雪と笑顔とミントキャンディー

「跡部、見ろよ!外すげぇ雪だぜ!」
「そんなに降ってるのか?」
今日は学校のない休日。宍戸は跡部の家に遊びに来ていた。昨日の夜からかなり冷え込ん
でおり、今日になってから雪が降り始めた。雪の勢いはかなり強く、既に外の景色は白く
染まり始めている。
「積もるかなー。」
「このまま降り続けてたら積もるんじゃねぇの?」
「積もったら何して遊ぼうか?雪だるまも作りてぇし、すげぇ積もるようだったら、かま
くら作るのもいいな!そうだ!雪合戦もしなきゃだな!」
雪が積もることを前提に、どんな遊びをしようか考える。こういうところはまだまだ子供
っぽいなあと跡部はふっと笑った。
「とりあえず、雪が止むまでは家の中で過ごそうぜ。まだ、そういうのが出来るほど積も
ってねぇしな。」
「そうだな。積もるといいなあ。」
雪が降っていることが相当嬉しいようで、宍戸はニコニコしながら窓から外を眺めている。
なかなか宍戸が窓から離れようとしないので、跡部はそんな宍戸を横目に、本を手に取り
ソファに座った。宍戸が雪を眺めるのに飽きるまで、本を読んでいようと跡部は本を開く。
十ページくらい読み進めたところで、宍戸が窓の方から戻って来る。
「もう雪を見るのは満足か?」
「んー、とりあえずはな。」
「積もりそうか?」
「おう!もうだいぶ木も地面も白くなってきてるぜ!」
跡部の横に腰かけ、宍戸はウキウキした様子でそう言う。それはよかったなと返すと、側
にあるクッションを抱きながら、宍戸は満面の笑みで頷いた。本の内容が中途半端であっ
たので、もう少し読み進めようと、跡部がパラパラとページをめくって読んでいると、宍
戸は跡部の肩に頭を預けた。
「何かちょっと眠いかも・・・」
「いきなりだな。」
「ずっと雪見てたら何かさ。」
「そんなに眠いなら、ちょっと寝てもいいぞ。ベッド行くか?」
「んー、とりあえずは大丈夫だと思う。」
そう言いながらも、宍戸の目はとろーんとし、いつまぶたが落ちてもおかしくない状態だ。
まあ、このまま寝てしまったら寝てしまったらでよいだろうと、跡部は無理矢理ベッドへ
移動させるというようなことはしなかった。
「・・・・・・」
しばらくすると宍戸はそのまま眠ってしまう。肩に頭を預け、跡部に接している側の手は
しっかりと跡部の服の裾を握っている。安心しきったような表情で眠っている宍戸の顔を
見て、跡部の顔は自然と緩む。
「本当に寝ちまいやがった。雪見てはしゃいで、はしゃぎ疲れて眠って、ガキみてぇだな。」
気持ちよさそうに眠る宍戸の頬をぷにっと押しながら、跡部は呟く。本を読み進めるのも
いいが、すぐ側にある宍戸の寝顔を眺めるのも悪くないと、跡部は読んでいた本を閉じて、
テーブルの上へ置いた。
「ふっ、本当無防備な顔で寝てやがる。こんなに警戒心もなく寝られてると、悪戯したく
なっちまうよなあ。」
穏やかな寝息の漏れる唇を指でつついてみたり、耳をくすぐってみたりする。そんな跡部
の悪戯に宍戸は目を覚ましはしないが、それを振り払うかのように手をパタパタとさせた
り、言葉になっていない声を上げたりする。
「んー・・・」
「起きねぇのはさすがだな。もっといろいろしてやりたい気もするが、とりあえず今はや
めとくか。」
あまり悪戯しすぎるのも可哀想だろうと、跡部は寝顔を見るのは止めないものの、ちょっ
かいを出すのは止めることにする。宍戸が寝ている間、好きな音楽でも聞いていようと、
跡部はオーディオ機器のリモコンを手にし、再生ボタンを押す。音楽がかかり始めようと
も、跡部が聞く音楽は基本的にはクラシックなので、宍戸がその音で目を覚ますというこ
とはなかった。一枚のCDが聞き終わるか否かというところで、宍戸はようやく目を覚ま
す。
「ん・・・はれ?俺、何してたんだっけ?」
「やっと起きたか。」
「あー、跡部。そっか、俺、寝ちまったんだ。」
「気持ちよさそうに寝てたぜ。俺様の肩はそんなに寝心地がよかったのか?」
「寝心地いいかどうかはさておき、気持ちよく眠れたのは確かだな。」
ぐーっと伸びをしながら、宍戸は素直にそう答える。外では雪が降り続いているにも関わ
らず、跡部の部屋の中は、快適な温度が保たれているため、非常にリラックス出来るのだ。
「眠ってると喉渇くだろ。何か飲むか?」
「今は別にいいや。何か飲むっつーより、どちらかと言えば、何か食いてぇな。」
そんな宍戸の言葉に、跡部はちょうどいいものがあると、棚の中から小さなビンを取り出
す。中には真っ白で真ん丸の何かが入っていた。
「この前買ったんだけどよ、まだ開けてねぇんだよな。」
「何だよ?これ?」
「『スノードロップ』って名前らしいぜ。テメェが好きそうな感じだから、買っておいて
やったんだ。」
「確かに真っ白で雪みてぇだけど、何で俺が好きそうってなるんだ?」
「とりあえず食べてみれば分かると思うぜ。」
ソファの前にあるテーブルの上にそのビンを置くと、跡部はビンのふたを開け、中身の飴
を一つ取る。そして、そのまま宍戸の口元まで持っていった。
「口開けろ。」
そう言われ、宍戸は素直に口を開ける。口の中に雪の色をした飴玉を入れられる。コロン
と舌の上でその飴玉が転がると、宍戸は跡部の言葉の意味を理解する。
「この飴、ミントキャンディーだ!」
「テメェ、ミント好きだろ?見かけもなかなかいい感じだったし、ミント味ならお前が喜
んで食べるだろうと思ってよ。」
「おう!この飴かなり美味いぜ!激俺好みの味だ!」
「そりゃよかったな。」
「跡部も食ってみろよ。本当『スノードロップ』って名前がピッタリな感じだぜ。ミント
の清涼感が結構強くて、冷たい感じが雪みたいで。」
「へぇ、なら俺も食ってみるか。」
宍戸がその飴を絶賛するので、跡部も一つ食べてみる。口の中に入れた瞬間に感じるミン
ト独特の清涼感は、冷たい雪が舌の上で溶けるような錯覚を起こさせる。その味はまさに
『スノードロップ』という名前にふさわしい味だと、跡部は宍戸の言っていたことに同意
する。
「確かに『スノードロップ』って感じだな。」
「だろ?この何とも言えない冷たい感じがいいよな!」
「ああ。悪くねぇ。」
「跡部はやっぱこういうのを選ぶセンスあるよな。」
宍戸に褒められるようなことを言われ、跡部は嬉しくなる。いつものように当然だと返す
が、内心は宍戸に褒められて、どうしようもなく胸が躍っていた。
「まあ、テメェがミントが好きってわけじゃなけりゃ買わなかったかもしれねぇけどな。」
「なら、少しは俺も貢献してるってことか。」
「ミント味のものは全然嫌いじゃねぇが、あえて買おうとはあんまり思わねぇし。」
「えー、美味いのに。」
「だから、テメェの為に買ってやったんだろうが。ま、今回ばかりはそれでいい思いが出
来たわけだから、テメェの好みに感謝だけどな。」
自分の好みが認められているような跡部の発言に、宍戸は嬉しそうに笑う。口の中に広が
る好きな味に、胸を高鳴らせる跡部の言葉。どれもが宍戸を喜ばせ、絶え間なく笑みをも
たらす。そんな宍戸の嬉しそうな笑顔は、跡部にも笑みをもたらしていた。
「何そんなにニヤけてんだよ、跡部」
「アーン?別にニヤけてなんかねぇぜ。ニヤけてるっつったら、テメェの方がよっぽどだ
ろ。」
「俺はだって、俺の好きなもん食べてるし、雪も降っててテンション上がるし。俺にとっ
ていいことがいっぱいだから、つい顔が緩んじゃってるだけだぜ。」
「だったら俺も同じだ。」
跡部は特に好きなものを食べてるわけでもないし、さっきの態度からすれば雪が降ってい
ることに対して、それほど浮かれてるというわけではない。だったら、何に対してそんな
に顔を緩ませているのだろうと、宍戸は不思議に思い、首を傾げる。
「跡部のテンション上がる要素が何なのか、俺にはさっぱりなんだけど。」
「言っていいのかよ?」
「そんな変なことなのか?」
「別に変なことではないぜ。ただ、テメェは嫌がりそうだなと思ってよ。」
「そう言われると逆に気になるじゃねぇか。何だよ?」
そこまで聞きたいのならと、跡部は自分の顔が緩んでいる理由を話した。
「雪が降ってるってはしゃいでる宍戸も、俺の肩を借りてぐっすり眠っちまう宍戸も、俺
の買った飴を食べて嬉しそうに笑ってる宍戸も、全部俺にとっちゃ、顔が緩む要素になる
ってことだ。ガキみてぇにはしゃいだり、笑ったり、そりゃこっちもつられて笑顔になる
ってもんだぜ。」
「じゃあ、跡部がニヤけてる理由は俺ってことかよ?」
「ま、そういうことだな。」
自分がはしゃいだり、笑ったりするのが理由だと言われて、宍戸は何となく恥ずかしくな
ってしまう。しかし、その理由を聞いて嫌な気はしなかった。
「変なの。でも、ま、悪いことではねぇんじゃねぇの?」
照れ隠しに宍戸はそんなことを言う。口の中で飴をコロコロしながら、顔を赤らめている
宍戸に跡部は若干ムラっとしてしまう。
「悪いことなんて一つもねぇよ。ただあんまり可愛い顔見せられ続けるとな・・・」
「へっ?」
紡ぐ言葉を途中で止めて、跡部はちゅっと宍戸の唇にキスをする。どちらもミントの飴玉
を舐めていることもあり、そのキスは紛れもなくミント味であった。
「こういうことがしたくなっちまうんだよな。」
「なっ・・・なっ・・・」
突然キスをされ、顔を真っ赤に染め、口をパクパクさせながら、宍戸は跡部を見る。宍戸
に見られているのを分かっていて、跡部は自分の唇をペロっと舐めた。
「俺も結構ミント味好きだぜ。テメェの味だからな。テメェにキスするとミントの味がす
ることが多くて、それがミント味の印象になっちまってるみてぇだ。」
今のキスもミント味だったと遠回しに言う跡部の言葉に、宍戸の顔はより赤く染まる。
「そ、それは、ミントの印象として明らかにおかしいだろ・・・」
「俺様にとっては普通のことだけどな。ミントの味はテメェの味だ。」
「変なこと何回も言うな!」
「変なことじゃねぇよ。ごく当然のことを言ってるまでだぜ。」
宍戸が恥ずかしがっているのが面白くて、跡部はわざと宍戸の羞恥心を煽るようなことを
言う。恥ずかしがっているとケンカ口調になり、怒っているような表情を見せるが、そん
な宍戸も跡部にとっては萌える表情と態度の一つであった。
「もう跡部なんか知らねぇ!話しかけてくんな、アホ!」
「そんなに機嫌損悪くなるなよ。ほら、もう一つ飴玉やるから。」
「そんなもんで・・・んむっ・・・」
不機嫌モード全開な宍戸の口に、無理矢理飴玉を押し込む。無理矢理食べさせられたにも
関わらず、口の中に広がる爽やかなスノードロップの味は宍戸の心を落ち着かせた。
「むぅ・・・」
まだ少し不機嫌なようなので、跡部は窓の方へ移動し、閉まっていたカーテンを開ける。
いまだに降り続く雪は、先程とは比べ物にならないほど降り積もり、宍戸の望んでいる状
態に近づいていっていた。
「ほら、雪もこんなに積もってるみてぇだし、いつまでも膨れっ面でいるんじゃねぇよ。」
雪のことを思い出し、宍戸はパタパタと窓のところへ駆け寄る。窓から見える景色はそれ
はもういつもとは別世界で、不機嫌だった宍戸の表情を一気に明るくさせた。
「すげぇ積もってる!」
「だろ?これならテメェの遊びたいと思ってる遊びは出来るだろ。せっかくだから俺様も
付き合ってやるぜ。」
「おう!」
ここまであからさまに態度が変わると思っていなかったが、とりあえず宍戸の機嫌が直っ
て一安心と跡部はホッと胸を撫で下ろす。本当単純だなあと思いつつ、そこがまた宍戸の
いいところだと跡部はふっと口元を緩ませた。
「跡部、雪がたくさん積もって、遊べるくらいになったら雪合戦で勝負だからな!雪合戦
では負けねぇぜ!」
「望むところだ。返り討ちにしてやるよ。」
すっかり機嫌のよくなった宍戸の誘いに跡部は頷く。暖かく騒がしい部屋の外では、宍戸
の望みを叶えるために、静かに雪が降り続くのであった。

                                END.

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