「もう、いつも文次郎は無茶しすぎなんだよ。」
「そんなつもりはないんだけどな。いてて・・・」
「ほら、膏薬貼ってあげるから、制服脱いで。」
日が暮れてしばらく経った時分、文次郎と伊作は医務室にいた。いつも通りギンギンに自
主練をしていた文次郎であったが、今日は少し無理をしてしまい、ひどい筋肉痛になって
しまったのだ。
「本当文次郎は昔から変わらないよね。」
文次郎の背中に優しく膏薬を貼っていきながら、伊作はそんなことを言う。
「そうか?」
「うん。昔っから人一倍鍛錬に励んでて、いっつもケガして僕のところに来て、それでも
また頑張って・・・本当昔も今も変わらないよね。」
「まあ、確かにそうかもな。」
伊作の言葉に、文次郎は肯定するような言葉を返す。そして、伊作も変わらないなあと、
文次郎はふと思う。
「俺も変わってねぇかもしれないけどよ。」
「うん。」
「お前も全然変わらないよな。」
振り向きながら、伊作に視線を向け文次郎はそう口にする。そうかなあと首を傾げる伊作
に、文次郎は言葉を続けた。
「今も昔もこんなふうに手当てをしてくれて、俺と話して、いつも笑った顔を見せてくれ
る。それに不運なのも昔っからだよな。」
「好きで不運なわけじゃないよ。」
「あはは、そりゃそうだろうなあ。あと、あれだな。手当てした後、いつも言ってくれた
ことが俺は結構好きだったりするんだよな。」
「いつも言ってること?僕何か言ってたっけ?」
「痛いの痛いの向こうのお山に飛んでいけーってやつだ。」
「あー、確かに言ってるかも。」
文次郎の言葉に、伊作はふっと笑ってそれを認める。早く良くなるようにと願いを込めて
言うのだが、しょっちゅうケガをして医務室にやってくる文次郎には、他の人よりもたく
さん言っているなあということに気づく。
「手当てしてもらっても、痛いことは痛いんだけどな、ケガした部分に触れられてあれを
言われると、本当に痛みがひいていくような感じがするんだよ。ガキの頃は特にだな。そ
れに、お前が一生懸命、痛いの痛いの飛んでけー!ってやってんのがすごい可愛いなって
思ってたぜ。」
「そんなこと思ってたんだ。」
「今は少し違うけどよ、昔はケガしたところに触った後、腕をバンザイみたいにしてそう
言うんだぜ?そんなお前見てたら、本当痛いのなんかどっか吹っ飛んで、可愛いなあって
いう気分でいっぱいになってよ。昔からそんなだから、やっぱ今もそう言われると痛みが
やわらぐ気がするんだよな。」
「ふーん、そうなんだ。」
それなら、今もやってあげないとということで、伊作は膏薬を貼った背中に手を触れ、ペ
タリと文次郎にくっつく。そして、耳元でいつものあの言葉を口にした。
「痛いの痛いの向こうのお山に飛んでいけー。」
「い、伊作・・・」
「どう?痛いの飛んでった?」
昔とは違う少し大人びた口調でのその言葉は、可愛いと思わせるより胸をドキッとさせる
言葉であった。いずれにしても、痛みを忘れさせることには変わらない。伊作の問いに文
次郎はドギマギしながら頷いた。
「ま、まあな。」
「ふふ、よかった。このおまじない文次郎にはすごく有効なんだね。」
「それは間違いねぇな。」
文次郎の言葉を聞いて、伊作は嬉しそうに笑う。手当てをしてもらい、いつものおまじな
いをしてもらった文次郎は、くるりと体の向きを変え、伊作と向かい合わせになるように
座った。
「伊作。」
先程まで痛む背中に触れていた手を、文次郎はぎゅっと握る。いつも自分の傷を癒してく
れるその手に触れ、文次郎はひどく落ち着いた気分になる。
「どうしたの?文次郎。」
「なんとなくお前の手に触れたくなってな。嫌か?」
「ううん、そんなことないよ。」
「そうか。なら、もう少しこのままでいたいんだが、いいか?」
「うん。」
少し恥ずかしそうな笑みを浮かべて、伊作は頷く。触れ合う手から伝わるぬくもり。それ
は二人の心をゆっくりと満たしていった。