―夢違え―

アイツとケンカをしてからもう一週間。ここまで長引いたのは久しぶりだ。きっかけはい
つもみたいに大したことのないものだったような気がする。だけど、いまだにイライラが
治まらない。どうしてだろう・・・?
「はあ・・・」
仲直りをしたくないわけではない。ただ何となく話しかけられない。顔を見るまでは、今
日こそは話そうと思うのに喉から言葉が出てこない。もし、アイツから話しかけてきてく
れたなら、素直に話せると思うのに。
「激ダサだな、俺。」
携帯を眺めながら、ベッドに寝転がっていると、その携帯が突然鳴り出す。ドキッとしな
がらも、開いてみると、そこには『跡部景吾』という文字と跡部の番号が表示されている。
あまりに突然のことだったので、俺は戸惑い、電話に出ることが出来なかった。跡部から
の電話を取れないでいると、しばらくして着信音は途絶える。
「あー、何やってんだよ、俺・・・・」
せっかく跡部から電話をしてきてくれたのに、俺はそれに応えることが出来なかった。少
しの後悔と罪悪感を感じつつ、俺はそのまま目を閉じた。

しばらく眠ってしまったようで、目を覚ますともう夕方だった。今が何時かを確かめよう
と思って、携帯を開くと『留守番電話にメッセージあり』のマークが表示されている。
「何だろ?」
どんなメッセージが入っているのだろうと気になり、俺はそのメッセージを聞いてみる。
『新しいメッセージが1件あります。保存されたメッセージはありません。最初の新しい
メッセージ・・・・』
アナウンスの後、しばらくは何も聞こえない。悪戯かと思って切ろうとしたその瞬間、聞
きなれた声が耳に響いた。
『・・・もしもし、宍戸か?この前のことまだ怒ってんのか?全くしつこい奴だな・・・
って、何言ってんだ、俺!そんなことが言いたいんじゃねぇだろ。・・・あー、その何だ、
この前のことはもういいじゃねぇか。少なくとも俺はもう怒ってないぜ。・・・だからよ、
明日からはいつも通りに戻ろうぜ。やっぱ、テメェと話せねぇとつまんねぇからな。それ
に・・・話すだけじゃなくて、テメェに触れたり、抱き締めたり、キスしたりしたいと思
うし・・・・あー、もう、くそっ、本当に何言ってんだよ。俺らしくねぇ!ま、まあ、そ
ういうわけだからよ、もう俺様のこと無視すんじゃねぇぞ。じゃあな・・・・』
『新しいメッセージは以上です。このメッセージを消去するときは7を、保存するときは
シャープを押してください。』
跡部からのそのメッセージが嬉しくて、俺は無意識にシャープのボタンを押していた。明
日からまたいつも通り跡部に接しよう。そう思いながら、携帯を枕の横に置くと、激しく
ドアをノックする音が聞こえる。
「亮、亮っ、大変よ!!景吾君が・・・」
ドアを開けると母さんが青ざめた顔で、異常なほど慌てている。そんな状態で出てくる跡
部の名前。俺は今まで感じたことのない胸騒ぎと不安感を感じた・・・・。

病院に着くと、普段はほとんど家にいることのない跡部の父親までもいる。そんなことか
ら、今起こっていることが自分が想像している以上に大変なことであると気づかされる。
「残念ですが・・・」
医者の言葉に跡部の母親は泣き崩れ、跡部の父も声を殺して涙を流す。俺には医者の言葉
が信じられなかった。跡部が死ぬなんてそんなことありえない。そう思いながら、跡部の
いる病室へと案内される。
「こちらです。」
ベッドで横たわっている跡部の顔には、白い布がかけられていた。それを見て、苦しいほ
どに胸が締め付けられる。まだそのことが信じられず、俺はゆっくりと跡部に近づき、顔
にかけられている布を外した。眠っているような整った顔。それはまるで、西洋人形のよ
うに綺麗で、とても生きていないとは思えなかった。
「跡部・・・嘘だろ・・・?」
嘘だと言って欲しい。冗談だと笑いながら、俺のことをいつものようにからかって欲しい。
さっき電話で、触れたり、抱き締めたり、キスしたいって言ってたじゃねぇか。まだ、生
きている。そんなことを祈りながら、跡部の顔に触れる。その瞬間、俺の体は凍りついた。
「っ!!」
息をしてない。体温がない。それが指先からハッキリと伝わる。跡部はもう俺に触れるこ
とも、俺を見ることも、俺を感じることもない。
「嫌だ・・・跡部、死ぬなよっ!!跡部っ!!」
胸が苦しくて、この状況が信じられなくて、頭の中が混乱して、俺は跡部の名前を呼び続
けた。しかし、跡部はそれに答えることは決してなかった。涙が溢れる。どうしようもな
く切なくて苦しくて、涙が止まらなかった。どうして、さっき電話に出なかったのだろう。
あの時、電話に出ていればこんなことにはならなかったのではないか?もう跡部と話すこ
とは出来ない。後悔と悲しみが俺の頭の中を凌駕する。
「跡部・・・跡部ぇ・・・・」
止まらない涙で跡部にかけられている布団が濡れるほど、俺は跡部に縋り泣き続けた。こ
れが夢であればいいと思いながら・・・・。


「・・・とこのようなことになるので、交通事故に十分に注意しなければならないのです。
今、見たビデオからもテストの問題として出すから、ちゃんとチェックしておいてくださ
いね。」
ただいまは保健体育の時間。今日は交通安全についてということで、交通事故にあうとど
うなるのかというビデオを見ることになった。ビデオを見終わって、次の説明に入ろうと
保健体育担当の教師がチョークを持つと、後ろからざわざわと生徒が小声で話す声が聞こ
える。
「どうしたんですか?」
「先生、宍戸が居眠りしてるんですけど・・・」
ビデオがつまらなかったのか、宍戸は頬づえをついて爆睡している。それだけなら別にま
わりの生徒も教師も気には留めないのだが、何故か宍戸はボタボタと机に水滴が落ちるほ
ど涙を流している。そんな状況を見せられては気にならないわけがない。
「あら、どうしたのかしら?宍戸君、起きなさい!」
「うー・・・あと・・べ・・・・」
教師が声をかけると宍戸は何故か寝言で跡部の名前を呼ぶ。それを聞いて、さらにざわつ
きは大きくなる。
「跡部君、何かしたの?」
「こんな距離で何も出来るわけじゃないですか。」
「そうよねー。」
跡部と宍戸の距離はかなり離れているので、跡部が宍戸に何かちょっかいを出すことなど
不可能だ。不思議そうに教師が首を傾げていると、宍戸が更に寝言を言う。
「跡部ぇ・・・死ぬな・・・」
かなりハッキリした寝言だったので、それは跡部にもしっかりと聞き取れた。
「アァーン!?勝手に人を殺すんじゃねぇ!!」
そんなことを言われたら、思わずそうつっこみたくなる。このまま夢の中で自分が殺され
たままでいられるのは癪なので、跡部は授業中にも関わらず、つかつかと宍戸のもとまで
歩いてゆき、ゴンと一発頭を小突いてやった。
「痛ってぇ、何すんだよ!?」
「宍戸、ここはどこで、何の時間か分かるか?」
「へっ?えーっと・・・・」
がっつり夢を見ていたために、宍戸の頭は混乱中。しかし、まわりにいる生徒と目の前に
保健体育の教師が立っていることから今が授業中だということに気づいた。
「あっ!」
「宍戸君、目腫れてるわよ。少し顔を洗ってきなさい。」
「あ・・はい。」
確かに目が腫れぼったいなあと思いながら、宍戸は顔を洗いに教室を出て行った。
「ったく、どんな夢見てんだよ。」
跡部も自分の席に戻ると、ぶすっとした表情で椅子に腰かけた。

昼休み、跡部と宍戸は屋上でお弁当を食べながらくつろいでいる。他の授業を受けて、す
っかり忘れていたのだが、跡部はふと保健体育の時間のことを思い出した。
「なあ、テメェ居眠りしながらどんな夢見てたんだ?」
「は?あー、保体の時間か。なんかな、すっげぇ嫌な夢だった。」
「ボロボロ泣いてたもんな。そんな悪夢だったのかよ?」
「お、俺、そんなに泣いてたか?」
「ああ、もうまわりの奴らざわめきまくってたぜ。・・・しかも、俺の名前、寝言で言い
やがるし。」
夢の中では確かに大泣きしていたが、まさか寝ながら泣いているとは思っていなかった。
それが何だか恥ずかしくて、宍戸は誤魔化すようにジュースを飲む。そして、ふうっと一
回息をつくと、ぼそっとその時間に見ていた夢の内容を話し始めた。
「夢の中でさ、俺とお前がケンカしてたんだよ。一週間くらいずーっと口きいてなくて、
謝るにも謝れなかった。」
「へぇ。」
「でもな、お前が俺に電話をかけてくれたんだよ。けど、俺はその電話を取らなかった。
いきなりで、ビックリしちまってよ。」
話しながら、夢の内容をだんだんとリアルに思い出していき、宍戸は苦笑するような表情
になる。
「電話は取らなかったんだけど、お前は留守電に仲直りしたいみたいなメッセージを入れ
ててくれたんだ。明日からはいつも通りに戻ろうぜって。それ聞いて俺、すげぇ嬉しくて
さぁ。」
「別に悪夢じゃねぇじゃねぇか。」
「でも、そのすぐ後に母さんが真っ青な顔で俺の部屋に来てよ、お前が交通事故に遭って、
重体だって。で、すぐに病院に行ったんだけど、お前はもう助からないって、医者に言わ
れて、病室に入ったらお前が白い布顔にかぶせられて寝てんだよ。」
「縁起でもねぇ。」
そんなことを言いつつ、跡部はその状況を知っていた。それはまさに、今日保健体育の時
間に見せられたビデオの内容とほとんど同じだったのだ。
「でな、俺、跡部が死んだなんて全然信じられなくて、お前に近づいて、顔にかかった白
い布を外してみたんだ。その顔が本当眠ってるみたいでよ、すげぇ綺麗なんだぜ。やっぱ
り生きてるんじゃないかって思いながら、お前の顔に触れたんだ・・・そしたら・・・・」
そこまで言って、宍戸は言葉につまる。思った以上にその時の気持ちを思い出してしまい、
また涙が溢れてきた。
「おいおい、何泣いてんだよ?」
「だって・・・そんときのお前、息してねぇし、すっげぇ冷たいし・・・本当に死んじま
ったんだって感じて・・・・激怖かった・・・それが、すげぇリアルでさ・・・・」
「ったく、夢の中で勝手に俺を殺すんじゃねぇよ。」
授業中に言った時とは全く違う優しげな口調で跡部は言う。そして、宍戸の肩をぎゅっと
抱き寄せた。
「テメェがそんな夢を見たのは、たぶんその時流れてたビデオの所為だ。ビデオの内容が
テメェが今話した夢と全く同じような感じだったからな。だから、そんなに気にすんじゃ
ねぇよ。」
「そう・・・なのか?」
「ああ。夢って、まわりの音とか状況に左右されるらしいからな。それで、そんな夢見た
んだろ。」
「そっか。それ聞いてちょっと安心したかも・・・」
ホッとしたような顔で宍戸は涙を拭う。そんな仕草を見て、跡部は本当に可愛らしいなあ
と髪にそっとキスをした。

「何だよ?」
「俺の夢であんなに泣かれるのもなかなか嬉しいもんだなあと思ってよ。」
「はあ!?俺にとっちゃ、すっげぇ嫌な夢だったんだぞ!」
「心配すんな。俺はテメェを残して死んだりしねぇよ。」
ふっといつもの自信に満ちた笑みを浮かべながら、跡部はキッパリと言う。すぐには言わ
れていることの意味に気づけず、宍戸はキョトンしていたが、よくよく跡部の言ったこと
の意味を考え、頬を赤く染める。
「な、何、恥ずかしいこと言ってんだよ!?」
「アーン?本当のことを言ったまでだぜ。」
「べ、別にそれは今言うことじゃねぇだろ。」
「テメェが不安そうな顔してるからよ。何だかんだ言って、ちょっとは嬉しいとか思って
んじゃねぇの?」
「う、うるせーっ!!もうその話は終わりっ!!」
照れまくっている宍戸に跡部は追い打ちをかけるように、頬や唇にキスをする。必死で拒
もうとする宍戸だが、全然跡部の力には敵わない。
「やーめーろー。」
「いいじゃねぇか。今度は悪夢じゃなくて、イイ夢見させてやるよ。」
「ばっ、何考えてんだ、こんなとこで!!」
二人が半分はイチャついているようなことをしていると、後ろの方から不機嫌そうな声が
聞こえる。
「んもー、二人ともうるさいー。イチャつくのは勝手だけど、昼寝の邪魔しないでよぉ。」
『ジロー!!』
「んー、でも、ま、面白い話聞かせてもらったからいっか。岳人とか滝とかに話してこよ
ーっと。」
「ちょっ、ちょっと待ったジロー!!それは勘弁っ。」
「ダメー。こんな面白い話、自分だけが知ってるのもったいないもん。じゃあねー。」
バタンっ!
さっきの夢の話をあの二人にされたら絶対バカにされると宍戸は焦りまくる。そんな慌て
る宍戸を見て、跡部はくっくと笑った。
「ヤッベー、どうしよう、跡部っ!!」
「別に気にしなきゃいいじゃねぇか。」
「気にするに決まってんだろ!!あー、絶対アイツらにバカにされる〜。」
「だったら、言ってやりゃいいじゃねぇか。俺は跡部が死ぬのは夢でも泣いちゃうくらい
悲しいんだーって。」
「言えるかっ、アホ!!」
「なら、諦めるんだな。」
宍戸の動揺っぷりが楽しいと跡部はからかいまくる。宍戸はもう夢の内容のことなど、す
っかりどうでもよくなっているのだが、跡部は違った。自分が死んだ夢を見たことで号泣
し、あんな態度を見せてくれたことをかなり嬉しく思っている。しかし、そこまであから
さまに喜ぶのは恥ずかしいので、それを隠すかのようにからかうことを言ってしまう。そ
の嬉しさはまた別のところで示そうと、跡部は宍戸に気づかれないように、胸にしまいこ
むのであった。

                                END.

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