幼い少女と遊園地

真っ青な空が広がる日曜日。ジローは樺地と遊園地に来ている。樺地が遊園地のチケット
を親戚ともらったと言って誘ってきたのだ。
「ひっさしぶりの遊園地だー!!」
「ウス。」
久々に遊園地に来たとジローは大はしゃぎ。相当楽しみだったのかいつも寝坊をし、遅刻
してくるジローが今日は約束の時間通りにやってきたのだ。
「なあなあ、何で跡部じゃなくて俺誘ってくれただ?二枚しかないなら、絶対跡部と行く
と思ったのに。」
「跡部さんは・・・今日は宍戸さんとお出かけだそう・・・です。」
「あー、そっか。あの二人、最近よくデートしてんもんな。」
「それに・・・・」
「何?」
「自分は・・・ジローさんと行きたいと思ってましたから・・・」
少し照れたような顔をして樺地は言う。それを聞いて、ジローはさらにテンションが高く
なった。
「マジうれC〜!!誘ってくれてあんがとな。よーし、今日はいっぱい遊ぶぞー!!」
「ウス。」
樺地も遊ぶ気満々なようだ。まずはどれから乗ろうかなあと遊園地内の地図が載っている
パンフレットを見ながらゆっくりと園内を歩き回る。ジェットコースターに観覧車、メリ
ーゴーランドにゴーカート、魅力的な乗り物がいっぱいだ。
「やっぱ初めはジェットコースターからかなあ。」
くいくい
ジェットコースターを見上げながら、そんなことを呟いているとズボンを軽く引っ張られ
るのを感じた。ジローは樺地がしてるのだと思い樺地の方をふり返る。
「何?樺地?」
「?」
ところが樺地はハテナを頭に浮かべたような表情で首を傾げる。あれー?とジローはもう
一度ジェットコースターを見上げる。
くいくい
やっぱり引っ張られている。樺地でないとなると誰だろうとジローはあたりを見渡す。ズ
ボンを引っ張られているなら下を見ればいいのかと気づいたジローは足元に目を落とした。
そこにはまだ幼稚園の年中さんくらいの小さな少女の姿。
「ありゃ?」
「・・・・・。」
迷子なのかとも思ったが、どうやらそうではなさそうだ。二人を見上げにこっと笑うと一
言こう言った。
「いっしょにあそんで?」
『・・・・・。』
思ってもみないことを言われ、二人は驚くがすぐに顔を見合わせて笑った。二人とも基本
的に子供が好きなのだ。
「君、迷子とかじゃないの?」
ジローがそう尋ねるとその少女は黙ってコクンと頷いた。それならば、まあいいかとその
少女も一緒に遊ぶことを決める。単純なジローはこういうときも即断即決なのだ。
「いいよな?樺地。」
「ウス。」
自分だけで決めるわけにはいかないので一応樺地にも了承を得る。もちろん樺地の返事は
オッケーだ。
「じゃあ、行くか。うーん、君はまだちっちゃいからジェットコースターとかそういうの
には乗れないよね。まずはメリーゴーランドとかから行く?」
「うん!!」
日本人形のような容姿をした可愛い小さな少女は満面の笑みで頷く。それじゃあ出発ーと
ジローはその子の小さな手を握り、メリーゴーランドに向かって歩き出した。樺地もその
あとを追ってゆっくり歩き出す。
「あー、楽しかったなぁ。」
「ウス。」
メリーゴーランドを乗り終えると三人は満足そうな顔で次の乗り物を探す。
「次はどれ乗ろうか?」
「あれ。」
少女は一つの乗り物を指差した。人差し指の先にある乗り物はピンクや水色、黄色や緑の
コーヒーカップ。確かにあれならこの子も乗れるし、自分達も楽しめる。ジローも樺地も
迷わずコーヒーカップに向かった。
「樺地、樺地はコーヒーカップいっぱい回しても大丈夫なタイプ?」
「ウス。」
「君は?」
「いっぱいまわす。」
どうやら全員がカップの中心にあるハンドルを回しまくっても大丈夫なタイプのようであ
る。黄色のカップに乗るとそのカップはゆっくりと回転し始めた。その回転をもっと早く
しようとジローは中心にあるハンドルを回し始める。コーヒーカップの回り方はだんだん
と速度を上げてゆく。
「あはは、すっげぇ、速い速い!!」
「キャー!!」
「・・・・・」
ジローと少女はキャーキャーと騒ぎまくっている。樺地はそんなにあからさまにははしゃ
いでいないが、かなり楽しいと感じているようだ。その証拠にいつの間にか樺地の大きな
手も真ん中のハンドルに添えられている。他のカップよりもぐるぐる回るような状態で、
三人の乗ったコーヒーカップは全体としての回転が止まるまで動き続けた。
「うわあ、周りがぐるぐる回ってるよ。」
「ウス。」
「おもしろーい。」
コーヒーカップから降りても目が回っているために景色がぐるぐると回っている。しかし、
この三人にとってはそんな感覚も気持ちが悪いのではなく楽しいの部類に入るのだ。
「さぁてと、このあとどうする?」
『観覧車・・・』
ジローの質問に二人の声が重なった。どちらも観覧車に乗りたいようだ。これがジローや
樺地ではなく、跡部や宍戸だったならば、きっと観覧車に乗るのはラストになるだろう。
しかし、この二人の場合はそんなことにはこだわらない。乗りたいんだったらとジローは
またすぐに決めてしまった。
「じゃあ、次は観覧車だな!」
「ウス。」
「うん!!」
この時間帯の観覧車は思った以上に空いていてすぐに乗ることが出来た。恋人同士はやは
り最後のお楽しみにとっておきたいと思うのであろう。観覧車に乗った三人はどう座るか
に少し戸惑っていた。そこまで広くない観覧車の箱の中。どう座ったら、全員がよく景色
が見られるを考えなくてはならない。
「俺と樺地は向かい合わせでいいよな?でも、この子をこっちにしちゃうと俺達と同じ景
色が見れないし、だからって逆にすると今度は俺か樺地が同じ方向見れなくなっちゃうん
だよなあ。」
「こうすれば・・・どうですか?」
ジローがうーんと悩んでいると、樺地はその少女はひょいっと抱き上げ自分の膝の上に乗
せた。確かにこれならみんながそろって同じ方向を眺められる。
「ああ。それならオッケーだな。でも・・・」
「?」
「あっ、いや、何でもねぇ!!あはは、気にしないで。」
何かを誤魔化すような感じでジローは笑った。でものあとに続けたかったこと。それは、
樺地に膝の上に乗れて、その女の子がうらやましいなあということだった。しかし、それ
を言ってしまったら、自分がその小さな少女に嫉妬しているみたいで恥ずかしい。だから、
途中で言葉を止め、誤魔化し笑いをしたのだ。
「わあ、にんげんがどんどんありさんみたいになってく。」
樺地の膝の上に乗せられた少女は窓から下を見下ろして、目を輝かせていた。観覧車に乗
るのは初めてのようだ。
「おー、本当だ。すっげぇいい眺め。」
「ウス。」
ジローもだんだんと空に上ってゆく観覧車からの景色にすっかり心を奪われていた。もち
ろん樺地も同じ気持ちだ。他のメンバーだったら、天辺あたりまでくると景色はおざなり
にし、お互いにいい雰囲気になるのだが、この二人は違う。純粋に観覧車からの景色を楽
しみ、普段はなかなか体験出来ない高さの感覚を楽しんでいるのだ。そんな普段は味わえ
ないわくわく感と景色のよさを十分に堪能すると、二人はニコニコ顔で顔を見合わせる。
もちろん少女もこの景色に大満足なようだ。
「観覧車もおもしろかったー。」
「ジローさん。」
「何?」
「あの・・・お腹空いたんですけど・・・何か食べませんか?」
「あー、そうだな。もうそろそろ昼だし、じゃあ、次は腹ごしらえでもしにいくか。」
「ウス。」
「わたしもたべていいの?」
「当たり前じゃん。今日はお兄ちゃん達がご馳走してあげる!」
「ありがとう!」
そんな会話をしながら、三人は何か昼食になるものが売っている売店を探す。遊園地の中
にはそんなものはいくらでもあるのですぐに見つかった。

昼食を食べ終えるとまた三人はそろって遊び始める。ゴーカートや鏡の館、お化け屋敷や
ゲームセンターなど様々なもので遊んでいくうちに、あっという間に時間は経ち、もうす
っかり太陽の色が変わり始めていた。
「はあ、もうすっかり夕方だよ。」
「ウス。」
「あのね・・・」
「ん、どうしたの?」
「あそこにいきたいの。」
小さな少女が指差した先にはお土産さん。ディスプレイからしてもかなり可愛いもの楽し
いものが置いてあるようだ。デートの記念に何か買っていくのもよいとジローはその子の
意見に大賛成。早速、その店まで歩き始めた。
「へぇ、結構いろんなもんがあるんだな。」
「ウス。」
しばらく好きなようにその店を見ていた三人だったが、あの小さな少女が一つの大きなぬ
いぐるみを抱えて二人のもとへ戻ってきた。大きなぬいぐるみといってもその少女と対比
した場合で、樺地やジローと対比すればそれほど大きなものではない。
「んっとね、これ・・・ほしいの。」
「うーんと・・・樺地、この子きっとお金なんて持ってないよね。」
「たぶん・・・」
おそらくこの少女自身はお金を持っていないだろうとジローは予測する。鞄も何も持って
いないのだからそれは間違いないだろう。念のためとジローはそのぬいぐるみの値段を見
た。少々高いが樺地とお金を合わせればなんとか買えそうだ。
「樺地、この子と遊んで楽しかったしさ、これ二人で買ってあげねぇ?」
「構わないです。」
「よし、じゃあ、買ってあげよう!!」
「いいの?」
「うん。一緒に遊んだ記念。今日は楽しかったよ。」
「ありがとう!!」
にこぉっと笑いながらその少女はお礼を言う。ジローと樺地もそれぞれ記念になるような
お土産を買って、その店を出た。少女は大きなウサギのぬいぐるみを抱え、本当に嬉しそ
うにしている。
「愛ちゃん!どこ行ってたの!!」
「あっ、せんせー。」
「あれ?やっぱりこの子迷子だったのかな?」
「ウス。」
三人がお土産屋さんを出たと同時に30代くらいの女性が慌てた様子で近づいてきた。ど
うやらこの少女の保護者的存在なようだ。
「この子のことあなた方が見ててくれてたんですか?」
「あっ、はい。」
「ありがとうございます。このぬいぐるみもあなた方が買ってくださったんですよね?」
「はい、まあ・・・。」
「この子達はこの近くにある施設の子ども達なんですよ。どの子もなんらかの理由で両親
がいないんです。なので、たまには気分転換にと遊園地に連れてきたんですが、この愛ち
ゃんだけはぐれてしまって。本当にありがとうございました。」
深々と頭を下げるとその女性は少女のことを抱っこした。そして、もう帰る時間なのか、
二人がいるのとは逆の方へと歩き始める。抱っこされている少女は二人に向かって手を振
り、大きな声で叫んだ。
「ママとパパができたみたいで、とってもたのしかった!!ありがとう、おにいちゃん!」
その顔も声も態度もひどく明るく、子どもらしい純粋さにあふれていた。その少女はとこ
とん楽しそうで満足そうな表情で帰っていったが、残されたジローと樺地は複雑な気分だ
った。『なんらかの理由で両親がいない』。その言葉が二人の頭に印象深く残った。
「なんか・・・意外と大変な状況の子だったんだな。」
「ウス・・・」
「でも、俺達と一緒で楽しそうだったからきっとよかったんだよな?それもパパとママが
出来たみたいだって言ってたし。」
「ウス。」
少々寂しげな顔をしつつも、自分達のしたことは間違っていなかったし、あの子も楽しん
でくれたということで気持ちを切り替える。もう自分達も帰ろうと入り口に向かおうとし
た時、今まで表れてなかったジローの癖が表れた。
「ふあぁ〜、樺地、俺眠くなってきちゃった。」
「ウス。」
「なあ、帰りおんぶしてってー。」
「ウス。」
眠そうな顔でジローは樺地の背中にもたれかかる。まあ、これはいつものことなので、何
の抵抗もなしに樺地はジローのことをおぶった。おぶわれたと同時にジローはまるで赤ん
坊のように眠りにつく。背中に柔らかなぬくもりを感じながら樺地は入口に向かって歩き
だした。夕焼け色の染まる遊園地。そんな様子をじっと眺めながら、樺地は今日あった出
来事を思い返しながら帰るのであった。

                                END.

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