新月で月明かりのない夜、雷蔵は白い息を吐きながら廊下に出て星空を眺めていた。さす
がに寝巻きだけでは寒いので、ぶ厚い半纏を羽織っている。
「今日は月がないから、星がすごくよく見えるよ。」
そう言いながら、雷蔵は部屋にいる鉢屋の方を振り返る。寒がりな鉢屋は毛布にくるまり、
寒い寒いを連呼していた。
「雷蔵、そこ開いてるとすごく寒いんだが。」
「今日はそこまででもないよ。」
「雷蔵の息、真っ白じゃないか。」
「三郎も一緒に星を見ようよ。」
「この寒さだと、そっちに出るのはちょっと無理だなあ。」
雷蔵の誘いとは言えども、この寒さには勝てないと、鉢屋は毛布にくるまったまま動こう
としない。しょうがないなーと思いつつ、雷蔵は何とかして鉢屋を部屋の外に出そうと考
える。トコトコと鉢屋のもとへ歩いていくと、鉢屋のくるまっていた毛布を無理矢理剥ぎ
取り、自分の着ていた半纏を着せる。そして、枕の側に置いてある鉢屋の半纏を羽織り、
鉢屋のくるまっていた毛布をバサっと自分と鉢屋の肩にかけ、きゅっと前を閉じた。
「さすがにこれなら大丈夫だろ。」
「わわっ、雷蔵!」
毛布の前をしっかりと掴んだまま、雷蔵は部屋の外に向かって歩き出す。同じ布団にくる
まっている状態であるので、鉢屋は雷蔵に引きずられる形で廊下に出た。
「廊下冷たっ!!」
「あー、まあ、それはしょうがないね。裸足だし。」
「雷蔵はよくこんな中、ずっと立っていられるなあ。」
「なら、ちょっと座ろうか。布団の上に座ればそんなに冷たくないだろうし。」
廊下の端に腰かけるように、二人は腰を下ろす。雷蔵の言った通り、布団の上に座ってい
れば、そこまで冷たいとは感じなかった。
(寒いは寒いけど、雷蔵とくっついてるからさっきよりは寒くないな。)
一人で布団にくるまっているよりは、今の方が温かいと鉢屋はチラッと雷蔵を見る。その
視線に気づき、雷蔵は鉢屋の方へ顔を向けた。
「どうしたの?まだ、寒いって?」
「い、いや・・・」
「もっと温かくなるように、もう少しくっつこうか。」
一つの布団に二人でくるまっているので、今でも十分に距離は近いのだが、鉢屋を寒くさ
せないようにしようと、雷蔵は鉢屋の腕に自分の腕を絡める。雷蔵と触れ合う部分が増え、
鉢屋の心臓はドキドキと高鳴った。
「ほら、見てよ三郎。すごいたくさん星が見えるよ。」
楽しそうに夜空を見上げながら、雷蔵はそんなことを言う。先程までは星など見えない場
所にいたが、今は雷蔵とほぼ同じ場所にいる。雷蔵の視線の先に鉢屋も目を向けた。
「確かに、いつもよりたくさん見える気がするな。」
「だろー?綺麗だよねー。」
「そうだな。」
ニコニコして嬉しそうな表情を見せる雷蔵に、鉢屋の胸はときめく。星を見るよりも雷蔵
を見ていた方がよっぽど楽しいと思っていると、ふいに雷蔵が視線を鉢屋に戻す。
「寒いのに無理矢理こっちに連れてきちゃってゴメンね。」
「えっ?いや、別に今はそんなに寒くないし、謝られることでもないと思うんだが。」
「でも、かなりギリギリまで嫌がってただろ。」
「まあ、寒いのはあんまり得意じゃないからな。」
そんな鉢屋の言葉を聞いて、雷蔵はほんの少し申し訳なさそうな顔をしながら言葉を続け
る。
「でもね、僕がこういうことしたのは、意地悪したかったからじゃなくて、お前と一緒に
星を見たかったからなんだ。こんなに綺麗な星空を一人で見るなんてもったいないと思っ
て。」
「そうだな。見てみたら、本当思ったよりたくさん見えててビックリしたよ。」
「それならよかった。折角二人でいるんだもん。綺麗な景色とか嬉しいこととか楽しいこ
ととかは、全部三郎と共有したい。三郎と同じ景色を見て、同じことを感じて、違うこと
を感じたらそれも共有し合って。そう出来たら、すごく嬉しいなあって思って。」
少し恥ずかしそうに、雷蔵はそう口にする。そんな雷蔵の言葉を聞いて、鉢屋の体温はも
う上がりまくりだ。
(ヤバイ、嬉しすぎて言葉が出ない。)
「わがままで、ゴメンね。」
鉢屋が黙っているので、雷蔵は困ったように笑いながら呟く。
「そんなことはない!」
「えっ?」
「私もそう思う。雷蔵と同じものを見て、同じ気持ちになって、それが出来たらどんなに
嬉しいか。雷蔵が思っている以上に、私も・・・」
あまりに鉢屋が必死になっているので、雷蔵はぷっと吹き出してしまう。少し取り乱しす
ぎたと、鉢屋は恥ずかしそうにうつむく。
「ありがとう、三郎。三郎も同じ気持ちなら、これ以上嬉しいことはないよ。」
「雷蔵・・・」
「もう少し、このまま星を眺めていようか。」
「ああ、そうだな。」
どちらも真っ白な息を吐きながら、澄んだ夜空を眺める。冬の夜の冷たい空気が、二人で
いるぬくもりをより大きなものにしていった。