色の翼に千歳は思
わず見惚れてしまう。
「やっぱ、桔平のその蒲公英色の羽好きばい。」
「それだったら、お前の藍色の羽だって、すごく綺麗でかっこよくて俺は好きだぞ。」
自分の腕の中でふっと微笑みながらそう口にする橘に、千歳はドキッとしてしまう。翼を
はばたかせ宙に浮いたまま、千歳は橘をぎゅうっと抱きしめる。
「桔平〜。」
「おいおい、どうした?」
「桔平がほんなこつむぞらしくて、いろいろ我慢出来んばい。」
「はは、さっきは途中だったしな。」
「木の上戻ってもよかね?今度はもっと太い枝で安定したところに座るばい。」
「そうだな。」
まだまだイチャイチャしていたいと、千歳は橘を抱いたまま、先程より太くしっかりした
枝に移動する。橘を木の幹側に寄りかからせるようにして下ろすと、自身も橘と向かい合
わせになるように座る。
「こう跨いで座ってた方がまだ安定感あるばい。」
「確かに。」
「桔平。」
橘の後ろにある木の幹に手をつき、千歳は顔を近づける。あまりの近さに橘は思わず目を
逸らす。
「ちょっ・・・近いぞ。」
「さっきまでもっと近かったやろ?照れる必要なか。」
「ばってん・・・」
「あっ、他の奴に見られるかもしれんのが恥ずかしいと?だったら・・・」
照れている橘も可愛いなあと思いながら、千歳は一際大きく翼を広げる。そして、その翼
で橘を覆い隠す。自分の視界が千歳で全て埋め尽くされ、橘の胸はひどく高鳴る。
「これでよかね?」
「これじゃ、お前しか見えないぞ。」
「そりゃ好都合ばい。」
「ほんなこつ・・・こすか。」
顔を真っ赤にして橘はそう呟く。その表情は反則だと思いながら、千歳は自身の唇を橘の
唇に重ねる。触れ合うだけの口づけを一つした後、千歳は穏やかに微笑んで、橘に尋ねる。
「もっとしてもよかね?」
「・・・ああ。」
「嬉しかぁ。好いとおよ、桔平。」
目を細めてそう囁いた後、再び唇を重ねる。千歳の言葉と唇同士が触れ合う感触。無意識
に口を開き、熱い舌を招き入れる。速くなる鼓動に徐々に上がっていく体温。千歳しか感
じられないこの状況に、橘の心は溶けていく。
(気持ちよか・・・こぎゃん気分、千歳としか味わえんばい。)
千歳が好きな色の羽を小さく震わせながら、橘はゆっくりと千歳の背中に腕を回す。指先
に触れる藍色の羽はしなやかで、それも千歳の一部だということが橘の胸を高鳴らせる。
時間を忘れてお互いの味と口づけの心地良さを楽しむと、二人はゆっくりと唇を離す。
「今、たいぎゃいい気分ばい。」
「奇遇だな。俺もばい。」
互いに顔を見合わせ、紅潮した顔で笑い合う。もっと先へ進みたい気も少しするが、さす
がにここでは無理だと、千歳は藍色の翼を閉じ、橘から少し離れる。
「んー、もっと桔平といろんなことしたか思うばってん、それは夜のお楽しみに取ってお
くばい。」
「俺はしていいとは言ってないぞ。」
それを聞いて、千歳はしょぼんとしてみせる。それを見て、橘は吹き出した。
「冗談ばい。そぎゃんがっかりすることないだろ。」
「なら、してもよかね?」
「・・・まあ、お前とするんは嫌いじゃないしな。」
「桔平ー!!」
「こら、急に抱きついてきたら危なか。」
全身で喜びを表してくる千歳に橘は困ったように笑う。日が沈むまではまだ時間があるので、
橘は雲の流れる空を見上げる。
「夜まではまだ時間があるけん、空の散歩でも行くか?」
「賛成ばい。空の散歩は鳥族の特権たい。」
「お前は散歩好きだしな。」
「桔平と一緒に何かするんやったら、何でも好きばい。」
「はは、それなら早速出発するか。」
橘の言葉に大きく頷いた後、千歳はバサッと翼を広げ、木の枝から飛び立つ。そんな千歳を
追うように橘も黄色の翼を羽ばたかせる。こっそりと手を繋ぎ、二人は青い空へと向かって
翼を動かした。青い空に映える藍色の翼と黄色の翼。そんな二つの翼が日の光に照らされ、
キラキラと輝いていた。

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