☆氷帝hospital☆ 第8話

あれから数週間後。今日は朝から滝、忍足、樺地はとても忙しかった。どんな偶然であろ
うか、鳳、岳人、ジローの退院日が全員同じになったのだ。今日はその三人の退院日。そ
のためにそれぞれの担当をしていた三人が忙しくなってしまったのだ。
「岳人、用意はちゃんと出来たんか?」
「おう。バッチリだぜ。洋服とかは初めからそんなにいっぱいないし、小物も昨日姉ちゃ
んが全部持って帰ってくれたからな。」
「そんなら、安心やな。足の具合はどうや?」
「まだ、歩きにくいけど全然平気だぜ。そんなに心配すんなって。」
やはり退院出来るのが嬉しいのか、岳人は朝からテンションが高い。忍足もどこか嬉しそ
うな笑顔を見せている。
「でもさー、侑士に毎日会えなくなるのはちょっと残念かも。」
「何言っとんのや。週に二回は少なくともリハビリで会えるやろ?」
「えー、でもやっぱ毎日会いたいじゃん。電話とかメールいっぱいしてもいい?」
退院するのだから、今までみたいに毎日毎日顔を合わせるということはなくなってしまう。
しかし、岳人は足を骨折して一ヶ月ちょっと入院していたので、リハビリが必要だ。週に
二回リハビリを行いに病院へ来ることになっているので、少なくともその時は確実に会う
ことが出来る。しかし、岳人はそれだけでは不満なようだ。
「ええよ。でも、仕事中はそんなに出られんかもしれへんで。それでもええか?」
「うん!それからさ、侑士が仕事休みの時はデートしような。リハビリとか関係なしに。」
「分かっとるよ。ちゃーんと予定は開けとくから心配せんでもええって。」
「やったー!さてと、あと一時間くらいか。」
「せやな。」
岳人はあと一時間くらいしたら親が迎えにくることになっている。治ったばかりなので、
まだ一人で帰るのは無理であろう。もう帰らなければいけないと思うとやっぱり寂しくな
ってしまう。岳人は忍足の腕を掴み、甘えるように一つ頼みごとをした。
「なあ、侑士。」
「何や?」
「裏庭行きたいんだけど・・・。」
ためらいがちに岳人はそう呟く。忍足は微笑みながら答えた。
「ええよ。」
「本当?」
「ああ。岳人の足も治ったことやし、散歩しに行くか。」
「うん。あんがと、侑士。」
実質今日でここにいるのは最後だ。岳人は最後にあの裏庭へ行きたいとふと思いついた。
今回は車椅子ではなくそこまで行くのは自分の足。岳人は忍足の手を握った。
「まだ、歩くの大変だからさ行くまでこうしててもいい?」
「ホントはただ手繋ぎたいだけやろ?」
「あっ、バレた。」
「当たり前や。でも、俺もそう思うからな。このままで散歩しよな?」
「へへ、やっぱ侑士可愛いー。」
「何や可愛いって。」
「可愛いもんは可愛いの!!ほら、行こうぜ。」
子供っぽい笑顔を見せながら、岳人は忍足の手を引いて歩き出す。病院での最後の散歩。
とことん楽しもうと繋がる左手に岳人は軽く力を込めた。それに答えるように忍足も右手
でしっかりとその手を握り返した。

「向日さん達、準備するの早いっスね。」
「岳人の方が帰る時間早いからねー。長太郎は昼過ぎくらいだろ?」
「はい。」
岳人と忍足が外へ行ってしまったのを見送りながら、滝と鳳は退院の準備をしながら話し
をする。鳳の傷もすっかり完治した。鳳の場合は大きな怪我は頭だけだったので、特にち
ゃんと動くようにするというようなリハビリは必要ないだろう。
「はあ・・・。」
「どうしたの長太郎。今日で退院なんだからもっと元気出さなきゃ。」
「でも、退院したら滝さんとあんまり会えなくなっちゃうじゃないですか。」
「毎日は無理かもしれないけど、休みの日とかには会えるしさ、そんなに寂しそうな顔し
ないでよ。」
「でも・・・・」
リハビリがない点で、鳳は滝と会う機会がめっきり少なくなってしまう。それが寂しいと
鳳はその寂しさをあからさまに顔に表していた。滝は困惑するが、自分の患者が元気にな
って退院することは、医者としてやはり嬉しい。何とか鳳を元気づけようといろいろと考
え、それを実行した。
「確かに俺も寂しいけどさ、長太郎が元気になってくれたのはすごく嬉しい。だって、元
気にならなきゃ買い物行ったり、映画館行ったり、レストラン行ったりなデートは出来な
いよ。病院だけってのはやっぱりつまらないじゃん。」
「そうですけど・・・」
「じゃあ、もっと元気出して!毎日電話もするし、メールもするからさ。休みの日はずっ
と一緒に居ようよ。俺だって長太郎といつも一緒にいたいと思うもん。」
「分かりました。あっ、でも、仕事が忙しかったりしたら無理に電話とかしなくても大丈
夫ですから。本当、俺、わがままでごめんなさい。」
滝も同じなのに自分だけ会えないのが嫌だなんて言って、恥ずかしくなったのか鳳は子犬
がしゅんとするように滝に謝る。そんなことは気にしなくてもいいのにと滝は笑った。
「別に謝る必要なんてないよ。ほら、もっと笑って。長太郎はそういう顔より笑った顔の
方が可愛いよ。」
「滝さん・・・。」
滝が一生懸命励ましてくれるので、鳳は自然と笑顔になった。退院出来るのだから、もっ
と喜ばなきゃと気持ちを切り替えてみる。毎日は会えなくても休みの日にいろんなところ
へ自由に行ける。もっと滝といろんなことが出来ると頭の中で鳳はプラスなことをたくさ
ん考えた。その結果、何だか退院出来ることがとても嬉しくなり、それが表情や態度にも
表れる。
「滝さん、じゃあ、次の休み一緒にカラオケ行きましょうね。」
「カラオケかぁ。いいね、楽しそう!」
「デュエットとかもしたくないっスか?」
「うん。したいしたい。それじゃあ、練習しなきゃ。」
そんなことを話していくうちに鳳の憂鬱な気持ちはすっかり晴れた。別に病院じゃなくて
も滝には会える。そう考えるだけで、気持ちは勝手にわくわくしてきていた。
「よっし、元気になったね長太郎。まだ少し時間あるからさ、俺達もちょっと散歩しに行
かない?」
「どこへですか?裏庭だと向日さん達の邪魔になっちゃいますよね?」
「そうだね。うーん、じゃあ屋上とかどう?長太郎はまだ行ったことないでしょ?」
「はい!行ってみたいです!!」
嬉しそうに笑って鳳は答えた。岳人と違って鳳は入院中にあまり散歩などはしなかった。
なので、当然屋上に行くのもこれが初めてなのだ。
「屋上からの眺めはすっごくキレイなんだよ。」
「そうなんですか?」
「うん。きっとビックリするよ。」
「へぇ、楽しみです。」
ゆっくりと歩きながら病室を出る。今日の天気は快晴。さぞかし屋上からの眺めは良いの
であろう。

場所が少し変わって、ここは内科病棟。ここでは樺地がジローのベッドの片付けをしてい
た。もちろんジローはすぐ側にある椅子に座って眠りこけている。もう肺炎はすっかり治
り、起きている時は同じ内科病棟の子供や小児病棟の子供達と遊んでいる。ジロー自体が
子供のような感じなので、遊んでくれるお兄ちゃんと病院内の子供達にとても慕われてい
た。
「Zzzz・・・・」
ガタンっ
樺地がベッドのシーツを換え終わると同時にジローはふらっと後ろに傾く。すっかり寝入
ってしまったためにバランスを崩してしまったようだ。樺地は慌てて体を支えた。
「んあ?あれ?俺何やってたんだっけ?」
その衝撃でジローは目を覚ます。目の前には樺地の顔。にこーっと笑って首に思いきり抱
きついた。
「ウスっ!?」
「おはよー、樺地!!ふあ〜、よく寝た。ところで何で俺椅子に座って寝てたんだっけ?」
「ジローさんは・・・今日で退院します。だから、ベッドを整えてたんです・・・。」
「あー、そっか。俺、今日で退院するんだ。」
すっかり忘れてたというようにジローは言う。しばらく樺地が片付けてるのを眺めている
がふと重大なことに気がつく。
「あれ?ちょっと待てよ・・・。俺は今日退院するってことは・・・」
「?」
「樺地と会えなくなっちゃうじゃん!!うわあ、どうしよう!!」
突然そんなことを叫びだすジローを見て、樺地は唖然。そこまで驚くことじゃないだろう
と冷静さは保ったままだ。
「でも・・・退院出来ることはいいことですよ。」
「えー、でも樺地に会えなくなっちゃうのはやだー!!さみC〜。」
「・・・・。」
ジローは泣きまねのような感じでこんなことを言う。樺地は少々困惑気味だ。しかし、ジ
ローはふっと表情を変えて、樺地の顔を見る。
「でもさー、この前樺地、患者と看護士じゃなけりゃ俺を特別扱いしてくれるって言って
たよな?」
「・・・ウス。」
ちょっと考えてから樺地は返事をした。確かにこの間そんなことを言った覚えがある。
「じゃあ、今度は病院外で会うってのも全然オッケーってことだよね?」
「ウス。」
「そっかぁ、じゃあ退院するのってメチャクチャいいことじゃん!!病院外だったら樺地
を一人占め出来るC〜♪」
さっきの落ち込み気味の顔を満面の笑顔に変えて、再び樺地に抱きつく。ついでに調子に
乗って頬っぺたに軽くキスをした。
「っ!?」
「へへー、奪っちゃった♪」
「あー!!」
微妙にイチャイチャしていると、同じ部屋の少年が突然声を上げた。
「ずるーい、ジローさん!!」
「あらら、見られちゃった。」
「僕も樺地さんに抱っこされるー!!」
「ダメー、今日で俺は退院しちゃうの。だから、樺地は今日は俺のー。」
「えっ、ジローさん今日で退院しちゃうの?」
急に表情を変えて、少年はジローに聞く。ジローはいったん樺地を離して頷いた。すると
その少年はパタパタとジローの方へ駆け寄る。
「退院しちゃうの寂しいー。でも、おめでとうございます!」
きゅうっと抱きつきながら、少年はそんなことを言う。可愛いなあとジローはその子の頭
を撫でた。
「ありがとう。君も早く治るといいね。」
「うん。頑張る!!」
「ジローさん、片付け終わりましたよ・・・。」
「あっ、サンキュー。これからどうすればいいの?」
「まだ時間があるんで・・・何でもいいですけど・・・」
「そっか。」
じゃあ、これから何をしようかということをジローはしばし考える。別にすることはない
よなあと困っていると何かを思い出したように樺地が口を開いた。
「ジローさん、ちょっと渡したいものがあるんでナースセンターまで来てもらえますか?」
「何くれるの?行く行く!!」
というわけで、ジローと樺地はナースセンターへと向かった。

                     to be continued

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