夜も遅い時間、間切と網問は雁番の仕事を終えて、水軍館に向かい暗い浜辺を歩いていた。
今日は薄っすらと雲がかかっていて、いつもは見える星が見えなかった。
「今日はいつもより真っ暗だね。」
「そうだな。」
「ん?あれー?」
空を見上げている網問が首を傾げて声を上げる。
「何変な声出してるんだ?」
「変な声ってなんだよ、失礼だな。たぶんあそこにあるの月だと思うんだけど、すごいぼ
やけて見える。俺、目悪くなったのかな?」
そう言われて間切も空を見上げると、そこには朧月が浮かんでいた。薄雲がかかり、ぼん
やりと光る月は、晴れの日に見えるハッキリとした月とはまた違った趣があった。
「ああ、あれは雲がかかってるからあー見えるんだ。」
「そうなの?」
「朧月って言うんだ。俺はあれはあれで綺麗だと思うけど。」
「へぇ、おぼろづきって言うんだ。よかった、目悪くなったわけじゃなくて。」
「確かに俺らの仕事だと夜目は利いた方がいいからな。」
そんなことを話しながら二人はほんの少しだけ、浜辺を散歩することにする。もともと見
張りをしていたこともあり、ある程度の暗闇ではあるが二人にはしっかり景色が見えてい
た。
「おっ。」
「どうしたの?間切。」
足元に何かを見つけた間切は、それを拾い上げる。間切が手にしていたのは、月のように
丸い真っ白な貝殻であった。
「何か面白い貝殻拾った。」
「おー、すごい真ん丸。」
「せっかくだから網問にやるよ。」
「えっ?」
綺麗な真ん丸の貝殻を間切は網問に渡す。受け取った貝殻をよく見てみると、丸いだけで
なく手触りもよく、いい感じの光沢もあり、網問は素直に嬉しいと思った。
「別に貝殻なんていらないけど、間切がくれるならもらう。」
素直にお礼を言うのが照れくさく、網問はそんなことを言う。しかし、間切からすれば、
網問の態度から嬉しがっているのは一目瞭然であった。もらった貝殻をまじまじと眺め、そ
の表面を撫でては楽しそうな笑みを浮かべる。素直なんだか素直ではないんだか分からない
なあと、間切はくすっと笑った。
「何で笑うんだよ?」
「いや、本当その貝殻気に入ったんだなあと思って。」
「へっ!?そんなことないし!!さっきも言ったじゃん、別に貝殻なんていらないって。」
「それにしては随分嬉しそうにしてるじゃん。」
本当の気持ちを見透かされているような言葉に網問はかあぁっと赤くなる。水軍の他のメ
ンバーであれば、恥ずかしさから俯いたり顔を背けたりするのだが、網問は違った。間切
からもらった貝殻を大事そうに懐にしまうと、空いた手で間切の手をぎゅうっと握る。
「何だよ?」
「間切から貝殻もらって嬉しいと思って悪い?」
「別に悪いだなんて言ってねーだろ。網問が喜んでくれるなら俺も嬉しいし。で、いきな
り何で手握ってくるんだ?」
「俺がそうしたいからだけど?」
じっと間切の顔を見ながら、網問はキッパリとそう言い放つ。こういうのはずるいなあと、
間切は図らずもきゅんとしてしまう。
「網問は自分勝手だなあ。」
間切のその言葉に少々ぐさっときながらも、そんなことで負ける網問ではない。
「間切だって、俺に手ぎゅっとされて嬉しいんでしょ!自分勝手じゃないし!」
「そりゃ、網問にそうされたら嬉しいけど・・・」
特に隠す必要もないので、間切は素直にそう答える。それを聞いて、網問はさっきよりも
恥ずかしくなり、どうしようもなくときめいてしまう。
「・・・間切、ずるい。」
「えっ?」
「何でもない!ほら、早く館に帰るよ!」
「あ、ああ。」
間切の手を引き、網問はすたすたと浜辺を歩く。少し歩いていくと、ふと二人の足元が淡
い光で照らされる。
『あっ。』
間切も網問も二人そろって空を見上げる。雲が途切れ、月明かりが漏れているのだ。しか
し、その月はすぐにまた雲に隠れてしまう。
「月、また隠れちゃったね。」
「そうだな。」
「もう少し見てたら、また出てくるかなあ。」
「出てくるんじゃないか?」
「なら・・・もうちょっとここで見てる。」
立ち止まり網問はさらに強く間切の手を握る。そんな網問の手を同じくらいの強さで握り
返す。一旦お互いに顔を合わせ、再び夜空を見上げる。先程より薄くなった雲は丸い月の
周りに大きな虹のかさがかかり、二人の目を楽しませるのであった。