9月も下旬に入り、忙しい日々が続く。高校3年生にとってはある意味とても重要な時期
だ。
「はぁ〜。」
そんな中、宍戸は大きな溜め息をついている。宍戸はある程度成績が取れていたので、特
にそれが問題というわけでもない。行きたい大学の指定校推薦がたまたまあり、最近、そ
の選考に通ったことが担任から告げられた。では、何故こんなにも宍戸は憂鬱になってい
るのであろうか?
「何、溜め息ついてんだよ?」
「あ、跡部!?」
突然、目の前に現れた跡部に宍戸は驚き立ち上がる。何をそんなに驚いているのかと跡部
は首を傾げた。そう宍戸のこの溜め息の原因は言うまでもなく跡部にあるのだ。
「お前、指定校の選考通ったんだろ?よかったじゃねぇか。」
「あ、ああ。跡部はどうよ?」
平静を装いながら、宍戸は尋ねる。跡部は宍戸の問いに自信満々に答えた。
「俺の行きたい大学はあいにく指定校にはねぇんだよな。でも、まあ、公募の方でも十分
いけんだろ。特に何の問題もねぇ。」
「ふーん。さすがだよな。」
こうは言っているものの宍戸は内心気が気でなかった。宍戸が憂鬱になっている理由はこ
れなのだ。氷帝学園は一応大学まであるが、二人の希望している大学はそこではなかった。
そう跡部と宍戸は大学に行くことで学校がバラバラになってしまうのだ。学校がバラバラ
になってしまうということは今まで通りいつも一緒にいたりすることはおろか、会うこと
さえも簡単には出来なくなってしまう。それが、宍戸にとっては耐えがたいことなのだ。
「そういや、宍戸。お前、明後日誕生日だよな?」
「・・・そうだな。」
「今年もお前んち行ってもいいよな?」
「ああ。来てくれよ!!」
ぼーっとしながら、跡部の話を聞いていた宍戸だったが、誕生日に家に来てくれるという
ことを聞いて、ばっと顔を上げて頷く。誕生日くらいは一緒に居たい。そう思うのは当然
だろう。
「じゃあ、明後日は学校が終わったら直でお前んち行くからな。今年のプレゼントはスゴ
イぜ。楽しみにしてろよな。」
「う・・・うん。」
頷く宍戸だが、そう表情はやはりどこか浮かない。もしかしたら、こんなふうに一緒に過
ごせる誕生日は今年が最後かもしれない。そう思うと胸が締めつけられるような感じがし
て、涙が出そうになった。それを隠そうと宍戸は鞄を机の上に置き、いそいそと帰る用意
を始める。
「跡部、お前の誕生日ももうすぐだろ?・・・プレゼント、何が欲しい?」
「急に言われても思いつかねぇな。少し考えさせてくれ。」
ほのかに照れ、うれしそうな顔をしながら跡部は言う。宍戸も今の気持ちを気づかれない
ようにと作り笑いをした。跡部は宍戸の誕生日と自分の誕生日が楽しみで仕方なく、宍戸
のそんな変化に気づかないでいた。
宍戸の誕生日当日。跡部は学校が終わるとそのまま宍戸の家に向かう。その表情はとても
楽しそうで、大きな期待に満ちているものだった。だが、宍戸はいまだに憂鬱なままだ。
「宍戸、今日はおもいっきり楽しもうな。」
「は?何を?」
「何をって、今日はお前の誕生日だろ?いろいろしようぜ。」
「そうだな・・・」
帰り道で話をしていても、宍戸が純粋に心からの笑顔を見せることはなかった。跡部が何
を言っても上の空で、返す笑い顔はどこか寂しげだ。いつもの元気も見られない。さすが
に跡部もどこかおかしいなと気がつくが、その時はとくに理由を問い詰めなかった。
「跡部。」
「何だよ?」
「手、繋いでいい?」
「お前からんなこと言うなんて珍しいな。誕生日だからサービスか?」
「そんなんじゃねーよ!!それに何で俺の誕生日なのに俺がサービスしなきゃいけねーん
だ!?」
跡部の言葉に反発しながらも、差し出された手はしっかり握る。自分より少し冷たいくら
いの手が心地よくて、いつもよりぎゅっと強く握った。それを感じて跡部も同じくらいの
力で握り返す。
「ずっとこのままだったらいいのに・・・・」
宍戸は極めて小さな声で呟いた。
「何か言ったか?宍戸。」
「えっ、別に何でもねぇよ。」
どうやら跡部には聞こえていなかったらしい。少しホッとしながら、宍戸はまた小さな溜
め息をつく。宍戸の家まではあともう少しだ。
家に着き、部屋着に着替えると二人は誕生日用の夕食が用意されているリビングへと向か
った。いつもより少しだけ豪華な食事がテーブルに並んでいる。
「彩りがキレイだな。」
「ありがとう、景吾君。今日はゆっくりしていって頂戴ね。」
跡部が食事を褒めるので、宍戸の母はうれしそうに笑った。二人をテーブルのところに座
らせ、スープや出来たての御飯を入れる。ご馳走を食べた後、ホールケーキにローソクを
差し、誕生日お決まりのイベントもやった。18歳の誕生日にここまでやるのはどうよ?
と思いながらも宍戸はしっかりとローソクを吹き消す。その瞬間あることを思い出した。
そういや、誕生日のローソクの火を消す時に願い事をすると叶うとか前に誰かが言ってた
よなー。今、したい願い事っつったらアレしかないか。
(高校を卒業して大学に入っても跡部と一緒にいられますように・・・・。)
そんなことを心の中で願いながら、一気に息を吐く。ローソクは全て一度に消え去った。
ガキみたいだと自分で感じながらも、願わずにはいられない。そんな心境だった。宍戸の
そんな姿を見て、跡部は緩やかな笑みを浮かべて軽く手を叩く。まだ、宍戸の今思ってい
ることは分かっていないらしい。
「誕生日おめでとう。俺様が祝ってやることをありがたく思いな。」
「サンキュー。なあ、跡部。ケーキ食べ終わったら一緒に風呂入ろうぜ。」
普段の宍戸ならこんなことは絶対に言わない。跡部が一緒に入ろうと言っても嫌がるほど
だ。跡部は少し驚きながらも今日は特別な日だからだろうと、素直にその誘いを受け取っ
た。宍戸からすれば今日くらいはとことん跡部に甘えたい気分なのである。
「ケーキ、うまかった。」
「ああ。さっぱりしてていい味じゃねーか。」
ケーキは甘いものが少し苦手な跡部でもおいしく食べれるようなもので、そんなにくどく
はなくどちらかといえばさっぱり系の味だった。それを食べ終えると二人は寝間着とタオ
ルを持ち、バスルームへ向かった。久々の一緒のお風呂。普通に入るだけでもかなり楽し
み遊ぶことが出来た。
「うわっ、シャワーこっちに向けんじゃねーよ!!」
「ちょっと、当たっちまっただけだろうが。」
「俺、まだリンス流してないから次シャワー貸せよな。」
「俺様が流してやろうか?」
「あー、うん。お願い。」
シャワーはもちろん一つしかないので、順番に使う。当然一人で入った方が効率がよく、
早く終わるのだが、二人で入っていること自体に意味があるので、少しくらい時間がかか
ってしまうことなど全く気にならなかった。
「跡部。」
「どうした?」
髪の毛のリンスを流してもらい、宍戸は顔を上げて跡部を見る。どこかもの寂しげに見え
る所為かその水に濡れた姿はいつにも増して色っぽい。
「今日も・・・するよな?」
「ああ。当然だろ?何だよ、嫌なのか?」
「ううん。別に。ちょっと聞いてみたかっただけ。」
思わせぶりな宍戸の態度に跡部はドキドキだ。これも一つ年をとった所為なのか?と思い
ながら、赤くなった顔を隠すためにシャワーを頭から浴びる。
「もうそろそろ出るか、宍戸。」
「そうだな。」
だいたい洗い終えると二人は早々とバスルームを後にした。
バスルームから上がると二人は宍戸の部屋に直行した。そして、親が下にいることを確認
すると、鍵を閉め、いつものように始める。さっきまで憂鬱だった宍戸もさすがにこの時
ばかりはそのことを忘れてしまうようだ。声が枯れてしまいそうな程、跡部の腕の中で声
を上げた。熱くて気持ちよくて、もう全てがどうでもいいと感じると同時にやはり跡部と
離れるのは嫌だということが頭の中で混在し、思いきり跡部にしがみつく。そんな、宍戸
の行動も跡部にとってはとにかく可愛いと思う以外の何ものでもなかった。
「跡部、喉渇いた・・・。」
「水持って来てやろうか?」
「おう。ゴメンな。」
「いいって。ちゃんと待ってろよ。」
行為が終わると宍戸が喉が渇いたと訴えるので跡部は部屋を出て、水を取りに行く。部屋
を出て行く跡部を見て、宍戸はとてつもなく切なくなった。このまま戻って来なかったら
どうしようと不安になる。だが、跡部はペットボトルに入った水を手にして、ちゃんと宍
戸の部屋に戻って来た。
「ほら、持って来てやったぜ。」
ドアのところからペットボトルを投げる。宍戸はそれをキャッチした。
「サンキュ・・・・」
ペットボトルを受け取り、笑顔でお礼をしようとしたが何故だか涙が溢れてくる。跡部が
ちゃんと戻って来てくれた安堵感と意識がまたあのことにいってしまった寂しさから、涙
が止まらなくなっていた。
「おい・・・どうしたんだよ?宍戸。」
もちろん跡部は困惑する。宍戸が泣く理由など全く心当たりがないのだ。
「・・・・・・。」
宍戸はぐしぐしと涙を拭いて、黙っている。跡部は宍戸の隣に座り、優しくその体を抱き
しめた。
「どうした?さっきのでどこか痛いのか?」
跡部が優しい声でこういうふうにしてくるので、宍戸はさらに切なくなってしまう。跡部
の肩に顔を埋めて、声を殺して泣く。そして、ある程度落ち着くと今の自分の気持ちを正
直に跡部に話した。
「跡部ぇ・・・俺、お前と離れたくない・・・。」
「いきなり何言ってんだ?お前。」
「いきなりじゃねぇよ!!・・・俺とお前、大学は違うとこ行くだろ?・・・そしたら、
もうあんまり会えなくなっちゃうじゃんかあ・・・」
そう言うと、宍戸は再び泣き出す。跡部はやっと宍戸が最近元気がなく、落ち込んでいる
理由を理解した。
「はあ・・・お前、そんなことで悩んでたのか?」
「そんなことってっ・・・跡部、お前は平気なのか?」
「んなわけねーだろ、バーカ。俺はそのことに関しては三年になった時点でこうなるって
気づいてたからな。テメーが悩むの遅すぎんだよ。」
溜め息をつきながら、跡部はバカにしたような口調でそう言った。こう言われて、宍戸は
跡部はもう自分のことなどどうでもよくなってしまったのかと本気で不安になる。
「跡部は・・・もう俺のことどうでもいいのかよ!?」
「はあ?誰がそんなこと言った?お前、人の話ちゃんと聞いてるか?」
「聞いてるよ!!だから・・・」
「あー、もう埒があかねぇ!!宍戸、これやるからとにかく落ち着け。」
跡部は自分のポケットから小さな箱を出し宍戸に無理やり渡す。そう宍戸への誕生日プレ
ゼントだ。
「何だよ、コレ?」
「誕生日プレゼントに決まってんだろうが。」
「誕生日・・・プレゼント・・・?」
そういえば跡部からのプレゼントはもらってなかったと宍戸は今更ながらに気づく。誕生
日プレゼントと言われ、宍戸はその箱の包みをゆっくりと開けた。ふたを開けるとそこに
は想像もしなかったものが入っている。
チリン・・・
箱からそれを取り出すと澄んだ鈴の音が鳴り響いた。それには自分が好きな色の赤と跡部
が好きな色の金色の小さな鈴がついている。
「鍵?」
「ああ。たぶんそれ、俺が今までお前にあげた全てのプレゼントの中で一番価値のあるも
のだと思うぜ。」
「この鍵そんなに高いのか?」
首を傾げて宍戸は尋ねた。もちろん跡部は呆れ顔だ。
「鍵が高いわけじゃねーよ。お前、バカか。」
「な、何だよっ!!お前が一番価値があるとか言うから・・・」
「何の鍵だか知りたいか?」
不敵に笑いながら跡部は問う。宍戸は素直に頷いた。
「でも、これが価値があるかどうかは実はお前の反応しだいだったりするんだよな。反応
によっては何の価値もなくなるかもしれねぇ。」
「もったいぶらすなよ。で、何の鍵なんだ?」
「俺とお前の部屋の鍵だ。」
真剣な眼差しで跡部は言う。だが、突然そんなことを言われても宍戸が理解出来るはずが
ない。
「ゴメン。全然意味分かんねぇ。」
「それ、マンションの鍵だぜ。俺も同じの持ってる。俺とお前、どっちも大学決まったら
一緒に住もうと思って買った。」
「・・・・・。買ったって、マンションをか!?」
「ああ。正確には親からの誕生日プレゼントとして買ってもらったって言った方が正しい
な。もう高校卒業するんだ。自立しなきゃダメだろ?」
「い、いや、でも、マンションって・・・・」
ただいま宍戸混乱中。豪華とかそういう次元ではない。だが、よくよく考えてみるとこれ
は宍戸が今まで悩んでいたことが全て解決するということになるのだ。
「えっと、その鍵を俺にくれたってことはホントに俺、そこに住んでいいのか?」
「お前と一緒になるために買ったんだ。当然だろ。」
「・・・・・・。」
頭の中の整理に時間がかかる。普通ではかなりありえないことなので当然と言ったら当然
であろう。だが、だんだんとそのことについて理解してくると宍戸の鼓動は速くなる。大
学が決まったら跡部と一緒に暮らせる。離れ離れになることはない。今までの不安が全部
なくなった。信じられないがこれは夢じゃない。
「これ、夢じゃねぇよな?」
「夢じゃねぇよ。どうだ?そのプレゼント。気に入ったか?」
「ああ、すげぇ嬉しい!!ホントにホントに大学行っても跡部と一緒に居られるんだよな?」
「さっきからそう言ってるじゃねぇか。」
さっさと分かれよと笑いながら跡部は言う。宍戸は最高の笑顔で跡部に思いきり抱きつい
た。
「うわあ、跡部、俺、激嬉しい!!最高だぜ、この誕生日プレゼントっ!!」
「そんなに喜ばれるとこっちまで嬉しくなるぜ。なあ、俺の誕生日、学校休んでそこ行か
ねぇか?」
「もう入ってもいいのか?」
「当たり前だろ。もう俺達の部屋なんだからよ。」
『俺達の部屋』という響きに宍戸はとても感動した。跡部の部屋ではない。跡部と自分の
部屋なのだと思うと顔が勝手にニヤけてくる。
「何、ニヤニヤしてんだよ?」
「だって、マジで嬉しいんだもんよ。そうだ、跡部、誕生日プレゼントどうすればいい?」
五日後は跡部の誕生日なので、当然プレゼントはあげなければならないだろう。それもこ
んなにも豪華なプレゼントをもらってしまっては尚更だ。
「そうだな・・・一番欲しいのはお前だけど、花とか・・・お前の気持ちを表した花言葉
の花とか欲しいかもしれねぇ。」
「何か女みてぇだな。」
「別にいいじゃねぇか。期待してるぜ。」
「おう。ちゃんと用意してくるからな。」
二人は跡部の誕生日にそのマンションへ行くということを約束した。宍戸にとってはこれ
からそこに住むのだから、下見の意味も込められるだろう。そんな約束をした後、どちら
も最高に嬉しそうな顔をしながらもう一度口づけを交わす。明日は休み。もう少し起きて
いようと二人は布団の中で手をそっと絡めるのであった。
to be continued