氷帝学園ドキドキキャンプ 〜前編〜

今日は氷帝学園毎年恒例の1泊2日のキャンプの日だ。2、3年生合同で自由参加型のこ
の行事は先輩と後輩の親睦を深めるには絶好のチャンスだ。ちなみに男子はキャンプだが
女子は温泉である。テニス部のレギュラーメンバーは全員参加する。テニス部のメンバー
でグループが組める行事はこれくらいしかないので、みんな楽しみにしていた。
「ねえねえ、俺達の泊まるコテージってどこ?」
「えっと、『ふくろう村』つーとこやで。」
「なんだよ。ここから一番遠いじゃねえか。」
「でも、野外炊事するところには近いですよ。」
テニス部メンバーが泊まるコテージはどうやら『ふくろう村』というところらしい。荷物
を置くためにそこへ向かう。ふくろう村はこのキャンプ場の中でもかなり奥の方にあるの
で入り口のところから大分距離があった。
「ここか。なかなか広いんじゃねーか?」
「そうだな。この広さなら10人くらいは寝れるよな。」
「それよりさ、この後野外炊事じゃん。早く荷物置いて準備しに行こうぜ。」
岳人は野外炊事がかなり楽しみなようだ。メニューは定番のカレーライス。メンバーはカ
バンの中からエプロンや三角巾を出して、コテージを出た。
「樺地、材料とって来い。」
「ウス。」
材料は入り口近くにあるので誰かがとって来なくてはならない。跡部は樺地に取ってくる
ように言った。8人分の材料なので力のある樺地がとってくるのは妥当だろう。樺地が下
に材料をとりに行っている間、他のメンバーは調理場に向かいナベや釜戸、包丁などを用
意する。数分後、樺地が材料を持って戻って来た。
「おっ、来たぜ。おーい、樺地早く来いよ。」
岳人が手を振る。樺地は8人分の材料を台の上に置いた。
「俺と岳人と樺地とジローはカレー係な。ご飯は滝と鳳で、釜戸は跡部と宍戸やな。」
メンバーはエプロンと三角巾を見につけ、作業にとりかかった。
「俺、玉ねぎ切るー。」
「じゃあ、俺は肉をやるわ。樺地、ジャガイモやってくれへん?」
「ウス。」
「じゃあ、ジローは人参だね。」
カレーを作る係の忍足、岳人、樺地、ジローは作業をふりわけ作り始めた。普段、料理な
どしないので手つきがおぼつかない。途中までは順調にきたが突然ジローが声をあげた。
「あーーー!!」
「どないしたんやジロー?」
「忍足ぃ、指が切れたー。痛いー。」
かなり深く切ったらしく、ジローの指からはドクドクと血が流れている。
「わああ、切れたやないで!!早く洗って止血しいや!!」
「止血ってどうやるのー?」
「あー、もう樺地!ジローの指の手当てしくれや!」
「ウ、ウス。」
樺地はジローの手を洗わせ、先生に連絡してバンソコウをもらってジローの指に巻いた。
2人がそんなことをしてる間に岳人と忍足は作業を進めていく。岳人は玉ねぎが目にしみ
ると言って忍足に泣きついた。
「侑士ぃー、目が痛ぇー。」
「岳人、自分で玉ねぎがいいって言ったやんか。」
「でも、痛いー。」
目を押さえて泣いている岳人はとても可愛らしかったが、忍足はまな板の上の玉ねぎを見
て唖然とした。
「岳人・・・何で玉ねぎみじん切りなん?」
「だって、その方が食べやすいと思って。それより、涙が止まんないー。侑士なんとかし
ろー。」
「カレーの玉ねぎでみじん切りはアカンやろ。あー、岳人目ぇこすったらアカンって。余
計にしみるで。」
忍足は岳人の起こした行動に少し呆れたが、とにかく目の痛いのを治すのが先だと思い、
持っていたハンカチを水で濡らし、岳人の目を拭ってやった。
「これで少しはマシになったやろ?」
「うん。大分楽になった。ありがとな侑士!!」
(はあ、こんなんでカレー出来上がるのかいな。ご飯の方は特に問題ないみたいやけど。)
大きな溜息をつき、忍足はふと樺地の方を見た。カレーを作っているメンバーの中で、1
番まともに作業をしている。
「樺地、切るのうまいなー。・・・!!」
忍足は樺地の使っているまな板を見て驚いた。なんとヒビが入っているのだ。
(どんなふうに切ってたら、まな板がこんなになるんや?樺地、怖っ!!)
カレー作りの方はどうやら大波乱のようだ。一方、ご飯の方は問題もなく火にかけるとこ
ろまで作業が終わっている。まあ、洗って、水を入れ、火にかけるだけなのだから、問題
が起こる方がおかしいだろう。
「滝さん。釜戸の火って何火でしたっけ?」
「確か始めは強火じゃなかったっけ?」
「そうですか。宍戸さん、もっと火強くしてもらえます?」
「了解。」
釜戸係の宍戸は火を強めようとうちわで火を扇ぐ。なかなか望み通りの強さにならないの
でこれは結構重労働だ。
「跡部、もうちょっと薪入れて。」
「ほれ。これくらいでいいよな。」
跡部が薪を釜戸に入れた瞬間、火の粉が宍戸の頬に飛んだ。
「熱っ!!」
「大丈夫か!?宍戸!」
跡部は慌てて宍戸の頬に触れた。本当ならすぐに冷やさなければならないが、跡部の手が
意外に冷たかったので、宍戸は一瞬固まった。
「こ、これくらい何でもねーよ。」
「冷やした方がいいですよ、宍戸さん。」
鳳も心配そうに宍戸を見る。
「マジで大丈夫だから。でも、そんなに冷やした方がいいと思うなら、跡部そのまま手離
すな。お前の手、すごい冷たいから。」
「そうか。お前がそうして欲しいなら離さないでいてやるよ。」
結局、跡部の手で火傷の部分を冷やしながら、作業を続けることになった。それを見た鳳
はかなり気に入らないなと思う。しかし、宍戸はそんなことは全く意識していなかった。
しばらくして、カレーも火の上におかれた。一応、しっかりと味付けをし、それなりな見
かけにはなった。ご飯はバッチリ出来たようだ。
「出来たー。早く入れて食べようぜ。」
「一応、まともに出来たな。」
8枚の皿にカレーライスが入れられ、木製のテーブルへと運ばれる。全員がそろったとこ
ろで食べ始める。
『いただきます。』
「わ、結構おいしいじゃん。」
「だけど、なんかちょっと甘くねぇ?玉ねぎも入ってないし。」
「それは、どっちも岳人のせいだよ。」
ジローがふと呟く。
「何でだよー、ジロー。」
「だって、玉ねぎみじん切りにしてたし、味付けのときチョコいれてたでしょ。」
『えっ・・・。』
カレーにチョコってというような表情でスプーンの動きと止め、岳人を見た。
「何だよぉー、うまいからいいじゃん。」
「確かに味はいいんだよな。まあ、いいか。」
問題はいろいろあったが、野外炊事は何とか無事に終わらせることができた。この後は、
キャンプファイヤーだ。

空が暗くなり、キャンプファイヤーが始まった。自由参加とはいえどもスタンツはちゃん
とやるようだ。自分達の出番の五つ前くらいに用意を始める。
「監督、間に合うんですか?8人も化粧するなんて・・・。」
跡部が太郎に問う。太郎はいつものあの表情で頷いた。
「大丈夫だ。全く問題ない。」
そういうと太郎は順番にメンバーに化粧をしていく。それぞれの衣装にピッタリの顔が出
来上がる。氷帝レギュラーメンバーはほとんどが美形なので、簡単な化粧ですんだ。
「問題は樺地やな。」
忍足がキャンプファイヤーのスタンツで着る衣装に着替えながら言う。確かに太郎は樺地
にだけ、異常に時間をかけている。先に着替えさせていたので、化粧が終わったら後はカ
ツラをかぶせるだけで完成だ。他のメンバーもほとんど着替え終わり、順番も後二つくら
いに迫っていた。
「よし、完成だ。」
太郎が満足気に言い放つ。
「樺地、他の奴らに見せてやれ。」
「ウス。」
樺地は跡部達の方を向いた。全員、樺地の変わりように言葉を失った。
「うわあ、別人。」
「監督、カリスマメイクアーティストって感じですね。」
「さすがの俺も驚いたな。」
「あの服があんなに似合うようになるなんてすげぇよ。」
口々に樺地に関しての感想を言う。そして、あっという間にテニス部の番になった。
「次はテニス部正レギュラーメンバーです。」
司会がそう言うとテニス部正レギュラーメンバーは、キャンプファイヤーのまわりに入場
する。その瞬間、観客側から歓声があがった。
「俺達の出し物は見ての通りのものだ。どうだ、いいだろ?」
跡部がメンバーを代表して、出し物の説明をする。氷帝テニス部正レギュラーメンバーの
出し物は、すばり『女装』だ。跡部が女子の制服。宍戸がウェイトレス。忍足が和服。岳
人がメイド服。鳳がチャイナ服。滝がナース服。ジローがバニーで樺地がスコートだ。太
郎のメイクのおかげでその格好に違和感があるものはいない。
「レギュラーメンバーすごいな。」
「みんな美人だよな。普通の女子より可愛くて綺麗だよ。」
「でもさあ、あのスコート着てるの誰だ?結構可愛いよな?」
「かなりデカイけど・・・・もしかして、樺地?」
「マジで!?うっそー、変わりすぎじゃねぇ?」
「ホント。どうしたらあんなになるんだよ。」
やはり、観客側としても樺地の豹変っぷりには驚きを隠せない。その後、一言ずつなんら
かの台詞を言っていく。太郎が考えた台詞を感情を込めて放つ。その姿に観客の男子陣は
メロメロだった。
「私、今とっても暇なんだー。どっか遊びに行かない?」
跡部は今風の女子高生のように言ってみる。
「ご注文はお決まりでしょうか。今日はこのメニューがおすすめですよ。」
宍戸は営業用スマイルでまわりにいる人に問いかける。
「おこしやす。忍足どす。今日は楽しんで下さい。」
忍足は京都の舞妓さん風に言う。
「えへへ、今日はみんなのためにご奉仕するよん。」
岳人は無邪気で明るいメイドさんだ。
「あっついなあ。誰かこの扇子で扇いでくれないかな。」
鳳はピンクの羽の扇子を差し出しながら言う。
「どこが痛いですかあ?私がしっかり手当てしてあげますからねー。」
滝はやさしい看護婦さんっぽく演じてみる。
「見て見て、俺うさぎさん。可愛いでしょ!!」
ジローはいつも通りのテンションで、笑顔を振りまいている。
「勝つのは氷帝・・・です。」
樺地も台詞は同じだがこれもまたいつもとは感じが違う。
スタンツはこの出し物で大盛り上がり。ちなみにメンバー全員が恥ずかしがらずにやれた
のは、ちゃんとやらなければレギュラーを落とされるからである。太郎はこの8人の姿を
バッチリカメラに収めていた。この出し物を考えたのも太郎だ。この後も歌やダンスなど
様々な出し物が行われた。

「あー、おもしろかった。」
「ホントかいな、岳人。俺は恥ずかしかったけどな。」
「嘘つけよ。お前だって結構ノリノリだったじゃねーか。」
「そういう宍戸だって、結構様になってたぜ?」
お風呂の時間がまわってきたので、8人は浴場へ向かいながら話している。
「でもさあ、一番はやっぱり樺地だよな。」
「そうですね。あんなに変わるなんて思ってなかったし。」
「だってよ、樺地。よかったじゃねーか。」
「う、ウス。」
樺地は少し照れながら頷く。浴場に着くとメンバーはカゴに着替えの洋服を入れる。木製
のロッカーに脱いだ服を入れて、タオルを巻いて風呂場に入ろうとする。
「俺、いっちばーん!!」
岳人が真っ先に扉を開けるが、忍足が慌てて止めに行く。
「だぁー、岳人!みんなで入る時はタオルぐらい巻けや。」
「いいじゃんよー、別にぃ。」
「アカンって。ほら。」
忍足は岳人の腰にタオルを巻いてやる。岳人は不満そうに文句を言っているが忍足は全く
聞く耳を持たない。
(岳人はよくても、こっちが目のやり場に困るっちゅーねん。)
心の中でそう思いながら忍足は風呂場に足を踏み入れた。他のメンバーも続いて入る。
「へえ、結構広いな。」
「先に洗ってから入るか。」
「じゃあ、俺も先に洗おうかな。」
跡部と滝は始めに体を洗ってから湯ぶねに入ることにした。滝がプラスチック製のイスに
座って、自慢の髪を洗い始めると、とてとてとジローがやってきて横に座った。
「ねえ、滝ぃ。俺、シャンプー持ってくるの忘れちゃった。貸してー。」
「別にいいけど、あんまりいっぱい使うなよ。」
「分かった。」
ジローは滝のシャンプーを使って髪の毛を洗う。しばらく普通に洗っていたが、そのうち
うとうとしてきてそのまま眠ってしまった。
「おいっ、ジロー!!こんなとこで寝るな!!」
「Zzzzz・・・」
「ったく、しょーがねーなあ。」
滝はまだ洗い途中のジローの髪を最後まで洗い、シャワーを使って泡を流す。ついでにリン
スもしてやり、それも流してから今度はちゃんと起こしてやった。
「ジロー!ジロー!起きろ!!」
「ん・・・あれ、俺何してたんだっけ?」
「風呂入ってる時に寝んなよ。早く、体洗って出ろ。髪は洗ってやったからさ。」
「ありがとおー、滝。」
バッシャーンッ!!
突然、湯ぶねの方から大きな水飛沫があがった。
「だあーーーっ、岳人!!こんなところでムーンサルトすんな!!」
宍戸が岳人を怒鳴りつける。岳人が湯ぶねに向かってムーンサルトをやったのだ。
「だって、やってみたかったんだもん。」
「人とぶつかったら大変やろ?ダメやで岳人。」
「うーー。ゴメン。」
忍足に叱られ、岳人はしょぼんと肩を落とす。
「分かったらええよ。そや、この後のナイトハイク一緒のペアにならんか?」
「ああ。いいぜ。」
この話題に食らいついたのは跡部と鳳だった。
「宍戸!」「宍戸さん!」
「な、何だよ。2人とも。」
『ナイトハイク一緒のペアに・・・』
「何だよ鳳。宍戸は俺とペアになるんだ!!」
「跡部さんこそ樺地と組めばいいじゃないですか!?」
宍戸をめぐり跡部と鳳がケンカを始めた。宍戸はどうしようかとしばし悩んだ。
(うーん、ナイトハイクってようするに肝試しなんだよなあ。俺、そういうのすげー苦手
だし・・・。このことがどっちにバレた方がマシかっつーと、やっぱ跡部かなあ。後輩の
前で怖がってるとこ見せられないもんな。よし、決めた!跡部にしよう。)
「ゴメン、長太郎。俺、跡部とペアになるな。」
「えっ・・・・。」
「だとよ、鳳。俺の勝ちだな。」
跡部は満足気な笑みを浮かべる。鳳は宍戸に断られてもちろんショックを受けた。
「長太郎、よかったら俺と組まない?」
落ち込む鳳に声をかけたのは滝だった。滝は鳳のことが気に入っている。宍戸を好いてい
る鳳とペアが組めるなんて思っていなかったので、滝は跡部に感謝した。
「滝さん・・・。分かりました。」
こうしてナイトハイクのペアが決まった。樺地とジローは必然的にペアになる。あんまり
長い時間お風呂に入っているわけにはいかないので、メンバーはさっさと体を洗うのを済
ませて風呂場を出た。洋服を着て一度コテージに戻る。しばらくするとナイトハイクが始
まる。

                     to be continued

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