夢の中のイヴ

五月もそろそろ終わるという頃のある日、今日は午後の練習は休みであった。そんな時間
のある時に大曲は昼食を食べた後、珍しく本も読まずにぼーっとしていた。
「どうしたん?竜次。体調でも悪いん?」
「いや、今日変な夢を見てよ。それをちょっと引きずってる。」
「何や怖い夢やったん?悪夢見て調子悪そうにしとるなんて、竜次らしくないやん。」
「お前の夢だったんだよ。」
「えー、俺の夢だったのに悪夢やったん?」
「別に悪夢ってわけじゃねぇけどよ。何つーか結構重ため?の夢だったし。」
自分の夢だと聞いて、種ヶ島は俄然その夢に興味がわく。どんな夢であったかを是非知り
たいと種ヶ島は大曲に尋ねる。
「どんな夢だったかちゃんと覚えてるん?メッチャ気になるわー。」
「夢だからそんなに細かくは覚えてはねぇけど、印象深かったからある程度は覚えてるし。」
「ほんなら教えて?」
「しゃあねーなあ。」
興味津々とばかりにわくわくした眼差しを送ってくる種ヶ島をちらりと見ると、大曲は小
さく溜め息をついた。そして、ゆっくりと今日見た夢の内容を話し始めた。


自分達で作りたいものがあり、高校生の何人かが合宿所のキッチンを使って料理をしてい
た。そんなとき、誰かがふとした弾みに包丁を落としてしまい、たまたま屈んでいた種ヶ
島の腕を掠める。包丁の刃が肌に触れたのを見て、種ヶ島はあっというような顔をする。
その様子を大曲は見ていた。
「おい、今、腕切っただろ?」
「ちょっと掠めただけやって。せやけど、一応、医務室行ってくるな。」
「ついていく。」
「ええって。一人で行けるから、心配せんでええよ。」
「でもよ・・・」
切った腕を逆の手で押さえながら、種ヶ島は一人医務室へと向かう。一度は追うのを止め
た大曲であったが、やはり心配なので少し時間を置いてから追いかけた。
(はあー、危なかった。危うくバレるとこやったで。)
医務室にはちょうど誰もおらず、種ヶ島はパックリと開いた傷口を見る。いかにも刃物で
ついたような傷にはなっているが、その傷口からは一滴も血が出ていない。特に痛くもな
いのだが、そのままにしておくわけにはいかないので、種ヶ島は包帯を探した。
「おっ、あったあった。」
包帯を見つけ、早速腕に巻こうとすると、ドアの前に立っている大曲と目が合う。
「あっ・・・竜次・・・」
「お前、その腕・・・」
気まずそうな表情を見せた後、種ヶ島は唇に人差し指を当てる。
「今、見たことは他の奴には内緒やで。」
「いや、ちゃんと説明しろし。腕、かなり深く切れてるけど、血出てねぇよな?」
大きく溜め息をつくと、種ヶ島は大曲を手招きし、カーテンで隠れるベッドに腰かけさせ
る。そして、ざっくりと切れた腕を大曲に見せた。
「見ての通り、がっつり腕は切れてるけど、血は出てへん。何でやと思う?」
「そうだな・・・人じゃない、とか?」
「おー、ええ勘しとるやん。ほぼ正解やで。」
「はあ?何言って・・・」
「信じるか信じないかは竜次に任せるで。あんなぁ、俺、実はアンドロイドやねん。」
「・・・・・」
冗談っぽく言っているが、腕の傷を見る限り種ヶ島の言っていることを信じないと辻褄が
合わない。少し考えた後、大曲は種ヶ島の顔を見る。
「・・・正直、信じられねぇ話だけど、その傷見せられちゃなあ。まあ、お前が隠してお
て欲しいって言うなら、誰にも言わねぇよ。」
「おおきにな。竜次。それから、もう一つお願いがあるんやけど・・・」
「何だし?」
「今までに通りに接してくれると嬉しいなぁ。」
「分かった。」
大曲が頷いたことで、種ヶ島は心底ホッとしたような表情で笑う。アンドロイドだと聞い
たところで、別に種ヶ島であることには変わりはない。いつも通り接することなど、造作
もないことだと大曲はそこまで動揺することなく、種ヶ島から聞いた話を飲み込んだ。

それからしばらく経ったある日、種ヶ島は部屋の中でかなり憂いた表情をしていた。そん
な種ヶ島の態度が気になり、大曲は声をかける。
「どうしたよ?お前にしては随分暗い顔してるじゃねぇか。」
「んー、何でもあらへんよ。」
「何でもない顔じゃねぇだろ。何か悩んでることがあれば話せや。」
「あんなぁ・・・明日で竜次とはお別れやねん。」
「は?どういう意味だし。」
泣きそうな顔で笑いながら、種ヶ島はそんなことを呟く。その言葉を聞いて、大曲の胸は
ぎゅっと締めつけられる。
「俺の寿命は18年やねん。明日は俺の誕生日で、18歳になるんや。せやから、明日が
終わったら、さよならなんや。」
「冗談だろ・・・?」
「冗談だとよかったんやけどなあ。ホンマのことやねん。」
「ちょっと待てよ・・・そんなこと急に言われても、覚悟出来ねぇし。どうにか回避する
方法とかねぇのか?」
種ヶ島がアンドロイドだと聞いたときはそこまで動揺しなかった大曲であったが、明日を
越えると死んでしまうというようなニュアンスの話を聞き、ひどく動揺する。
「・・・ないことはないんやけど、たぶん無理やねん。」
「はぁ!?そんなのやってみねぇと分からねぇだろ!」
「竜次・・・」
必死になっている大曲を前に、種ヶ島は一瞬期待をしてしまう。しかし、期待をすればダ
メだったときのショックが大きくなる。過度に期待する気持ちを必死で抑えながら、種ヶ
島は絞り出すように回避の方法を大曲に話す。
「18歳を超えても死なない方法は・・・18歳の誕生日の日に自分が想いを寄せている
相手に自分の全てを受け入れてもらった上で、ありったけの愛情を注いでもらわなきゃア
カンのや。しかも具体的な方法は分からんのやで。もうハードル高すぎて絶望的やろ?」
「もし、それが出来たら・・・死なずに済むのかよ?」
「昔聞いた話だと、本物の人間になれるらしいで。アンドロイドではなくなるけど、寿命
は普通の人間並みになるっちゅーことやな。」
「まるで物語の呪い解く方法みてぇだな。」
嘘のような話ではあるが、今はそれを信じるしかない。とにかく明日まで時間がない。ど
うにか種ヶ島を助けたいと、大曲は種ヶ島から情報を聞き出そうとする。
「で、お前の想いを寄せてる奴は誰なんだよ?まさかいないとか言うんじゃねぇだろうな。
それだとそこでもう・・・」
大曲の言葉を聞いて、種ヶ島はドキッとする。どうせ18歳になればこの身はなくなって
しまうのだから、この想いは自分の胸にしまったままでいよう。そう考えていたのだ。
「それ言わなきゃアカン?」
「当たり前だろ!俺はお前を助けてぇんだ。明日、いや、明後日か。死ぬかもしれないっ
て言われて、黙って何もせずにいられるわけねぇだろうが!」
自分のことを考えてそんな言葉をかけてくれることが嬉しくて、種ヶ島は泣きそうになる。
しばらく黙ったまま、種ヶ島はうつむく。そんな種ヶ島に業を煮やした大曲は種ヶ島の肩
を掴んだ。
「おい!修二!!」
大曲に名前を呼ばれ、種ヶ島は顔を上げる。目の前にある大曲の顔は今までみたことがな
いくらい必死で、真剣に自分のことを考えてくれていることが嫌というほど伝わってきた。
そんな大曲を見て、種ヶ島は重い口を開く。
「俺が・・・俺が好きなのは・・・」
「誰だ!?誰でもいい!!お前を救えるヒントになるなら。」
「俺が好きなのは・・・竜次、自分やねん。」
「は・・・?」
言うつもりのなかった想いを本人に向かって告白することになってしまった状況に、種ヶ
島は真っ赤になって再びうつむく。まさか自分の名前が出るとは思っていなかったので、
大曲は驚きはするものの、その表情は一気に希望に満ちたものになる。
「それ、本気で言ってるのか?」
「どうせ明日までしか生きられんし、言わないつもりやったんや。こんな想い伝えたら、
竜次の迷惑になると思て。」
「そんなことねぇし。それに、これで一気に解決の糸口が見えてきたからな。」
「えっ・・・?」
「さっきの話だと、俺がお前の全てを受け入れて、俺がお前のことを存分に愛せばいいっ
て話だろ?アンドロイドのお前のこと余裕で受け入れられたんだ。受け入れるって点では
文句なしだろ。」
「せやけど・・・」
「俺はお前を失いたくねぇ。だから、明日はやれることをやるぞ。」
「竜次・・・」
大曲が自分のことをどう思っているのかハッキリとは分からないが、種ヶ島の胸にほんの
少しの希望が生まれる。もう想いは伝えてしまったのだから、ダメだったとしても後悔は
ないようにしよう。そう考えながら、種ヶ島は大曲の言葉に頷いた。

種ヶ島の誕生日当日、種ヶ島の体調がすぐれないということを理由に二人は練習を休んだ。
二人きりの部屋の中、大曲と種ヶ島は黙って向かい合う。
「ありったけの愛情を注ぐって、マジでどうすればいいんだし。」
「竜次的にはどう思う?童話やったら、王子様のキスやろなぁ。」
「試してみるか?」
「へっ!?」
「とにかく思いつくものは全部試してみねぇとダメだろうが。タイムリミットは今日一日
だけなんだろ?」
「お、おう。」
まさか大曲とこんなことになるとは思っていなかったので、種ヶ島はドギマギしてしまう。
(どないしよ。竜次とキスするとか、ドキドキしすぎて寿命が縮まりそうや。)
これからキスされるのかと緊張していると、大曲の手が頬に触れる。大曲の顔が至近距離
にある状況に、種ヶ島はゴクリと唾を飲み込む。そして、無意識に大曲への想いを口にし
ていた。
「竜次、好きやで。」
「・・・・っ。」
種ヶ島のその言葉に大曲の心臓は大きく脈打つ。そして、気がついた。
(ああ、そうか。俺は本気でコイツのことが好きなんだな。)
気づいていなかった気持ちに気がつき、大曲はその想いを伝えるかのように今しがた自分
への想いを口にした唇にキスをする。アンドロイドとは思えないほど、柔らかく心地のよ
い唇。その感触を何度も味わいたいと、大曲は何度も何度も種ヶ島に口づけを施した。
「・・・ふはぁ、こないに激しいキスされるとは思ってなかったわ。」
「悪ぃ。つい・・・」
「せやけど、メッチャ嬉しいで☆竜次とこんなキス出来るなんて、ホンマ夢みたいや。」
心から嬉しそうな笑みを浮かべ、種ヶ島はそんなことを言う。自分の気持ちに気づいた後
で、そんな言葉を言われれば嫌でもときめいてしまう。
「なあ・・・」
「何?」
「お前が嫌じゃなければでいいんだが、お前のこと抱いてもいいか?」
心の奥底でほんの少しだけ期待していたことを大曲はさも当然かのように口にする。その
言葉を聞いて、種ヶ島はにっこりと笑って頷く。
「ええで☆もし、人間になれなかったとしても、大好きな竜次に抱いてもらえるんなら、
明日寿命がきたとしても悔いはないわ。」
「そんなこと言うなし。絶対に死なせねぇよ。」
「何でそこまでしてくれるん?」
「はあ?そんなの決まってんだろ?」
まさかそこまでしてもらえるとは思っていなかったので、純粋な疑問として種ヶ島は大曲
に尋ねる。その質問に大曲は真剣な表情で答えた。
「俺もお前のことが好きだからだ。」
「・・・・・。」
大曲からの想いを告げる言葉。その言葉が種ヶ島の胸の奥の奥に沁み込んでいく。その瞬
間湧き上がる抑えきれない想い。大曲に向かって大きく手を広げると、種ヶ島は実に幸せ
そうな表情で大曲を誘った。
「俺の心も体も竜次でいっぱいになるくらいたくさんして。」
「ああ。」
種ヶ島の希望通り、大曲は精一杯の想いを込めて、優しく激しく種ヶ島を抱く。その体温
も声も内側の熱さも・・・どれも人と変わらず、アンドロイドであるとは思えなかった。
繋がりながら高みに昇りつめる瞬間、種ヶ島はボロボロと涙を流しながら、この上ない幸
せな笑顔を浮かべて言葉を紡ぐ。
「おおきに、竜次。今、メッチャ幸せや。大好きやで。」


「って、ところで目が覚めちまってよ、夢の中のお前が人間になれたのか次の日になって
寿命がきたのか分からないままで、すっげぇもやもやしてるし。」
「夢の中の俺の設定ヤバイな。メッチャおもろい夢やん。」
あまりに物語性のある大曲の夢を聞いて、種ヶ島はニヤニヤしてしまう。しかも、夢の中
だとしても、最後までやっているときた。大曲もそんな夢を見るのかあと種ヶ島は何だか
少し嬉しくなってしまう。
「まあ、でも、あれやな。」
「何だし?」
「竜次がそんな夢見たん、コレのせいやろ?」
そう言いながら、種ヶ島は大曲の机の上に乗っていた二冊の本を手に取る。一方のタイト
ルは『未来のイヴ』、もう一方のタイトルは『世界の童話集』であった。
「俺はちゃんと読んだことないからあんまり詳しくは分からんのやけど、『未来のイヴ』
って、アンドロイドの話やろ?ある年齢になったらどうこうとか、想い人に愛してもらわ
ないと死んじゃうとか、眠り姫とか人魚姫とかみたいやん。竜次は昨日、この二冊を二刀
流で読んでたもんなあ☆」
「あー、なるほど。」
種ヶ島に指摘され、大曲は何故自分があんな夢を見たのか理解する。
「それから、俺の誕生日に何かしないとっていうのは、今日が俺の誕生日だからやで☆」
「ああ、そうだったな。」
「夢に見るほど、俺の誕生日意識してたん?」
「別にそんなことねぇし。」
「素直やないなあ。もっと盛大に祝ってくれてええんやで☆」
「勘弁しろし。」
いつも通りのそっけない態度に種ヶ島はくすくす笑う。何の気なしに大曲は夢の内容を覚
えている限り語ってくれたが、その話を聞いて種ヶ島は素直に嬉しいと思っていた。
「夢ってわりと無意識な面が多いよなぁ?」
「まあ、そうなんじゃね?」
「ほんなら、竜次は無意識でも俺のことメッチャ好きって思ってるってことやんなぁ。必
死でアンドロイドの俺のこと助けようとしてくれたんやろ?」
「・・・うるせぇし。」
それは自分でもよく分かっているので、大曲は照れ隠しにそう答える。思いがけずいい話
を聞けた種ヶ島は、ご機嫌な様子で大曲にくっつきに行く。
「竜次、してるとこかなり端折って話したやろ。夢の中でどんなことしたのか話さんくて
ええから実践で教えて?」
「はあ?こんな昼間から何考えてるんだし。」
「今日は俺の誕生日やで!それくらいのわがまま聞いてもらってもええやろ。」
「しゃあねーなあ。」
そう言われてしまうと断れなくなってしまう。リアルの種ヶ島と話していると、夢を引き
ずってもやもやしていた気分などどうでもよくなってきてしまう。ベッドに移動すると、
上に覆いかぶさってくる大曲の首に腕を回して、ふと思ったことを口にする。
「あんなぁ、竜次。」
「何だし?」
「夢の中のアンドロイドの俺、きっとちゃんと人間になれたと思うで。」
「どうしてそう思うんだ?」
「やって、こーんなに竜次は俺のこと愛してくれとるんやもん。想い人からありったけの
愛情を注いでもらうって条件、余裕で満たしてると思うで☆」
まるで夢の続きを見ているようで、大曲は何となく胸が熱くなる。種ヶ島の頬を優しく撫
で、自分の言って欲しかったことを紡ぐ唇にキスをする。
「お前がそう思うんなら、きっとそうなんだろうな。」
「竜次・・・俺の心も体も竜次でいっぱいになるくらいたくさんして。」
大曲から聞いた夢の中の自分のセリフを再現するかのように種ヶ島はそんな言葉を放つ。
わざと言っているのは分かっているが、印象深かった夢を再現されて、大曲の胸はひどく
高鳴る。
「・・・デカ勘弁しろし。」
「はは、ちょっとドキッとしたやろ?」
「ったく、どうなったって知らねぇからな。」
「ちゃーい☆」
嬉しそうに頷く種ヶ島に大曲は再びキスを落とす。不思議な夢によって種ヶ島をどれだけ
想っているかを再確認させられた。しかも今日は種ヶ島の誕生日だ。夢の続きではないが、
今日は存分に種ヶ島に想いを伝えてやろうと、大曲はありったけの愛情を込めて種ヶ島に
触れ始めた。

                                END.

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