学校の授業が午前中で終わった日、せっかく学校が早く終わったのだからと、岳人と忍足
は寄り道をして帰っていた。街で軽く昼食を食べた後、普段は行かない場所に行ってみよ
うと、いつもとは違う道を通る。
「こんなに早く帰れるんやったら、映画とかでも見に行ってもよかったかもな。」
「でも、侑士が見るのは、ラブロマンスだろ?」
「せやな。ラブロマンスだと、岳人途中で寝るからなあ。」
「俺には向かないんだよ、あーいう話は。」
忍足と映画を見に行くのは全く嫌ではないが、忍足好みの映画であるとどうしても眠くな
ってしまう。それは忍足もよく分かっているので、苦笑しながら今日は別にいいといった
話をする。
「もっと晴れてりゃ、テニスしに行ってもよかったんだけど。」
「確かに雨が降りそうなくらい雲かかってるもんなあ。」
「天気予報では降らねぇって話だけど、やっぱ、テニスするならもっと晴れてる日がいい
よな。」
「ああ。」
そんな話をしながら歩いていると、二人の目にこの季節ならではのものが目に入る。
「おー、見ろよ侑士!あそこの桜、満開だぜ。」
「ホンマやなあ。他のとこの桜はまだ満開とまでは行かないから、ちょっと早い感じやな。」
「行ってみようぜ!」
これはいいものを見つけたと、岳人はその木に向かって走って行く。元気だなあと思いつ
つ、忍足はゆっくり歩きながら岳人の後を追った。
「どや?近くで見るとまた違う感じか?」
「おう。ちょっとここに立って上見てみろよ。」
忍足の腕を引いて、自分の隣に立たせると、岳人は自分達の頭の上を指差す。見上げると、
満開の花が空を覆っていた。しかし、もちろん隙間はあるので、その隙間から空が見える。
「こうやって見ると、雲がピンク色に見えねぇ?」
「あー、確かにそうやな。灰色の雲がメッチャピンクに見えるわ。」
「何か面白いな!」
「晴れの日だったらまた違うんやろな。今日は曇ってるからそう見えるのかも。」
「だったら、今日は曇りでよかったな。」
面白いものが見れたと岳人は上機嫌だ。しばらく桜の下で花を見上げていると、突然強い
風が吹き抜ける。強い風が桜の木の枝を大きく揺らし、一気に花びらが舞い散った。
『うわあ・・・』
「すげぇ。ピンクの雪が降ってるみてぇ。」
「せやな。ピンクの雲からピンクの雪が降ってるみたいに見えるわ。」
「マジ桜吹雪って感じだな!」
桜の花びらが雪に見えると、二人はそれを笑顔で眺める。かなりたくさんの花びらが舞い
落ちたので、忍足の肩にも髪にもたくさんの花びらがついていた。
「侑士、すげぇ花びらついてるぜ。」
「ホンマ?でも、岳人やって、結構花びらまみれやで。」
「そのままだとアレだし、取ってやろうか?」
「いや、自分で取れるし。」
「鏡もないのに、どうやって取るんだよ?」
笑ってそう言う岳人に、忍足は確かにそうだと納得してしまう。それだったら取ってもら
おうかと言おうとしたところで、岳人が忍足の髪に手を伸ばす。
「侑士は髪の毛長めだから、本当いろんなとこについてる。」
「それはしょうがないやろ。」
桜の花びらが髪飾りみたいで、ちょっと可愛いなあと思いながら、岳人は一枚一枚花びら
を取り除いていく。ずっと忍足の顔を眺めながら、そんなことをしていると少し悪戯をし
たくなってしまう。
「侑士、頭の上の方のも取りたいからちょっとかがんで。」
岳人の言葉に、忍足は素直に膝を曲げ、岳人の身長に合わせるかのようにかがむ。忍足の
顔が自分の顔に近づくのを見計らって、岳人はちゅっと軽く唇を重ねた。
「!!」
キスをした後、何事もなかったかのように頭の上の花びらを取り除くと、岳人ニッと笑う。
「よし、全部、花びら取れたぜ。」
「いきなりキスするのは反則やろ。」
「んー、だってなんかさー。」
「なんやねん?」
「たくさん桜がくっついてる侑士が、桜もちみたいで美味しそうだったから。」
まさかそんな答えが返ってくるとは思っていなかったので、忍足は思わずつっこむ。
「桜もちってなんでやねん。」
「桜関連で美味しそうなのっていったら、それかなあって。」
「メッチャ後付けの理由やん。」
「細かいことは気にすんなって。」
楽しそうに笑う岳人につられて、忍足も笑い出す。驚きはしたが、別に誰に見られている
というわけでもないので、岳人にキスされたことは全く嫌ではなかった。こんな天気のお
花見も悪くないなあと思いながら、忍足は再び満開の桜の花を見上げるのであった。