冷えし日も 春を見せたる まぼろしで 君の全てを あたためんとす 滝萩之介
(すごく寒い日も春を見せる幻術で、君の全部を温めてあげるよ。)
まぼろしは 冬の寒さを 忘れさす 今は春かと 思はるほどに 鳳長太郎
(あなたの見せてくる幻は、
今が本当の春と思えるくらい今の寒さを忘れさせてくれます。)
いつもより寒い冬の日、仕事を終えた鳳は滝の家にお茶を飲みに来ていた。息も真っ白で、
曇っていれば雪でも降りそうなほどの寒さに、鳳は軽く震えていた。
「今日は寒いですね。」
「だねー。本当凍えそうだよ。」
どちらもかなりの厚着をしているが、この時代の暖房器具では暖まるにも限界がある。
「とりあえず、気分だけでも暖まりたいね。」
「そうですね。」
「それじゃ、今練習中の幻術でもお披露目しちゃおうかな。」
そう言いながら、滝は立ち上がる。
「長太郎、少しだけ目を閉じててもらっていい?」
「はい。」
鳳が瞳を閉じると、滝は呪文を唱える。そして、ぽむっと鳳の頭の上に手を乗せると、笑
顔で語りかける。
「もう目を開けてもいいよ。」
滝に言われ、鳳はゆっくりと目を開ける。
「わあ・・・」
目を開けて目の前に広がった光景に鳳は息を呑む。滝の部屋であることは確かなのだが、
そこには色とりどりの花が咲き、小さな蝶が舞っていた。その光景はまさに春の景色であ
った。
「どう?春みたいでしょ?」
「すごいです!」
「思ったよりは上手くいったかな。まあ、あくまでも幻術だから、実際に暖かくなってる
わけじゃないけどね。」
確かにまだ空気は冷たいが、目の前の雰囲気が春になれば体感温度は変わる。寒いのは変
わらないが鳳の体の震えはすっかり止まり、顔には笑顔が浮かんでいた。
「さすが滝さんですね!」
「喜んでもらえてよかったよ。幻術もたまにはこう使ってみるのも悪くないね。」
「本当に春になったみたいです。すごいなあ。」
キラキラと目を輝かせている鳳に滝の胸はきゅんとときめく。そんな鳳に無性に触れたく
なり、滝は腕を伸ばし、鳳の体をぎゅっと抱きしめた。
「た、滝さん!?」
「こうしてた方が暖かいでしょ?」
「そうですけど・・・・」
「じゃあ、しばらくこうしてよう?」
「・・・はい。」
ニッコリと笑いながらそう言う滝の言葉に、鳳は頬を染めて頷いた。
冬の部屋にやってきた束の間の春。その中で滝と鳳はお互いにその身を温め合うのであっ
た。