☆氷帝hospital☆ 第6話

ところ変わってここは内科病棟。こちらでも就寝時間はとっくに過ぎていて、各病室はシ
ーンと静まりかえっている。しかし、とある一つの病室から小さな子供のしくしくという
泣き声が聞こえていた。
「どうしたの?どっか痛いの?」
「ひっく・・・ふぇ・・・」
その病室のジローは、隣のベッドで泣いている幼い少年に声をかける。ここは外科とは違
って、外から見ただけではその人がどんな病気なのか、どこが痛いのかが分からない。も
しかしたら、この男の子はどこがすごく痛いのかもしれない、気分が悪いのかもしれない。
ジローは心配になってナースコールを押した。
「もうすぐ看護士さんが来てくれるからね。」
「うっ・・・ひっく・・・」
ジローが優しく頭を撫でても、少年は全く泣き止もうとはしない。しばらくすると懐中電
灯を持った樺地がやって来た。樺地はこの病院の内科に所属している看護士なのだ。
「どうしました・・・?」
「この子がさっきからずっと泣いちゃってて。どこか痛いのかなあって思ってさ。」
「・・・・。」
樺地は黙ってその少年に近づき、軽々と抱き上げ、赤ん坊を抱くような要領で膝の上に乗
せた。
「どうしたの?」
「暗いの・・・嫌ぁ・・・怖いのぉ・・ひっく・・・ママいないの・・・寂しいよぉ・・・
ふえぇぇんっ・・・」
樺地に抱っこされ、少年はさらに泣く。この少年は今日入院してきたばかりの子供だ。ま
だ、小学校に入ったばかりのこの少年にとって、親も側にいてくれない暗い夜の病院はさ
ぞかし心細く、怖いのであろう。樺地はそんな少年をあやすように、ポケットから小さな
リスとウサギのぬいぐるみを出した。その瞬間、少年の表情が少し変化する。
「リスさんとうさちゃん・・・」
「これは君にあげる・・・。これなら寂しくないよね・・・?」
「いいの・・・?」
樺地はコクンとうなずく。二つの可愛らしいぬいぐるみをもらって、少年は泣くのをやめ
た。しばらく樺地に抱っこされたまでいるが、それで落ち着いたのかぐっすりと眠ってし
まう。樺地はぬいぐるみを抱えた少年を優しくベッドに寝かせてやり、布団をかけた。
「やっぱ、樺地すげぇな!!」
「ジローさん・・・まだ起きてたんですか?」
「その子が心配だったからさ。」
いつも眠りまっくているジローが今日は珍しく起きている。当然ジローも病人なので、早
く寝た方がいいのだが、さっきまで泣いていた少年が心配だったらしい。樺地はすごいな
とはしゃぎ気味のジローだったが、その笑顔はどこか無理やり作っている感じであった。
その理由は二つある。一つはさっき泣いていた少年が樺地に抱っこされ、あやされていた
のがうらやましい、もっと簡単に言ってしまえばヤキモチをやいていたため。もう一つは
病状の変化だ。
「ジローさん、少し顔色が悪い・・ですよ。」
「んー、大丈夫、大丈夫。ちょっと熱っぽいだけ。」
平気そうな顔を見せているが、大丈夫なわけがない。ジローは風邪をこじらせ、肺炎にな
ってしまったため、今この病院に入院しているのだ。このまま熱が高くなれば当然危険な
状態になってしまう。肺炎はひどくなれば命に関わる。樺地は慌ててジローの体温を計っ
た。結果は38.7℃。かなりの高熱である。
「全然、大丈夫じゃないですよ・・・。」
「やっぱ・・・?」
作り笑顔をやめ、ジローは素に戻る。そうすると、その表情は一気に苦しそうなものに変
わった。
「ハァ・・・キツイ。何でだろ?さっきまで全然平気だったのに・・・。」
苦しそうに呼吸をしながら、ジローは呟く。こうなってしまったのはおそらくさっきのこ
とが原因であろう。樺地があの少年に取られたような気がして、それがショックで体調に
表れてしまったのだ。
「今・・・薬取ってきますから。ちょっと待っててください。」
「薬って・・・もしかして注射?」
「その方が・・・早く効くと思いますけど・・・。」
いくら症状が悪化して苦しいからと言っても、ジローにとって注射は嫌だった。少しくら
い効くまでに時間がかかっても飲み薬の方がまだマシだ。
「樺地、俺、注射ヤダ。・・・飲み薬じゃダメ?」
「別にいいですけど・・・効くのに時間がかかりますよ?」
「それでもいい。注射よかマシ。・・・樺地、薬が効くまで俺の側にいてくれる?」
「・・・ウス。」
一瞬迷ったが、実際症状はこんなだし、薬が効くまで側にいることは看護士として間違っ
ていないと判断する。樺地はいったん病室をあとにして、薬を取りに行った。それを見送
るとジローは深い溜め息をつく。
「はあ〜、俺ってばメチャクチャヤキモチやきじゃん。でも、この子が樺地にあやされて
んの見て、マジでズキってしたんだよな〜。」
隣のベッドに視線を向けながらジローは軽い自己嫌悪に陥る。体育座りのように座って、
膝に自分の額をくっつけた。それから、数分経って樺地が戻って来る。
「大丈夫ですか・・・?ジローさん。」
「あっ、樺地。うん、まだかなり苦しいけど何とか大丈夫だぜ。」
樺地の声を聞き、ジローは顔を上げた。
「これ、薬です・・・。」
「サンキュー。・・・・これ、粉薬?」
「ウス。」
正直ジローは粉薬も苦手だった。錠剤ならばまだよいのだが、粉薬となると薬の苦さがも
ろに感じられる。それがジローは嫌いだった。しかし、自分はそんなに子供ではない。こ
れで飲まないのはカッコ悪いと、ジローは薬を口に入れ、水で一気に流し込む。
「あう〜・・・苦っ!!」
「すいません・・・熱冷ましはこれしかなくて・・・」
「別に樺地が悪いわけじゃねーよ。俺がわがままばっか言ってるのがいけないの!」
「全然・・・わがままなんかじゃない・・・です。」
「はは、そう言ってもらえるとうれC〜な。」
にっと笑って見せるが、やはりまだその表情は苦しそうだ。はあっと大きく息をつき、ジ
ローはベッドの頭の部分によりかかる。
「なあ、樺地。」
「ウス。」
「俺にもさ、あの子にさっきしてたみたいなことして?」
「?」
さっきあの子にしてたみたいなこととは何だろうと樺地は考える。う〜んと考えていると
ジローがベッドをポンポンと叩き、ここに座ってと指示を出した。そこに樺地が腰かける
と、ジローは布団から出て、樺地の膝の上に座った。
「ジロー・・・さん?」
「あの子ばっかりズリィよ。俺だって樺地のこと好きなのに・・・。」
「っ!?」
幼い子供のようにジローはそんなことを言う。好きという言葉を使われ、樺地はドキっと
してしまった。さらにジローは樺地の膝の上に乗ったまま腕を首に回し、ぎゅうっと抱き
ついた。
「分かってるんだけどさ。樺地は看護士さんなんだから、みんな同じように平等に接しな
きゃいけないって。でも、俺は樺地を一人占めしたいんだよぉ・・・。」
「・・・・。」
呼吸が苦しいからなのか、熱があるからなのか、ジローの声はひどく弱々しく涙声になっ
ていた。樺地はそっとジローの背中に大きな手を回して、優しく抱きしめ返す。
「看護士としては・・・やっぱりみんな同じように接しなきゃ・・・ダメです。」
「・・・・うん。」
「でも、もし・・・ジローさんが退院したら・・・・別にそうしなくてもいいと思います
・・・。」
「・・・・・?」
ジローには樺地の言いたいことが理解出来ていない。ハテナマークを浮かべて樺地の顔を
眺めた。
「ジローさんが退院して、元気になったら・・・・ジローさんだけが特別になるのは全く
問題ないです・・・。」
「俺だけ・・・特別?」
またジローはしばらく黙って考える。そして、やっと樺地の言いたいことを理解した。
「マジで!?」
「ウス。」
照れながら樺地はうなずく。ジローはドキドキして嬉しくて、苦しいのなんてどこかに飛
んでいってしまった。顔を樺地の肩にうずめて、熱とは別に顔が赤くなっているのを隠す。
「どうしよ・・・マジでうれC〜。」
「だから・・・早く元気になってください・・・。」
「うん!早く元気になって樺地と遊ぶ、買い物する、デートする!!今言ったこと全部本
当だよな!?嘘じゃないよな!?」
「ウス。」
ハッキリと肯定され、ジローはさらに嬉しくなる。今度は苦しそうな感じもなく本当に笑
顔になった。いったん樺地から離れて、もう一度確認するように抱きつく。樺地は少し驚
いたような顔を見せるが、その表情は実に穏やかだった。
「ふあ〜、何かホッとしたら眠くなっちゃった。」
「寝てください。体を休めた方が早く治ります・・・。」
「そうだよねー。じゃ、おやすみ〜。」
「えっ・・・。」
ジローは樺地に抱きついたままの状態で眠ってしまった。樺地は困ったような顔をするが、
しばらくするとふっと微笑む。ジローは本当にぐっすりと眠ってしまった。確かまだナー
スセンターには二人くらい看護士がいたはずだ。そんなことを思い出し、樺地はもうしば
らくここにいようと決めた。
「おやすみなさい、ジローさん・・・。」
そう呟き、樺地はきちんとジローをベッドに寝かせた。雰囲気は子供っぽいがどこかしっ
かりとした部分があるなあと感じる。ふわふわの髪の毛にそっと触れ、早く治りますよう
にと心から願う。内科病棟も暖かな雰囲気の中、ゆっくりと夜が更けていくのであった。

                     to be continued

戻る