散歩に出て行った岳人と忍足は。薄暗い病院の敷地内の庭をのんびりと歩いていた。少し
冷たいくらいの風が吹きつけ、木々や花壇の花が揺れている。
「涼しくて気持ちいい〜。」
車椅子の乗った岳人は風を受け、その感触を楽しんだ。病院内では、あまり窓が開けられ
ないので、外に出ない限り、こんなふうに直接体に風を感じることは出来ないのだ。
「どこまで行くんや、岳人?」
「んーと、裏庭に行きたい。」
「裏庭?あそこは電灯もあんまないし、特に何もないで。」
「いいから、いいから。俺はそこに行きたいの!!」
忍足は正直裏庭にはあまり行きたくなかった。だが、岳人がどうしても行きたいと言って
いるので、行かないわけにはいかない。怖いなあと思う気持ちを抑えて、忍足は車椅子を
裏庭の方へと向かわせた。
ザアァァ・・・・
裏庭には電灯が一つしかなく、ほとんど灯りがないに等しい。忍足は気味が悪いなあと一
瞬足を止めた。車椅子が突然止まったので岳人は忍足を見る。
「どうしたの?侑士。」
「えっ?何でもあらへんよ。」
「俺ね、あそこに行きたいんだ。」
岳人が指差した場所は、月明かりに照らされ、ほのかに光っている。まだ、少し怖いと思
っている忍足だったが、勇気を出して岳人も車椅子をその場所まで押して行った。そこに
は、真っ白でとても綺麗な花が咲いていた。
「わあ・・・」
「やっぱ、キレイだな。この花、夜にしか咲かないらしいぜ。」
「へぇ、そうなんか?何て言うんやろ?」
「月下美人。」
岳人は忍足の目を見て言った。急に真面目な顔になるので、忍足はドキっとしてしまう。
「昼に来たときに滝に教えてもらったんだ。一度、咲いてるとこ見たいと思ってさ。」
「だから、あんなに散歩行きたいって・・・・」
忍足はやっと岳人がこんなにも散歩に行きたがっていた理由を理解した。足元に咲いてい
るその花は、月明かりを受け、キラキラと光っている。
「月下美人ってさぁ・・・」
「ん、何や?」
「なんか侑士みたいだよな。儚げなんだけど、力強く咲いてて、神秘的で。」
忍足は言葉を失ってしまった。胸がドキドキして、体温が上がるのを感じる。そんな反応
をする忍足を見て、岳人はふっと笑った。そして、忍足の手を軽く握り、上目遣いである
ことを頼む。
「侑士、ちょっとかがんで。」
「えっ・・・ああ。」
ドギマギしながら、忍足は腰を曲げ、岳人の顔が自分の顔と同じくらいの高さになるまで
かがんだ。すると岳人はスッと忍足の首に腕を回して、すばやく唇を奪った。
「・・・・・っ!?」
忍足は驚いて、岳人から離れようとする。だが、それはかなわなかった。かなり長い時間
口を塞がれ、忍足は息苦しさを感じる。酸素を肺に取り込もうと口を開いた。その瞬間、
岳人の舌が滑り込んでくる。
「はっ・・・ぁ・・・んぅっ・・・!」
今まで感じたことのない感覚に忍足は困惑する。しばらく口内を弄られたあと、ゆっくり
と解放され、忍足は岳人の膝に崩れ落ちた。
「ハァ・・・ハァ・・・・」
「今の侑士、超キレイだったよ。どうだった?」
「どうだったって・・・い、いきなり何すんのや!?」
顔を真っ赤に染め、岳人の膝に顔を乗せたまま少し怒ったような顔をする。そんな忍足を
見て言い訳のように岳人は言葉を落とす。
「だって、侑士すごく可愛いんだもん。本当・・・月下美人だよね。」
一瞬うつむいたような感じで呟く。いまだに息を乱している忍足の髪に触れながら、岳人
はまた1つ別のことを忍足に頼んだ。
「侑士、ちょっとそこの木の前に立って。」
「何でや・・・?」
「いいから。」
「でも・・・何か霧が出てきたで。もうそろそろ帰った方がええよ・・・。」
「侑士。」
少し切なげな、それでいて鋭い目つきで岳人は忍足を見る。そんな視線で見つめられては、
何も文句は言えない。困ったような表情を浮かべながらも、忍足は言われた通り、月下美
人のすぐ横にある木の前に立った。
「こ、これでええの?」
「うん。」
車椅子のタイヤを動かし、岳人は忍足の目の前まで移動する。こんなことをして、このあ
と何がしたいのだろう?と忍足は不思議に思っていたが、特に何も言わなかった。すると、
岳人はおもむろに自分の顔より少し下にある忍足のズボンのジッパーに手をかけた。
「っ!?なっ、何しとるん!?」
「別に。侑士があんまりにもキレイだから、ちょっと我慢出来なくなっちゃっただけ。」
「そんなん全然理由になってな・・・・っ!!」
次の瞬間、忍足にとってはあってはならないことが起こってしまった。突然襲いくる下半
身への口での愛撫。一気に頭の中が真っ白になる。その瞬間、少し開き気味の忍足の口か
ら甘い喘ぎが漏れた。
「あっ・・・あん・・・」
思っていた以上の色っぽい声に岳人はいさらに興奮してきてしまう。忍足の熱を咥えたま
ま、視線だけを上に向けた。その目に映ったのは、顔を紅潮させ、息を乱し、月明りに照
らされる忍足の姿だった。ここまでのものが見れるとは思っていなかったので、岳人も顔
を真っ赤にする。
「やっ・・・ぁ・・・やめっ・・・」
「侑士のちゃんと固くなってるよ。ほら、先走りのアレもこんなに・・・。」
「いや・・・やぁ・・・岳人ぉ・・・」
霧がかかっているので、周りから見えない状況ではあるが、忍足は突然の出来事すぎて全
く声を抑えることが出来ていない。もし、仮に誰かがこの場所に近づけば、声ぐらいはお
そらく聞こえてしまうだろう。
(あー、もう跡部の所為で顔が熱くてしょうがねぇよ。こっちの方なら人はいないはずだ
よな。)
さっき跡部と微妙な雰囲気になってしまった宍戸は、熱を冷やそうと病院の裏口から裏庭
へと出た。誰もいないと思っていたのだが、どこからか声が聞こえる。だが、霧がかかっ
ているのでよく見えない。どこから声がするのかを探ってみようと、宍戸は裏庭を歩き出
した。
「ふっ・・・ぁっ・・岳人・・・」
(岳人?つーことは、一緒に居るのは忍足か?)
宍戸は好奇心から声のする方に向かって行く。霧が途切れたところから二人の姿が見えた。
「なっ・・・!?」
宍戸は思わずすぐ側にあった木の陰に身を隠す。いけないところに来てしまったと、焦り
ながら口元を押さえた。
(ちょ・・・これはヤベェだろ。何やってるんだよ忍足の奴!!うっわぁ、どうしよ。今
動いたら絶対バレるよなぁきっと。)
宍戸は興味本位で近づいたことをものすごく後悔した。今すぐにでもここから立ち去りた
いが、安易に動けば二人に気づかれてしまう。木の陰で息をひそめ、気づかれないように
その行為が終わるのを待った。とにかく心の中は早く終わって欲しいと思うばかりだ。
「は・・・ぁん・・・岳・・人・・・も・・・・」
「ハァ・・出してもいいよ侑士。」
「でも・・・あっ・・・・アカンっ・・・岳人っ!!」
忍足はパッションピンクの髪を掴み、ビクンッと体を震わせて岳人の口に熱を放った。も
う立っていることは不可能で、ずるずると木の下に崩れる。岳人は手の甲で口を拭い、忍
足に手を伸ばした。
「どうだった侑士?気持ちよかった?」
「・・・・・。」
今にもこぼれそうな涙を目にいっぱいに浮かべながら、忍足は岳人を睨んだ。そのことに
気がつき、岳人は切なげな表情になり、泣きそうな声で忍足に謝る。
「そうだよな・・・。いきなりこんなことされたら嫌に決まってるよな。ゴメン・・・ゴ
メンな侑士・・・。」
「ズルイで・・・岳人。」
こんなことを言われてしまっては、怒るにも怒れない。力の入らない体をゆっくりと持ち
上げ、忍足は岳人をそっと抱きしめた。
「侑士・・・?」
「確かに・・・今のは恥ずかしかったし、ちょっとだけ嫌やと思ったで。でも・・・俺、
岳人のこと嫌いやない。だから、そないな顔せんといて・・・?」
「侑士・・・。」
いまだに少し震える腕で抱きしめられ、その上こんなことを言われれば、岳人でなくとも
トキメいてしまうだろう。その体を優しく支えるように岳人は忍足の背中に腕を回した。
「ありがとう侑士。・・・だいぶ寒くなってきたからさ、もう病院戻ろう?」
「せやな。・・・なあ、岳人。」
抱きしめる腕を解き、忍足は病院に戻るために車椅子の後ろに移動した。
「何?」
「早く足、治そうな。」
「・・・・うん。」
車椅子を病院に向かって押しだした忍足の言葉を少し上から浴びながら、岳人は大きな安
心感と温かさを感じる。『早く足、治そうな。』のあとに続く言葉が聞こえたような気がし
て岳人は小さく微笑んだ。そのまま、ふと空を仰ぐ。夜空にはいまだに星と月が輝いてい
る。そして、月明りの下の霧はもうすっかり晴れているのであった。
to be continued