「滝夜叉丸の入院のその後」の段

滝夜叉丸が肩を負傷した一件で、くノ一の格好をしたは組の三人と伝子さん、伊作がこけ
た滝夜叉丸を見て笑っていると、バタバタと誰かが廊下を駆けてくる音が聞こえる。
ダダダダダ・・・・
ドンっ!!
廊下を走ってきたのは、六年生の七松小平太であった。走ったままの勢いでくノ一の格好
をした伊作にぶつかり、伊作は吹っ飛んだが、そんなことは全く気にせず、小平太は医務
室に入って行く。
『体育委員長の七松小平太先輩!!』
「滝夜叉丸が怪我したって本当か!?」
は組の三人が声をそろえてそう言うが、小平太はそんな言葉には耳を貸さず、目の前でこ
けたままでいる滝夜叉丸に駆け寄る。
「な、七松先輩。」
「滝夜叉丸怪我したんだって?腕か?足か?医務室に入院してるって話も耳にしたんだけ
ど、そんなにひどいのか?」
本当に心配した様子で、質問攻めにしてくる小平太に、滝夜叉丸はたじたじだ。小平太の
騒いでる声を聞いて、先程廊下に吹っ飛ばされた伊作が、医務室の中に戻ってきて現状を
説明する。
「いたたた・・・滝夜叉丸が怪我したってのは本当だけど、そんなにひどくないよ。軽く
肩を打撲してるだけだから。もう痛みは引いてるはずなんだけど・・・」
「本当か!?滝夜叉丸。」
「え、ええ。まあ・・・でも、さすがにそう掴まれるとちょっと痛いです。」
どこを怪我していたかを知らなかった小平太は、いつものバカ力で滝夜叉丸の肩をがしっ
と掴んでいた。だいぶ痛みは引いているとはいえども、思いきり掴まれれば、怪我した部
分の痛みはぶり返してしまう。
「わあああ、すまない!!」
「いえ、大丈夫です。」
「でも、よかったー。外で訓練してたら、下級生が滝夜叉丸が怪我したみたいな話をして
てさー、しかも、入院してるみたいなこと言ってたから、すげぇ心配で。」
滝夜叉丸の容態がそれほど大したことがないというのを聞いて、小平太は安心したような
笑顔を見せる。その笑顔を見て、滝夜叉丸はうっと照れたようにうつむいてしまう。
「ご心配かけて・・・すいませんでした。」
「別に謝ることじゃないって。いやー、本当よかった。そんなに大きな怪我じゃなさそう
で。」
先程まではあんなにうるさいくらいに騒いでいたのに、小平太を前にした途端、急に大人
しくなった滝夜叉丸を見て、似非くノ一の五人は感心してしまう。しかも、滝夜叉丸は自
分が怪我をしたことを小平太に謝っている。
「何かいつもの滝夜叉丸先輩と違うね。」
「滝夜叉丸先輩も上級生の先輩には敵わないってことか?」
「ぼくも一応先輩なんだけど・・・?」
乱太郎ときり丸の言ったことに、伊作は苦笑しながらツッコミを入れる。小平太とは、同
じ学年なのに、この対応の違いは何なんだろうと考えてしまう。
「七松は素直に滝夜叉丸を心配して見舞いに来たみたいだからな。やはり、そこが違うの
だろう。」
「伝子さんくノ一バージョンで、まともなこと言ってると気持ち悪いでーす。」
ポカっ!!
「いってぇー。」
「きりちゃん余計なこと言いすぎ。」
「だってぇ・・・」
余計なことを言ったために、伝子さんからげんこつをもらったきり丸は、頭を押さえて医
務室の二人の方へ視線を移す。
「あれ?手の甲も赤くなってるじゃないか。」
「へっ?あっ、これは・・・」
手の甲の赤さはうぬぼれな考えの所為で、自分を抓ったためについたものであった。それ
を小平太に知られるのは少し恥ずかしいと、滝夜叉丸は口ごもる。
「ああ、それはね。」
「ぜ、善法寺先輩っ!!しーっ!」
「えっ?」
その理由を伊作が話そうとすると、滝夜叉丸は必死になってそれを制止した。しかし、そ
の空気を読んでか読まずしてか、は組の三人が、伊作から聞いた話を小平太に話す。
「それは滝夜叉丸先輩が自分で自分を抓ったものでーす。」
「自分の美しさが憎いとか言って。」
「うぬぼれやの極みでーす。」
「ちょっ・・・お前らっ!!」
「滝夜叉丸っ!!」
その話を聞いて、小平太は少し怒ったような顔をして、滝夜叉丸の名前を呼ぶ。あまりに
真剣な顔でじっと自分を見つめてくる小平太に、おどおどしながら滝夜叉丸は返事をした。
「は、はいっ・・・・」
「自分の体は大事にしなきゃダメだろ!せっかくこんなに綺麗な手してんのに、自分で傷
つけるとは何事だ!!」
「す、すいません・・・」
「分かればいい。」
滝夜叉丸が素直に謝ると、小平太はニッと笑って滝夜叉丸の頭をぐりぐり撫でる。頭を撫
でられている滝夜叉丸は、真っ赤になりながら、黙ってうつむいていた。
「すごいなあ、小平太。あの滝夜叉丸をここまで大人しくさせちゃうなんて。」
「さすがいけどんの体育委員長。」
「そういえば、滝夜叉丸先輩も体育委員だもんね。」
「あー、なるほど。だから、あの嫌われ者の滝夜叉丸先輩のことを素直に心配して、見舞
いに来たりしてんのか。」
「きりちゃんったら。」
何気に失礼なことを平気で口するきり丸に、乱太郎は苦笑する。似非くノ一な忍たま達が
そんなやりとりをしている間に、小平太と滝夜叉丸は二人で話を進めていた。
「滝夜叉丸、何で怪我したのかは知らないけど、お前が努力家ですごい頑張り屋なのはち
ゃんと分かってるからな。そんなに無理するんじゃないぞ。」
「・・・はい。」
「あと、その綺麗な顔や体に無駄な傷は作らないこと!」
「はい。」
「よーし、じゃあ、これから裏々山でリハビリマラソンだー!!」
「はあ!?ちょっと待ってくださいよ!無理するなって言った矢先に矛盾してません!?」
「細かいことは気にすんな!!伊作、滝夜叉丸、もう退院しても大丈夫だよな?」
「えっ、うん、大丈夫なはずだけど・・・」
「じゃあ、行くぞ、滝夜叉丸!!いけいけどんどーん!!」
「な、七松せんぱ〜い。」
滝夜叉丸の手を引き、小平太はいつものいけどんで医務室から出て行き、外へ向かう。さ
すがにちょっと可哀想だなあと思いつつ、そこに居た五人は声を立てて笑った。
「あはは、さすが七松先輩だ。」
「でも、何気にすごいこと言ってたよなあ、七松先輩。滝夜叉丸先輩が努力家で頑張り屋
とか、綺麗な顔とか。」
「信じらんない。どう考えても、うぬぼれや以外の何でもないのに。」
「しんべヱ、さすがにそれは失礼だよ。」
「でも、乱太郎だって、そう思ってるんでしょ?」
「あ、あはは、まあね。」
「さてと、私は職員室に戻って仕事しないとな。」
「わたし達も戻ろうか。善法寺先輩、さっきは焼き芋ごちそうさまでした!」
『ごちそうさまでした!!』
「ああ、こっちも無茶なお願いして悪かったね。今度から、滝夜叉丸関係で何か困ったこ
とがあったら小平太に頼むことにするよ。」
『そうしてくれると助かりまーす。』
用の済んだ四人は、そんな会話を伊作と交わすと各々自分の持ち場へと戻って行く。やっ
と大変なことから解放されたと、伊作はホッとしたような溜め息をつき、医務室へ入った。

「はあ〜、やっと嵐が去ったって感じだー。」
保健委員の仕事の続きをしようと、伊作が用意を始めると、閉めたはずの扉ががらっと開
いた。
「悪い、伊作。長次と訓練してたら縄標が当たっちまって・・・っ!?」
「ああ、文次郎。また、怪我したのかい?」
「な、な、お前、何て格好してやがる!?」
「へっ?・・・うおぁっ!?」
自分がくノ一の格好をしていたことをすっかり忘れていた伊作は、自分の今の姿に気づい
て驚きの声を上げる。素でそういう姿を見られると恥ずかしいと伊作はかあっと顔を赤く
染める。
「こ、これは色々と事情があって・・・・」
「どんな事情だよ?・・・まあ、いい。とりあえず、手当て頼めるか?」
「う、うん。」
縄標が当たったということで、文次郎の腕はかなりざっくり切れていて、制服に血が滲ん
でいた。半分だけ制服を脱がすと伊作は傷の消毒をし、てきぱきと包帯を巻いていく。
「はい、終わり。」
「おー、さすがだな。ありがとう。」
「まだ、傷口がふさがってないから、しばらくは激しい運動は控えてね。」
「ああ。」
手当てをしてもらうと、文次郎はじっと伊作の顔を眺める。その視線に気づいて、伊作は
恥ずかしそうに目をそらす。
「な、何だよ?文次郎・・・」
「女装するのは結構だが、ちょっと化粧濃すぎないか?」
「あー、山田先生の指示でだったからな。ちょっと待って、化粧落としてくるから。」
このままの顔でいるのは、少し恥ずかしいと伊作は顔を洗いに行く。とりあえずこれで少
しはマシになっただろうと、いつもの顔のまま、くノ一の制服を着ているという状態で医
務室に戻ってくる。
「ふー、これで少しはマシになったかな?」
「・・・・・。」
いつもの顔で、服装はくノ一という姿の伊作を見て、文次郎は何とも言えない気分になる。
再びじっと見つめられ、伊作は困った顔になる。
「こ、今度は何だよ〜?」
「いや、さっきの女装よりこっちの方が女っぽく見えるなあと思って。」
「えー、何で?」
「何でって言われてもなあ。そう見えるんだから仕方ねぇだろ。」
「む〜・・・」
素顔のままで女装が似合うと言われるのは、何だか納得いかないと伊作は少しむくれてみ
せる。
「まあ、女装が似合うのは忍者としては悪いことじゃねぇだろ。敵も騙しやすいし。」
「そうかもしれないけどさあ。」
「普通に可愛いと思うぜ。その格好。ま、医務室でする格好じゃねぇけどな。」
「か、可愛いとか、そういうこと普通に言うなよ!!」
あまりにもナチュラルに文次郎が可愛いと言ってくるので、伊作は照れてしまう。そうい
う態度をとるところが可愛いんだよなあと思いながら、文次郎はふっと笑った。
「この程度で取り乱すようじゃ、忍者失格だぞ。」
冗談めいた口調でニヤニヤしながら、文次郎は伊作にそう言う。それとこれとは話が別だ
と伊作は再びぷく〜と膨れっ面になる。
「もう文次郎なんて知らない!」
「ふっ、そういう態度とってんと、本当くノ一みたいだな。」
「な、何で!?」
「可愛いなーと思ってよ。」
「もー!!何だよ、さっきからあ!!」
「あはは、悪い悪い。」
くノ一の格好で怒る伊作は本当に可愛らしいと、文次郎は顔を緩ませる。二人がそんなや
りとりをしている間に、校医の新野先生が医務室の前まで戻ってきていたが、中の雰囲気
があまりにも楽しそうなので、邪魔しては悪いと中に入れずにいた。
「善法寺くんがあんな素直に怒っているなんて珍しいですね。何だか楽しそうなので、ち
ょっとそっとしておきましょう。」
中の様子をほんの少し覗き見した新野先生は、にこにこと笑いながら医務室を離れる。新
野先生がその場を去った後も、医務室の中には、しばらく文次郎と伊作の楽しそうに騒ぐ
声が響いていた。

                                END.

戻る